今日も今日とて仕事を終えたジャン・キルシュタインは、凝り固まった肩を軽く回しながら暗くなり始めた道を進む。
いつもであればさっさと帰って飯を食い、大衆浴場にでも行って寝るだけなのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。
なにせ久しぶりに同期が集まる事になっているのだ。
忙しさもあって会うに会えない奴らとかいるからなにかと楽しみである。
…ただ集まる店には不満があるがな。
店は訓練兵時代にお世話になった食事処ナオ………ではなく、エレンが料理長を務める二号店の方だ。
まぁ、アルミンやクリスタは経営している孤児院の都合上あまり離れる訳にはいかないし、同期の多くは王都よりはシガンシナ区のような人手不足だった復興地域に回されているので、本店よりは二号店の方が近場なのだ。
「向こうの方が思い出話を咲かせれただろうに…」
彼が抱いている不満は口にした事だけが原因ではない。
エレンとミカサの睦まじい様子を見るのが時折
絶対に口にはせずにすでに何人かは集まっているだろう二号店へと到着した。
予想通りコニーやマルコ、サシャなど多くの同期が集まっており、中には王都で店をしているライナーやベルトルト、それに外に
…ただライナーが若干居辛そうなのが気になるところではあるが…。
しかし別の意味で予想外な珍客も紛れている。
「おいおい、同期の集いだってのに一人紛れてんじゃあねぇか」
「随分な言いようだな」
自分自身でも解っていると言いたげなニコロ。
確かサシャの故郷で料理屋をしているとは聞いていたけど、何故ここに居るのだろうか?
などと問いを浮かべるも解り切った事だったと鼻で笑う。
「サシャが心配で来たってか?」
「ち、ちげぇよ馬鹿。俺は…ほら、これを持って来てやったんだよ」
「お!それは!!」
ギクシャクした様子でニコロが側に置いてあった木箱より取り出したのはワイン。
それもマーレから輸入された上物の希少なワインで、貴族や兵団上層部しか口に出来ないもの。
見たことはあっても口にした事がないワインに目が離せない。
「おまっ、それどうやって…」
「元マーレ兵のコネって奴だな」
「駄目ですよ。ニコロを邪険にしたら」
「そうだぞ。折角貴重なワイン持参して来てくれたんだから」
「お、おう。当たり前じゃあねぇか。今日は楽しんで行けよ」
「現金なんだからジャンは…」
他の同期が受け入れているように受け入れると、マルコに苦笑いをされてしまった。
なんにしても良いワインがあるんだから、良い肴が欲しいところである。
「おい、エレン。これに合う料理作れんのか?」
「―――あ?」
「二人共、喧嘩しない」
「喧嘩じゃあねぇよこれぐらい。なぁ?」
「…あぁ、そうだな」
軽い
中にはフランツやハンナも当然ながら居て、訓練兵時代から変わらぬいちゃつきぶりを見せつける。
「…なぁ、飯食う前から胸やけがするんだが?」
「どうした?体調不良か?」
「違ぇよ馬鹿」
ため息交じりに視線を胸やけの原因であるバカップル…否、
すると一品目の料理が出される。
「お前ッ、いくら何でも…」
出されたのはフライドポテト。
冬になると食物が育ちにくい為、飽き飽きするほど食べてきた芋。
けれど食事処ナオで出されたフライドポテトは油っこくなくて食べ易く、値段の割に量が多いので人気だった。
訓練で汗を掻いた時とかに塩の利いたフライドポテトと、炭酸の組み合わせは最高だったなどと懐かしい記憶を思い出す。
確かに懐かしくはなったものの久しぶりの同窓会、それも上物のワインのつまみの一品目としては首を傾げる。
しかしエレンはそれで終わりではなかった。
盛られたフライドポテトに細かく刻んだベーコンにとろ~りと蕩けたチーズを垂らしたのだ。
「これなら問題ねぇだろ」
「本当にお前は…少しは嬢ちゃんを見習ったらどうだ?不愛想にもほどがある」
「その分だけユミルは愛想を振りまいて良い塩梅だろ」
不愛想にそう言うと次の料理を作り始める。
こいつは変わらない所もあるが、幾分か落ち着きが出た事が少し寂しくも感じる。
なにを馬鹿な事を思ってんだかと頭を振るう。
すると視界に数人でシェアする筈の皿を手に全部食べ切らんとするようにがっつくサシャが視界に映る。
「美味いですよコレ!!」
「こら芋女!全部食おうとしてんじゃあねぇよ!!」
「まだソレ言いますか!?皆忘れたと思っていたのに!!」
「いや、あれを忘れる奴いないだろ」
「そういうコニーはよく教官に
「言うなよ。思い出すだろうが!!」
あの頃みたく騒がしくしやがってと悪態をつきながら、ジャンはフォークですくって口に放り込む。
絡みつく様なもったりとしたチーズにカリッと外側は香ばしく、中はほろほろと解れて行くフライドポテト。そして噛み締めれば小さいながらも濃い肉々しい旨味が溢れ出るベーコン。
そして強過ぎず弱過ぎずピリッと引き締めるブラックペッパーと程よい塩気。
これは美味い。
それも腹にどっしりと溜まるだろうから少量でも満腹感は良いだろうな。
皿いっぱい食いたい気もするが、そんな事をすれば他の料理は入らないから断念するほかない。
胸中に湧きたつ欲を決して口には出さず、ワインの香りを楽しんで一口。
口の中を満たしていたチーズにベーコンなど油っぽさなどがすっきりと流され、残るはワインの香り。
咄嗟に漏れ出そうだった感想も呑み込む。
「うまっ!?これ美味ぇじゃん!!」
「でしょう!ってコニー!!全部食べたら駄目ですからね!!」
「それ全部返って来てるの解ってるサシャ?」
「がっつき過ぎよ。そんなに掻き込んだら…」
「―――っぐ!?」
「だから言ったのに。お水お水」
「今度作ってやるから落ち着けって」
喧騒の中、次々と料理が出されてくる。
プチトマトを薄い豚肉で巻き、加熱した串ものはトマトの酸味が豚の脂をさっぱりさせ、熱を加えられた事でトマトの甘味と豚肉の旨味が口の中で弾ける。
ガーリックにバター、オリーブオイルに塩、バジルを混ぜたガーリックバターを切り分けたバタールに塗って焼いただけの料理は、ガーリックとバターの風味がガツンと来るので酒のつまみとして申し分ない。
内側はピンク色残るミディアムレアで焼かれたステーキは、柔らかくも噛み応え十分。
タレはワサビ醤油かガーリックのきいたステーキソース。
肉類やバターなどの油分が身体を周ってきたらさっぱりしたものが食べたくなるのは道理だろう。
瑞々しい葉物にスライスされたゆで卵と粉チーズを乗せ、まったりとしたドレッシングをかけたシーザーサラダなどサラダでさっぱりさせる者もいれば、冷たく甘いアイスクリームを気分と味をすっきりさせる者などなど。
ヒストリアとクリスタは後者であり、またも酸味もありながら甘い苺のアイスクリームを口にするのだが、またもパフェかクレープかで論争が行われる始末…。
これもまた懐かしさを漂わす良いスパイスだ。
それを肴にワインが進む進む。
人数が人数だけにニコロが箱で持って来たワインも底が付き、店のワインを平らげる勢いで誰も彼もが楽しく飲み続ける
料理もまだまだ出て来る。
クラッカーに好み好みでクリームチーズにバジルを乗せたり、生ハムに今でもお世話になる燻製肉。
中にはがっつりハンバーグを頼む奴まで出て来た。
さすがに開始から時間が経てば経つほどに帰路につく者も出て来る。
アルミンやクリスタは孤児院は朝早いと言う事で一番に帰り、ヒストリアも女王としての職務がある。
ハンナとフランツも程々に酔い、十分に楽しんでから歩けるうちに帰って行った。
それでも半数近くの同期が残っており、わいわいと同窓会を続ける。
酒も進めば浮かれる奴も出て来て、それを抑えるのが大変な作業となった。
そう言った場合、食事処ナオではアニが投げ飛ばすがここではミカサが対応している。
誰も訓練兵時代トップで格闘術でも負け知らずだったミカサに挑んでまで暴れようとする同期は流石に居なかった…。
会話に華を咲かし、美味い料理に舌鼓を打ち、ジャンはそんな様子も楽しみながらワインに口を付ける。
同窓会は喧騒に包まれながら夜遅くまで続き、日を跨いで少しして静けさを取り戻すのだった。
「…で、最後はこうなるのか…」
呆れた様子で店内を見渡すエレンの前には、悲惨な惨状が広がっていた。
テーブルは汚れた皿に食べ残しや食い散らかした跡が散らばり、床には空になったワイン瓶にいびきを掻いて泥酔している同期達が転がっている。
気が緩むと言うよりは普段のストレスもあってタガが外れたというのが正しいだろう。
すでに夜遅いのでラムジーもハリルもユミルも一足先に就寝させたのだが、こんな惨状を見せずに済んだのは子供の教育的にも正解だった。いや、反面教師役割として見せるべきだったか?
どちらにしても存分に飲み食いして爆睡中の連中をどうするかだ。
多少悩んだが毛布やタオルでもかけてそのままにしとくかと面倒臭そうにため息を漏らした。
「どうするエレン?」
「このまま転がしとけば良いだろ」
「出来れば部屋貸して欲しいんだけど…良いか?サシャを…男女をこのまま一緒に転がしておくわけにいかねぇだろ」
「あぁ、別に構わねぇよ」
問いかけてきたミカサに答えるも、泥酔するほど飲んでいなかったニコロの言葉にそれもそうかと納得する。
面倒だが運ぶかと手を伸ばしたところでミカサに止められ、運ぶのは自分とルイーゼでやるから部屋の準備を頼まれた。
泥酔しなかった連中は早々に帰ったので人数は半分程度。
夜遅く馬車もない時間帯では帰るに帰れないのでニコロも泊まる事になり、店内で転がっている連中に毛布を掛けて回って、自身も毛布に包まって寝転ぶ。
部屋の準備をしていると次々と酔い潰れた女性陣を二人が運んでくる。
一人ずつ運ぶルイーゼに対してミカサは米俵を担ぐようにして二人ずつ運んでくる。
男性よりは軽いとはいえ人二人をそう軽々運ぶのかと普通に感心してしまう。
それも終わると軽く片づけをするが、同窓会を定休日前にしておいて本当に良かったと心の底から想う。
本格的な片づけは明日やるとして余っている材料でちょっとしたつまみになるものを手早く作る。
その様子にミカサは首を傾げる。
「エレン、何を作っているの?」
「少し飲まないかミカサ?」
ささっと作って皿に盛ると、奥から見た事の無いワインを取り出した。
店で出している物とは銘柄も違う。
そもそもなんて
「総司さんから
「………うん」
まだ夜が明けるには早い。
二人は肴を少々とワインを自室に運び、静かにながらも昔を懐かしみ合い、ゆったりとした時間を過ごすのであった。
…翌日、いつも以上に目付きが悪く、
そして同様の状態で仕事に出る者と同日には体調不良で休む者が続出し、その面々がウォール・ローゼ南方面駐屯の第104期訓練兵団に所属していた者だったのは言うまでもないだろう
●現在公開可能な情報
・訓練兵時代の謎
ウォール・ローゼ南方面駐屯の第104期訓練兵団では時折キース・シャーディス教官の様子がおかしい時があった。
アレは一体なんだったのだろうかと誰も解らなかったが、自分達が同じ状態に陥った事で数年越しに謎が解けたのであった…。