私にはとても大事な妹と友人がいる。
自分の事よりも他人を気に掛ける優しい心根を持つ妹――クリスタ・レンズ。
厄介事を抱えて私達を利用してやろうと思いつつも、決して行動に移さず迷惑を掛けぬように去った友人――ユミル。
妹は産まれて唯一信頼できる身内であり、尽きぬ心配の種であった。
いつもいつも他人や周りを気にして懇親的に動くのはよく目立つ。
昔はそうでもなかったのだが、ユミルに出会ってからその気質が強くなった気がする。―――気がするでは無かった。絶対にそうだと断言できる。
最初こそ利用する気満々だったのにクリスタに関わる内で毒気が抜かれていくのが目に見えて分かった。
関わる内にクリスタに深い情が芽生えていくのも分かった。
今まで親にも周りにもいらない存在として扱われ、私と牧場の動物たち以外に接せれる者が居なかったのも大きいだろう。
ゆえに迷惑を掛けまいと去って行ったユミルに対して罪悪感を抱いたのも当然の結果だった。
あの日、自身にもっと力が、知恵があれば彼女を護れたのにと自身を責めて今のような献身的な性格になったと考えるのが妥当か。
かく言う私にもユミルは大きな影響を与えて行った。
クリスタから話を聞いた時にはなんて面倒事が迷い込んで来たのだろうと頭を悩ましたが、自分達と違いながらも近しい彼女に興味を持って多少ながら関わるようになった。
私もクリスタと同じで接せれる者が限られていた影響が出たのだろう。
いつの間にかユミルという存在は私の中で大きなものへと膨らんでいった。
去った時は安堵感を覚えつつも酷い罪悪感を抱いたものだ。
だからもしも運よく出会えることが出来たのならあの父親に頭を下げてでも助けたいと思っていた。
だというのに…。
ユミルという存在はたかが一般人が触れていいものではない。
憲兵に追われる身であるだけでも匿うのには危険が伴うというのに、彼女を追い続けているのは今の王政府の命を受けた中央憲兵。相手が相手なだけに下級貴族でも力不足。
もしも助ける事が出来るとすれば自分達の父親のレイス家なら可能だろう。
だというのにこの飯田 総司は匿うどころか店で働かせているという。
客には訓練兵や調査兵団、憲兵に至るまで居るらしい。
怒りを通り越して呆れて来る。
ため息交じりに続けようとするヒストリアの言葉をある音が遮った。
―――くきゅるるる~…。
昼食を食べてない事を思い出させるようにお腹が鳴った。
状況が状況だけに恥ずかしさは普通に鳴った時より大きい。
聞こえていない事を祈りつつ、総司の様子を窺う。
「えと…なにか作りましょうか?」
残念な事に私の願いは届かず、お腹の音だけは届いたようだ。
恥ずかしさから無表情が僅かに歪んで、頬は赤みを帯びる。
いつも無表情・無感情で居る分、自分の感情を知られるというのは存外に恥ずかしい。
「ならイチゴアイスを貰いましょうか」
意地悪な注文だと我ながら思う。
アイスを作るのなら氷が必要で、この店の規模から見て氷室はないだろう。
もし氷室があったとしても氷というのは思いのほか高級品で、貴族でもなければ口にすることもあり得ない。
本当に意地悪だ。
でも私が味わった恥ずかしさに比べれば些細なもの。
どう対応するのかと見つめていると少し悩む素振りを見せて微笑んだ。
「イチゴのアイスで宜しいですか?イチゴパフェもありますが」
アイスがあるの!?
驚きで表情が崩れないように気を付けるが、内心はパニックを起こして慌てふためいていた。
さも当然のように有ると言われた事は驚愕に値するも、それ以上に総司が言ったパフェが何なのか分からなかった。
幼き頃は街から離れた祖父母の牧場で育ち、今は訓練兵団で訓練に明け暮れる日々の間に、世間では小さな店でもアイスを提供出来るのが普通なのだろうか?
パフェというのは何か分からないが、あの言い方から一般的な料理なのだろうか?
「――ならパフェにします」
「畏まりました。少々お待ちください」
疑問で溢れかえる心に蓋をして、当然知ってますと言わんばかりの態度で言い切る。
やんわりとした笑顔で注文を受けた総司が作り始める様子にまったく気がない振りをしながら窺うのだが、厨房とカウンターの間には調理によってカウンターへ飛び散らないように仕切りを兼ねた台があり、小柄で身長の低いヒストリアにはそれが調理を隠す役割を担ってしまって何をしているのか全く知り得る事が出来ないのだ。
想像もし難く、窺う事も出来ない現状に不満を抱きつつ、ただ待ち続ける。
「苺パフェお待たせしました」
トンッとカウンターに置かれたパフェなるものを一目見たヒストリアは息を呑み、見惚れて感嘆の声を漏らした。
透き通るようなユリを模した繊細なガラスの入れ物に、白や淡いピンク、透き通りながらも強い赤のアイスやクリームが層を成し、所々に散りばめられたイチゴの果実が宝石のように煌めく。
つい見惚れてしまったヒストリアは我に返り、何事も無かったようにスプーンを手に取った。
平常心を心掛けながら上に乗っているアイスを取り囲んでいる苺を食べようと思ったが手を止める。
苺の上に何か白い液体が掛かっている。
牛乳みたいな白さだが下に流れない所を見ると液体ではなく、粘り気があるソースのようなものだろうか。
スプーンの先につけた白い液体をペロッと舐める。
――甘い!
いや、甘いなんてレベルではない。スプーンの先に付いた少量で十分過ぎる濃い甘さ。しかもその少しが舌や口内にしつこく絡みつく。
これは一体…。
悩みながら
一瞬にして絡みつく甘さが口内を支配し、それを潤すように噛み締めた苺より瑞々しい果汁が溢れ出す。苺が持つ酸味を持った果汁に甘みが交じり合い、なめらかで爽やかな甘さへと変貌を遂げる。
もはや驚くほかない。
なにせこのように美しく口の中で変わり移る四季のように、全てが一変するようなものを口にした経験はないのだから。
「笑われると本当に似てらっしゃいますね」
「―――ッ……」
頬が緩み切っていた事にその一言で気付かされ、小さく咳払いしてそっぽを向く。
総司はそれだけ言うと
離れてこちらを見てない事を確認して練乳の掛かった苺をまた食べる。
今度こそ頬を緩ませないように、表情に変化が出ないように気を張るが、三口四口と食べていると自然と頬が緩み始める。
並んでいた苺を半分ほど食べると今度は中心に位置取り、真っ先に目を引いた淡いピンク色のアイスクリームへと視線を向ける。
色合いから苺のアイスと理解し、大きな期待と共に口へと運ぶ。
はむっと含むと苺の風味とアイスの冷たさと甘味がダイレクトに舌に伝わる。
久しいアイスに喜びながら、今までのアイスと異なったぷつぷつと形を残した苺の果肉の食感が新しい。
しかも噛めばぷつりとした感触の後に残っていた果汁が味に強弱をつける。
こんな楽しめるアイスは初めてだ。
ストロベリーアイスに練乳の掛かった苺を食べきったがまだ器よりはみ出ていた一番上を食べただけ。
まだまだ下には層のようにアイスが待ち侘びている。
苺やストロベリーアイスの下には真っ白な層があり、それをすくいあげると妙な違和感があった。
妙に柔いのだ。それも僅かな感触しか伝わらない程に。
最初はバニラのアイスクリームかと思っていたが、白みを帯びた黄色ではなく純白というのは見た事がない。
疑問もほどほどにパクリと含むと、ふわりと蕩けた。
不思議な食感だ。
羽毛のようにふわりと軽くなめらかで、まるでクリームをアイスにしたかのような。そして広がるは深みのあるコクを持った甘さ。
美味しいものを食べた時に頬が落ちるようなと表現する事があるが、まさにこの
自然とスプーンが器と口を往復する速度が速まり、あっという間に一つの層が胃へと納められ、次のピンク色の層にスプーンを入れる。伝わる触感から先のアイスと同様のものと推測し、もはや考えるのも惜しいと想い口に含む。
ふんわりと広がったのはわざとらしいまでの苺の味付けをされたソフトクリーム。
普通苺はこんな味はしていないだろうと想いながら、これはこれでなかなかどうして苺と認識してしまうのだろうか。
そしてこのわざとらしい風味が堪らなく美味しい。
何故こうも一口で幸せを味わえる品を知らなかったのかと今までの自分が悔やまれる。
後味まで味わいながら次の層を味わおうとスプーンを伸ばす。
今度のは白やピンク、赤でもなくて紫色。
今までは色でだいたいの味を予想できたがこの紫はまったくもって皆無。
不思議に思いながらもこれも美味しいだろうと躊躇う事無く含む。
さらりとした酸味に薄っすらとした甘さが、複数の甘さが充満した口内を落ち着かせる。
甘いものがずっと続き、甘ったるさで慣れ始めた味覚がリフレッシュされて、最後までしっかりと味わえる。美味しいだけでなく食べ手の事もよく考えられている。
口の中が整った事で、パフェの層の中で綺麗だと思っていた透き通りながらも濃い赤色の層に手を出す。
透き通るような赤みを観察し、少し舐め取ってみると非常に濃い苺の味が広がる。
一般的な苺のジャム以上のこのソースは単体で食べるには濃すぎる。だが、単品で食べられなくとも二つの物を組み合わせることで大きな変化と調和を生み出す事をヒストリアは知っている。
ベリーソースの掛かった下に広がる最後の層にはまたもソフトクリームが入れられており、ベリーソースと一緒にソフトクリームも掬い上げる。純白のクリームの上で煌めくベリーソースの美しさを目で楽しみ、期待を胸に口の中へと。
濃いベリーソースがソフトクリームと混ざって程よく薄まり、深みのあるコクと甘さを得て広がって行く。
ヒストリアはその一口を飲み込むと小さく吐息を漏らし、この器一杯に感じた美味しさと美しさ、幸せを噛み締める。
自然な微笑を振りまいているとも気付かずに。
ユミルはにこにこと笑みを浮かべながら帰路についていた。
別にショッピングが好きだとかではなく、クリスタと一緒にショッピング出来た事実が嬉しいのだ。
まぁ、目的は着替えなど必要な物までも極端に少ないアニの買い出しの手伝い。と言っても何処に何があり、どんなものが必要なのか逃亡生活を長く続けてきたユミルには解らない。そこでクリスタに相談してアドバイスなどを貰っていたのだ。
女三人でのショッピングなんて去年の自分だったら絶対想像できなかったろう。
本当に総司に出会えたのは心より良かったと思う。
今や食事処ナオが自分の居場所で家なのだ。
荷物片手に我が家の扉を開く。
「ただいm……――ッ!?」
開けた扉をスッと閉めた。
気付かれてないと思いたいがカウンター席にクリスタが居た。
否、クリスタは後ろに居る事からアレはヒストリアだ。
ヒストリアもクリスタ同様に優しい奴だ。
ただ表に出そうとしないし、本人が認めようとしないだけで。
そして優しいゆえに怒ると怖いのだ。
怒鳴る殴るはないが、冷めた視線で淡々と正論で攻め続ける。
以前何も言わずに二人が暮らしていた牧場より去った過去があるだけに色々と言われるだろうから会いたいけれども会いたくなかった。それが今ここにきている。
「どうしたのユミル?」
扉を開けたかと思ったら閉めたユミルをクリスタとアニは不思議に思い見つめる。
何をどう言おうか、どうしたらいいかと悩みそのまま口にする。
「中にヒストリアが居る…」
「え!?姉さんが…」
同じことを思ったであろうクリスタの顔が青ざめる。
ただ何のことか分からないアニだけは首を傾げながら、ユミルに近づいて扉を開ける。
まさか開けられるとは思ってなかったユミルの制止は間に合わず扉は完全に開けられ、中に居るヒストリアの顔が視界に映り込む。
―――それは心の底から浮かべた幸せそうな笑みだった。
いつも無表情で無感情を貫いていたヒストリアが、頬を緩めてふやけた顔で何かを食べている。
「「ええええええ!?」」
希少すぎるヒストリアを目撃してしまったユミルとクリスタは驚きの余り声を上げてしまい、カウンターで幸せそうに食べていたヒストリアと視線が合う。
沈黙が広がり、世界が停止したような錯覚に陥る。
目からハイライトが消えたヒストリアは空になった器の脇にスプーンを置き、内ポケットの財布より硬貨を取り出してカウンターに置くと、ふらりふらりと近づいてくる。
何を言われるかと震えながらゴクリと生唾を飲み込むユミルとクリスタ。
その怯えは意味を成さず、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めたヒストリアは二人の間を通り抜け、外に出た瞬間駆け出して行った。
呆然とするしかなかった二人は目で追い、姿が遠くなったところで我に返った。
「ちょっと待ってお姉ちゃん!」
「おい!クリスタ!?」
「また来るからね」
「お、おう…」
追い掛けて行ったクリスタを見送ったユミルは何が何やら理解できない。
この状況を説明できるのはただ一人。
「なぁ、店長………あ」
総司に説明を求めようと振り返ると怒りのオーラを静かに漏らしながら総司に詰め寄るアニが後ろ姿が…。
「今日は休めって言ったよね」
「これには寸胴鍋より深い訳が…」
「言いたい事を聞こうか」
「………職人は手が命です。出来れば手を怪我しないように願います」
「分かった」
クルっと宙を回された光景を目にし、ユミルは後で聞くかと先送りにし、呆れた様子で欠伸をするナオの頭を撫でるのであった…。
●現在公開可能な情報
・ヒストリアとクリスタ
原作ではクリスタ・レンズは偽名で、真名はヒストリア・レイス。
しかしながら笑顔を浮かべて周りに懇親的なクリスタも、無表情で無感情のヒストリアも気に入っていたので、双子という設定で両方を登場させることに致しました。