進撃の飯屋   作:チェリオ

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第19食 チキンライスとメロンソーダ

 第56回壁外調査。

 エルディア最高戦力である調査兵団が近々行う大規模作戦。

 調査兵団各兵員は勿論、物資の搬入に携わる商人や関係各所も大忙しで準備に追われている。

 中でも団長ともなると一般団員に何重にも輪をかけたように忙しい……………筈なのだ。

 歴代の調査兵団団長の中で新たな陣形や戦術を駆使し、死亡率の高かった調査兵団の生還率を何割も引き上げた有能な指揮官。

 主だった戦果を挙げれずとも着実に前へ前へと一歩ずつ歩みを進めている。

 

 びしりと決めた髪型。

 涼し気な笑み。

 乱れやシワが一切見られない服装。

 身だしなみを整え、自身の所属が調査兵団と一見するだけで見破られないように私服姿で調査兵団団長エルヴィン・スミスは食事処ナオのテーブル席に腰かけていた。

 時間としてはまだ人の少ない十一時。

 店内には他のお客は居らず、店員を除けばエルヴィンとリヴァイ(・・・・)しか居なかった。

 

 今日エルヴィンがこの店に来ているのはリヴァイからの誘いからであった。

 元々誘う予定だったらしいが調査兵団団長の地位に就いている以上そう易々と本部を抜ける訳にもいかず、ちょうどトロスト区に出向くことになる壁外調査準備期間まで待ち、準備関係の仕事がひと段落するのを待っていたのだとか。

 

 ※訳:調査兵団の団長と言う役職持ちが堂々と向かった場合、他の団員にまで知られそうなので変装や時間帯を選ぶのに手間取った。

 

 一押しの店だと伝えられ意気揚々と言われるがまま私服で人目を避けてきたエルヴィンに見る必要のない(注文は決まっている)リヴァイはメニューを捲ることなくエルヴィンに渡す。

 

 「ここの飯はどれも美味い。中でもおすすめはパウンドケーキと紅茶だ」

 「そうか。お前が言うならばそうなのだろう。だが―――」

 

 メニュー表を開いてパラリパラリと捲り、目についた料理名だけ記憶する。

 すると手をあげて店員を呼ぼうとしているエルヴィンに、リヴァイは呆れてため息を漏らした。

  

 「注文を」

 「承ります」

 「俺はいつものを」

 「紅茶とパウンドケーキのお任せセットですね」

 「私はこのチキンライスとメロンソーダを」

 

 素早く店員に注文を済ませたエルヴィンは何か言いたげな様子に苦笑いを浮かべる。

 

 「相も変わらず博打か。飯ぐらい普通に出来ねぇのか」

 「美味しいと分かっていて食べるのもつまらないだろう。それにいつもに比べれば勝率の良い賭けだ。なにせ調査兵団最強の兵士長のお墨付きだからな。にしても…」

 

 ちらりと店内を見渡してクスリと笑う。

 どうやらこの店の店員からは自分は良く思われていない様だ。

 料理人(総司)にはそのような感情は見られないが、前に会った事のある青年(ファーラン)からは薄っすらと怒りを感じている。

 当然と言えば当然か。

 類を見ない程に優秀だったリヴァイを半ば無理やりに調査兵団に入団させ、彼と彼女(イザベル)から引き離した上に死地に行かせているのだから私に良い感情を持っている筈がない。

 ただ解らない事が二点。

 棚の上に陣取っている黒猫が威嚇はしていないもののちらちらと警戒しているのと、女性店員(アニ)から畏怖とも驚愕ともとれる視線を浴びせられたのだが、何故そうなっているのかが解らない。猫にも彼女にも覚えがなく、私が何かしら直接的にしたという訳ではなさそうだが…。

 疑問を解消しようとも情報が少なすぎる。

 とは言え声を掛けて情報収集するのもどうかと口は閉ざす。

 店員の様子もそうだがどうもこの店自体妙なのだ。

 鮮明過ぎる絵に装飾が施されている置物、見たことの無い調理器具。

 自分が知らないだけという可能性もあるが本当にそうなのだろうかと疑いを抱かずにいられない。

 自分達(エルディア)以上の技術を持っている相手と言えば思いつくのはマーレの間者…。

 だが、裏路地とは言えそう分かりやすく居を構えるとも思えない。

 この件に関しては後々ハンジにでも探ってもらうとしよう。

 

 「中々良い店だろ」

 

 あまり意識されないようにひっそりと店内を窺っていたが、さすがにリヴァイには気付かれてしまったようだ。

 ただ意図までは察してはいないようだったが。

 

 「ここはどんな時に訪れても掃除が行き届いている」

 「あぁ、確かに潔癖症のリヴァイが気にいるだけのことはある」

 

 テーブルの下に手を伸ばして埃の有無を見せつける様子に笑みを零す。

 飲食店というのは随時汚れる物だ。

 落としてしまった料理に来店者の服や靴に付着していた泥や埃などなど。

 この店には一切そういう汚れは見受けられなかった。

 これならばリヴァイが気に入る訳だ。

 なにせ汚い店であれば店を替えるか、先に自分が使う椅子や机を拭くぐらいするだろう。しかしこの店に来たリヴァイはチェックもしないで腰かけた。つまりそれだけこの店の事を信頼しているという事だ。

 

 客からでも見やすいようにしてある調理する光景を眺めながら、チキンライスとメロンソーダとやらをゆっくりと待つ。

 こうして料理が出来る光景を眺めるというのもまた良いものだな。

 料理人は見せる事を意識してなのか見ていて飽きないし、見るのと発せられる匂いによって空腹感が高められる。

 中々期待させてくれる演出をしてくれるものだ。

 空腹感が高められながら眺めていると、調理の手が止まって盛りつけが始まる。

 出来たかと疑問を片隅に追いやり、期待を胸に届いた料理を眺める。

 置かれた料理は赤みを帯びたライスに色彩豊かな具材が散りばめられた料理と、摩訶不思議な透き通った緑色の飲み物。

 前者は兎も角、後者は飲食店になければ飲み物かどうかも不明だったろう。

 リヴァイに視線を向けると紅茶を味わい、パウンドケーキを一口サイズに切り分けていた。

 口に出さないがリヴァイがあんなに嬉しそうな表情(パッと見睨んでいるようにしか見えない)を浮かべている事に驚き、声を掛ける事すら躊躇われる。

 とりあえずライスの方から手を付けるかとスプーンに手を伸ばした。

 赤みを帯びている事から辛い料理かと思えばそんな事はない。

 さっぱりとした酸味を残しつつ、いろんな旨味が織り成したまろやかな味わいへと変貌したトマトベースの料理。

 パラリとしたライスを噛み締めれば染み込んだバターに振り掛けられているバジルの香りがほんのりと主張をしてくる。

 一口味わっただけでこれなのだ。

 二口三口と味わうとどうなるのだろうか?

 もう私の好奇心は止めれない。

 噛み締める。

 口にするたびに噛み締めてしっかりと味わう。

 しんなりとした柔らかくなった人参。

 控えめながらも青臭さを残すグリーンピース。

 一粒一粒が甘いトウモロコシ。

 料理名にあるチキンたる柔らかくも噛み応えのある鶏肉。

 それぞれが主張し合う食材を一つに纏め上げ、調和を生み出した料理人の腕前。

 パウンドケーキと紅茶を楽しむリヴァイ同様に黙々と食事を続けるエルヴィンは半分ほど食べきると息をつく。

 

 「さすがリヴァイだ。良い店を見つけたな」

 「俺の行きつけの店だ。面倒事だけは起こすなよ」

 「あぁ、分かっているさ」

 

 スプーンを進ませながら会話を続けていたエルヴィンは、飲み物を口にしようとメロンソーダに口をつけた。

 小さくパチパチと弾けている事には疑問を持ちながらも飲み物である事には違いない。

 そう思って一口飲み込んだところで咽た。

 

 「ケホッ…なんだこれは?」

 「炭酸なるものが入った飲み物だ。なんでもその刺激が癖になるとかならないとか」

 「―――分かってて黙っていたな」

 

 ニタリと嗤うリヴァイに抗議の視線を向けるが簡単に流される。

 今度は覚悟を胸に飲み込んだ。

 喉にパチパチと刺激が与えられ、先ほどは驚いて咽てしまったが知ってしまえば大したことはない。

 確かに癖になる刺激だ。

 それどころか爽やかに感じる。

 見た目も透明で涼し気。

 今でも十分だが夏場にこれをキンキンに冷やして飲んだらとても美味しく感じる事だろう。

 メロンなる果物の果汁に取ってつけたような甘味が弾ける炭酸と共に広がる。

 未体験な飲みものであるがこれは大変気に入ってしまった。

 ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら飲み干し、もう一杯注文する。

 おかわりが届くまでにチキンライスを食べきり、二杯目のメロンソーダを今度はちびりちびりと余韻を楽しみながら飲んでいく。

 ちらりと「お前は博打ばかりだ」と呆れたようにいう同期の顔(ナイル・ドーク)が浮かぶと、私の博打も中々のものだろうと一人ほくそ笑む。

 完全に当たりを引き寄せた結果に満足し、また来ようと決意したエルヴィンは店に入って来た客に睨みを利かせたリヴァイが視界に映る。

 睨みを向けられたのは訓練兵団の制服を着ている男女三名(エレン達)は、慣れているのか気にすることなくカウンター席に付いた。

 

 「知り合いか?」

 「あぁ、血縁とその連れだ」

 「彼女が…か」

 

 報告は受けている。

 リヴァイと同じアッカーマンの血筋で、今期及び今までの訓練兵団随一の成績を叩き出している兵士。

 ※リヴァイは訓練兵団からの採用ではないので別枠。

 是非とも調査兵団に欲しい逸材だ。

 リヴァイによればエレンと言う調査兵団希望の訓練兵にべったりなので、そのままついてくるだろうと物凄く嫌そうに呟いていた。

 

 「チキンライスかぁ。久しぶりに頼もうかな」

 

 一緒に居た少年は皿に残っていた色から判断したのだろう。

 美味しい物を共有出来たような感覚に笑みが零れる。

 さて、仕事に戻るかと立ち上がろうとするが…。

 

 「総司さん。俺チキンライス二段チーズで」

 「私はふわとろ卵に唐揚げ付きで」

 「唐揚げ付き?そんなのないぞ」

 「常連の特権」

 「ズリィ!!」

 「ボクはいつものと今日はクリームソーダを頼もうかな」

 

 二段チーズ?ふわとろ?

 ―――気になる。

 耳に届いた会話により立ち上がったエルヴィンは再び腰を降ろした。

 厨房を眺めるがチキンライスは二人前で量が増えた以外は、作り方は同じであった。

 違ったのはその後だ。

 一つは皿に半分ほどチキンライスを盛るとふんだんにチーズを乗せ、もう半分をその上に乗せる。さらにその上にまたもチーズが撒かれる。

 チキンライスの余熱で乗せたチーズが溶け、とろりとオレンジ色の山を流れる。

 まるで山頂に掛かる雪のように…。

 

 受け取ったエレンはスプーンを刺し込んで持ち上げると、上だけでなく中でもとろけたチーズが糸を引くように伸びる。

 見ただけで食感の良いのは勿論、漂う匂いだけでも上質なチーズだというのがよく分かる。

 それがアレだけケチることなく使われているのだ。

 すでにお腹は膨れているとは言え、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 次にミカサが注文したチキンライスが盛られていく。

 その上に楕円形に纏め上げられたふんわりとしたプレーンなオムレツが乗せられ、ナイフで真ん中にスーと切れ込みが入れる。ふんわりとしたオムレツがナイフとフォークで開かれて、トロッとしながらも形を保った半熟のオムレツが輝かんばかりの黄色の花をチキンライスの上に咲かせた。

 最後にじゅわ~と香ばしい匂いと共に揚げられた唐揚げが皿の端に乗せられる。

 そのうちのひとつをフォークを刺してミカサはエレンに差し出した。

 

 「エレン。あーん」

 「おまっ!?」

 「いらない?」

 「……いる」

 

 ミカサに差し出された唐揚げを恥ずかしそうに誘惑に負けたエレンが噛り付いた。

 サクリと香ばしい音を立て、閉じ込められていた脂で瑞々しく柔らかそうな鶏肉が姿を現す。

 ふわとろの卵に唐揚げ…。

 今度は口内より溢れた唾液が口端より垂れかけて慌てて啜る。

 

 紅茶を飲み干し、パウンドケーキを食べて満喫したリヴァイはそろそろ時間だなと立ち上がる。

 そこに待ったをエルヴィンがかけた。

 

 「どうしたエルヴィン」

 「もう少し食事を続けたいのだが」

 「オイオイ…そろそろ戻らねぇといけないのは分かっているだろ。また次回の楽しみにしておくんだな」

 「いや、ここで退く訳には行かない」

 「我侭言うなよ。お前が居ないと進まない案件も多くあるんだ」

 「分かっているさ。しかし私は知ってしまった。ならば試すしかないだろう」

 「オイオイオイ、待て待て待て!これ以上俺に駄々を捏ねるならお前の両足の骨を折る。ちゃんと後で繋がり易いようにしてやる。だがしばらくは便所に行くのも困るようになるぞ」

 「……どうしてもか?」

 「どうしてもだ」

 

 鋭い眼光を真正面から受けながらもエルヴィンは決して視線は逸らさない。

 互いの視線が己が意志の元で激突する最中、アルミンに注文した料理と飲み物が渡される。

 そこにはいつも通りのサンドイッチのセットに、エルヴィンのを見て頼んだ先のメロンソーダに真ん丸としたアイスクリームが乗せられ、接している部分より溶けて白い層を作り出しているクリームソーダ(・・・・・・・)が置かれていた。

 視界の端に映るや否やリヴァイよりそちらに視線が向き凝視する。

 作るのに氷が必要な貴重なデザート。

 なめらかな甘さにひんやりとした冷たさが容易に想像できる。

 ゴクリと喉が鳴り、身体がアレを欲する。

 

 「なぁ、リヴァイ。やはり―――」

 「うるせえ。行くぞ」

 

 調査兵団エルヴィン・スミス団長はリヴァイ・アッカーマン兵士長に膝を蹴られて転がされ、首根っこを掴まれて引き摺られて行くのであった…。




・食事処ナオ チキンライスについて
 チキンライスのオプションで半熟オムレツやチーズを追加料金で付ける事が出来る。

 ただ常連となると融通が利き、ミカサが頼んだような唐揚げ付きや|エレンのように間にチーズを入れたり《本人は常連に対しての融通とは気付いていない》出来る。

 ちなみに全部乗せでチキンライスに中間部にチーズ、上部に半熟オムレツにデミグラスソース&クリームソースを掛け、皿の端にタルタルソースの掛かったエビフライに唐揚げ、ミニハンバーグが置かれる。言えばチキンライスの天辺に旗を刺して貰える。
 その料理名を“お子様セット”と言うのだがエルディア人には通じないもよう。

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