ここでの生活は正直辛い。
富を持った者はそんな状況だとしても己の富を求め、貧しい者は一層の貧しさを負う羽目になっている。
しかしながら幸いにも俺は仲間には恵まれた。
訓練兵団に所属して兵士として訓練を積んできた。
同期には一癖も二癖もある濃い連中が狙ったかのように集められている。
毎日が騒がしく、毎日が楽しい。
馬鹿騒ぎに巻き込まれて酷い目にもあったが、それらも良い思い出となりつつある。
マーレを追い払い奪われた領土を奪還しようと意気込んだり、大人になったら一緒に酒を飲もうと未来を語り合ったり、同期の仲間たちと過ごす日々がとても大きく大切なもの…。
馬鹿だけど自慢の仲間達。
だけど俺は――俺達はやるべき任務がある。
見も知らぬ大勢の民衆が巻き込まれ、同期の連中は戦って死ぬだろう。
それでも俺達は
すでに訓練兵団に所属して数年…。
元々マーレにて鍛えられていたがそれにエルディアでの訓練を経て、さらに肉体能力を高めつつ立体機動装置の使用方法や訓練内容などなど情報を収集し、別の隊員がそれぞれ情報を集めてすでに機は熟しつつある。
もう数週間もすればエルディアの最高戦力たる調査兵団が壁外調査に赴く。
俺達の任務はその隙に壁内へマーレ軍の特殊工作部隊を侵入させるべく、内側より門を開放する事。
これにより膠着状態だった戦局は大きく進展し、エルディアはマーレに敗北せざるを得ない状況を作り出せる。そうなればどうにでも料理できる。
何の問題もない筈――――だったのだ。同じ戦士隊のアニ・レオンハートより手紙を受け取るまでは…。
「ここか。例の店は」
路地奥にひっそりと佇んでいる周りの建築物とは異質な建物。
“食事処ナオ”の看板を見上げながらライナー・ブラウンは呟いた。
鍛え上げられた肉体が服の上からでも分かる大柄な体躯のライナーは、同期の中で上から二番目の好成績を叩き出し、頼り甲斐のある性格から男性のみならず女性からも人気がある人物だ。
今日の彼は訓練兵のライナー・ブラウンではなく、マーレ戦士隊のライナー・ブラウンとしてここに居る。
理由は先に書いたアニからの手紙である。
なんでもマーレの技術を超える物を見つけたとかなんとか…。
正直俺達はあり得ないと断言した。
ここ数年間過ごして分かったが、エルディアは立体機動装置以外ではマーレに数十年も劣る技術しかない。
マーレでは自動車が走行し、飛行船が空を飛んでいるというのにエルディアでは馬車が走って、空は鳥や蝶ぐらいしか飛んでいない。
あり得ないと思うのだが立体機動装置のように例外が発生している場合がある。
戦士隊の隊長である戦士長より確認の為に調べてと命令が下ったのだ。
「一風変わっているけどそれほどの技術を持っているとは思えないけどなぁ」
警戒心を浮かべながら店を睨んでいると、同じく戦士隊より訓練兵団に入ったベルトルト・フーバーが疑問を口にする。
ベルトルトは気弱で積極性がない為に頼られるような人物ではない。が、それは任務上慣れ合って情が移らないようにとの判断からだ。その点を考えると俺よりも冷静に任務に従事している。
熱くなりやすい俺とは違い、一歩引いた所より冷静に物事を見れるベルトルト。
だからこそ俺はベルトルトと訪れている。
例え俺が見落としてもベルトルトなら分かる事もあるだろうから。
警戒心を表情から心へと収めつつ、何食わぬ顔でライナーは扉を開けて店内へと踏み込んだ。
扉の上部に取り付けられた小さな鐘の音が響き渡り、客の来客を知った店員が顔を向けて「いらっしゃいませ」と口にする。
「二名様ですね」
「はい、そうでぇえ―――ッ!?」
「おっとすまないベルトルト」
客への対応が今まで訪れたどの店よりも丁寧だったことにも驚いたが、それ以上に対応すべく近付いた店員にそれ以上に驚き、声を上げそうになったベルトルトの足を軽く踏みつけて止める。
気持ちは理解する。
なにせ出てきた店員がアニだったのだから。
何処かで働きながら情報収集しているというのは知っていたが、技術力云々しか書かれていなかったから客としているものとばかり思い込んでいた。まさかここで働いていたとは…。
「どうぞこちらへ」
不愛想なのは相変わらずかと思いつつ、誘導されるがままアニに続いて店奥のテーブル席に案内された。
席に付きながら視線を動かすと自然な形で店内を見渡せる良い席のようだ。
「お勧めで
「それで頼むよ」
一応メニューを受け取りながらもアニの提案を呑む。
なにせあのアニがわざわざ勧めて来るという事は何かしらがあるという事だろう。
サービスとして差し出されたおしぼりで手を拭い、ガラスのコップに注がれていた水を口に含む。
雑味の無い味わいに疑問を覚えて凝視すると一切の汚れが見当たらない。
まるでろ過したかのように…。
当然エルディアでそこまでの技術は確立していない。
驚きのままベルトルトへと向き直る。
「この水は不純物が一切ない。どう思うベルト…ル…ト?」
どこかをしっかりと見つめていたベルトルトの真剣な視線に気付いたライナーはゆっくりとその方向を見てやはり一緒に来たのは正解だったと確信する。
ベルトルトが向いていたのは厨房の方向。
厨房では
その周りにある調理器具のほうだ。
同じようなものを見た事はあるが、マーレのより大きいながらもスマートに見える冷蔵庫。
オレンジ色の光を放ち、納めていた料理を温めている
一部であるが他にも見覚えのないものらが動いている。
天井の
店内を包む澄んだ空気を生み出している
どう見てもあれらは電気で動いている製品だ。
電気によって動く機械どころか電気を利用する発想自体がエルディアには存在しない技術。
つまりはこの店はエルディア以外の…それもマーレを超えた技術を有している。
壁へと視線を動かせば鮮明かつ綺麗に色が付いた風景の写真が飾られている。アレだってマーレ以上の技術である。なにせ写真はあっても荒く、色は白と黒のツートンしか出来ないのだ。それが見たままの景色を写し取ったような写真などどれだけの技術の差があることやら…。
技術差を思い知ったライナーは間違えていた。
食事処ナオとマーレの技術力の差ではない。ベルトルトが違いに気付いて観察していたと思い込んだことだ。
確かに厨房の方へ視線は向けていた。そこは間違ってない。ただその先が間違っていた。
ベルトルトが真剣に眺めていたのは厨房に居る総司に、注文を伝えていたアニの方。
シミ一つない綺麗なカッターシャツにズボンという簡易な服装の上に、落ち着いた色合いのエプロンを着ている。
アニに片思いを抱いているベルトルトにとって、目を離せない光景で今を逃せば見る事は無いと焦るほど重要で、網膜に焼き付けようと必死だったのだ。
そんなベルトルトの想いには気付かなかったが、こちらを観察するような視線を感じ取った。
気になって振り返ってみるとそこには誰も居なかった。
居たのは一匹の猫が台の上で寝そべっていただけだ。
目付きの悪い
何故警戒しているのかと疑問を浮かべていると「お待たせしました」とアニが料理を運んできたことでナオから視線を外す。
どんな料理を出したのかとアニが運んできた料理に目にしたライナーもベルトルトも膠着した。
一つは焼いた骨付き肉にソースが掛かった品で、もう一つは薄い皮で何かを包んだ料理。
前者は肉が使用され、後者は何か分からない。
「こ、これは?」
「餃子とスペアリブです」
「スペァ?ギョオザ?」
「どうぞごゆっくり」
離れていくアニからメニュー表に視線を移し、スペアリブの項目を探す。
出来れば説明書きでもあればと思ったがそんな親切では無かったようだ。ただ値段が確認出来たのは大きい。肉が出て来た時点で高い金額を要求されるのではと不安があったからだ。ただ逆に安い気がするが…。
同じくメニュー表を開くベルトルトだが、メニューよりもジーと眺めて何なのか探ろうとしている。
「なんにしても食べてみるしかねぇか」
「大丈夫なのかい?その…値段とか」
「問題なさそうだ。メニュー通りなら余裕で払える値段だった。安すぎる気はするがな…」
一抹の不安を抱えながらもライナーは骨付き肉を手に取った。
ここに誘われて技術レベルの異常性は確認できた。しかしこの料理が出されたのは別の意味もあるかも知れない。なにしろ
……それとこちらに入ってからこれほど見事な肉を口にしていなかったので、食べたいという欲求もあったし。
骨の端と端を摘まんでガブリとかぶり付いた。
値段の安さから真っ当に育てられた牛では無いと思っていた。貴族が口にする牛なら兎も角、この値段で口に出来得る牛肉があるとすれば、農具代わりに働かせて年老いたものと相場が決まっている。
血抜きをして血生臭さは多少何とか出来ても、年老いて筋肉質の牛肉は硬い。
だからこの牛肉も味をソースで誤魔化しただけの硬い肉――――だと思い込んでいた。
引き千切るほど何度も噛まずともひと噛みすれば肉がブツリと噛み切れるほど柔らかい。
噛み締めれば柔らかな牛肉が解れ、中より牛特有の味と一緒になめらかな甘み、上質な脂が口いっぱいに広がる。
少し脂っぽいがリンゴやレモンなどの果物を使用した甘酸っぱいソースの酸味が、さっぱりとした味わいに仕上げる。
これだけでも美味いのにソースの味を掻き消さない程度にスパイスが利いている。
ゴクリと飲み込んだライナーは唇に残っていたソースを嘗め取り満足そうに微笑んだ。
「これは美味いぞ!この値段でこの味とか反則だろ」
「そんなになのかい?」
「あぁ、こんな美味いもん食べた事がないぐらいだ。すまないがこれと同じものを二皿……いや三皿くれ!」
「畏まりました。ちなみにあと四皿までなら用意しておりますが?」
「なら四皿で頼む」
ライナーがおかわりを頼み、ガツガツと無心に食らいつく様子にベルトルトは強い興味を引かれる。
任務を忘れるほど食らいつく。
それほどのものなのかとゴクリと自分の目の前に置かれている餃子を見つめ、ゴクリと生唾を飲み込む。
これを食べたら僕もライナーと同じようになってしまうかも知れない。
任務を優先しなければ…。
そうは思いながらもベルトルトは餃子へとスプーンを伸ばしていた。
タレを数滴分を餃子にかけて恐る恐る口へと運んだ。
底はパリッと、上はもっちりとした薄い皮の食感を噛み締めると、中より溢れんばかりの肉汁が流れ出て来る。
詰め込まれたひき肉は勿論の事ながら、刻まれたキャベツやにらなどの風味が負けずと主張し、かけたタレは酸味と辛みが混ざった癖になる味わいが餃子と混ざって舌を魅了し、ガツンと鼻孔を突き抜けるにんにくの香りが食欲を刺激してくる。
なんだこれは!?と目を見開いてもう一つ、もう一つと口へと運ぶ。
餃子というのは一つ一つが小さい。
中には大きめに作っているところもあるが、よほど意識して作らない限り二口三口で食べきれる。そして一皿に六つ前後が相場だろう。
まだ食べたいと思うベルトルトに対して突き付けられたのは「もう無いよ」と言わんばかりに何も乗せてない綺麗な皿のみ。
そこに彼にとっての女神が現れた。
「おかわりする?」
物欲しげだったベルトルトの様子にアニが不愛想ながら気を利かせて聞いた……それだけのことだ。
今まで食べたことの無い美味なるものを食べ、物足りないと思っていた所に好いている相手からの気遣い。
彼の心はエルディアに来てから全開で心臓が高鳴り、興奮状態に陥っていた。
財布の中身を確認してその金額で買えるだけという回答にアニは正直困ってしまったが、自分のお気に入りであるナオの味を同様に気に入ってくれたことは嬉しい事であった。
さすがに財布を使い果たすのは止め、五皿ほどに注文を変えさせ、ベルトルトは満足そうにそれらすべてを平らげた。
「本当に美味しかったね」
「あぁ、こんなに美味いもんを食えるとはなぁ…」
そう言いながら二人は満足感もだが、満足したが故の悲壮感も漂わす。
なにせ彼らの意志は美味い料理では揺らぐことはあっても断念させる事は出来なかった。
確かにここの料理にも技術力にも大いに驚かされた。ただそれだけだ。
気になるなら門を開けて手引きしたどさくさに店主を攫い、拷問でも取引でもして情報を引き出せば良い。突入するのはマーレの精鋭部隊なのだ。一般人一人攫うなどわけないだろう。
「さて行くぞベルトルト」
戦士長に報告しなければと立ち上がろうとしたライナーだったが、まったくこちらに見向きもしないベルトルトに違和感を覚え、その視線の先を追った。
そこには凛とした表情を浮かべながら仕事に励むアニの姿があった。
いつもつまらなさそうな表情を浮かべているアニが、どことなく活き活きしている。
ベルトルトの気持ちを知っているだけに理解はするが、その為に計画に支障をきたす訳にはいかない。
なにせ俺達は戦士なのだか―――。
「ん~、やっぱりユミルのクレープは美味しいよ」
耳に届いた声にライナーは振り返る。
そこにはクリスタとヒストリアが居り、微笑みを浮かべて食事を楽しんでいた。
宝石や闇夜に浮かぶ星々よりも煌めき、太陽よりも輝かしい二人の女神の笑みに魅入ってしまう。
「……結婚したい(ボソッ」
「ラ、ライナー…」
「――ッ!?な、なんだベルトルト」
無意識に心の声を漏らしてしまったライナーはベルトルトの呼び声に我に返り、何事もなかったように返事を返そうとするが、焦って声が上擦ってしまった。
そんなライナーの反応を無視したのか気にしてないのかベルトルトはどこか不安そうに言葉を続けた。
「この店を少し調べた方が良いと思うんだけど……どうかな?」
「そ、そうだな。うん、俺もそう思っていたところだ。大事の前の小事と言えども注意し過ぎて悪い事もないだろう」
お互いに声が上擦りながらもっともらしい理由を語り合った。
この時、エルディア人は誰も思っていないだろう。
裏路地に有る一軒の料理屋にてマーレの一大作戦に待ったが掛かり、エルディア存亡の危機を脱した事を…。
その結果に嬉しそうにいつも見ない微笑を浮かべた少女がいた事を…。
●現在公開可能な情報
・スペアリブ
骨付きの牛のバラ肉に特製の果物のソースを掛けた料理。
この料理は進撃の世界の肉を使用しており、年老いた肉だという事から非常に固い。
そこで蜂蜜漬けにしたり、土鍋を使う事で充分に柔らかくし、牛の旨味を付け加えようと蜂蜜で漬ける前に牛脂と一緒にラップして味を染み込ませたりしている。
しかし作業に時間がかかる為に通常のメニューとして扱わず、完全予約制となっている。
今回はアニより予約を