進撃の飯屋   作:チェリオ

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第13食 中華①

 調査兵団第四分隊。

 精鋭揃いの調査兵団の中で戦闘もこなしながらも研究開発を行う技術部のような役割を担う変わった分隊。

 元々変人巣窟――コホン、一癖も二癖もある癖者揃いの調査兵団の中でもこの分隊は極め付きであった。

 分隊長のハンジ・ゾエは周囲への気配りが出来る優しく気さくな人物で、強い探求心と決して折れない向上心、誰にも負けない熱意の持ち主である。

 ―――ただ“普段は”と付け加えなければならないのは非常に頼もしくも残念だと思う。

 研究に没頭すればするほど彼女の奇行が目立つようになる。

 気になればどんな結果が待っているかも考えずに行動し、幾度となく自身の命を危険に晒した事か。

 さらにその奇行は周囲を巻き込んでしまう性質があるから質が悪い。

 それでも調査兵団の技術力を支える大きな支柱なのだから、一概に悪いとも言い切れない。

 ……その犠牲者を除けばだが…。 

 

 昼を過ぎた頃のトロスト区大通りを四名の男女がトボトボとゆっくりと帰路につこうかと歩を進めていた。

 活力や気力といったもの以前に生気が抜け落ちたように足取りと表情は非常に重たい。

 彼らこそハンジより日常的な被害を被っている調査兵団第四分隊の面々で、本日は来月に迫った壁外調査の準備でトロスト区にて朝早くから作業に従事していたのだ。

 別に研究もしているからと言って後方支援要員ではなく、最前線で活躍する彼らが一か月も早く準備する事は無い筈なのだが…。

 

 「これ壁外調査に間に合わせるから皆宜しく!」と急な仕事を入れて連日徹夜を指示したり、「まだ三日あるから実験をしたいと思う!」と三日で用意すると前々よりしていた予定をガン無視しての実験で二日を費やし、「アレを何処に置いたっけ!?」と折角纏め上げた荷物をひっくり返して探し回り、結局徹夜してまで荷造りと積み込みを済ませたりと、早め早めに行動しなければ全て自分達に降りかかって来るので、有給休暇を申請して幾らかの荷運びを終えたのだ。

 ……有給まで取ったのは取らなければ絶対にハンジ分団長に捕まって仕事にならないと四人とも察しているからで、出来る事なら通常業務内に済ませたいところである。

 

 「さすがに疲れたな」

 「一部の荷物でも重量をくったからな…」

 「おかげでもう昼過ぎですよ」

 

 もみあげから顎まで繋がっている髭をポリポリと掻きながら呟くアーベルと、刈り上げた頭部側面を撫でるケイジの会話に四人の中で唯一の女性であるニファが疲れ切った様子で参加する。

 

 「昼食を摂りたいところだが、今日は火曜日だしなぁ」

 

 調査兵団第四分隊一番の苦労人である副隊長のモブリット・バーナーは先頭を歩きながら周囲を見渡すが、どの飲食店も定休日の看板を掲げて閉まっている。

 もしかしたら何処か一件でもと希望を抱いたが、やはり結果は予想通りのスカ。

 大きなため息を漏らしながら、帰路につこうとする。

 しかし、こんな疲労困憊した状態で帰ったところで料理する気も起きない。

 さて、どうしたものかと本格的に悩み始め、仕方が無いと通行人に問うてみようと近寄ってみる。

 地元住民であれば開いている店を知っているかも知れない。

 

 「すみません。少し宜しいでしょうか?」

 「はい?」

 

 手には食材を詰めた袋を手にしていたので、この近辺に住んでいる人だと当たりを付け、モブリットは黒猫と共に歩いていた青年に声を掛けた。

 

 「この辺で今日でも開いている飲食店をご存じないでしょうか?」

 「今日…となると無いでしょうね。大概定休日ですし」

 

 想像していなかった訳ではない。

 壁外調査でも希望を抱いた所で、後で絶望に襲われるような事は多々ある。

 一応慣れているがやはりがっかりと心に来るものはある。

 

 「そうですか…ありがとうございました。それでは」

 

 答えてくれた礼を言って立ち去ろうとしたモブリット達を青年―――飯田 総司は呼び止める。

 

 「もしなんでしたら開けましょうか?」

 「え?」

 「私、裏路地にて食事処ナオという店を経営しておりまして。もしよければ寄って行きませんか」

 「いえ、定休日なのに悪いですし…」

 「構いませんよ。ただまた今度食事に寄って頂けるのならですが」

 

 ただの善意でなく、リピーター狙いの発言にモブリットは少々安堵した。

 これが純粋な善意だけのものであれば、申し訳ないという罪悪感で断っていた所だろう。

 経営者としてメリットとデメリットを考えての提案に、モブリットは乗る事にする。

 どのみちアーベルとケイジが受ける気満々だったようだしね。 

 

 「でしたらお願いします」

 「こちらへどうぞ」

 

 案内されるがままに付いて行き、到着したのは一風変わった店。

 当たり前だが店内には誰も居らず、静寂だけが居座っていたが、それらを追い出すように靴を鳴らして入る。

 総司は荷物を奥へ置くとエプロンを着て厨房に立った。

 

 モブリットはカウンター席に腰かけると置いてあるメニューを開いて、どのようなものがあるのかとパラパラと捲り、とある項目で手を止めた。

 

 「すまない。このちゅうかりょうりというのはなんだ?」

 「中華料理は私のくn……故郷でも有名な料理ですね」

 「有名な料理か…」

 「気になるって感じですね副隊長」

 

 ニファに言われた事は否定しない。

 彼は故郷で有名なと言ったが今まで中華料理なるものを耳にした覚えがない。

 知らない物に蓋をする―――のではなく、掘り返してまでも知り尽くすのが調査兵団第四分隊だ。

 気になって仕方がない。

 

 「何か食べたいものはあるか?」

 「副隊長に任せますよ」

 「俺達はそれよりも酒の方が気になるんで」

 「ちょっと二人共真昼間から飲む気ですか?」

 「勤務中だぞ……あー、休みだった」

 

 飲みだしそうな二人に注意するが、朝から働いていた事で勘違いしていたが今日は休みだ。

 なら固い事を言うのも野暮だというもの。

 それに久しぶりに酒を飲みたいという気持ちもある。

 ならパンや白米とのセットではなく、つまみも兼ねて単品で何種類か注文しよう。

 

 「すみません。このエビチリとハッポウサイ、スブタ…それとホイコゥロゥを」

 「あと生ビールをジョッキで四つお願いします」

 「えーと、エビチリに八宝菜、酢豚に回鍋肉。生を四つですね。畏まりました」

 

 復唱すると総司は材料を用意し、調理に入る前に先にビールをお出しする。

 ジョッキの透き通ったガラスもさることながら、透き通ったビールに目が惹かれる。

 興味津々に観察し、キンキンに冷えたジョッキに驚いて触れた手を引っ込めた。

 見た目はエールにしか見えない分、冷やしている事に疑問を抱きつつ口を付ける。

 口に含んだ瞬間に、冷えたエールと思い込んでいた思考が一変した。

 エールの甘さは無く、キレが良い喉越しと程よい苦みが喉を通り過ぎる。きめ細やかな泡まで美味しく感じる。

 これはいったい何だろう。

 冷えているからか?違う。エールとは製法から違うのだろう。

 職業柄か知ろうと思考を働かしていたが、料理が来たことで一旦停止した。

 

 「エビチリお待たせしました」

 「はぃ……え?」

 

 受け取った料理を見て四人とも膠着した。

 いや、ニファに至っては引いている。

 なにせ赤いソースに塗れて丸まった芋虫らしき(エビ)ものが転がっているのだから…。

 

 思考が一旦どころか完全に停止した。

 まさか虫料理が提供されるとは思いもよらなかった。

 ちらりとアーベルとケイジに視線を向けると二人共さっと目を逸らし、ニファは見る気もない。

 総司は次の料理を作り始めてこちらの様子に気付いていない。

 虫を食べるという嫌悪感から身体が震え、手にしたスプーンが小刻みに揺れる。

 赤いスープと一緒に一匹をすくいあげる。

 やはり芋虫にしか見えない食材に顔が引きつるが、漂ってくるソースの香りに食欲が刺激される。

 朝に軽く食べて以降何も食べてなかったお腹が素直に空腹で鳴く。

 様子を窺われる中、覚悟を決めたモブリットはぱくりと勢いに任せて口に放り込んだ。

 

 ぷりっとした肉厚な身が弾け、淡白な味わいと薄っすらとした甘みが広がる。

 思いのほか良い歯応えと味わいに驚く間もなく、ピリッと豆板醤の辛味とトマトや酢からなる酸味が、とろりとしたスープにより一気に口内に広がる。

 ほのかに複雑な味わいの中にごま油と鳥の出汁を感じながらゴクリと飲み込む。

 眺めていた三人はモブリットの次の動きを見守っていると、もう一口含んで飲み込む前にビールを流しいれた事で理解した。

 

 「プハッ!これは美味い!!」

 「嘘ですよね!?虫ですよこれ」

 

 思いもよらなかった反応にはモブリットも同意するが、今まで食べたことの無い美味しさの前には嫌悪感は薄れ去っている。

 そして虫と聞いた総司は自分の説明不足を恥じた。

 

 「初めて見たらそうですよね。これは虫ではなくエビです。ここらでは川エビが生息していると聞きますが」

 「あぁ、それなら知ってますがってまさかアレがこれになるんですか!?」

 「いえ、品種は違いますが同じエビですね」

 

 美味しそうに食べたモブリットに、総司の虫ではないとの発言で三人も小皿に取り、各々パクリと口にすると驚きと美味しさから頬を緩ませた。

 

 「本当に美味しい!」

 「この食感に辛さ。癖になるな」

 「そしてビールに合う!」

 

 ピラニアが獲物に食らいつくが如く、急激にエビチリは胃袋へと納められる。

 食べる度にビールも比例するように減っていく。

 誰もが黙々と食べ、飲み切って息を付く。

 食べ終わると物足りなさに襲われ、もう一回エビチリを頼もうかと悩んでいると出来上がった料理が皿に移される。

   

 「はい、酢豚に八宝菜お待ちしました」

 「あ!ここにもエビが入ってる」

 「ビール追加お願いします」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 エビチリが乗っていた皿が下げられ、入れ替わるように出された料理に目が奪われる。

 白菜にキノコ類、エビにうずらの卵と全体的にテカリと白さが目立つ八宝菜。

 ピーマンにタマネギ、揚げられた豚肉に赤みを帯びたタレがトロリと掛けられた酢豚。

 色彩豊かな料理に思わず涎が溢れ、小皿四つずつに分けられるのが非常に待ち遠しい。

 きっかり四つに分けられた二種類の料理が行き渡り、追加したビールが置かれた事を確認してまずは八宝菜を一口頬張る。

 

 先ほどと変わらぬプリっとしたエビとシャキシャキとした白菜の歯応えが心地よく、白菜が持つ甘味が十全に活かされ、こってりして尚さっぱりとしたスープに野菜や肉の旨味が溶け出しており、それが上手く全体を纏め上げて調和を保っている。

 キノコの風味も薄く隠れるようにしていた豚肉もそれぞれの旨味が残っており、噛めば噛むたびにはっきりとした味が広がって来た。

 噛むとプツリと切れて、中より柔らかく卵の黄身に妙な安心感を得て息を漏らす。

 

 八宝菜を一口味わったところでビールを飲み、酢豚の方にもスプーンを伸ばす。

 

 対して酢豚の方はタマネギもピーマンもしんなりと柔らかい。

 豚肉は外の衣がふにゃりと柔らかく、中は程よい噛み応えで肉らしさを強調してくる。

 油で炒め揚げられた食材を、とろみのあるさっぱりとしたタレが脂っこさを中和し、油で気持ち悪くならずに食べきれる。

 

 そして何よりこれらにはビールが非常に合う!

 

 何杯目か忘れたビールを煽り、また空になったジョッキをカウンターに勢いよく置く。

 彼の故郷が何処なのかは知らないが、これほど美味しい料理が地方で埋もれていたとは勿体ない話だ。

 本音を言えばどの辺りの料理なのかを聞きたかったが、彼は目を伏せて一度言い直していた。

 察するにウォール・マリアの何れかでは無いだろうか。

 故郷を奪われた者の多くはマーレとの戦争で被害にあっており、思い出したくない者が多くを占めているだろう。

 彼もその一人ではないかと思うと聞くに聞けない。

 分隊長なら絶対聞いていただろうけど…。

 

 想像に苦笑いを浮かべ、今度はエビチリのように争奪戦にならない事に対しての余裕と、酒が進んだことで酔いが回って口が軽くなった事で、四人がそれぞれ話しながら食事を続ける。

 それぞれと言っても同じ職場の仲間となれば話す内容も似てくるもの。

 途中から分隊長に対する愚痴の言い合いになってしまっていた。

 聞き手で居ようかとも思ったが、思いのほか酔っているのか溜まりに溜まっていた愚痴が溢れ出してしまった。

 そしてそれを聞いては同意する辺り、何かしら同じ被害を受けた仲間なのだ…。

 

 「回鍋肉お待たせしました。ビールのおかわりは如何でしょうか?」

 

 八宝菜と酢豚が無くなりかけた頃合いに、四つ目の品が出来上がった。

 これが最後の一品かと思うと名残惜しく感じるが、すでにビールとここまでの料理で結構お腹は満たされている。

 ちょうどいい具合だろうと納得し、同じように四つの皿に分けて配る。

 今までのが美味しかっただけに、もはや誰もが疑いなくパクリと勢いよく頬張った。

 白菜とはまた違ったキャベツの歯応えに、柔らかく脂の乗った豚バラ。

 ガツンとにんにくの香り漂う、濃い甘辛のタレが鼻と舌の両方を刺激してさらなる食欲を誘い出す。

 

 あー…すでに大分飲んだというのにこんな料理を出されては飲まない訳にいかないじゃないか。

 

 最後まで勢いが衰える事無く食べきり、四人とも満足気に息を吐く。

 

 「美味しかったぁ」

 「また来ましょうね。今度は分隊長も誘って」

 「悪い予感しかしないんだが」

 「予感というか予知だな。そして副隊長が必死に止める未来しかないという…」

 

 その通りだろうなと苦笑し、一休みしてから会計を済ませる。

 腹も心も満たされ、溜まっていた物をぶちまけた調査兵団第四分隊面々は清々しい気持ちで店を出た。

 また明日から大変な日々が続くだろうが、その時はまた皆で飲みながら愚痴を言い合おう。

  

 

 

 

 

 

 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 最初の疲労感が吹き飛んだように満足気な笑顔で帰って行ったモブリット達を見送った総司は、彼らに劣らない笑顔を浮かべていた。

 

 ―――定休日なんだからしっかり休みな。

 

 優しい子たちだ。

 私がいつも寝る間も惜しんで料理をしている事に心配して、彼女達は出掛ける前に釘を刺すように言って行った。

 今頃ユミルさんに連れられたレオンハートさんは、現地で合流したレンズさんを合わせた三人でショッピングを楽しんでいる事でしょうね。私が休んでいると思って。

 でも、すみません。

 我慢できませんでした。

 ゆっくりと時間を過ごすより料理していた方が心落ち着きますので。

 罪悪感交じりの達成感に笑みを浮かべ、帰ってこない内に後片付けと店内に漂う匂いをどうにかしないといけない。

 

 「失礼します」

 「―――ッ!?」

 

 早速洗い物を済ませようと手を動かそうとした矢先、聞き覚えのある声に背筋が凍り付くような感覚が突き抜ける。

 入口へと振り向くとそこには三人で買い物をしている筈のクリスタ・レンズの姿があった。

 達成感は吹き飛び、焦りと緊張に支配された総司は大慌てで洗い物だけでもと隠そうと前に立つが、今更遅い上に逆に怪しい。

 しかし脳内に忠告したときのアニの表情に、数日前に投げ飛ばされた事が脳裏を過ぎれば嫌でも冷静さを欠いて、焦るだろう。

 

 「どどどど、どうしましたレンズさん。レオンハートさんもユミルさんも連れ…ず……に?」

 

 そこで総司は違和感に気付いた。

 ユミルとアニの姿がないこともそうだが、クリスタの様子がおかしいのだ。

 いつもはにこにこと微笑みを振り向いているというのに、今日の彼女は感情が抜け落ちたような無表情。

 なにより定位置で転がっていただけのナオが目を細めて僅かながら警戒を示している。

 

 「そう…あの子はユミルと会っていたのね」

 

 冷たい雰囲気を纏った言の葉が、鋭い視線と共に総司に向けられる…。




●現在公開可能な情報
 
・壁外調査
 原作と違って巨人ではなくウォール・マリア内に潜伏しているマーレ有無の確認から排除、マーレから地域の奪還などを目的とした調査兵団による大規模作戦。
 リヴァイ兵士長を始めとした戦闘に特化した各部隊が索敵及び戦闘を行って地域を奪還し、その奪還された地域の維持を任された防衛部隊が展開して行く。
 それを幾度どなく繰り返してウォール・マリアを奪還するのが最終目標。
 しかしながら最高戦力が長期の不在になるのは、問題があるので数週間程度の短期間のみ行われる。

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