進撃の飯屋   作:チェリオ

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第96話 バーベキュー

 フロック・フォルスターという一人の青年が居た。

 駐屯兵団所属でエレン達と同期である第104期訓練兵団に所属していた。

 マーレとの条約締結以降は取り戻した領土の広大さによって、復興事業同様に駐屯兵団も人手不足に陥る。

 各地に設けられた駐屯兵団支部に回せるほど管理職も居る筈もなく、若手の中でも能力有りと判断された者は穴埋めを理由に昇進させられ、中には二十代で支部長を任せられた(押し付けられた)兵士もいるそうだ。

 彼もまたそんな一人であり、ある意味では思わぬ幸運を授かった。

 

 …だが、何事にも自分だけに都合が良い事など早々ある筈がない。

 若くして高い地位が与えられ、給料も以前に比べて上りはした。

 同時に彼に圧し掛かる責任と慣れない仕事量は給料の上がりの比ではない。

 自身の仕事を熟しながら部下に仕事を振り分け、アクシデントが発生しようものならその対処の指示を行っては責任を被る。

 何とか今まで熟して来ていたが、もう身体の方もだけど精神面でも限界が近いのかも知れない。

 

 最近、悪夢を見る事が多い。

 断片的にしか思い出せないのだが、鳥や四足獣の巨大な化け物に襲われてワインの海(真っ赤に染まった海)に落ちるというもの。

 毎夜毎夜見るもので疲れはとれない上に寝不足…。

 もう限界かなと思いつつ、何処か区切りを付けなければと思い今日の今日まで耐えてきた。

 

 本日は三兵団の各支部長を集めた報告会が催された。

 といっても発言するのは各兵団のトップか幹部たちで、各支部長はここでの討議を聞いて認識を統一させるという聞き手に徹するだけ。

 …ただ気になる点があるとすれば今回は王都ではなくトロスト区で開催された事だ。

 それも閉幕後には慰労会と銘打った食事会を行うというではないか。

 しかも聞くところによれば料理人を招き、料金は三兵団の資金より供出するとの事で実質タダである。

 

 皆から少し離れた所で遠巻きに眺める。

 並べられたグリルで串物を焼く料理人(飯田 総司)の周りに当然ながら多くの人が集まり、その中には調査兵団団長ハンジ・ゾエに憲兵団団長ナイル・ドーク、駐屯兵団司令官ドット・ピクシスの各兵団トップ三名に加え、ダリス・ザックレー総統の姿も見受けられた。

 疲労もあって混じる気にもなれなかったが、何というかカオスな光景にだけ目を向ける。

 

 「どうした元気なさそうだな?」

 

 声をかけられて振り返るとそこには同期でもあるジャン・キルシュタインが立っていた。

 すでにあの中に混ざって来たらしく、手にしている取り皿には湯気を立ち昇らせる串物が二つ乗せられていた。

 問い掛けにそのまま返そうかとしたが、口にして心配されるのもどうかなと思って少し濁らせる。 

 

 「…いや、国全体がようやく回り出したとはいえこんなことしていて良いのか?」

 「たまには息抜きは必要だろう」

 

 それはそうなのだが…と口にしようとした所で止めた。

 間違ってはいない。

 ジャンの他にもマルコなど同期の連中の多くは出世して慣れない仕事に就かされている。

 自分もそうなのだから彼らとて苦労は相当している筈なのだ。

 そう考えると否定する事は出来ず、寧ろこれで自身の疲労困憊が少しでも和らいでくれたらどれほど良いかと思うばかり。

 

 「ハンジ団長も忙しそうでな。最近は会うたびに“巨大過ぎる責任に踏み潰されそうだよ!?”とか言ってくるほどだしな」

 「団長ともなると大変だろうな」

 「特に代替わりしたから余計に…だな」

 

 そう言ってジャンは皿に乗っていた串物の一つを差し出して来た。

 受け取ると更に残っている別の串物を齧る。

 

 「…これは?」

 「つくねだ。なんでも鶏肉のミンチを固めて焼いたものらしい。俺はそれにチキン南蛮風にして貰ったって訳だ」

 

 よく分からないが「…そうか」とだけ口にするとジャンは「楽しめよ」と去っていった。

 アイツなりに気遣ってくれたらしい。

 優しい事だなと思いながらも串に対しては怪訝な顔をする。

 

 …何というか不味そうなのだが…。

 白く平べったい塊に透き通るような赤茶色のソース、さらにはドロッとしたタルタルソースが駆けられている。

 この際タルタルソースは良いとしても、なんだこの平べったい塊は?

 ハンバーグも種は違えどミンチだ。

 あちらは焼けば黒、もしくは茶色になる。

 一応鳥ミンチと説明を受けたがこの白さはなんだ?

 不気味に感じる上にソースの上にソースとは節操がないのではないかと軽蔑の眼差しを向ける。

 このまま放置するかとも思ったが、進められたものに口も付けないというのも心苦しい。

 ため息一つ零して何気なく齧る。

 

 「………なんだこれ」

 

 口にして先ほどの感想は消え去った。

 噛めばしゃきしゃきと歯応えの良いらっきょうにもったりと滑らかな卵に濃厚なマヨネーズ。

 ドロッとしておきながらタルタルソースはさっぱりとして食べ易く、その下の赤茶色のソース(甘酢餡)はとろりと口当たりがよいだけではなく甘さと酸味が調和しており、タルタルソースと合わさる事で含んだ時とは異なる味わいを演出する。

 そこにふわりとつくねが解れて鶏の旨味が広がりながら混ざる。

 時々コリコリする食感(軟骨)が面白い。

 

 美味しい以外になんだこれという感想しか浮かばず、フロックは困惑に陥った。

 それでも手と口だけは動き続け、いつの間にか手にしていたつくねは食べきってしまっていた。

 唇に残っていたソースを指でふき取り、ぺろりと舐め取ると自然と視線は料理の方へ向く。

 ふらりふらりと近づいて行けば美味しそうな匂いが強まり、最前列まで辿り着くと腹の虫が鳴き出した。

 

 周りを見ていると注文をしても良いらしいが、美味しそうな匂いと空腹感から待てずにいる。

 グリルは十台前後並べられており、料理人の側面に並んでいる二台は注文を受けて焼いているもので、それ以外の前列に並んでいるグリルで焼かれている串は自由に取って良いらしい。

 フロックもまた我慢出来ずに取り皿に好き勝手に串を取る。

 とりあえず三本だけ取って、飲み物はワインを選ぶ。

 皆が集まっているグリル前から離れ、早速食べようと串を手とる。

 

 まずはこの豚からだ。

 焼いて塩だけと言っていたから味の予想は容易い。

 被りと噛み締めれば噛み応えのある豚肉と塩気が―――などと甘く考えていた。

 フロックが手に取ったのは“豚バラ串”。

 肉は柔らかく、ついている脂分の塊はしゃくりと切れるような食感と共に濃厚な豚の旨味を振らんでいる。

 噛めば口内に良質な脂分が溢れだす。

 その豚肉の旨味を際立たせる程よい塩気。

 一切れ噛み締めた瞬間には目を見開いて驚き、一緒に注文したワインに口を付ける。

 芳醇な香りが鼻孔を通り、酸味を含んだ赤ワインの味わいが口内を流れて喉を潤す。

 肉もだけどワインもかなり上質なものだと分かる。

 これがただとは何て贅沢なんだと一瞬眉を潜めるも、精神的に疲れて弱り切っているフロックは感情もワインと一緒に飲み込んでしまう。

 

 プハァと行きついたフロックは思った。

 これはワイングラスではまどろっこしい(・・・・・・・)

 正直図々しいとは思いつつ、おかわりをワインボトルごと頼んでみると、あっさりと了承されて一本丸々差し出された。

 受け取れば豚バラを齧ってはボトルに口を付ける。

 豪快な飲み食いに周りの兵士達も感化されたのか、同様にボトルを要求してはがっつき始めた。

 溜まりに溜まっていた疲労感もあって、歯止めも利かずに我関せずで楽しみ始める。

 

 豚バラ串を食べきると次の串に手を伸ばす。

 鶏と白ネギが交互に刺された“ねぎま”という串物。

 先のつくねと違って鶏肉と認識できる分だけ、夢に出て来た鶏のバケモノを連想して手がいったん止まる。

 だが、ふわりと漂う匂いに止まった手は動き出す。

 

 豚や牛と違ってさっぱりとした脂に柔らかい鶏肉、ぷにっと弾力のある皮。

 何よりこの甘くて濃厚なタレが堪らない。

 鶏肉だけでも美味いのだが、間に挟まっている白ネギと一緒に齧ればなんとも言えない味わいに変化する。

 大きいために歯応えはあるものの柔く、噛み締めれば中からネギの仄かな甘さを含んだ旨味が溢れ出す。

 それがタレや鶏肉の風味と混ざって深みとコクをアップさせる。

 鶏だからというのもあるけど、ネギが挟まっててさっぱりとして食べ易い。

 

 そして次は牛串だ。

 まさに肉といった風貌の串に躊躇う事無く齧り付く。

 歯が食い込んだ瞬間に溢れ出る脂。

 しっかりとした噛み応えがありながらも解れる牛肉。

 そして表面にもだが中にも浸み込んだ甘辛いソース。

 先程の串の中で噛み応えは断トツで味は濃く、噛めば噛むほど牛の旨味が零れ出る。

 一切れでワインが進む進む。

 齧り付いては飲み、噛み締めては飲み、呑み込んでは飲む。

 

 これは止まらん。

 最後の一切れを噛み締め、ワインで流せば自然と次の料理を食べようと進み始める。

 焼かれていたのは決して肉だけではない。

 とろっとろで瑞々しいナス。

 風味が独特でたまに辛い当たり(・・・)があるししとう。

 ここでは珍しい海鮮物で、噛めば濃厚過ぎる独特の旨味のほたて。

 少しパサつくもののぷりっとした食感が楽しい海老。

 これらはこれらで美味しく、特に海鮮はショウユ(醤油)を垂らして焼くので漂う香ばしさが味だけでなく香りだけで食欲をそそる。

 

 「おお!焼きおにぎりもあるじゃないか!!」

 「あそこ(食事処ナオ)でいつも食べてんでしょ」

 

 なにやらマルロが興奮気味に喰いついているようだ。

 対してヒッチは何処から捕まえて来たのか黒猫(ナオ)を抱き締め、デレデレした様子で可愛がっていた。

 …猫のほうはされるがままで、諦めた雰囲気を漂わせていた…。

 

 猫は置いておくとして、その“焼きおにぎり”というのが気になって覗きに行く。

 網の上には三角形に握られたライスが乗せられていた。

 ライスを焼いたものかと視線を外そうとしたところ、料理人がタラリとショウユを塗った。

 じゃわりと言う音と同時に香ばしい香りが漂い、ライスは薄っすらと茶色く染まる。

 あぁ、この香りはズルい…。

 

 誘われるままに焼けた“焼きおにぎり”を一つ取り、はふりと口にする。

 カリッと表面はしっかりと焼かれ、中からふわりと湯気が上がる。

 熱い事からはふはふと空気を含みながら咀嚼すれば、ふっくらとしたライスにショウユの塩気やコクが合わさり、香ばしさを伴って口の中で踊り狂う。

 ライスなんて…などと甘い考えは消え去った。

 これは確かに美味い。

 今までのライスに対する印象とは異なり、このショウユとの相性は素晴らしいの一言に尽きる。

 

 二口三口と齧っているとすぐ側でコーン(とうもろこし)が焼かれ始めた。

 それにも同様にショウユを塗ったのを目撃し、これは俺のだと言わんばかりに焼けるのを待つ。

 しかし同様に匂いにつられた連中が側にいるのも何となく察せれる。

 こうなれば争奪戦である。

 焼けたと思った瞬間の取り合い。

 七本ほど転がっていたとうもろこしはそれ以上の手が伸び、激しい争奪戦の後になんとか手にする事が出来た。

 隠すようにしてそこから離れ、早速と言わんばかりに大口で齧り付く。

 

 じゃくじゃくという食感に溢れ出すコーンの甘いぐらいの蜜。

 先ほどの焼きおにぎりはショウユがメインの味となっていたが、こちらはショウユの味わいがコーンの風味を引き立てている。

 これは野菜というよりはデザートの部類に入るのではないかと我武者羅に口にする。

 

 「思った以上に楽しんでるな」

 「ジャンか?…まぁな」

 

 苦笑されて我に返り、口元を袖で拭って体裁を保とうとするも手遅れである。

 二人してワインのボトルを傾けて豪快に飲む。

 グビグビと飲んで息を付き、ジャンはお勧めの串があるんだと誘い、久しぶりに今日は良く眠れそうだとそんな予感を抱きながらフロックは楽しみにその後を行くのであった。




●現在公開可能な情報

・滞る兵団業務
 三兵団の会議は筒がなく終わり、その後の慰労会と銘打った飲み会は大成功…の筈だった。
 慣れない仕事に疲労が溜まっていた事もあって、多くの参加者が我を忘れたように飲み食いし、その大半が翌日は動くのもままならないほどの二日酔いに悩まされることになったのだ。
 一斉に多くの管理職が休んだことにより、本部を含んだ各支部は仕事が大いに滞り、彼ら彼女らは当分その滞った仕事を抱えながら業務に励む事になるのであった…。

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