進撃の飯屋   作:チェリオ

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第94食 アップルパイとミルクティー

 アニ・レオンハートは陽気な日差しを浴びるように、ゆったりとした時間ベンチに腰かけていた。

 今日は食事処ナオの定休日。

 いつもなら店舗兼住居である食事処ナオで過ごすところだが、珍しく総司が出かけているので昼食は各自で用意しなければならなくなったのだ。

 たまには外食も良いかと出て来たのだけど、何にしようかと悩むばかりで決まらず時間だけを浪費してしまっている。

 ガビ達などは前もって作り置きを頼んでおり、手間だろうと頼まなかったのが今更ながら悔やまれる。

 空を眺めながらため息を漏らす。

 

 数年前の自分では思いもしなかった生活。

 昔と比べたら夢のような生活であるが、今となってはあの頃の生活こそが夢だったのではないかと錯覚してしまう。

 生活環境は低く、エルディア人である事からマーレに見下され、戦士隊に所属した以上はマーレの為にと命じられて使い潰される未来しかなかったあの頃が…。

 懐かしさこそあれど戻りたいとは思わない過去の記憶を振り払い、とりあえず今の問題を解決するとしよう。

 鳴るほどではないが空腹感が強まっている。

 ちらりと周りに視線を流し、近場の飲食店を思い出す。

 中々評判の良い店だというのは解ってはいるんだけど、どうしても食事処ナオと比較してしまう。

 美味しいのは試しに食べて解っているのだけど、質に量に値段にしても劣っているのだ。

 仕方ないと思いながらも食事処ナオで食事をしている内に舌が肥えたのか満足できない。

 こればっかりは贅沢な悩みではあるが…。

 

 どうするかなと悩ましいアニの前に一匹の野良猫が立ち止まった。

 ジッと見て来る猫に視線が合う。  

 ピクリとも動かなくなった猫に対して行けるかと手を差し出してみる。

 指先を小刻みに動かして誘うも警戒されて、終いには逃げ出されてしまった。

 ナオのように寄って来る方が珍しいのだ。

 またもため息を漏らす。

 

 何かが視界の端に映り込んだ。

 嫌な予感を覚えながら振り返るとそこにはユミルと総司が並んでいた。

 ユミルは腹を抑えて爆笑し、総司は何やら微笑ましそうに笑みを浮かべている。

 恥ずかしさも当然あるが、とりあえず腹立たしいのでユミルは投げる。

 そして残っている総司は視線を逸らしながらも顔はにやけたまま。

 

 「…何か言いたいことあるの?」

 「いいえ、別に」

 「嘘だね。顔が言いたげ。言いたい事があるならハッキリ言いな」

 「………可愛らし一面が見えまっ」

 

 そうなると解っていたから目を逸らしていた。

 けど何か言いたげながら黙られるのも癪だったので言わしたのだが、口にされたらされたで恥ずかしいったらありゃしない。

 手を怪我しないように注意しながら照れ隠しに総司も投げといた。

 

 「で、アンタらこんなところでなにしてんの?」

 「人の事言えないだろ」

 

 人の事言える立場ではないのは確かかと返しに口を閉ざす。

 なんでも総司はトロスト区の現状を知るために飲食店巡りをしていたらしい。

 相変わらず物価は高くとも輸入などで目新しい食材や調味料が入り、出回る料理の品数も増えてきた。

 今お客はどんな味を求め、どういった系統の料理に流れていくのかを知る。

 相も変わらない料理馬鹿であったことに呆れるばかりだ。

 その途中で買い物ついでにぶらついていたユミルがばったり出くわして、暇だしついて行くと言って行動していたのだとか。

 

 「アンタらどんだけ食べたのよ」

 「って言ってもそんなに食べてない」

 「周りの様子を眺めながら量少な目で回りましたから」

 「なかったら一人前を二人で分けたし」

 「まぁ、アンタ()馬鹿みたいに喰うとは思ってないけど」

 「()ってなんだよ」

 

 ジト目で睨むユミルに笑みを浮かべていると本格的に空腹感が強くなってきた。

 丁度色々調べて来たなら聞いて見る方が良いか。

 

 「昼まだなんだけど何処か美味しい店知ってる?」

 「何件かはお勧めしますけど、この時間帯だと何処も多いですよ」

 「それも…そうか」

 

 総司がオススメするという事は良い店なのだろう。

 時刻は昼食時と来れば客が多いのは通り。

 悩み過ぎて出遅れたのもあるし、何処かで適当に済ますかと肩を竦ます。

 

 「なら次一緒に行く?」

 「…まだ食べるの?」

 「だから今まで少量ばっかだったんだって」

 「最近オープンしたアップルパイの店なんですが」

 「あぁ、そう言えば聞いたような…」

 

 誰が喋っていただろうか。

 店自体は出店のようで小さいがそこは厨房の役割を果たすだけで、テーブルと椅子を敷地内の広場に並べただけの飲食スペースがあると聞く。

 話の内容からリーブス会長だったかな。

 情報源は兎も角、決まってなかったし今日の昼はアップルパイにするとしよう。

 

 「アンタの驕り?」

 「いや、財布はこちら」

 

 そう言って示された総司は苦笑いを浮かべ、では行きましょうと歩みを進める。

 先に冗談を口にしたのはこちらだが、一応ユミルに呆れた視線を向けるもクスっと笑う。

 もう長い付き合いになるだけに総司も慣れた様子。

 本当に何が起こるか分からないものだ。

 頬を緩めながら談笑交じりに店へと向かう。

 

 聞いていた通り屋台のような店があり、昼食時という時間帯もあって人が並んでいた。

 しかし先に作り置きしていたらしく回転率は速い。

 中には出来たてを求める者も居るので、そう言った人には番号札を渡して待ってもらうようだ。

 総司が注文する為に並び、こちらは先に席を確保する事にする。

 テーブルの数自体は少なかったが一つに八人ほど並べる程なので、数に対して多くの客が食事を出来るようになっている。

 時間帯の割には席は幾らか空いており、難なく確保する事は出来た。

 

 二人で座りながら待っていると、そう時間も掛からず総司がやって来た。

 左手には皿に乗ったアップルパイ。

 右手の小さなトレイには飲み物が注がれた紙コップが三つ並んでいた。

 

 「ミルクティーで良かったですか?」

 「うん、ありがと」

 

 ミルクティーの入った紙コップを手渡され、皿に乗ったアップルパイは目の前のテーブルに置かれる。

 ケーキワンホールほどの大きさのアップルパイを見て、やっぱりこのサイズだよなと再認識する。

 食事処ナオでもパイ類は扱っているのだが、小さくデザート類に並んでいるのだ。

 ただマーレでもエルディアでも一般的にはホールサイズ。

 ゆえに食事処ナオでパイを頼んだ時にサイズ的に驚く客も少なくない。

 

 総司も席に着いて「いただきます」と声にした事で三人とも手を伸ばす。

 八等分に切られたパイの一角を手掴みで持ち上げる。

 ずっしりとした重みがあり、断面には熱が入った事で変色した林檎が顔を覗かせる。

 フォークも使わずにそのまま齧りつく。

 サクサクと香ばしい層を成したパイ生地。

 食感も良い事ながら程よい塩気が交じり、バターの風味がふわりと口の中を漂う。

 そして生地に挟まれた林檎を噛み締める。

 加熱された事でリンゴや柔らかく、ごろっと形を残しているのでジャクジャクと硬さと柔らかさを持った歯応えが伝わる。

 噛む度に熱で甘さを増したリンゴの果汁が零れ、砂糖やバターも加わっているのでジャムのように強い甘さ。

 これがパイ生地と合うのだ。

 サクサクとジュクジュクで食感は異なっている様で、接している面は果汁などでふにゃりと柔らかくて調和を取っている。

 パイ生地のバターの風味と程よい塩気が、噛んだ瞬間は強調している甘さを丁度良い具合に落ち着かせる。

 

 ゴクリと飲み込むと二口目がガブリと齧る。

 サイズもだがごろっとしたリンゴもあって腹に溜まる。

 空きっ腹に落ちて行くのがよく分かる。

 

 口の中がアップルパイで溢れかえった頃、ミルクティーで潤す。 

 紅茶の香りや風味は主張し過ぎず、それでもしっかりと味わいに残る。

 ミルクのおかげで滑らか且つ後味がスッキリしていて飲み易い。

 甘さも強過ぎない。

 これは良いなと口を付ける。

 喉を潤すと口内のアップルパイの後味も流れており、再びアップルパイに齧りつく。

 

 ミルクティーの滑らかな後味にアップルパイが混ざり、これもこれで合うなと食べる手が進む。

 それはユミルも同じようでバクバクと急くように食べていた。

 空腹もあってこちらもと二切れを手にして齧り付き、膨れ上がった頬に溜まったアップルパイをミルクティーで流す。

 ここのアップルパイは食べ応えもあるながら美味しい。

 良い店が出来たものだ。

 いや、こういう店が出る程に物量が良くなったと感心するべきか。

 そんな事を思っては噛み締めるアニに総司は苦笑する。

 

 「お二人共…その、言い辛いですが食べ方が少々…」

 「「―――ッ!?」」

 

 申し訳なさそうに口にした総司に二人して首を傾げるも、周囲の客からも面白そうな視線を受けて気付いた。

 がっつくように食べていた為に口端にはパイ生地の粉やべっとりとしたリンゴの果汁が付いており、頬は目一杯口に押し込んだハムスターのように膨れ上がっている。

 自分達の状態に気付いた二人は口の中のものをゴクリと飲み込んで、コップに口を付けながら少々俯く。

 

 「おかわりを持って来ましょうか。ミルクティーも一緒に」

 「……お願い…」

 

 恥ずかしさもあって顔もあげれない。

 そのまま総司が持って来たおかわりに口を付ける。

 最初とは異なって今度はゆっくりと食べる。

 食べ終わった頃には目撃した客の姿は無く、多少ながら恥ずかしさが薄れた。

 だけどそれ以上に総司がまたも微笑ましい笑みを浮かべているのがなんか腹が立つ。

 ムッとしながら視線を向けると困った様子で総司は頬を掻く。

 

 「帰ったら何かデザート作りましょうか?」

 「…ん」

 「なら少し買い物しなければ」

 「だったら付き合うよ。欲しいものもあるし」

 

 三人揃って立ち上がり、買い物をしようと歩き出す。

 こういう日もあるのだ。

 ゆったりとした争いとも離れた何でもない掛け替えのない日々。

 刺激も無ければ下らないと一蹴されるような変哲もない日常。

 だからこそ大切なんだというのはよく解っている。

 苦笑を浮かべながら並んで歩く。

  

 「今日の夕飯って何するんだ?」

 「さっき食べたばっかなのにもう晩飯の話?」

 「リクエストがあるなら作りますよ」

 

 昼の温かな日差しだけではない、ぽかぽかとした温かい気持ちを感じながら共に歩むのだった…。




●現在公開可能な情報

・ちょっとした騒動
 アップルパイを食べた後に買い物に向かった三人だったが、ユミルが男女で出掛けている事を冗談で「まるでデートみたいだな」と言った際に、総司が照れたように慌てた。
 面白い反応に悪乗りしたユミルが腕を組むとさらに戸惑い、アニも面白がって同じく総司を揶揄った。 
 帰宅後、部屋に戻ったアニとユミルは冷静になり、布団の中で顔を真っ赤にして数時間悶え苦しむのだった。

 翌日に街での様子を目撃したアニの父親が、本当に杖が必要なのかと聞きたくなるような勢いで訪れるのであった…。

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