進撃の飯屋   作:チェリオ

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 初投稿から四年と半年。
 途中途中体調不良などで投稿が出来なかったり遅くなったりでご迷惑をお掛けしました。
 
 この作品“進撃の飯屋”は明日の深夜に最終回(予定)を投稿しようと思います。


第102話 チキン南蛮とお茶

 若い頃は良かったなどと思うのは歳をとった証拠だろうか。

 まだ現実と理想が混じり合っていた無知な若者の自分には、未来と言う名の可能性に夢を抱いたりしたものだ。

 何より若さゆえ肉体がある程度の無茶を許容出来ていたのは懐かしい記憶。

 今となっては昔ほどの無茶に身体が耐えれなくなってしまっている。

 

 全力で運動に励めば肉離れを起こし、ちょっとした荷物を抱えれば腰に不安が走り、体力や筋力の衰えが目立つようになってきた。

 特に油物が以前に比べて食べれなくなったのを感じた時には絶望すら覚えたさ。

 …だが、その絶望をはるかに凌ぐ運命の日(・・・・)が近づいている。

 

 長年連れ添った身体だからこそ解っている。

 心当たりもある。

 寧ろ、何も無い筈がない程に。

 

 審判の日は確実に一日一日と迫って来ている。

 回避するには辛い決断ながら酒の摂取を控える他ないだろう。

 駐屯兵団所属のベテランであるハンネスによる禁酒、及び健康を鑑みた生活を開始して三日目。 

 エレンの店に顔を出しても肉料理は避けてサラダやパン、野菜のスープなどで腹を膨らませていたというのに、入店早々「空いてる席に」ではなく有無を言わさぬようにミカサにカウンター席に座らされてしまった。

 何事かと話しかけるもミカサの表情筋はピクリとも動く事なかっただけにただならぬ様子に緊張が走る。

 周囲はそんなハンネスの気持ちや決意を知らず、わいわいと騒ぎながら肴をカッ喰らいながらワインを楽しんでいる。

 我慢していただけに羨み、無意識にゴクリと生唾を呑み込んでしまった。

 

 「…ハンネスさん」

 「お、おう。急にカウンター席に連れて来られたがなにか…」

 

 視線が周囲で楽しまれている酒類や料理に向いていたのを、エレンに声を掛けられた事で振り返ると目の前に香ばしい衣を纏った鶏肉に艶やかなタルタルソースが掛けられたチキン南蛮が置かれていた。

 数日前なら美味そう程度だったのが、禍々しく誘惑のオーラを撒く悪魔の使いに見え始めた。

 

 「最近、我慢してるんだろ」

 「…いやぁ、別にそんな事は無いけどな」

 「酒を飲まないハンネスさんはハンネスさんじゃねぇだろ」

 

 自分が時間も場所も気にせず呑んでいた実績を披露していただけに、年がら年中飲んだくれという正しい評価に返す言葉はないが、理解しても感情的には否定したい一心もあってそっぽを向くに抑える。

 いや、違うな。

 眼前にあるご馳走から目を反らしたかったというのが正しいか。

 

 「俺も歳だからな。身体にも気を使わなきゃならねぇんだ」

 「極端な制限は身体に悪いから段階を踏むべき――って、総司さんが言ってたぞ」

 「お前、わざわざ相談したのかよ!?」

 「食事処ナオに行く用事(カンノーリ)があったからついでにな」

 「分かってんなら提供すんなよ。こんな肉々しいの」

 「問題ねぇよ。考慮して出してんだから」

 「考慮して?」

 

 酒や肉を断って野菜基本の生活をしているハンネスに違和感を覚えたエレンが総司に相談したところ、色々材料を提供しつつちょっとしたレシピを伝えてくれたらしい。

 目の前のチキン南蛮も油もマヨネーズもコレステロールが低いもので、肉の種類はカロリーの低い胸肉。肉が浸かる程の油で揚げるのではなく揚げ焼きにする事で少量に抑えている。

 多分、エレンも完全に理解しておらず、説明されたままを話している雰囲気が強い。

 

 歳を重ねて変わったものがもう一つあったのを思い出した。

 若い頃に比べて随分と涙腺が脆くなったようだ。

 喧嘩ばかりして騒がしていた小さなガキが、こうも大きくなって俺を気遣って専用の料理を作ってくれた。

 こんな些細な事(・・・・・・・)が嬉しくて目頭が熱くなるなんて、本当に歳を取ったんだなとハンネスは目元を潤わす。

 

 「そうだ、コレ(・・)を忘れてた。食事の際にこれを飲んだら良いらしい」

 「紅茶か?」

 「何でも食事の際に一緒に飲んだら脂肪がつき難くなるってさ」

 「お茶だよな」

 「そういうお茶なんだろ。糖分や脂肪を吸収しなくする健康を考慮して作られたとかなんとか。俺も詳しい事は分からねぇんだけどな」

 

 続いて出されたお茶にそんな効果が本当にあるのかと疑問は浮かぶが、あの店(食事処ナオ)が関わってるなら不思議には思えない。

 早速と三日ぶりの肉に食らい付く。

 カリッと香ばしく衣に甘酸っぱい甘酢餡がしっかり絡まり、噛み応え十分な胸肉から鶏の旨味に脳が喜ぶ。

 タルタルソースもねっとりしながら混ぜ込まれた細かいピクルスでさっぱりしていて、くどさを感じる事無くぺろりと平らげれそうだ。

 一緒に出て来たパンに山盛りキャベツの千切りとも相性が良く、行儀が悪いがタルタルソースを掛けたチキンをキャベツと共にパンに挟んで食らい付く。

 美味過ぎて息をするのを忘れて食らい続けそうだ。

 

 頬一杯に喰らったチキン南蛮を呑み込み、健康に良いというお茶を口にする。

 健康にするお茶と言う事で薬に近いのかなと思い込んでいたが別段苦すぎる事も無く飲み易い。

 がぶがぶと飲み干したハンネスであるも、もしかしたら貴重な飲み物だったのではと手を止めた。

 

 「これ、もしかして高いか?」

 「料金聞いたけどそんなに高くなかったぞ。ただ運ぶ手間賃は強請られたけど」

 「ハァ?総司がか?」

 「違う違う、イザベルの方だよ。ほら、今度こっち(シガンシナ区)でパーティする話があったろ。それでファーランとイザベルが食事処ナオから用意で動いているんだって」

 「なるほど」

 

 駐屯兵団にも警備に参加する事から話しがあったのを思い出した。

 あの時は聞き流していたが、パーティを行う名目はなんだったのだろうか?

 ふと抱いた疑問もエレンが呟いた「カンリーノ(・・・・・)試食会にも準備が忙しくて参加出来なかったな」の一言にあるカンリーノの方に興味が移っていつの間にか忘れてしまった。

 

 ガツガツと千切りキャベツの一本も残さず平らげたハンネスは満足そうに息を吐くも、贅沢を言えば酒の一杯でも飲めれば最高なのだがそこは我慢せねばならない。

 勢い任せに飲酒してしまえば抑えていた理性のダムが決壊してしまう。

 誘惑に流されぬようにこの満足感のまま帰ろう。

 

 「ごちそうさん。今日はこれで帰るとするよ」

 「総司さんからもう一つ伝言。低カロリーのビールを一本か二本用意してるから週末にでもお越しくださいだってよ」

 「最高かよ、お前ら」

 

 立ち上がったところで掛けられた一言に心の底から歓喜する。

 

 それからはサラダで腹を膨らませて我慢で乗り切っていただけの食事が楽しみで仕方がなくなった。

 教わったレシピに色々聞いて試行錯誤されたエレンの料理を楽しみ、食事の際には忘れずに健康に良いというお茶を飲む。

 毎日の食事が美味しくなる一方で、どうしても酒を欲する自身に週末まで我慢だと言い聞かせる。

 飲める日があるだけで心持が大きく変わった気がする。

 もし前の様にただ禁酒していた場合、何処かで欲に負けて飲んでいただろう。

 

 食生活を改善した効果は即座に出来る事はないが、徐々に変わって来たのを実感していく。

 少しずつながら出ていた腹はへこみ、集中力や動きが以前に比べて良くなった―――気がする…。

 劇的な変化こそ無くとも良い方向へは向かっている筈。

 

 エレン達にここまでして貰っている以上、途中で投げ出すような格好悪い真似は出来ない。

 意地でも数か月先に待ち構えている運命の日まで(・・)戦い抜く強い覚悟を胸に抱く。

 

 

 

 毎年どの兵団でも一度は行われる“運命の日”。

 一昨年に続いて去年も担当医より警告(アウト)を授かり、今年も言い渡されれば上から禁酒と病院通いが念押しされている事から後はない。

 今年だけは何としても乗り切らねばこれからの楽しみが大きく制限されてしまう。

 ゆえに絶対に運命の日―――“健康診断(・・・・)”を健康値で突破して見せる!




●現在公開可能な情報

・数か月後の健康診断にてハンネスは見事正常値に納まる。
 飲酒制限に食生活の改善により集中力を始めとした身体能力の改善、及び付き始めていた贅肉が減少した事で身体つきから大きな変化を見せた。
 ―――が、その数値は一週間も持たなかった。

 無事合格を貰った事でタガが外れたハンネスは自身へのご褒美と称し、暴飲暴食を繰り返して引き締まった腹部には贅肉が戻り、仕事中に酒を飲む姿が目撃されるようになったのだった…。
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