PCの不調から始まり、動く度に痛んだりヒヤッとする程に腰を痛め、花粉症で目と鼻と喉と思考能力をやられておりました…。
冷たい…。
苦しい…。
痛い…。
何がどうなっているんだ?
声は出ない。
呼吸も出来ない。
瞼すら上げれない。
耳には音が届かない。
周囲の状況すら確認する事すら出来ない。
思考が薄れる。
身体が千切れそうな程の圧と勢いを体感している。
何故俺がこんな目に合わなくちゃならないんだ?
原因としては何かに必死に掴んでいる事にあるのは解っている。
手放せば楽にはなれるだろう。
けれども決して手放してはいけない。
理由まではハッキリしていないが本能的が止めが入る
自分だけではなく知り合いも見知らぬ連中も、過ごしてきた社会に世界が瞬く間に消滅してしまう。
これは使命であり、身命を賭してでもやり遂げなければならない。
例え自分達の世界を護るために幾千、幾万、幾億、幾兆の犠牲が出ようと、自分達以外の文明と社会が崩壊しようとやらねばやられるのだ。
圧が弱まり、停止したところで俺は頭上から零れ落ちる光へ藻掻き進む。
僅かな希望と期待に縋り付き、最期の力を振り絞って魂を売り払う。
この残酷な世界で何かを変えるのは悪魔か、悪魔に成るしかない。
後世にどんな批判をされようと、俺は俺の世界を護る為に悪魔になってやる。
そして、俺は――――…。
変な夢を見た。
どんな?と聞かれてもぼんやりとしか覚えてなくて、全てを説明するには難しいが嫌な夢だったのは確かだ。
朝から気分が乗らない。
覚えていない悪夢とその悪夢の影響かびっしょりと脂汗を掻き、週初めからべちょべちょに濡れたシーツを洗う事が確定した事で、二重の意味で最悪と言えよう。
だが気分が乗らなくとも仕事にはいかねばならぬ。
大きなため息を漏らしながらフロック・フォルスターは、さっさと支度を済ませて出勤する。
職務に邁進する事でこの嫌な気分も多少は和らぐのではないかと期待して。
本日……というか今週は視察がメインだった。
それぞれに割り振られた地区の支部を周る。
すでに何度か行った仕事なだけに手順や慣れはある筈なのだが、今朝の悪夢が思った以上に引き摺って仕事のペースが悪い。
今日中に済ませれる予定だったのに、昼近くになっても予定の三分の一までしか進んでおらず、その結果がさらに気分を悪化させる。
この調子では仕事にならない。
かといって気分が乗らないので仕事を休みますなんて言い訳も出来ないし、出先で翌日に仕事を回すなんて手段も取りたくない。
「気分転換も兼ねて早めの昼食にするか…」
時刻としては若干速いが、このまま机に齧りついても良い結果が出ないのは目に見えている。
周囲の団員に声を掛けて昼食を摂りに外へと足を伸ばす。
食事またはこの出歩く事が少しでも気晴らしに成ればと思いながら。
「あれ?君は――」
「――ッ、これはハンジ団長」
出歩いてどの店にしようかと悩んでいる最中、まさか調査兵団団長のハンジ・ゾエに出会うとは思いもしなかった。
気が回っていない身体に喝を入れてシャキッと姿勢を正す。
対してハンジはそんなに畏まらなくていいよと疲れた様子で告げる。
「どうしました?体調が優れないようですが…」
「うーん、どうも夢見が悪くてね。予定を変更して食事に出て来た訳だ」
「団長もですか」
「私もって事は君もかい?」
「えぇ、悪夢を観ちゃいまして」
「そうなんだ。なら君も一緒にどうだい?」
「是非」
他の兵団とは言え団長からの誘いというのもあるが、これもまた気晴らしになるかなと付いて行く。
その際にいつも側にいるモブリットが居ない事に触れると、抜ける為に予定の一つを押し付けたという。
軽く笑いながら相槌は打つも、心の中では押し付けられた彼に同情を抱く。
道中は軽い談笑をする訳なのだが、二人共悪夢を見た事から当然その話題となり、説明し辛いフロックは“重責を背負いながら逆境であろうと進む魚?”と濁しながら口にすると、ハンジも歯切れが悪く首を捻りるばかりで互いに苦笑いを浮かべるしかなかった。
誘われるまま路地裏に入った先に会ったのは“食事処ナオ”という看板が掲げられた飲食店。
その名は以前
「さぁ、入った入った」
扉を開けるとからんと小さな鐘の音が来客を知らせ、店員が「いらっしゃいませ」と声を掛け、空いていたテーブル席へと案内された。
ふわりと店内には美味しそうな匂いが漂い、そこまででも無かった胃が刺激されて空腹を訴えかけて来る。
そういえば悪夢を見てから気分が沈み、朝食を摂るのも億劫になって抜いていたんだった。
「さてさて、今日は何にしようかな?フロック君は何にするんだい」
「えー…ここは何が美味しいんでしょうか」
「あれ?もしかして初めてだった?」
「いえ、慰労会でのバーベキューで知ってはいましたが、店を訪れたのは初めてです」
「それは運が良い。昼時だったら人がもっと多かっただろうからね」
ふぅん、そうなのかと思いながら店内を眺めると昼には少し早い時間だが、中々に客が入っていた事から路地裏に店を構える割には、かなり繁盛しているのだろうと推測出来る。
手入れが行き届いた店内に見た事の無い料理、食べる度に頬を緩める客達。
中々に良い店ではないか。
ただメニューの多くが知らない料理名ゆえに想像が難しくて悩んでしまう。
「で、決まったかい?」
「おすすめは――」
「ふっふっふっ、なら任せて貰っても良いかい?」
「え、えぇ…お願いします」
何故この人はそんなに怪しい笑みを普通に浮かべて来るのだろうか。
不安が煽られるんだが…。
なんて考えている間にハンジは注文する為に店員を呼び、呼ばれた店員である少女が早歩きで近づいて来る。
―――ズキリ。
注文を取りに来た
なんだと困惑するも答えは解らず、僅かに曇った表情からハンジが首を傾げる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫…です」
「なら、良いんだけど…」
「注文は何にするんですか?いつもの麻婆豆腐ですか?」
「食べたいんだけどさぁ、あれって香辛料強いから匂いでバレそうなんだよね。だから今日は麻婆豆腐無しで白身魚の甘酢餡掛けにレバニラ、八宝菜と……後は餃子。あ!それとビール二つ」
「まだお昼ですよ?」
「人も少ないし、一杯二杯なら良いでしょうよ」
「モブリットさんに叱られても知りませんからね」
「大丈夫大丈夫、いつもそうだから。そうそう餃子とビールを先にお願いね」
「はーい」
それは大丈夫とは言えないのでは?と口から零れそうになった感情を呑み込む。
料理が出来上がるまでの間は、ちょっとした雑談で時間を潰していたが、思っていた以上に最初の料理が届いた。
ハンジ団長が“餃子”と言っていた料理だろう。
白い生地に何かが包まれている単品料理。
小さいクレープみたいなものか。
それとジョッキに注がれている黄色い液体。
絶対に果実水なんかではなく酒。
店員が制止を軽く口にした理由にも得心し、問題ないと言い切った目の前の団長殿に呆れを覚える。
「かぁー、美味い!」
なんて思われているとも知らずにハンジは並んでいる十個の内、一つを取って口に放り込んで咀嚼すると流れるようにジョッキに口を付けて、喉を鳴らして呑むと店内に響くような大声を発する。
美味そうに食うなと思っていたら、君もと言わんばかりに進めて来る。
小さくため息を零しながらも同様に一つ口に含む。
「――あ?」
声が漏れた。
薄くもむにゅりと柔らかい生地を歯が破ると、溢れ出る熱々な肉汁が肉の旨味を広げる。
それだけではない。
香り高いニラとにんにくがガツンと味覚と嗅覚を刺激される。
何なんだこれは?
ハフハフと熱の籠った吐息を逃がしつつ、手はキンキンに冷えているビールジョッキへと伸びる。
キンキンに冷えたビールが口内を冷やすと同時に雑味がなく、鋭いキレと大人になった事で美味いと感じてしまう苦味が駆け抜け、またのど越しが堪らなく良い。
一口のつもりがグビリグビリとジョッキの半分ほど飲んでしまった。
ワインともエールとも異なる酒だが、このギョウザとやらとの相性が最高過ぎるのは理解出来る。
「美味いでしょう?」
「これは良い物ですね」
答えを聞いたハンジはニッコリと笑みを浮かべえうも、フロックがひょいっと二つ目を口にすると全部食べられるとでも焦ったのか、今度は慌てて同じくパクリと二つ目に食らい付く。
盗ったりしませんよと口にしつつ苦笑いを浮かべながらさらに三つ目を口へ運ぶ。
説得力皆無じゃないか!?と抗議を受けるも素知らぬ顔。
クツクツと笑いが漏れ、二人共すでに悪夢で憂鬱な気分だったことなど忘れ去っていた。
次に届いたのは白身魚の甘酢餡掛け。
これに関して
想像通りの魚の揚げ物に何らかのタレが掛かっている。
だからこそ舐めていた。
揚げたてのサクサクの香ばしい衣の食感にふわっと中から湯気が漏らし、食感は柔らかくて味は淡白な純白の白身魚が口いっぱいに広がる。
淡白な味わいゆえにとろりと滑らかで甘酸っぱいタレが丁度良い味を生み出す。
いいや、甘酸っぱいだけではなく、微かだがピリリとする小さく形を残した香辛料がさらに味を引き出している。
これがビールに合わない筈がない。
堪らずジョッキの中に残っていたビールを飲み干してしまい、ついつい二杯目を注文してしまった。
先ほどまで昼から酒を…などと抱いていたくせにだ。
餃子の一件で警戒されたか魚は初めに分けられ、あっという間に胃に納まってしまった。
単品を複数頼んでいたのでそれはそれで良いのだが、どうも手持ち無沙汰というか次の料理を目が催促してしまう。
次に運ばれたのは八宝菜。
肉は少なく野菜が目立つ料理。
これもまた甘酢餡ではないがとろりと滑らかそうなタレが掛けられている。
野菜炒めともまた違う料理に興味津々でまずは一口と頬張った。
美味い。
いや、旨い。
とろみがついたタレというかスープの味わいもあるのだろうけど、複数の野菜から溶け込んだ旨味が合わさった事でより奥深さを与えている。
スープに負けず劣らず柔らかく煮られた白菜は噛まずともつるりと喉を通る。
白菜に椎茸、青梗菜に木耳、筍にヤングコーンなど数多くの野菜は様々な味や食感だけでなく、黒白黄緑と彩りも兼ね揃えていて綺麗だ。
単品で分けていると言えども一品二品と油っぽい料理で、この八宝菜もまた油は使われているだろうけど、野菜たっぷりな事と柔らかく煮られた食感と優しい味わいが胃に良い感じがする。
胃がほっこりと温まった事で気持ちまでも安らぐ。
「悪魔の店かここは…」
「ははは、違いないね。魅了されたら底なし沼にハマるように逃げ出せないよ~」
「確かに嵌りそうですが………なんですこれは?」
「レバニラだね。臭みはあるけど美味いよぉ」
八宝菜を食べている最中に運ばれたレバニラという料理。
確かに広がる匂いは美味しそうであるが、ナイフとフォークで突く感触は肉と言うよりは粘土の類ではないかと疑ってしまう。
付け加えると湯気に当てられて曇る眼鏡と含みのある笑みを浮かべるハンジ団長が怪しさを増す。
わざとなのか解らないが、どうしてこの人はそれほど怪しげな顔を出来るんだろうか。
不安を覚えながらスプーンではなくフォークで僅か一部を持ち上げる。
美味そうな香りに紛れて何処か臭みのようなものが漂っており、こればかりはすぐには口に入れる事が躊躇われた。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」
急かされたのもあって恐る恐る口に入れる。
噛み締めるとブニっと肉とは異なる不思議な食感と血生臭さが
予想でしかないか調理や下準備で幾らか幾らか緩和しているのであろうが、それでも濃いめのタレでも完全には隠し切れていない。
でも、なんだろう。
この臭みのある独特の風味が癖になる。
もう一口を放り込んで噛み締めると、ビールを煽るように飲み干す。
自然と美味いと感じてしまう。
「癖になるんだよねコレ」
「えぇ、分かります」
「それに酒が進んで進んで―――と言う事でビールのおかわりを!」
「昼間から飲み過ぎですよ。ビール二つで」
「制止しておいて自分は注文するんだね」
来た時は人が少なかったが、時間が経つにつれて昼時が近づいて客が増えて来る。
まだ兵団関係者はいないとしても、真昼間から酒をカッ喰らっていたなどと注意を受けるのはまっぴらだ。
なので周囲の客を確認した上でビールを注文し、不用意に周りに告げるような言葉は控えて貰おうとニヤリと笑って唇に人差し指を当てて“お静かに”とジェスチャーで伝える。
先ほどまで散々怪しい笑みを浮かべていたハンジ団長に「怪しい笑みを浮かべるね君」と言われたのは心外ではあったが、今日は美味しい食事と良い店を紹介してくれたのは嬉しい誤算だった。
結局昼から
美味しいもので心を満たされたからか、もしくは多少のアルコールのおかげか気分が非常に良い。
朝の憂鬱が嘘のような軽い足取りでフロックは職場に戻る。
エルディア復興の為に頑張ろうと―――…。