進撃の飯屋   作:チェリオ

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第21食 料理対決 前編

 今日は一種のお祭りが開催されていた。

 正確には祭りではないのだが、大勢が集まって騒げるのであれば娯楽の少ないエルディアにとってはソレ(・・)は祭り以外のなにものでもない。

 参加する人間からすればその限りではないがね。

 正式には“トロスト区内襲撃想定訓練”。

 マーレ軍は幾つもの戦線を抱えてしまったが為に今のところは大規模攻勢も侵攻作戦もせず、ウォール・マリア内でのゲリラ戦や突発的戦闘などの不正規戦闘しか行っていない。

 貴族達は“敵は疲弊して攻める事も出来ないのだろう”とか“我々に恐れをなしているのだろう”とか激甘な見立てをしているが、三つの兵団上層部はそんな甘い見方をしておらず、もし現状の戦力で攻めてきたら内部工作か奇襲作戦しかないと考え、数か月に一回は民衆への避難訓練と兵士の戦闘訓練を兼ねた大規模訓練を開催しているのだ。

 今回開催されたトロスト区内襲撃想定訓練もその備えの一環だ。

 まず第一にマーレ軍に見立てた憲兵団員が射撃訓練と対人戦闘として駐屯兵団の詰め所や門の警備に対して奇襲を敢行。

 駐屯兵は奇襲されてから如何に立て直して市民を逃がし、援軍が到着するまでの時間を稼ぐ遅滞戦闘を行えるかと、市民誘導を開始する。

 そして最後に情報が伝わって最初に敵の殲滅を行う調査兵団が駆け付ける流れとなっている。

 しかしながら調査兵団は壁外調査に赴いているので、代わりに訓練兵卒業前の最終訓練としてトロスト区の第104期訓練兵団がその役目を代わっている。

 安全面を考慮して全兵士がヘルメットとゴーグルの着用が義務付けられ、使用していい単発式ライフルの弾丸はペイント弾で立体機動装置の刃はゴム製の模擬刀(芯は木製)のみとなっている。

 

 普段目にすることの無い立体機動での三次元を自由に駆ける様子に避難した市民は眺め、敵を倒したり見事だと思う動きをするたびに歓声を上げている。

 高台にある避難所に避難した飯田 総司は肩にナオを乗せたまま見知った訓練兵の子らを見つける度に笑みを浮かべる。

 

 「皆さん頑張ってますよナオさん」

 「んなぁ…」

 

 まるで我が子の頑張りを喜ぶ親の様な想いを抱いていた総司に対し、ナオは興味なさげに欠伸を漏らす。

 本来ならば総司はここに居ない筈であった。

 と、いうか食事処ナオは避難区域に入っていない。

 トロスト区内襲撃想定訓練ではあるがトロスト区全域で行われている訳ではない。それこそ調査兵団が居ようが居まいが全軍をかき集めても人員が足りないし、それだけの規模になった際の費用は莫大過ぎてまず王政府からの許可が下りない。

 今日は食事処ナオの定休日で家で料理本や資料を漁って過ごそうとしていた総司は、アニからトロスト区内襲撃想定訓練の事を聞いて観光がてら見に来たのだ。

 一応書いておくが総司はわざわざ出向いてまでイベントに参加するほどイベント好きでも、旅行が好きと言う訳でもない。持て余す時間があるなら料理をしたいと思う。

 だというのにトロスト区内襲撃想定訓練に避難民として居るのは避難訓練と並行して行われる祭りの為である。

 

 周囲を漂う料理の匂い。 

 そこかしこで発生する調理の音。

 好きに楽しむ市民の弾む声。

 振り返れば多くの出店が並び、各々が持ち寄せた料理が並んでいた。

 

 参加している兵士は大事な訓練であるが、避難させられた市民としては終わるまで暇で仕方ないのだ。

 仕事をしている者も例外なく休む羽目になるので事業者にとってはたまったものではない。

 一応配慮して経営者には数か月前に伝え、仕入れた食材が腐って無駄にならないように飲食店の定休日に予定を組んでいる。

 市民は暇だからこそ暇潰しとなる娯楽を欲し、そこに目を付けた商魂たくましい商人や事業者、料理人は出店を並べて儲けようと集まる。

 結果として避難所では出店が立ち並んでいる。

 人気の高い英雄譚や悲劇や喜劇などの物語を人形劇にして子供に見せ、吟遊詩人が詩を奏で、曲芸師が周囲の目を引く。そして当然ながら食べ物を販売する出店も出てくるわけだ。

 この世界の料理(・・・・・)が並ぶのだ。

 総司は料理人としてここに立っている。

 少しでもこの世界の料理を知り、この国の味に合わせられるように。

 

 ゆえに総司は今回食べ歩きに徹している。

 いろんなものを食べ歩いた結果分かったのが、この国は自分が生まれ育った世界で言うドイツ料理がメインとなっていると言う事だ。

 客の名前のほとんどがドイツ系の名前だったりしたのでもしかしてと思っていたら案の定だった。

 ただヨーロッパ系の料理が幾つか見受けられたからドイツ料理オンリーと言う訳でもないらしい。後は魚…海の生き物を使った料理が無いという事。これはこの国が海に面しておらず、輸入を行っていないからだ。

 ヴルスト(腸詰)を齧りながら辺りを見渡す。

 食材は日本でいう傷物が主でスーパーマーケットに並ぶようなものは見当たらない。

 そしてやけにジャガイモや豆料理が多い。

 中にはコロッケのようなものもあったが、油の質が悪すぎてラードで揚げているような脂っこさがあり、昔両親に連れられて行ったイギリスで食べたフィッシュ&チップスを思い出した。

 道理で週に何度も来る常連さんが出来る訳だ。

 そうと分かればこれからもっと精進して、周りの店が美味しい料理を提供するようになっても常連の方々に満足して貰えるように頑張らないとと気持ちを新たに意気込むのであった。

 一人意気込みながらひと目を避けてナオの弁当用に持って来た猫用の缶詰を開け、ナオの昼食の準備を済ます。いつもなら作ってあげるところだがここでは作る事は難しい。なので今日はこれで我慢してもらうしかない。

 不満そうだが食べてくれているナオを撫でる。

 

 「い、居ました!総司さぁ~ん!!」

 

 名前を呼ばれてなにかなと首を傾げながら振り返ると、そこには常連客である―――――の姿がそこにあった…。

 

 

 

 

 

 

 ジャン・キルシュタインは焦っていた。

 今日のトロスト区襲撃想定訓練には駐屯兵団司令であり、エルディア領土の南側最高責任者であるドット・ピクシス司令が見に来ていた。多くの訓練兵がその事で司令の目に留まれば出世もと息巻いて訓練に参加していた。かく言うジャンもその一人でいつも以上に気合を入れていた。

 彼は否定するだろうが訓練が行われた街が生まれ育った街で、母親に良い所を見せるというものあったのだろう。

 功を焦った彼は自分の担当していた区域を放棄して最前線に出て功績を稼ごうとしてしくじった。

 そもそも担当区域を放棄しただけでも大目玉を受け、“何の成果も得られませんでした”で訓練を終えてしまった彼は獲物を横取りしたとサシャに対して怒りを露わにしてしまったのだ。

 実際にはサシャたちが担当していた区域なので勝手に人の区域で狩りをしようとしたジャンが悪いのだけど、感情的になった彼には抑えきれず、相手がエレンからサシャに変わっただけでいつものように口論を繰り広げてしまった。

 いつもであればライナーが止めに入るか、キース教官に怒られて終わる筈だったのだが、今回はたまたまピクシス司令に見つかってしまう。自分の運の悪さを呪う事もならないままにピクシス司令に料理対決で決着をつけよと言われ絶望に肩を落とす。

 

 「クソッ!どうする!?どうすんだよ俺!!考えろ考えろ考えろ…」

 

 兵団の厨房で悶々と思考をするだけで時間が過ぎて行き、昼過ぎだった時刻も夕刻に迫っていた。

 最早時間がない。

 同じ班だったアルミンも一緒に考えているようだが料理に関してはお互い無力。

 エレンに関しては期待もしていないのでせめて邪魔されないようにサシャへ偵察へ行かせた。

 精々切ったり、焼いたりがほとんどで凝った料理なぞした事がない。 

 そんな素人が料理を作るだけだというのに、まるで祭りのように人伝に話が広がって大勢が集まるような事態に発展しているという。

 訓練であれだけの失態を仕出かしておいてなんだが、これ以上恥を上塗りしたくない。

 

 「もう時間がないね」

 

 どこか諦めたように呟いたアルミンに苛立つが、確かに今更俺達が悩んだところでたかが知れてる。

 だったら危険でも勝つ為に動くしかない。

 

 「あぁ…クソッ、やりたくなかったが仕方ねぇ」

 「どうするつもりなの?」

 「上官の食糧庫なら肉が備蓄されているって話だ。それを盗めば」

 「むむむむ、無理だよ泥棒なんて!ボクは昔からどんくさくて―――」

 「アルミン?」

 

 様子がおかしい。

 盗みと耳にしてからアルミンの目の焦点が合ってない。

 いや、それどころか引き攣るように笑い、表情がだいぶん壊れてしまっている。

 これはパニックに陥っているのではないか?

 落ち着かせようと肩を掴もうとした瞬間、アルミンはバッと後ろに下がった。

 

 「泥棒なんてボクには無理だよ!!」 

 「何処行く気だよアルミン!」

 

 駆け出したアルミンが何処に行くか分からない。

 関係ないと離れるだけならいい。しかし真面目な性格から教官に言う可能性がないとは言い切れない。

 どちらにしても追い掛けるしかないジャンはすぐに後を追おうとするがすぐに足を止める。

 ナニかにぶつかってアルミンが尻もちを付いたのだ。

 

 「イタタタ…何してんだよアルミン」

 「ご、ごめんねエレン」

 

 ぶつかったのは偵察に行っていたエレンだった。

 なんにしてもアルミンを止められたのは大きい。役に立たないと思っていたエレンがこんなところで役に立つとは。

 とりあえずアルミンを説得するか。

 そう思ったジャンはエレンの背後に立つ人物に気付いて両目を見開いて驚く。

 

 「二人共怪我はありませんか?」

 「―――ッ!?そ、総司さん!?」

 

 なんで総司さんがここにと疑問を口にすることなくエレンがどや顔を向ける。

 

 「たまたま(・・・・)近くに居たから事情を話して来てもらったんだ」

 「といっても料理の作り方を教えるだけで手は出しませんけどね」

 

 天から差し込んだ後光の様な希望を連れて来てくれたエレンの肩を掴む。

 掴まれて怪訝な顔をされるが今は気にしない。

 

 「エレン。本当にありがとう」

 「なんだよ気持ち悪いな。ジャンが素直に礼を口にするなんて明日は銃弾の雨が降るんじゃないだろうな?」

 「お前はがさつで考え無しの馬鹿だから絶対役に立たないと思っていたけど違ったんだな」

 「…おい、喧嘩なら買ってやるぞ馬面」

 

 いつものやり取りをする二人の横を通り過ぎた総司は手を洗い、厨房にある食材に調味料を確認して小さく頷いた。

 肩に乗っていたナオは先に飛び降りて厨房の入り口で座り込んで入ろうとしない。

 もうここから先には入らないと言わんばかりに。

 

 「では皆さん。手を洗ってから調理を始めましょうか」

 「はい。お願いしますね総司さん」

 

 手を洗い、髪が入らないようにタオルを頭に巻いているとミカサが様子見に来てくれた。

 と、言ってもエレンの様子を見に来たのだと理解するとエレンに対する苛立つが募る。

 

 「手伝おうか?」

 「これは俺達の班の問題だ」

 「―――でも総司さんも居る」

 「そ、総司さんは良いんだよ」

 

 手伝ってもらってはダメとは言われてないが確かにどうなんだろうか。

 それにしてもこの厨房に五人も並ぶとさすがに狭くなるだろうし、しかしうまくいけば触れ合える好機かと脳内で天使と悪魔がせめぎ合う。

 違った理由で悶々とするジャンをよそに総司が入り口辺りを指差す。

 

 「いえ人手は足りてますので後で味見を願いましょうか。それまでは………そこにナオさんが居ますので」

 「ナァオン!?」

 「―――分かった…」

 

 逃げ出そうとしていたナオは裏切りにより捕捉され、ミカサに抱き締められてしまった。

 満足気なミカサに対して不満の色を濃くしたナオのジト目が厨房内部に向けられ、そっと四人とも目を逸らす。

 すでに気にしていない総司は、油にジャガイモ、片栗粉に唐辛子、塩にキャベツを並べてふと微笑む。

 

 「今日は手伝いばかり(・・・)ですね」

 

 聞こえない程度に呟き、早速指示だけを飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 日も傾き、夜がやって来た。

 街灯も電灯もないエルディアの地は闇夜に覆われ、夜空に輝く月と星々だけが地上を薄っすらと照らしている。

 そんな夜の時間帯にひと際賑わい、篝火を灯しているところがある。

 ちょっとした訓練兵同士の喧嘩の仲裁に、“夜食が食べたいなぁ”という想いが混ざって開催されることになった料理対決。

 対決するは第104期訓練兵団所属のジャン・キルシュタイン訓練兵にサシャ・ブラウス訓練兵の二名。

 勝敗を審査するのは駐屯兵団司令官であり、エルディアの南部を任されている最高責任者で今回の件の言い出しっぺであるドット・ピクシス。

 会場となった広場に設けられたステージ上の長机の前の椅子に腰かけて開始をただ待つ。

 

 「ジャン・キルシュタイン訓練生!前へ!!」

 「ハッ!!」

 

 訓練兵団の教官でこの場では進行を務めるキース・シャーディスに呼ばれた訓練生が背筋を正して前に出る。

 大勢の市民からの視線を浴びて多少緊張しているようであったが、まだ二十歳も来ていない子供にしては堂々とした足取りであった。

 ピクシスは自身のスキンヘッドを撫で笑みを漏らした。

 さてさてどのような料理が出てくるのだろうな。

 まぁ、正直なところ夜食にちょうど良いなと思って口にしただけなのでそう期待はしておらぬがな。

 釣り鐘のようなディッシュカバーで料理を覆った皿を持った訓練生は机を挟んで向かい合う。

 ゆっくりと置かれた皿よりディッシュカバーが持ち上げられて姿を現したのは楕円形の揚げ物であった。

 一見コロッケのように見えたがそれは形だけで表面は焼いたのだろうか茶色く焦げている上に薄っぺらい。

 

 「これはコロッケの類かの」

 「似たようなものではあります」

 

 まぁ、そんなところじゃろと小さく納得する。

 なんせ彼は兵士として訓練を積んでいる訓練兵であって、料理を追及する料理人ではないのだ。

 形が歪だったり、簡単な料理なのは仕方がない。

 寧ろ蒸かしただけの芋や焼いただけの野菜or肉類よりはしっかりと料理しているところを褒めてやるべきところだろう。

 ただ思う事が無いと言えば嘘になるが…。

 

 「それにしても薄いコロッケじゃの。材料をケチったのかな」

 

 冗談交じりに呟いた一言に遠目ながら目にした者らはクスリと笑う。

 しかし目の前のジャンはピクリとも笑いはしない。嘲られたと怒る様子もない。

 真剣な眼差しでこちらをしっかりと見つめるのみ。

 熱意というか強い意志の様なものを感じ、声を掛けるのではなくナイフとフォークを動かす。

 ナイフを突き立てればサクリと音を立てて、中よりホクホクとした湯気と一緒にジャガイモの香りが放たれる。

 馴染みのある香りであるがどこか違う匂いが混ざっている。

 正体が気になる心を匂いに引き寄せられた口が遮断した。

 口に収まる程度に切り分けてフォークで突き刺して断面を眺める。

 外側が茶色く焦げているせいか中のジャガイモが白く輝いているように映る。

 

 「ほぅ、中々に綺麗じゃの。しかし見た目も大事だが味が一番だからの」

 

 切り分けた一つを放り込み、何気なしに頬張った。。

 ナイフを入れた時の感覚で理解していたが外の外皮が薄いわりにカリッと焼き揚げられている。

 香ばしい食感は心地よい音を発し、閉じ込めていたホクホクのジャガイモの柔らかな食感が溢れ出す。

 これをコロッケだと判断したのは早計だった。

 ようやく“似たようなもの”の意味を理解したピクシスはゆっくりと味わいながら噛み締める。

 噛み締めれば染み込んだ油がジャガイモの穏やかな味わいにねっとりと絡まってどうにも癖になる。

 味付けは塩と簡単なものながらそのシンプルさゆえにジャガイモの味がより引き出され、ジャガイモらしさを感じられるとピクシスは大きく頷く。

 潰したジャガイモを塩で味付けし、油で揚げたとだけ聞けば確かにコロッケだ。しかしこの料理は従来のコロッケの様な脂っこさはないし、衣をつけていない表面がカリッとしているのは単に揚げたからではない。焼き揚げたからに違いないだろう。

 例えば油を最低限にしてフライパンで焼くなどだろうか。

 香ばしい歯ごたえを鳴らしながら切り分けた料理を口に運んでいたピクシスは食事を中断して懐へと手を伸ばした。

 懐には何本も隠していた火酒の入ったスキットルの一本を取り出して一口飲んだ。

 焼けるようなアルコールが口内に漂っていた後味を飲み込み、喉を通って胃袋へと押し寄せる。

 スーと突き抜ける感覚を味わい、ガハハと大口を開けて笑った。

 

 「これは美味いのぉ!表面の香ばしさに程よい油、シンプルなジャガイモの味わい。まさに癖になる。しかもこれは火酒に合うと来た。ジャン・キルシュタイン訓練生じゃったのう。この料理は一体何というんじゃ?」

 「ハッ、この料理はハッシュドポテト(ハッシュブラウン)というジャガイモ料理であります」

 「ハッシュドポテトと言うのか」

 「司令!実はもう一品出したい品があるのですが」

 「ふぅむ…あまり食べ過ぎては次に響くのじゃがなぁ。まさかそれを狙ってのことではあるまいな?」

 「め、滅相もございません」

 

 心の底を覗くようにしっかりと瞳を見つめる。

 そこには動揺はなく見られただけ見つめ返して来た。

 どうやら嘘偽りはないらしい。

 

 「良かろう。出してみい」

 

 続いて出されたのは切って乗せただけのキャベツのようであった。

 量は少なくされており、確かにこれを食べたぐらいで次の審査に影響が出る事はないであろうが…。

 ちらりと先ほどまで食べていたハッシュドポテトを見つめて少し残念そうに吐息を漏らす。

 考えは読めた。

 ハッシュドポテトは濃すぎないと言っても油を含んでいる。

 数を食べれば油が溜まって気持ち悪くなるだろう。そこでさっぱりする野菜で口直しを用意したと言いたいのだ。その心遣いは良いものだと思うが、そのまま出されても手抜きだというのにシンプルながらも美味しい料理であるハッシュドポテトを食べた後では手抜き感が半端な過ぎる。

 

 とりあえず出されたからには食ってやるかと一切れ摘まんで齧ってみる。

 しんなりとしながらもシャキシャキとした食感に瑞々しさが強く残っており、噛み締めるとキャベツの味に塩気と辛味が付け足され広がって来た。

 

 「如何でしょうか。キャベツの塩揉みは」

 「塩揉みじゃと?しかしこれは…」

 

 塩揉みと聞いて連想したのはザワークラウトだ。

 アレは作り方を知っているし、何度も食べた事があるのでよく理解している。

 作り方を簡単に言うと切ったキャベツに塩と香辛料を揉みこんで、瓶に詰めて発酵させるというもの。日にちが経つにつれて発酵が進んで酸味がよりはっきりする。

 味わったように塩や香辛料はあったのは自身の舌が教えてくれているが、ザワークラウトのように酸っぱくない。

 いや、これがザワークラウトかどうかなど関係ない。

 この程よい塩気と薄っすらした唐辛子の辛味に、シャキシャキとした歯ごたえ。

 さっぱりしながらも癖がある。

 しかもこれも火酒と合う!

 直感で理解したピクシスは再びスキットルに口を付け、ゴクリと火酒を喉に通した。

 ハッシュドポテトも美味しかったが、この塩漬けには妙に病み付きになる美味さがある。

 気が付けば皿の上にはキャベツがなく、掴もうとした手が空を切った。

 

 「ありゃあ?儂の塩漬けキャベツは何処に行った」

 「え?むしゃむしゃと全部食べておられましたが…」

 

 驚きを露わにしたピクシスに戸惑いながらキースが答える。

 それによって事態を理解し、大きく吐息を漏らしながら背凭れに全体重を預けた。

 

 まさかこれほどまでとはのぉ…。

 

 

 

 

 

 

 ぐったりと背凭れに凭れ掛かってから動かなくなったピクシス司令に緊張した趣で見つめる。

 反応は上々だった。

 試しにと作ってくれた総司さんの料理とは比べ物にならないレベルの品であったが、それでも試食したミカサが美味しいと言ってくれたんだ。問題はないはずだ。

 ゴクリと緊張のあまりに生唾を飲み込むと、ようやくピクシス司令が背筋を正して微笑んだ。

 

 「技術的には未熟なところあれど見事なものじゃったぞ」

 「あ、ありがとうございます!!」

 

 ピクシス司令からのお褒めの言葉と、視界の片隅で観客に紛れて嬉し気にする母の姿を捉えたジャンは隠しきれない喜びを頬より漏らしながら礼を口にする。

 少しして我に返って恥ずかし気に頬を戻す。

 何故しつこい位構ってくる五月蠅い母親に俺は笑みを浮かべたのかと理解し切れていない無自覚の行動に悩む。

 

 「次、サシャ・ブラウス前へ!!」

 

 キース教官が声を上げるまで料理対決だったことを思い出してジャンはサシャへと視線を移す。

 と言ってもこれは警戒や探る為の視線ではない。

 ジャンにとって総司より教わった料理は勝利を確信するほどの切り札である。

 最早負ける事など微塵も過っていない。

 眺めているだけの外野もピクシス司令の反応を見てそう思い込んでいた。

 サシャへと視線向けたジャンとピクシス司令を除いてはだが。

 

 前へと歩む一歩は力強く、雰囲気には確固たる自信が有り、瞳には輝きが灯っていた。

 なんだ?

 何故アレだけの自信を持っているんだ?

 微かに生まれた敗北の可能性を払う様に頭を左右に振り、ディッシュカバーで隠れている品へと注目する。

 

 「では、ご賞味ください。これが私が用意した料理です」

 

 ディッシュカバーが上げられると同時に、鼻孔から胃袋へガツンと主張する匂いが放たれた。




●現在公開可能な情報

・壁外調査中間報告
 予定より早くに前回到達地点に到着。
 今までにマーレ軍との交戦はなく、想定外な事態も起こらずに問題なく進撃中。
 逆に団長以下調査兵団上層部は今までが順調すぎる事に疑念を持っている模様。
 特にエルヴィン・スミス団長は撤退を視野に入れているような発言をし、ハンジ・ゾエ分団長は“えび”がどうたらと訳の分からない話を早口で熱弁して急ぎ帰還することを提案している。

 現在まで負傷者一名。
 負傷者:ハンジ・ゾエ分隊長。
 リヴァイ兵長の蹴りにより足の腫れ。
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