進撃の飯屋   作:チェリオ

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 すみません遅くなりました。
 ここ数週間花粉症に悩まされダウンしておりました。
 これより投稿再開致します。


第95食 プルコギ風らーめん

 この世界は数年前に比べて大分マシになった。

 戦争状態は緩和され、エルディアは復興と向上に力が向いている。

 生活の質も物流も良くはなっている。

 これもジークの英雄的決断によるものだ。

 それに自分が協力出来た事は非常に誇らしい。

 マーレに失望の念を強く抱いており、その血が流れる自身がそのような英雄的行為に参加できたのだから。

 主な歴史の教科書に名前は載る事はないだろう。

 けれど深く掘り下げた歴史書の類には名が刻まれる事だろう。

 マーレ人であるもマーレに植民地にされた小国出身と偽り、ようやく念願である英雄願望を叶えたイェレナはぼんやりと街を歩いていた。

 

 あの時こそが一番の絶頂期だったように感じる。

 長い期間をかけて準備を施し、バレないように秘匿し続けた仕掛けや用意が実までの過程。

 忙しくも楽しく感じていた。

 もう少しで念願の夢が叶うんだって必死に駆け抜けたあの日々こそが…。

 ゆえになのか駆け抜けて叶えた今となっては目標が無くなってしまい、ただその日その日を消費するだけの日々…。

 目指す目的が無くなってやる気が失せてしまったのだ…。

 それでも叶えたすぐあとぐらいは余力任せに動いていたが、時間も日にちも経った今ではその余力すら無い。

 

 呆けたまま歩くだけのイェレナは気付けなかった。

 土の地面が舗装されたアスファルトに。

 大通りに並ぶ二階建ての建物は見上げなければ天辺が見えないほどの高層ビルに。

 道の真ん中を走る馬車は自動車に。

 歩く人の服装、雰囲気、空気からすべてが切り替わっていた。

 

 それに気付いたのは見知らぬ人に声を掛けられてからだ。

 手もみしながら近づいて来た男性は何か勧誘している口調であったが、周囲の異変に気付いたからにはそれどころではない。

 心中は荒れていてもそれを顔に出さぬようにやんわりと断り、観察するように周囲を見渡す。

 異様な光景…。

 どうして、何故と疑問が渦巻くも答えが出る筈もない。

 ただ有難い事に周りの通行人は誰も彼も忙しそうで明らかに人種の違う自分に興味がなく、服装にそれほど差異がないので変に注目される事もなく紛れれていた。

 とりあえず状況を整理する為にも何処か落ち着ける場所へを探すべく、少し歩いてみると丁度人気の少ない公園があり、ベンチに腰掛ける。

 

 「どういう事なんでしょうか一体…」

 

 理解も及ばぬ状況に困りはするも驚きや動揺は最初程存在しなかった。

 不可解ではあるが今のやりたい事もやるべき事も存在しないイェレナにとって割りとどうでも良い部類であった。

 眉を潜ませ小さくため息をつく。

 別に良いかとベンチに凭れかかる。

 

 「ミァ~ゥ」

 

 するとドスドスと音を立てて丸々太った三毛猫が近寄り、ベンチに飛び乗ったかと思えばこちらをジッと見上げて来る。

 なんだろうと見つめていると他にも近づいてくる人が居た。

 からんからんと歩くたびに下駄を鳴らし、派手な半袖のシャツアロハシャツを羽織った爺さんがそこに居た。

 

 「深刻そうな顔してんなガキンチョ」

 

 眉を潜めながら老人は目の前で立ち止まる。

 隣の猫の飼い主だろうか。

 三毛猫を持ち上げた老人は隣に腰を降ろし、こちらを見ずに空を見上げる。

 

 「何か用ですか?」

 「儂がというよりミヤが気にしてるようだからな」

 「ミヤというのですかその猫は」

 「おう。うちの同居人…いや、同居()だな。―――で、なに悩んでんだ?これも何かの縁だ。聞くだけなら聞いてやる。今日は定休日だし予定もねぇしな」

 

 暇だから聞いてやる。

 あっけらかんとそういう老人に苦笑いを浮かべる。

 別に言う必要性は存在しない。

 けどどうしてだろうか…。

 その老人の雰囲気に当てられたか、知らない人だからか…それもと自暴自棄になっていたのか解らないが、私は順序だてて語ってしまっていた。

 口を挟まずに聞いていた老人は腕を組んで唸る。

 

 「つまり遣り甲斐、生き甲斐を見いだせないって訳か」

 「…はい」

 

 聞いたは良いものの何かしら的確なアドバイスが出来ないようで困っている様子。

 クスリと力なく微笑、こちらから話を振る。

 

 「貴方はそういう時は無かったのですか?」

 「儂がお前さんぐらいの時はその日その日食っていくのがやっとで悩む暇すらなかったからな」

 

 しみじみと懐かしそうに口にする様子を眺め、結局この悩みを晴らせない事に苦笑いを浮かべて俯く。

 またも深刻そうな顔をされて老人は頭がガシガシと掻く。

 

 「湿っぽい奴だな。…はぁ、飯食いに行くぞ!」

 「はい?」

 「うじうじ悩んどったって腹は減るだろう。それに旨いもん食えば良い考えも浮かぶかもしれん」

 「そういうものですか」

 「そういうもんじゃ!ついて来い。飯ぐらい食わしてやる」

 

 ここが何処なのかも分からない上に、する事もないイェレナは誘われるがままついて行くことにする。

 老人に三毛猫が続き、その後を追って行くと見慣れた…否、食事処ナオに似ている建物の前に出た。

 鍵で開錠して中へと入っていく。

 客も店員も居らず、暗い様子から今日は定休日だったらしい。

 老人は手を洗って冷蔵庫を見て頭を抱えた。

 今日は定休日だったがゆえに仕入れは無く、食事は軽く済ます予定だっただけに米も炊いていない。

 

 「簡単なもんでも良いか?」

 「お任せしますよ」

 

 そう答えると店舗奥の扉から奥に入っていく。

 待っていようかとしていると手招きされる。

 誘われるまま奥へ入ると、そこは店舗ではなく住居のようであった。

 室内を見渡すと老人の姿は無く、隣の部屋から音がする。

 そちらがキッチンだったようで調理を始めたようであった。

 片やフライパンで炒め物をしつつ、鍋で何かしらの湯を温め始めていた。

 

 「手伝いましょうか?」

 「すぐできるからそこで待っとれ」

 

 断られて手持ち無沙汰になったイェレナに三毛猫が近づいてきたので、撫でたり擽ったりして暇を潰す。

 そうこう待っていたがそれほど時間は掛からなかった。

 出て来たのは食事処ナオでも見た事のあるラーメン。

 ただ具材は多いし、汁は赤っぽくにおいが強い。

 

 「…これは?」

 「プルコギ風らーめんだ。喋ってねぇで食え食え。ラーメンってのは麺がスープに浸かった瞬間から吸って行き、一程量を超えると食感と味を落としていくんだ」

 

 老人はそれだけ言うと箸を手に、麺を摘まむとズズズと豪快に音を立てて啜り始めた。

 あまり上品な食べ方ではないなと思いながら、出されたプルコギ風らーめんにフォークを入れる。

 音があまり出ないように遠慮しつつ啜ってみる。

 

 …なんだこれは?

 一口食べて思った感想はその一言であった。

 

 香りは相変わらず強い。

 大量のニラとにんにく、ごま(ごま油)の三種の香りが主張し合う。

 だからと言って不興という訳ではない。

 寧ろ強い香りが主張し合う事で高め合い、鼻孔を擽って食欲を駆り立てる。

 そしてその感想は香りだけでなく、味の方もまた同様であった。

 コチュジャンや豆板醤による辛味が来たと思ったら辛いだけでなく甘味もあり、醤ベースのスープや具材の味わいなども溶け込んだ深いコク。

 ただ辛い訳でない複雑な味わいが舌を驚かせながら美味いと脳が訴えかけて来る。

 

 なんなんだと疑問を抱いても旨い事には変わりない。

 フォークが進んで麺を啜り続ける。

 食べる度に辛味を感じるもそれがまた食欲を高めていく。

 

 麵だけではなく上の具材も一緒に含む。

 柔らかくもシャキシャキとしたもやし。

 噛めば本来持つ自然な甘さが溢れ出るキャベツ。

 元々の硬さが嘘のように柔らかく、気付かず麺と一緒に啜ってしまう千切りの人参。

 薄くも大きく噛み応えのしっかりした豚肉。

 含めば香りが口内を満たすしんなりとしたにら。

 

 麺が伸びないように急いていたのもあったけど、それ以上にこの味わいが美味しくて一心不乱に啜る。

 もはや啜る音に対する不快感は一切消え去り、気付いたらスープまで飲み干してしまっていた。

 

 「美味そうに食ったな」

 「えぇ、本当に美味しかったですよ」

 「良い顔してんな。美味いもん食っている間だけでも忘れてたろ?」

 

 言われてみればそうだ。

 あんなに悩んでいたのに先ほどまで頭の片隅にすらなかった。

 二重の意味で一杯食わされたとイェレナは思いっきり笑ってしまった。

 

 「お前さんは考え過ぎなんだ。性分なんだろうな」

 「でしょうね。否定はしませんよ」

 「なにかしら忙しければまだ考える事もないんだろうけど―――そうだ。街中でスカウト受けてたろ?試しにやってみたらいいんじゃないか?」

 「スカウト?……あぁ、あれですか」

 

 なんの事だろうと首を傾げた所で見慣れぬ場所に気付いた時で声をかけてきた人を思い出した。

 思い出してみれば確かにそんな話をしていたような。

 しかし高身長とスリムな体系、顔立ちを活かしてのモデルとしてスカウトされるなんて、今更ながら思いもしなかったなと笑う。

 

 「まぁ、一つの選択肢だがな。もう一杯食うか?」

 「えぇ、頂きます」

 

 なんでも良いから忙しさで紛らわす。

 それもまた一つの手か。

 なんにしても自身にはまだ責任が残っている。

 自分達が変えてしまった世界の行く末を見守るという大きな役目が。

 大きく頷くと先の事は先の自分に投げて、今はおかわりのらーめんをただ待つのみである。

 

 「そう言えば貴方のお名前聞いてませんでした」

 「儂か。儂は飯田 源治…って何かデジャブじゃな」

 

 首を傾げる様にこちらが疑問符を浮かべるも、それほど気にしなくても良かったのか調理を続け始めた。

 再び香りが漂い始めた頃、三毛猫がすたすたと歩き始めて窓を見つめ始める。

 ガラスを挟んだ先には黒猫―――ナオが居座ってこちらをジッと見つめている。

 

 「お前さんもあの子と同じか」

 「あの子?」

 「迎えが来たって話じゃ。まぁ、食ってからでも遅くはないじゃろ」

 

 はっきりと意図は語られなかったが、どうやら自分は帰れるらしい。

 本当に若干安堵すると共に寂しいと矛盾する感情が混ざり合う。

 

 「…残るか?」

 

 こちらの想いを察したのかそう提案してきた。

 ある意味、魅力的な言葉であるが首を横に振るって断り、持って来られたおかわりのプルコギ風らーめんに口を付けた。

 その後、ナオについて元の世界に戻ったイェレナはマーレ軍に辞表を出し、物は試しと源治が言ったように今までとは異なる世界に踏み出すのであった。




●現在公開可能な情報

・イェレナにより苦悩する者達…。

 戻って来たイェレナはプルコギ風らーめんを総司に注文するようになる。
 見知らぬ調味料を使う料理に興味を抱いたリーブスが商売出来ないかと模索するも、コチュジャンや豆板醤はエルディアに存在せず輸入に頼るもコストが大きい。
 マルレーン商会のカーリーは調合に乗り出すも、総司よりサンプルで頂いた品と試作で調合した物を何度も確かめ、毎回辛味に舌が襲われる。
 王都勤務となっている食事処ナオの常連達が聞きつけて、ライナーにリクエストしてきた為には総司に頼み込んで教えてもらうも店に出すにはまだまだ修練が必要…。
 三者三様に苦悩に苛まれながらどうにか出来ないかと頑張るのであった…。

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