進撃の飯屋   作:チェリオ

118 / 123
第99話 味噌焼き丼

 アルミン・アルレルトは一歩踏み込んだ瞬間に、異様な光景に立ち竦んだ。

 昼食を食べようとエレンの所に訪れると店内が騒がしいのはいつも通り変わらないのだが、和気藹々と言うよりは険悪な感じで空気がヒリ付いている。

 ただミカサとルイーゼが俯いているライナーに怒気を含んだ睨みを向けている事で、騒ぎの原因がライナーにあるのは明白だ。

 

 対面に座るエレンは冷めた目で周囲を見渡し、再びライナーへと視線を戻す。

 まるで裁きを待つ罪人のように俯き怯えるライナーに静かに話し始めた。

 

 「――仕方ないよな…」

 「え?」

 

 頬を掻きながらなんでもないように言われ、逆にライナーの方がポカンと呆気にとられてしまっている。

 

 「入ってすぐ訳も分からず巻き込まれたお前に何が出来たよ。悪気もなかったんだ。それは仕方ないよな」

 「違う!違うんだエレン!俺が―――迂闊なことを言った俺が悪いんだ!!」

 

 許される流れを遮るようライナーは突然立ち上がり、床に手をついて声を上げた。

 店内はざわついてはいるが、今ので注目を集めて多少は落ち着いたように見える。

 それもあってかアルミンに気が付いたエレンが「よう」と声を掛けてきた。

 

 「何かあったのエレン?」

 「まあ、少し…な。クリスタも来てくれたんだな。注文は何にする?」

 

 一緒に訪れていたクリスタが続いて入店して、姿が見えたことでエレンの視線は流れた。

 二人して空いていたカウンター席に並んで座る。

 これだけ騒がしい…というか騒ぎになっているけど営業はしているんだと困惑すると同時に、食事処ナオでも似たようなことがあったなと懐かしさに襲われる。

 懐かしんだことでこの騒ぎがどうして起こったかを何とはなしに察することが出来た。

 

 「うーん、今日のお勧めは何かな?」

 「豚肉を使った味噌焼き丼だな」

 「あれ?ミソって確か…」

 「ちょっと前に総司さんに分けてもらってな」

 

 「へぇ…」と声を漏らすと周囲の喧騒が静まり、代わって視線が背中に突き刺さる。

 嫌な予感を感じていると隣にハンネスが腰掛けた。

 

 「トッピングはどっちを選ぶんだアルミン」

 「そう聞いてくるってことは元凶はトッピングなんですね?」

 「正解だ。おっとトッピング無しは止めといた方が良いぞ。美味しく食べたいんならな」

 

 この騒ぎに巻き込まれない事を考えれば、別の料理を注文するのが良いんだろうけど、騒ぎになっているのも含めて気になって仕方がない。

 すでに美味しいのは確定してはいる。

 でないとトッピングとは言え騒ぎになるほどの争いは発生することはないのだから。

 

 「問題となってるトッピングというのは何なんです?」

 「おう、見せてやれよエレン」

 

 言われるがままに差し出された二枚の皿に野菜が乗せられていた。

 一つは細く切られたキャベツの千切り。

 もう一方はすりおろした大根おろしに小ねぎがぱらりと掛けられている。

 どちらも食事処ナオでお馴染みで、キャベツの千切りはしょうが焼きやトンカツなど肉料理や揚げ物の供として、大根おろしもみぞれ煮などで肉料理とも焼きサンマを始めとした焼き魚にも合う。

 

 これは悩む。

 ミソの味わいはミソスープやサバミソで分かるつもりだが、ミソに対してどちらが合うかは検討がつかない。

 メインが肉であることからどちらも相性が良いので選ぶ基準にはなり得ない。

 

 「悩むね」

 「どっちも食べれば良いじゃねぇか?」

 「さすがに丼もの2杯は…」

 「ねぇエレン、トッピング別々のミニ丼で注文できるかしら?」

 「勿論出来るぞ」

 「だったらそれでお願い」

 「あ、同じので」

 

 唸りながら考え込むアルミンはクリスタの妙案に飛び付いた。

 注文を受けたエレンは早速調理に入った。

 フライパンを熱し始め、油をひくと漬け込んでいた肉を焼き始める。

 ジュワ~と焼ける音が立つと、タレの香りがぶわりと広がる。

 ミソの香ばしさに食欲を誘うニンニクとショウガの匂いも混じっており、匂いだけでもパンが進みそうだ。

 丼ではなく茶碗にホカホカの米が盛り、片や千切りキャベツに焼いた肉、片や焼いた肉に大根おろしの順に乗せられていく。

 「豚肉の味噌焼き丼のミニ二つずつお待ち」

 丼は素早く提供されるのは食事処ナオの名残だろうか。

 なんにしてもお腹が減って訪れた店で、美味しそうな匂いを嗅がされるという拷問時間が短く済んで良かった。

 

 「食べよっか」

 「そうだね」

 

 どうもそれはクリスタも一緒だったようで、二人してスプーンを手にして、早速と味わうことに。

 

 まずはメインの肉を味わう。

 旨味がたっぷり詰まった豚肉の脂身。

 香ばしく深みとまろやかな味噌の奥深い味わい。

 二つが合わさり生み出される甘いとも塩辛いとも表現し難い旨みの暴力。

 そして染み込ませたことで味わいが一体化するだけでなく、噛めば噛むほど深い味わいが出てくる。

 食べながらも鼻孔や口に広がる匂いがより食欲を掻き立てられ、濃い目の味付けなのでライスが進む進む。

 けれどいくら美味しくても脂っぽ過ぎては食べ続け辛い。

 そこでトッピングの野菜でさっぱりさせて食べようと言うのだ。

 

 千切りキャベツの方を頬張るとライスと肉に挟まれ、上下の熱によりしんなりとしながらもしゃきしゃきとした歯応えが残っている。

 さっぱりするもキャベツが入った分、味噌と肉の味が薄まるものの、元々が濃いめなだけに寧ろ丁度良いようにさえ感じられた。

 しかも味噌ダレが染み込んだところがまた絶妙で。

 汚い食べ方であるのは解っているが、掻き込まずにはいられない。

 

 チラリと横目を降るとクリスタも美味しそうに掻き込んでいた。

 と言っても勢い任せではなくゆっくりとするすると含み、見ていて綺麗に食べるなぁと感心してしまう程だ。

 ペロリとミニ丼一つを平らげると、大根おろしが乗っているミニ丼へ手を伸ばす。

 雪が掛かったような白くふわふわの大根おろしに、醤油がたらりと掛けられ天辺を染める。

 

 スプーンで一口含むと広がるのは軽やかで柔らかい食感と、すりおろした際に起こる辛みは一切ない大根の自然で優しい甘味、醤油の味わいが大根の旨さを引き立て、顔を寄せる度にネギの香りが漂って来る。

 きめ細かいおろしはライスとも肉とも混ざり一体化し、寄り添うように口内に入ってくる。

 醤油とおろした事で出てきた大根の水気も合わさるので、するするっと流し込むように掻き込める。

 互いに食感ももたらす味わいに変化も大きく異なる。

 甲乙つけがたいとはこの事か。

 

 肉々しくあったがトッピングのおかげでさっぱりと食べきれたどころかまだまだ入りそうだ。

 

 「まだ入りそうだな」

 「分かるかい?」

 「だったらこれ試すか?」

 

 出されたのは千切りキャベツも大根おろしも乗っていないそのまんまの豚肉のみそ焼き丼のミニ丼。

 ただその上に後から生卵の黄身が落とされた。

 一瞬ギョッとしてエレンを見つめてしまった。

 なにせ通常生卵を食した場合、例外を除いて食中毒になる可能性が非常に高い。

 

 「エレン、さすがに…」

 「安心しろ。味噌貰った時に勧められてな。一緒に貰ったんだよ」

 

 味噌と一緒と言う事は総司さんから貰ったんだと聞いて安心する。

 唯一の例外というのが食事処ナオなのだから。

 他の店では決してしないが総司さんから貰ったのであれば大丈夫と、出されたミニ丼を手に取って早速口へと運ぶ。

 スプーンの先で黄身を潰して肉と混ぜて頬張る。

 

 濃厚な黄身の味わいが濃い味噌ダレと豚肉の旨味に合わさり、薄れるどころがより味が深く濃くまろやかな味わいへ進化する。

 さっぱりする事はないが、がっつり食べるならこれも有りだ。

 いや、これまでさっぱりさせながら食べていた分、逆にこう…こってりと濃い味が丁度良い。

 

 「んー、これも美味しいよエレン」

 

 ガツガツガツと食べる様に他の客が生卵を食べる様子に驚愕するのが多い中、興味を持つ者がいたのも事実。

 されど元々数がないので後でエレン達が使う分を取っておいて、残りを数量限定と言う事で提供する事に。

 一番に注文したのは真横で観ていたハンネスさんだった。

 

 「本当に美味しい。全部味わいが変わるね」

 「だね。食べてて飽きないし、まだまだ入りそうだよ」

 「お腹は満たされるけど、最悪財布が空いて行くね」

 「それは困るね」

 

 なんて笑い合いながらアルミンとクリスタは食べきった。

 最初の二杯はさっぱりとしていて、サイズもミニ丼とは言え三杯も食べれば感覚的よりも、物理的に満腹を感じてしまうのは道理だろう。

 満足気な二人であったが、そこで終わらないのが現状。

 ふと、周囲に視線を向ければ「で、どっちだ?」と意見を求めるような眼差し。

 食べていて忘れていたが、さてどうしたものかとアルミンは頬を掻く。

 

 そんな視線を浴びる中でクリスタは席を立ってライナーに歩み寄る。 

 

 「ライナー、少し良いかな?」

 「……え?――あぁ、分かった」

 

 申し訳なさそうに小声で呟かれた一言にキョトンとしたが、何となく察して立ち上がる。

 体格も身長も大きいライナーがクリスタと対峙すれば体格差は一目瞭然だった。

 クリスタがライナーに手を伸ばしたと思った矢先、ぐんと体制を低くしたクリスタは見事な動きでライナーを投げた。

 誰もが呆気に取られて、地面にぶつかる直前に誰かのように(・・・・・・)腰から落ちるのではなく受け身をとって衝撃を和らげたことにも気づけやしない。

 

 その様子を見たアルミンが深く納得した。

 食事処ナオでも良く観た解答。 

 騒がし過ぎればアニが投げ飛ばした光景。

 

 「――次は誰?」

 

 それだとエレン達も思い出し、気付いたミカサが鋭い視線を向けて威圧する。

 圧に敗けた客はあからさまに自分は関係ない、または好みは人それぞれだよなと投げられる対象から外れ、各々食事を続けて料理を楽しみ始めた。

 投げ飛ばされたライナーはクリスタの体術を褒めるが、恥ずかしいやら申し訳ないやらで謝り続けていたが…。

 

 これ以降、ちょっとした騒ぎはあったものの、料理を巡った戦争はこちらでも(・・・・・)起き辛くなったのであった。




●現在公開可能な情報

・味噌焼き丼事件
 味噌焼き丼のトッピングで戦争が勃発して数日。
 ハンネスよりその事件が伝えられた食事処ナオ常連客は、味噌も生卵も食事処ナオでしか味わえない事から俺達・私達も食べてみたいと総司に懇願。
 メニューに載せていなかったことから特別メニューとして提供する事を決める。

 同日、風邪を患ったとしてダリス・ザックレー総統が職務を休む。
 ……人違いだと思われるが、病欠したその日に何処かへ出掛けるザックレー総統らしい人物が目撃されたとか…。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。