進撃の飯屋   作:チェリオ

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 まさかアニメが来年に持ち越されるとは思わなかった。
 アニメと同時に終了しようと思っていただけに、どうしようか悩み中…。
 とりあえず投稿頻度を二週に一話投稿(度々遅れて申し訳ありません)から不定期に変更いたします。


第97話 白菜と豚肉のミルフィーユ

 人とは不思議なものだ。

 物流の停滞や食糧難で肉の価格が高騰して中々食べれなかった時は肉を、問題が幾分か緩和して普通に食べられるようになると今度は野菜や他の食材を食べたいななどと思ってしまうのだから。

 リコ・ブレツェンスカはしばしば苦笑する。

 

 駐屯兵団精鋭班に所属する彼女の仕事は多忙を極める。

 領地回復後の人員不足はどの兵団も同じで、当然ながら彼女も不足による煽りを受けた…。

 司令であるピクシスに参謀達ほどではないが、各地の支部長から上がる報告書に目を通し、確認作業や不備がないかと支部を巡ったりと忙しい日々を過ごして居る。

 日程的にも厳しく、自然と仕事量によるしわ寄せが疲労と言う形で蓄積していく…。

 給金は上がって懐は温かくなったし、会食や接待などで美味しいものにあり付ける機会が増えた。

 しかしそれは当然に疲れと栄養バランスを無視した食事によって体調は崩れる原因となった。

 

 そういう訳で何か身体に良いものを食べたい。

 出来れば最近食べてなかった野菜とかで。

 などと思ったところで出て来る料理といったら重たいマッシュポテトに夕食にしては軽すぎるサラダだろう。

 いや、体調を鑑みると軽い方が良いのかも知れないな。

 

 少しため息交じりに飲食店を探そうと周囲を見渡す。

 するとやたらと見覚えのある風景に小さく声を漏らした。

 そう言えば今日はトロスト区を周っていたんだと…。

 ならばあの店へ向かうべく、裏路地へと足を踏み込んだ。

 最近は忙しくてめっきり行く事も減ったなとしみじみ懐かしみながら、辿り着いた食事処ナオの扉を開く。

 

 ふわりと心地よい空気が身体を包むように迎え入れてくれる。

 懐かしい…。

 以前訪れた時の様子を思い出しながら笑みが零れた。

 感傷に浸りながらも案内されるままにカウンター席に着く。

 席に着いたのはいいのだが、何を頼むべきかが悩む。

 確かに食事処ナオで扱っているサラダだけでも豊富かつ新鮮なのだが、コレ!っと思う様な品が中々見つからない。

 悩んだ末にとりあえずの注文とメインは総司に丸投げする事に決めた。

 

 「すみません。もろきゅうと塩だれキャベツ、それと“焼き”のしいたけ………後は何か身体に良いものを」

 「畏まりました」

 

 最後の注文に総司は少しリコの様子を窺って返事をした。

 総司が何やら作っている間にもろきゅうと塩だれキャベツがすぐに運ばれ、同時に間の前には皿に乗せられた椎茸と小さな七輪が置かれて七輪には火が灯される。

 

 後は自分で焼いて食べるだけ。

 七輪に椎茸を二つ乗せて焼き始め、もろきゅうに手を伸ばす。

 一つを摘まんでもろみ味噌を付けて口へと運ぶ。

 ボリボリと心地よい歯応えが楽しく、胡瓜の瑞々しさと粒粒した甘みと癖のあるもろみ味噌のまったりとした味わい。

 ついつい食べてしまう。

 

 摘まみながらぼんやりと七輪を眺め、椎茸をふつふつとしてきたところで醤油を垂らす。

 そろそろかなと椎茸を箸で挟み、ふぅふぅと少しばかり吐息で覚まして口へと放り込む。

 むにっと柔らかくも弾力のある食感。

 人によっては苦手だろう癖のある独特の風味。

 そこに醤油の味わいが加わる。

 これがまた何とも言えない味わい…。

 ビールかワインが欲しくなるも、今は体調を考えて避けるべきだろう。

 残念であるが致し方ない。

 またの機会…次に来店した時の楽しみに取っておこう。

 熱いうちにもう一つを口にしながらもう二つを焼き始める。

 

 その間にまたもろきゅうを摘まもうとするも先ほどので食べきっており、ならばと塩だれキャベツに手を付ける。

 シャクシャクと胡瓜に比べたら軽やかな歯応えに、程よい塩気でさっぱりする塩だれ。

 こちらもこちらで手が止まらなくなる。

 そうしていると残りの椎茸も良い具合に焼けて、醤油を垂らすとハフハフと熱を息と共に逃がしながら食べる。

 のんびりと時間を過ごして居た事もあって思っていたより時間が進んでいて、塩だれキャベツが無くなったタイミングで料理が運ばれてきた。

 

 深みのある器に盛られたそれはミルクレープを連想させるように白菜と豚肉が交互に挟まれている料理であった。

 

 「これは?」

 「白菜と豚肉のミルフィーユです」

 

 野菜やヴルストを一緒に煮る料理は食べた事はある。

 けどこういう白菜と豚肉オンリーの料理というのは初めてだ。

 どんな料理なのかと興味津々に一緒に置かれたスプーンを突っ込む。

 

 掬い取った白菜と豚肉のミルフィーユを含む。

 その瞬間、リコは目を見開いた。

 煮られてトロットロな白菜は勿論、豚肉も非常に柔らかい。

 噛むまでもなく舌でほろりほろりと簡単に解れてしまう。

 それに優しい味わいのスープに豚肉と白菜の旨味が存分に溶け込んでいて、スープだけでも美味しい。

 何より喉を通って胃へと伝わる温かさ。

 

 身体の奥底からじんわりと温められ、疲れ切った肉体と精神が和らぐようなこの感覚。

 ほぅ…と吐息が漏れ出る。

 これだ。

 私はこういうのを欲していたのだ。

 

 リコは焦ることなくゆっくりと白菜と豚肉のミルフィーユを口にしていく。

 口にするだけで心身ともに何かが抜け落ちて行くような気すらしてきた。

 時間をかけて食べ終わると同時にふと疑問を抱いた。

 どうして総司はこの料理を選んだのだろうか。

 あの注文であったならリゾットでもおかしくは無かっただろう。

 

 問いかけると目の下のクマに顔色や雰囲気から察したのだとか。

 良く観ているなと感心すると同時に、それほど弱っていたんだなと再認識する。

 

 少し物足りなさを感じ、リコはもう一杯頼む。

 ほかほかと身体が温まって、お腹も満たされた事もあって眠気が酷い…。

 ここで眠る訳にはいかない。

 

 眠気で微睡む意識に喝を入れて思考を働かす。

 この睡魔では帰宅は難しい。

 街並みを思い出して宿屋を思い出し、近場であれば何とか持つかと時間を確認すれば思った以上に遅く、この時間帯では空いているかすら怪しい。

 どうするかと悩んでいると再び睡魔が強まり、頭がぐらりぐらりと揺れる。

 

 「ナォ~ウ」

 

 いつの間にかナオが足元に居り、鳴いて総司を呼んでいるようであった。

 気が付いた総司はナオの意図を察してニコリと笑った。

 

 「もし宜しければ泊って行かれますか?」

 「いや、そういう訳には…」

 「その状態で帰宅と言うのも危ういでしょう。それに事情により帰れなくなったお客を泊める一室ありますので気兼ねなく」

 「あー…」

 

 同期から聞いたことがある。

 酔い潰れて一晩泊めて貰った事があると。

 最後に総司が毎回されるとさすがに困りますがと悪戯っぽく笑う。 

 眠気で朦朧としていた事もあり、兎に角身体が眠りを欲し過ぎていた。

 今回ばかりは甘えるとしよう。

 朝一で本部に向かえば問題はないだろう。

 そう思い一晩お世話になる事に。

 

 貸し出し用の一室に案内されたリコは、そのままベッドに潜りこむ。

 普段使っている物より柔らかく、ふんわりと身体を包む感触に微睡んでいた意識は容易に持っていかれ、即座に眠りに落ちて行った。

 翌日、朝食もご馳走になったリコは、あの料理とベッドのおかげか最近の疲労が抜けたかのように軽やかに出勤するのであった。




●現在公開可能な情報
 
・白菜と豚肉のミルフィーユの影響
 リコが訪れて翌日の夕方ほどより訪れる客の多くが、白菜と豚肉のミルフィーユを注文するという出来事があった。
 なんでも食したリコが“疲れが癒える料理”と触れ回ったそうで、確かに客を観察してみれば誰も彼もが疲れ切った顔をした者ばかり。
 終いには街に料理名だけ広まってしまい、リーブス会長が喰い気味に問い詰めに来るのにそれほど時間は掛からなかった。

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