エルディア国は大きく変化していった。
世界と繋がっては貿易や技術を取り入れ、日常生活や社会そのものが様変わりしそうであった
失った領土を取り戻して新たな政府の下で再建を進めている。
だからこそなのか基本的問題が付いて回る事となる。
まずは広大な領土が戻った事で再建するにしても人手が足りなくなった事だろう。
復興に当たる労働力については他国より仕事を求めて来る人もいるので漫然ではないものの幾分かは補充出来ている。しかし他国からの働き手や移住者が増える事によって治安維持が難しくなり、駐屯兵団や憲兵団の人数が足りなくなると言う状況に陥る。
それに伴って前よりは幾らか改善された食糧問題も再発。
他国からの輸入に頼るきる現状になっており、今は良くても先を考えるなら自給自足出来るように人を回したいが前の理由で人手不足…。
新たな政権になってマシになったとはいえ不満というのは次から次へと浮かび上がってくる。
第109期訓練兵団員のスルマという眼鏡をかけた丸刈りの少年もまたそんな不満を持つ一人であった…。
大きなため息を吐き出して財布の中身を見る。
仲間内と新政権の事を愚痴っていても自身の状況が好転する事もなく、物価が高い中で元より軽かった財布は大幅な減量を続けて数枚の硬貨が残るだけとなってしまった…。
訓練がある平日なら食堂に行けば侘しくも食事にありつけるが、休日は寝るだけの宿となって食費は己持ち。
一応倹約はしていたのだがどうしても生きていればお金は使ってしまう。
実家からの仕送りまで数日あるので、それまでは食い繋げなければならない。
それまでは安いパンと具の少ないスープで休日の食事は凌ぐしかない。
歩いているトロスト区の大通りを見渡せば料理屋が目に止まり、美味しそうな香りが空腹を襲う。
「はぁ…たまには贅沢もしたいよ…」
普段は真面目で若さゆえの自分が想う正しさに真っ直ぐな彼だが、逆境や突然の出来事には弱い。
だからこうして弱音を口に零してしまった。
「そこで何をしているスルマ訓練兵?」
「――ッ、シャーディス教官!?」
がっくりと肩を落として俯いていると、たまたま通りがかったキース・シャーディスが首を傾げなながら声を掛けられた。
スルマはこの教官の事をあまり好きではなかった。
なにも厳しいとか怖いとか言う理由ではなく、体制が変わったというのにやり方は旧体制のまま。
周囲の大人達も古臭いと非難しており、それを受けたスルマも時代遅れな教官として好きになれないのである。
怪訝な様子でこちらを見つめる教官を無視する事も出来ず、急な事に戸惑って言葉を詰まらせながら伝えるとフンと鼻を鳴らされた。
「貴様は自分の財布の管理すらままならんのか?」
ぐうの音もでない正論であるが、あまり好いてもいない相手に言われれば腹も立つ。
しかしあまりに腹が減っている為に、苛立ちはするが空腹が勝って立つこともままならない。
反論も反感の眼も向けられない状況を察し、シャ―ディスは大きなため息をついた。
警戒するようにちらりと周囲を見渡して顎をしゃくる。
「私について来い」
ぶっきらぼうにそう口にすると裏路地へと入って行く。
戸惑いながら警戒しながらついて行くスルマだが、路地裏というのはあまり良いイメージがない為に、置いて行かれぬように離れずついて行く。
こうなるとは微塵も思っていない事態…。
何故、どうしてと考えるも答えなどある筈もない。
「良いか。これから行く店の事はあまり口外するな」
「…はい?それはどういう…」
「お前にも分かるだろう」
言っている意味が把握できず今度はスルマが怪訝な表情を向ける。
口外するなというのは非合法な所なのだろうか?
疑いの眼差しを向けているとシャーディスは一件の店の前で足を止めた。
周りとは異なった風貌の建物に気圧されるもズカズカ入って行くシャ―ディスに遅れぬように続く。
扉を開けると小さな鐘が鳴り響き、程よい温度の風がふわりと美味しそうな香りと共に流れてきた。
中は飲食店らしく多くの客が料理を楽しんでいた。
スルマは各テーブルに並んでいる料理や客で賑わっている様子よりも先に、店内の装飾品などを目にして震えていた。
装飾品などを見極める目を持っていた訳でも養っていた訳でもないが、軽く見ても決して安くはないものなのは確か。
その上、掃除の行き届いた店内と来れば高い店なのではと疑ってしまったのだ。
財布の中身が少ない以前に場違いのような気すらしてきた。
「きょ、教官…ここは」
「行きつけの店だ。安心しろ。値段は良心的で味も量も最高だ」
そんな美味い…違った。上手い店があるのだろうかという疑問を口に出来ぬまま、店員に案内されるがまま教官についてテーブル席に腰かける。
ガチガチに緊張して店員よりメニュー表を受け取るも知らない料理名や、知っていても値段がかみ合わなかったりして凝視してしまう。
慣れているシャ―ディスはちらりと目を通して決めるとスルマに目を向ける。
「どうした?」
「い、いえ…どれにすればいいのか決めきれなくて…」
「ふむ、お前は肉と魚どちらが良い?」
「はい?」
教官の質問に「肉の方が…」と答えれば、がっつり食べたいか?油系は大丈夫か?などと続けざまに問われ、一つずつ答えていくと大きく頷かれた。
「決めれないなら俺が決めるが?」
「お、お任せします…」
最早色々重なって余裕がないスルマはその言葉に甘える。
シャ―ディスは店員に呼びかけて注文を口にする。
「私はとりあえず唐揚げにビールを。こいつには唐揚げ定食を貰おう」
注文を受けた店員は注文を紙に書き留め、繰り返して確認を取ってから厨房へと向かう。
それにしても“唐揚げ”とはいかなるものなのだろうか?
「教官。唐揚げとは何なんでしょうか?」
「…ん?そうだなぁ……鶏肉のシュニッツェルだな」
「シュニッツェル…ですか」
メニュー表を開いて料理名を探すと揚げ物や一品物の中に書かれており、どれぐらいのサイズか知らないが値段自体はそこまで高くない。
待っている間、手持ち無沙汰もあってゆっくりと店内を見渡すと、高そうなイメージを抱いていた割には客は着飾った客は少なく、服装からも同じ庶民が多い気がする。
そう思うと余裕が出て来て周りがよく見える。
先程は気にも止められなかったが、店員は子供の割にはしっかりしていた事を思い返す。
メニューの値段も他の店に比べたら安く。
味や量に関してはまだ何とも言えないが良い店そうだ。
であるならば教官が言った“口外するな”の発言が気になるところだ。
眺めながら待っていると先ほどの店員がトレイで料理を運んできた。
大皿に
目の前に置かれて戸惑う。
値段の割に量が多い。
本当にメニュー表通りなのかと不安で教官に目を向ける。
するとクツクツと嗤われる。
「安心しろ。メニュー通りだ」
「しかしこの量は…」
「喋っている暇があったら早く食え。冷めてしまうぞ」
そう言って同じく運ばれてきた単品の鶏肉のシュニッツェル…唐揚げを口へ放り込み、美味しそうに噛み締めてからがぶがぶとビールを飲む。
不安が拭えぬ状況であるが空腹もあり、ヤケクソ気味にフォークで刺して一つに齧ってみる。
噛んだ瞬間に香ばしい衣が破け、中から熱々の肉汁が溢れ出る。
柔らかくも弾力のある肉の歯触り。
浸み込んでいるガツンと来るガーリックに
自分が知っているシュニッツェルとは別物の味わいに驚愕する。
昔食べた事のあるシュニッツェルはもっとこう油っこく鶏肉も硬かったような気がするが、これは瑞々しさを感じる程ジューシーながら旨味を感じるぐらいでそこまで油が強く主張してこない。
「美味しい!」
「そうだろう、そうだろう。そのままライスも食べてみろ」
言われるがままに唐揚げの味わいが口内にライスを掻き込めば、一粒一粒ふっくらとしたライスと唐揚げが非常に合う。
一つでライスが進みに進む。
あまりに合うもので掻き込み過ぎて喉の詰まらせてしまう。
水に手を伸ばすより近場にあったスープに口を付ける。
変わった
ほぅ…と吐息を持たし、再び唐揚げに齧りついてライスを掻き込み、そしてスープで流す。
これは非常に美味しい。
油が少なくとも食べれば身体に油が回って来るが、それもこの瑞々しい野菜がさっぱりさせてくれるので幾らでも入りそうだ。
「どうだ!美味いだろう唐揚げは!」
「はい、凄く美味しいです!」
「良い食べっぷりだ。良し、ここは私が奢ってやろう。好きなだけ食べると良い!!」
「え!?宜しいのですか?」
「構わん構わん!」
ビールを煽りながらのシャーディスの言葉に目を輝かせる。
すでに注文した唐揚げを食べきって次の料理に舌鼓を打ちながら、何杯目もビールを飲み干していた為にシャ―ディスは酔いが回っていた。
そんな事とも知らずに訓練時とは違い、こちらの事情から気取ることなく奢ってくれるなど懐の深さをスルマは見出す。
財布的にも有難い申し出を受けて唐揚げ定食のおかわりをし、久方ぶりの豪華な食事を存分に味わう。
「この唐揚げとライス、それに味噌汁の組み合わせは最高ですね!」
「まだお前は若いからな。もう少し歳を取ればコレが一番というようになるぞ」
楽しそうに笑いながらシャーディスはビールを傾ける。
喉を鳴らしながら飲む様子に興味が湧く。
いつか飲める歳になったら注文しよう。
その時はこの日のお礼も兼ねて教官を誘って…。
スルマはそう思いながら唐揚げに齧り付く。
値段に対して満足過ぎる量に味わい。
それを十分に味わった帰り際。
スルマはシャーディスが言っていた“口外するな”の意図を理解し、それでも誘ってくれた事から同期にも今日の事は内緒にするのであった。
●現在公開可能な情報
・109期訓練兵団の謎
109期訓練兵団はある日を境に不思議な光景を目にする事がある。
一方的に嫌っていただけだが、仲が決して良いとは言えなかったスルマがシャ―ディス教官に尊敬の念を抱いて接するようになったのだ。
急に変わった様子に同期は戸惑い、本人に問い質してみると「あの人は思っていたような人ではなかった」と心の底から答える一方、肝心の理由を言おうとしない事に謎は深まるばかりなのであった。