進撃の飯屋   作:チェリオ

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第01食 サンドイッチ

 ウォール・ローゼ南方トロスト区。

 南方訓練兵団が置かれているこの地には毎年多くの若者が訪れる。

 というのも貴族などの特権階級の子を除き、兵士以外の職業を選択した若者は腰抜けやら腑抜けなど言われる風潮があり、中々選び辛いと言うものがある。他にも兵士になれば最低でもパンと具の少ないスープ三食が食事として出されるなど、食糧問題を抱えるこの国ではかなりありがたく人気のある職業にもなっている。

 さらに成績優秀な上位10名になれば王の側で仕える憲兵団への入団が許される。王の側で仕える事から他の兵団に比べて給料は高く、食事には肉が出る事も多いとか。

 

 

 訓練兵団に所属して二年が経った一人の少年が昼間と言うのに薄っすらと暗い路地裏を歩いていた。

 外見は小柄でさらさらの金髪ショートボブ、中性的な面立ちで男性用の訓練兵団制服を着ていなければ女性と言われても通る容姿をしている。

 その少年―――アルミン・アルレルトはがっくりと肩を落として残念そうにため息をつく。

 アルミンは体力が少なく、力は弱い。戦闘に繰り出される兵士としてはひ弱な部類に分類されるが、頭脳と好奇心だけは誰よりも強かった。座学では同期に負けた事は無いし、教え方が上手いので頼られる存在として認知されている。

 

 今日この休日にアルミンが街へと繰り出したのは座学関係の参考書や劣っている体力関係の鍛錬の為でもない。外の世界が描かれた本が売られているという噂を聞きつけ、好奇心のままにやって来たのだ。

 産まれてこの方、壁の外には出た事がない大抵の人間は壁の向こう側の世界がどうなっているのかを知らないし、興味を持っていない。だが、アルミンは祖父より読み聞かされた外の世界を書いた本により大いに興味を持っており、今もなお好奇心が刺激されるのだ。

 出向いた結果は古書前に立ち入り禁止の看板が立てられ、店は固く閉じられていた。

 王政府は外の様子を描いた書物を頑なに禁じており、発見されるとあの店のように閉められると噂で聞いた事があったがまさか実際に閉められるとは…。

 外を描いた書物の所持は王政府が禁止している事よりも密偵の疑いをかけられることになる。なにせ壁の内側だけで生活していたエルディア人よりも壁の外で生活しているマーレ人の方が書きやすいし、入手することは可能だからだ。中にはまだ帝国だった頃から保管していた書物もあるらしいがどちらにせよ疑いを持たれれば憲兵団の厳しい取り調べを受ける事になってしまうのだ。

 

 買う事は無理でも一目だけでもと臨んだアルミンは期待感の高さからがっくりと肩を落としている。

 次第にため息の数も多くなり、路地裏と同様暗い雰囲気を纏い始めた。

 このまま帰ろうかとも思ったが、アルミンの気持ちなど気にもしない腹の音が鳴り始めた。すでに十二時を過ぎて十三時に差し掛かろうとしており、さすがにお腹が減ってきている。しかし買い食いするにも食料品の値段は高い。

 ウォール・マリアがあった頃はまだ食料の生産も多かったが、今ではパン一つでもかなり高い価格で販売されている。

 

 懐事情を鑑みると余計にため息が漏れる。

 しかし、お腹が減ったと自覚したためか感じてなかった空腹感が押し寄せて、多少高くても何かを食べたい衝動に駆られ始めている。表通りに向かおうと方向を変えようとした時、空腹感を刺激する美味しそうな匂いが漂ってきた。

 

 ふらふらとつられて進んでみると匂いの元であろう建物より身なりの乏しい男性が「ごちそうさん」と言いつつ満足げに扉から出てきた。

 匂いがこの建物より漂っている事と先の男性が「ごちそうさん」と満足気な様子からここが飲食店と言う事は察した。身なりからはそれほど高額な店ではないと判断する。

 

 確証はないけれどどうしようかと悩んでいるとまたもお腹が鳴り、もうここで良いかとドアノブに手をかける。

 扉を開けると扉の上部に取り付けられた小さな鐘がからんと響き、人の出入りを知らせる。

 驚きながら店内に足を踏み込んだアルミンは目を見開いた。

 

 調度品のように磨き、整ったテーブルや椅子。

 埃一つない掃除の行き届いた店内。

 外とは違って透き通った空気と穏やかな雰囲気が漂う。

 

 カウンターには人の良さそうな青年――飯田 総司がシワ一つない真っ白なカッターシャツに藍色の長ズボン、黒の簡易的なエプロンを着て食器を洗っていた。

 

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」

 「え、あ…はい」

 

 にっこりと笑みを向けられ戸惑いながらカウンター席につく。

 店員は手を乾いたタオルで水気を拭うとコップに水を注ぎ、巻かれた手拭きを持って近付いてくる。

 

 「どうぞ」

 「え?ボク水の注文なんて――」

 「あ、違うんですよ。水とお手拭きはサービスなんですよ」

 「そ、そうなんですか…ありがとうございます」

 

 お礼を言わずにはいられなかった。

 普通店でお手拭きや水がサービスで出されることはまずない。

 まさか高級店ではないだろうかと店内を見渡すと掃除の行き届いた店内に見た事の無い調度品の数々。

 不安に襲われて胸元の名札に飯田 総司と書かれた店員に視線を向けるが笑みを返されるばかり。

 懐事情を考えると今すぐ出た方が良いのだが、入って早々出るというのも気持ちが悪い。何か安いものでも注文していこう…。

 そう思いメニューを開くと知らない料理名、または知っているが表記されている値段が合わない品ばかり。

 こうなっては仕方がない。

 店員に聞くことにしよう。

 一流店にせよ、二流店にせよ客に聞かれて意に沿わないものは出さないだろう。

 欲をかいて高い料理を提供などすればそれは客から客へと広がって店の評判に傷がつく。

 見た感じ良い人そうだし問題ない…と思いたい。

 店内にもっと客が居れば保険にもなったのだろうけどこればかりは仕方がない。

  

 「すみません」

 「はい、ご注文ですか?」

 「そうなんですけど知らない料理が多くて。だからおすすめの安くて軽いものをお願いします」

 「軽くて安い料理………でしたらサンドイッチは如何でしょう」

 「サンドウィッチ?えーと、キノコ料理か何かでしょうか?」

 「ウィッチでなくイッチです。そうですね――パンで具材を挟んだ簡単な料理ですよ。軽めな物もありますし、何より手間が少ないので素早く出せますよ」

 「では、それをお願いします」

 「えっと、具材はたまご、ハム、照り焼き、カツ、サーモン。あとはデザート系のスイーツサンドからお選びください。値段は全部均一に350となっておりますので」

 「350ですか。だったらおすすめを一品お願いします」

 「畏まりました」

 

 値段を聞いて安心したアルミンは胸を撫でおろして水に口を付けた。

 通常固いパン一つで1200するのが一品350で提供するのは少し食べようとするアルミンの懐に優しくて助かる。ただ350という安さから少量の一品物であるのだろう。

 それにしてもカツやらテリヤキ、サーモンというのは何なんだろう?

 全く見当のつかない名前に予想が経たず、カウンター越しに店員の調理を眺める事にする。

 

 

 ★

 総司は奥にある冷蔵庫より材料を取り出して調理台の横に並べる。

 おすすめと言われてまずカツサンドを出そうかと思うが、軽い物という条件があるので除外し、考え抜いた末にサーモンサンドを選択した。今朝仕入れたばかりの良いサーモンもあるし、時間もそう掛からない。

 まずは食パンをふんわりとした食感にする為に蒸し器に入れる。蒸している間に取り出したサーモンをスライスし、レタスを千切る。ソースとして使うわさびをすりおろしてマヨネーズと混ぜてワサビマヨを作っておく。

 蒸し上がった食パンにレタスにサーモン、そして酢やハチミツなどでしっかり浸からして寝かせた輪切りの酢玉ねぎを乗せて、作ったワサビマヨをトロっとスプーンで垂らす。

 その上からもう一枚食パンを乗せて、端から端へと斜めに切り分ける。

 この工程を合計二回行い、出来上がったサーモンサンドを皿に乗せれば完成である。

 ★

 

 

 調理する様子を眺めていたアルミンは目を見開いて、ただただ驚いていた。 

 見ているだけでも瑞々しさが伝わってくる葉物の野菜に脂が乗った魚の身、見た事もない薄い黄緑色の植物の根っこのような物など目を引くものばかり。食材の中でも一番に目を引いたのは具材を挟んだパンだ。

 ふんわりと柔らかそうで綺麗な純白の内層からこれがどれほど上質なパンなのかを窺わせる。

 訓練兵団や質の悪いパンには必ずと言っていいほど混ぜ物がしてある。

 よく使われる代表はジャガイモであまり味は良くない。

 一般的にも目にする混ぜ物のパンではないのは明白だ。

 しかも柔らかそうとなれば値段は上がる。

 

 なのにそれを使った料理が350というのはおかし過ぎる。

 値段を間違ってないかと何度も聞き直すが総司は「間違いないです」と答えるばかり。

 とりあえず食べてみようと恐る恐る一口齧りついた。

 

 思った通りふんわりとした柔らかいパンに、シャキシャキとした歯ごたえが堪らないレタスに酢玉ねぎの触感。

 噛み締めると脂が乗った甘みの強いサーモンの味が溢れ、甘みと酸味を持ったコクのあるマヨネーズと混ざり合って、まったりと柔らかみのある味が広がってゆく。そしてわさびの風味が鼻をスーと駆け抜け、さっぱりとした酢玉ねぎがまったりとした味をさっぱりとしてくれる。

 

 美味しい。

 ゴクリと飲み込むと一口目と違って大きくかぶりつく。

 美味しくってパクパクと食べるとあっと言う間に一つがなくなり、もうひとつに手を伸ばす。

 同じペースで食べるとやはりすぐになくなってしまった。

 自ら軽い物と言ってしまったが物足りない。なによりこんなに美味しい物を味わうのはウォール・マリアが突破されてから初めてだ。

 

 値段と財布を確認する。

 余裕がある訳ではないがカツカツという訳でもない。

 これならあと二品頼んでも問題ないだろう。なにせ三品頼んでも固いパンより安いのだから。

 

 「す、すみません!」

 「はい、お会計ですか?」

 「追加をお願いします。さっきのサンドイッチを…あー、いえ、さっきのと違う種類を二品ほどお願いします」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 にっこりと笑って答えた店員は再び冷蔵庫より材料を取り出す。

 

 

 ★

 サーモンサンドを除いたサンドイッチで二種類。

 お客は小柄で一皿目で軽めと注文された。

 合計で三皿の注文で重めの品は頼まないだろう。

 カツサンドに海老カツサンドは除外するとなれば選択肢は限られてくる。チーズハムサンドにタマゴサンド、照り焼きチキンサンド…あとはポテトサラダサンドか。

 やはりここは定番で行こうか。

 タマゴサンドはゆで卵を作るところだがすでにゆで卵を練り潰し、マヨネーズと塩コショウを混ぜたタマゴフィリング(タマゴサラダ)は用意してあり、あとは挟むだけ。

 タマゴフィリングを挟む前に先ほど同様に蒸した食パンにカラシバターを塗る。

 辛みと甘みを持つマイルドなマスタードも良いのだが、辛みを利かしたいのでうちではからしを使用している。

 塗ったらタマゴフィリングをたっぷりと乗せて、もう一枚食パンで挟んで切り分ければ完成だ。

 

 次に食パンに千切ったレタス、スライスチーズ、少し厚めのハム、スライスチーズ、千切ったレタスと順番に乗せて行き、レモン汁を数滴混ぜたマヨネーズを垂らし、同じくパンで挟む。

 ここで切り分けてお出ししても良いのだが、それではチーズが冷たく固い。

 なので油は塗らずにフライパンを熱し、切り分ける前のサンドイッチを置く。焼き過ぎるとレタスから水気が出て来るので軽く押し付け表面がほんのり薄茶色に焦げる程度焼きひっくり返す。同じ焼き色がついた頃には薄っすらながら熱が伝わってとろけない程度にチーズが柔らかくなる。

 チーズハムサンドをフライパンからまな板に移してサーモンサンドと同じく三角形に、タマゴサンドは長方形になるように切り分けて、それぞれを皿に乗せてからお客に差し出す。

 ★

 

 

 今度の品は品で驚かされた。

 黄色い具材は分からないが、もう一つの方は葉物にチーズ、それに厚めのハムが挟まれてある。

 肉と言うのは高い。たまに訓練兵団の食事でも出るのだがそれは保存食用にされて日が経った干し肉であり、数欠片スープに入っているぐらいの少量だ。

 だから薄いハム一枚でも驚く事なのに、あの厚みで350で収まっている事実も重なって驚きが倍増する。

 

 「タマゴサンドとチーズハムサンドです」

 「これが卵ですか!?」

 

 品名を聞いて驚き席を立ってしまった。

 片方は見た通りのハムとチーズのサンドイッチ。と、言う事は分からなかった黄色い具材はタマゴサンドになる。

 輪切りなどではなくソース状にまでされた卵というのは新鮮極まりない。

 どんなものなのかという好奇心からそれ以上聞く事無く、ゆっくりと腰を下ろしてタマゴサンドを手に取る。

 ふわりとしたパンの触感に未知の卵のソース。

 ゴクリと生唾を飲み込み大きくかぶりついた。

 

 アルミンはさらに驚きで目を見開いた。

 歯がいらないのだ。

 ふんわりとしたパンに同じぐらい柔らかく、口当たりの良い卵。

 唇だけで切れるほどの柔らかさに驚愕する。

 さらには卵のまろやかで優しい味わいが広がり、塗られていた辛みを持つソースが味を引き締める。

 そのままタマゴサンドを平らげようとして手を止める。

 もう一方のチーズハムサンドはどうなのだろうと?

 今日出て来た三品の中で最も味を予想できるサンドイッチ。

 しかしこの店で食べた品は驚愕させられるほどのものばかり。

 ならばこのチーズハムサンドも想像以上のものではないのだろうか。

 期待を胸にタマゴサンドからチーズハムサンドへと持ち替える。

 そわそわと焦る気持ちを抑えきれずにカプリとかぶりつき、期待通りに…いや、期待以上の品に頬が緩んだ。

 薄くてもハム特有のあっさりした味に程よい塩気、サーモンサンド同様の歯ごたえの良いレタス。それらの味わいや触感をまろやかに包み込む柔らかいチーズ。

 やんわりと温かみを纏った具材とパンを楽しみながら手と口を黙々と動かしていると皿の上に乗っていたサンドイッチは消え去り、パン屑を少しばかり乗せた白い皿のみとなってしまった。

 最後の一口に名残惜しさを感じるが、お腹も心も満たされて満足である。

 

 「美味しかったぁ」

 「それは何よりです」

 

 はむっと最後の一口を咀嚼し飲み込むと自然と言葉が漏れ出た。

 今日食べたサンドイッチを思い返しながらアルミンはまた来ようと次の事を考え始めていた。

 

 「御馳走様。お会計を」

 「はい、合計で1050ですね」

 「本当に間違いないですよね」

 「安心してください。間違いありませんから」

 

 食べる前と違った意味で安すぎる値段に何度も聞いてまったが、総司は気を悪くする事なく微笑んだまま答える。

 会計通りにお金を払って店を出ようとした時、黒猫が足元を通り過ぎ振り返った。

 この店の猫だろうか?

 ジッと見つめていると誰かに似ている気がするんだけど。

 

 「ほらナオさん、お客様のお帰りですよ」

 「ナーォ…」

 

 短く鳴いたナオという猫は姿勢を正してこちらを見つめ返してくる。

 疑問を心の片隅に残しつつアルミンは今度こそ店から外へと踏み出した。

 今度はエレンを誘って行こうかな。

 

 来た時には肩を落としていたというのに、今や満面の笑みを浮かべ一歩一歩踏みしめながら帰路につくのであった。




●現在公開可能な情報
・お金
 進撃の世界ではお金として使われている通貨“鋼貨”が存在するが、それ以外の小さい単位も大きい単位も定かではないので数字のみでやり取りしている。
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