進撃の飯屋   作:チェリオ

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第12食 紅茶とパウンドケーキ

 飲食店というのは混む時間帯が凡そ似通っている。

 昼食や夕食時などは特に重なり、稼ぎ時と言えよう。

 食事処ナオも例に漏れずに十二時や十九時は多くの客が訪れるのだが、今日はいつもと異なっていた。

 平日という事で客の入りようが休日よりも少ないというのは平日ならいつもの事。

 そもそも客入りはいつもと変わらない。

 ならば何が違うというのか?

 誰から見ても一目瞭然で、カウンター席が空いているのだ。

 別に店内がお客で埋まるほど溢れているという訳でもないので空いていても別に不思議ではないが、調理する様子も売り物となっている食事処ナオでカウンター席が二つしか埋まっていないというのは非常に珍しい光景である。

 理由は十中八九今現在カウンター席に腰かけている人物…。

 獲物を求める肉食獣のような獰猛な瞳が店内をざっと見渡し、人を寄せ付けない雰囲気を振り撒いている。

 

 カウンター席に居る人物こそ調査兵団が誇る最強の兵士であるリヴァイ兵長(兵士長)だ。

 年齢の割には小柄な体躯を活かした機動力と小回りの良さ。

 獲物を震え上がらせるような鋭い眼光。

 時には柔軟に時には非情に判断を下せる思考。

 他の追随を許さない程に卓越した戦闘技術。

 たった一人で一個旅団並みの戦力と謳われる存在。

 エルディアは勿論マーレでも知らぬ者がいない程の調査兵団のエースが睨みを利かせ、只ならぬ雰囲気を出していては誰も近づこうとはしないだろう。

 視線を周りからカウンターに向けたリヴァイは、裏側をさらりと撫でて汚れてないかを確認し一言呟く。

 

 「ちゃんと掃除は出来てるみてぇだな」

 

 その一言に隣に腰かけているファーランは苦笑する。

 地下街で一緒に居た時と変わらない潔癖な性格や態度に安堵すると同時に、普段通りなのに目付きと漂わせている雰囲気で威圧されている一般客に申し訳なく思う。

 

 「そりゃあ散々仕込まれたからな。それにきっちり掃除をするのは元よりこの店のルールでもある」

 「埃一つ落ちてない。テーブル周りも客が入れ替わるたびに綺麗にしている。中々ないな」

 「だろうな。俺も初めて教えられた時は驚いたよ」

 

 他の店なら埃どころか食べかすが転がっていたりするが、この店には一切その類は見えない。

 客が出入りするたびに埃が立たないように床はモップで、テーブルの上は清潔そうな濡れ布巾で拭き取る。

 よく教育がされているようだ。

 あのイザベルもよく働いているようだ。

 ファーランは午後からの勤務という事なので一緒に食事をするとの事だから、仕事中の様子を窺う事は出来ないが…。

 

 「行儀が悪い」

 「ん?――あぁ、これか」

 

 視線を向けると本を片手に食事をするファーランが見え、軽く注意しておく。

 行儀も悪い上に片手間で食事していたら本やら周りを汚すだろうに。

 注意を受けたファーランは悪びれた様子もなく、自分が手にしている料理の事を言われていると理解して笑う。

 

 「良いんだよこれは。というか片手間で手を汚さずに食べるもんなんだ。サンドイッチは」

 「汚さずにか」

 「常連(アルミン)が教えてくれてさ。本を読みながら食べるのにちょうどいいんだよ。本来ならカードゲームしながららしいがな」

 「相も変わらず本の虫か」

 「お互いさまでそうは変われないさ」

 

 言われてみれば本や机、手すらも汚れていない。

 白いパンに挟まれた具材は漏れ出さずに、しっかりと間に収まっている。

 なるほど確かにアレなら汚れないだろう。

 サンドイッチに感心すると同時に変わらない様子に懐かしさを感じる。

 それにしてもここの料理は知らないものが多いが、どれも美味しそうに見える。

 ここには二人の顔を見る目的で紅茶の一杯でも飲んで帰ろうと思い、昼食を済ませて来たために食欲が湧いても腹には入らない。

 メニューを開き飲み物欄にある紅茶を眺める。が、欄には何種類もの銘柄があり、どれも知らぬものばかり。そもそも飲食店に何故これだけの種類があるのかと疑問を抱く。

 

 「色々と種類があるな――店主、おすすめはなんだ?」

 「おすすめですか。ダージリンのアールグレイなどは如何でしょう。ベルガモット…いえ、柑橘系の良い香りに若々しい苦みはありますがスッキリとして飲みやすいですよ」

 

 問いかけるとにこやかに返され、

 

 「そのダージリンのアールグレイとやらを貰おう」

 「畏まりました。マグノリアさん頼みましたよ」

 「了解店長」

 「なに?」

 

 まさかのイザベルが淹れるのかと眉を歪めて振り向くと、任せろと言わんばかりの満開の笑顔を浮かべていた。

 奥の部屋に向かいエプロンを代えたイザベルは早速紅茶の準備に始めた。

 不安を感じながら工程を見守る。

 前もって温められた小さめのポットに茶葉を入れ、沸かした水を半分ほど注ぐ。

 薄茶色の色素が湯に移り、透明なポッド内で舞い踊るように茶葉が舞う。

 蓋をして蒸らし、真剣な表情でイザベルは時計を見続け、時間が経過するとスプーンでひと混ぜしてから、茶こしで漉しながらティーカップに最後の一滴まで注ぎ入れる。

 安堵の吐息を漏らしたイザベルから差し出された紅茶を眺める。

 若干表情に緊張などが窺え、手際も良いとは言えないものだったが、リヴァイは先の不安もカップの持ち手―――ではなく、飲み口を器用に掴んで持ち上げ、空いている飲み口より一口含んだ。

 ふわりと柑橘系の香りが広がり、程よい渋みと爽やかな風味が駆け抜けて行く。

 淹れ方も良いのもあっただろうが、それ以上にこの茶葉自体も手間暇かけて育てられているのだろう。

 たかが一杯にどれだけの労力が注がれ、これほどの物を作り上げたのだろうか。

 

 「悪くない」

 「本当に!?やった!!」

 「一々騒ぐな」

 

 嬉しそうにはしゃぐ様子にジト目で言うが、嬉しくて仕方ないイザベラは満面の笑みを浮かべている。

 さて、こうも美味しい紅茶には美味しい茶菓子も欲しくなる。

 

 「こいつに合う茶菓子はあるか?」

 「え!?えーと…」

 

 助けを求めようと視線を総司に向ける辺り、料理に関する学習を怠っていたらしい。

 呆れた視線を背後より受けるイザベルより助けを求められた総司は苦笑いを浮かべる。

 

 「アールグレイなどのフレーバーティーにはバター系のお菓子が合うかと」

 「ら、らしいですよリヴァイの兄貴」

 「昨日そうお伝えしたのですがね」 

 「あ!」

 「…おい」

 

 苦笑いを浮かべる総司に、乾いた笑みを浮かべるイザベル。

 店主の苦労が多いだろうなと僅かに同情する。

 

 「クッキーやパウンドケーキなどがおすすめです」

 「ならパウンドケーキを頼む」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 パウンドケーキは結構簡単な洋菓子であるが、最初から作ろうと思えば焼き時間だけでも40分掛かる。粉類の準備からなると一時間は超える。そこまで客を待たす訳にはいかない。

 すでに出来て保存しているので温めるだけだ。

 ただ温め過ぎると中がスカスカになるか外が焦げすぎる可能性があるので要注意だ。

 パウンドケーキ型で焼き上げていたパウンドケーキを八等分に切った内の二つを温め、皿に盛りつけてお出しする。

 差し出されたパウンドケーキを眺め、フォークで一口分を切り分けて零れ落ちないように含むと、砂糖を少なくしているのか甘味は控えめで、代わりにバターの風味が主張してくる。

 焼きたてというのもあるのかふわふわな食感が口の中で溶けるようだ。

 味わいつつ、紅茶を飲むと、確かにバターの風味にアールグレイの柑橘系のさっぱりとした味わいが合う。

 

 「確かに合うな」

 「だろ。総司さんの料理はどれも美味しいんだ」

 

 ほぅ…と息を漏らしつつ、ゆったりと周りを見渡す。

 今度は掃除の具合を見る為ではなく、この店の雰囲気を見極める為に。

 いや、無用な行為だった。

 肌で感じるように居心地が良い。

 それに客のそれぞれが楽しみ、接客をしている店員は目付きが悪かったりはするが丁寧な仕事をしている。

 他では汚れや食べこぼしが気になって仕方がなくなり、こんなに落ち着いて飲食店で過ごすなんてありえない。

 何よりイザベルもファーランも良い顔をしている。

 誰にも気付かれない程度に頬を緩ませた。

 ゆっくりと紅茶とパウンドケーキを楽しみ席を立ち、カウンターでお金を払い総司を見つめる。

 

 「アイツらを頼む」

 「畏まりました」

 「……また来る」

 「次回の御入店をお待ちしております」

 

 店を出たリヴァイは何時かアイツを連れて来るかなと、次の来店を考えながら歩き出そうとして足を止めた。

 一匹の黒猫が裏路地を堂々と歩き、視線が合うと立ち止まってひと鳴きして店の入り口へと再び歩き出す。

 知人に似ている黒猫を見て、礼儀知らずの根暗(・・・・・・・・)までも思い出して苦々しい表情を浮かべる。

 ここがトロスト区という事もあるのだろう。

 ……今度来た時出くわさない様に気を付けなければ…。

 

 

 

 

 

 

 イザベルはカウンターに突っ伏して頭を抱えて悶えていた。

 と、いうのもきちんと仕事をしているところ見せて、リヴァイに安堵、もしくは褒めて貰うつもりだったのだが、結果は散々なもので呆れられていた。

 思い出す度に心を充満するモヤモヤとした感情を吐き出すようにため息を漏らす。

 

 「何時まで落ち込んでるのさ」

 「だってぇ…兄貴呆れてたよ」

 「そりゃあそうだろ。昨日今日で忘れるか普通」

 

 追撃と言わんばかりのユミルの一撃にさらに頭を抱える。

 その通りでぐうの音も出ない。

 悶々と唸りつつ本日の疲れを癒やす仕事後のデザートであるパウンドケーキを頬張る。

 昼にリヴァイの兄貴に出したノーマルタイプではなく、ここあぱうだぁ(ココアパウダー)なるチョコの風味がする粉末を混ぜたものだと説明を受けた。

 チョコの深みのあるコクと苦みを、少し多く入れられた砂糖が中和して、程よい苦みと甘さが口だけでなく心にも広がる。まるで今日の失態を慰めてくれるように。

 イザベラの落ち込みように総司も心配し声をかけておく。

 

 「失敗は糧にすればいいんですよ。また彼も来てくれると言っていましたし、次で取り返しましょう」

 「店長…」

 「あんまり甘やかすとまた派手にやらかすぞ」

 「うっさい!……って何してんの?」

 

 励まされ落とされたイザベルは睨み声を上げるが、ファーランが電子レンジからパウンドケーキを取り出した事で注意がファーランよりファーランが手にしているパウンドケーキに替わる。

 自分達が手にしている物と違って、焼きたてのように湯気を立て、甘いバターの匂いを漂わせ、表面は多少の焦げ目が出来てカリッとしていそうだ。

 ゴクリと生唾を飲み込む様子にファーランはニヤリと微笑む。

 

 「これか?これは配られたパウンドケーキを電子レンジでトーストしたものだ。ふわっふわのパウンドケーキが外はカリカリ、中はしっとりとした触感に変わり、焦げ目が付くほど焼かれた事で控えめだった甘味が増して美味くなるんだ」

 

 話を聞いた事でさらに美味しそうと食べたい衝動に駆られる。

 が、すでに自分に配られた分は腹に収まっており、悔し気に見つめる事しか出来ない。

 その様子にニタニタと笑みを浮かべるファーランが憎らしくて堪らない。

 

 「ずるいぞ!」

 「そうかぁ」

 「いやさすがにずるいだろう。なぁア…ニ?」

 

 イザベルだけでなくユミルも同意見だったらしく、抗議しながらアニにも意見を求めるが、食べ終わっていた筈のアニが先のとは薄っすらとながら色の違うパウンドケーキを口にしており、意見よりもそちらに意識が向かう。

 

 「おいアニ。何食べてる?」

 「パウンドケーキの試作品。なんでもクリームチーズとレモン汁を足したものだとか。さっぱりとしたチーズの風味と滑らかな食感が凄く良いよ」

 「「店長!!」」 

 

 同時に二人の視線が向けられるが、これ(二種類の試食)も前もって夕食前には話したのですが…と思いつつ苦笑いを浮かべる。

 これからも大変だろうけど、それが非常に楽しみにも感じるのであった。

 

 

 

 ちなみにイザベルとファーランはこれからもナオで働きたいとの事で、引き続き食事処ナオのフロア担当として働くことになったとさ。




●現在公開可能な情報

・新規の追加メニュー
 デザート欄のパウンドケーキにノーマル以外に七種類追加。
 ・パウンドケーキ(チョコレート)
 ・パウンドケーキ(抹茶)
 ・パウンドケーキ(クリームチーズ)
 ・パウンドケーキ(アーモンド)
 ・パウンドケーキ(コーヒー)
 ・パウンドケーキ(はちみつレモン)
 ・パウンドケーキ(ドライフルーツ)

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