進撃の飯屋   作:チェリオ

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第26食 酒の肴①

 エルディアとマーレが戦争へと突入した頃、マーレ軍にグリシャ・“イェーガー”という志願兵の名があった。

 本日は食事の前に彼の話を少しばかりしようと思う。

 

 

 グリシャ・イェーガーはエルディアの王が大陸よりパラディ島へと移った際に、大陸に取り残されたエルディア人の子孫である。

 両親と妹の四人家族で、父親が診療所を経営していた為に他のエルディア人に比べて多少裕福であった。

 裕福と言ってもマーレはエルディアに敗北して土地や財産を奪われた恨み辛みがあるので、隔離収容区画で差別的な生活だったのでそう変わらないが…。

 彼は幼い頃よりマーレに従順な両親と違って、マーレの差別に疑念を抱いていた。

 根本にはマーレに憎まれることをしたのは先祖であり自分達ではないという考えがあったからでもあるが、それ以上に歴史を変えて謂れのない事まで書き足してエルディアに対して怒りを植え付けている節がある。時には政府に対する国民の批判を流すべくエルディア人に矛先が向くようにあからさまに仕向けていたりしていた事は周知の事実だった。

 そんな事があって彼はマーレに対して不信感を高めていた。

 と言っても怒りを露わにしてマーレ打倒と叫びながら行動に移す事は無かった。

 移せば自分が逮捕or死刑にされるばかりか妹にまで迷惑を掛ける事になる。

 だから彼はそんな日常に耐えながら成長して行った。

 青年と呼ばれる時分には両親は他界し、習った医者としての技術を用いて父の診療所を受け継いで妹と暮らしていた。

 相変わらずマーレ人に差別されながらの生活だったが、平穏に過ごしていた彼の人生は大きな分岐点を迎える事になる。

 

 反マーレ組織“エルディア復権派”による勧誘。

 幼き日より変わらぬマーレへの想いは失っておらず、彼は誘われるがまま復権派の一員となった。

 見つからないように集会に参加して同志と熱く語り合ったり、そこで出会った王家の血を引くという女性と結婚し子を設けたりと目標を得て日々が熱を持ち、家庭という一個の幸せを手に入れたのだ。

 

 しかしながらその生活も終わりを迎えた。

 エルディア復権派の重鎮である“フクロウ”と呼ばれる人物が接触してきたのだ。

 内容は今度パラディ島にいるエルディア人に対して戦争が行われるのだが、そこの志願兵として潜り込んで欲しいというものであった。

 表ではマーレ兵の消耗を減らすための兵士として従軍し、裏ではエルディア国に侵入して逃げたエルディア王を説得して連れ帰るというものである。

 マーレ内ではエルディア復権派以外にも反マーレ思想の組織が存在し、それらがバラバラに行動している。この現状を打破するには長期に渡る話し合いか、全員が一致団結する旗印が必要なのだ。

 そこでエルディア王の直系である子孫が必要となった。

 先祖が逃げ出したことを憂いて立ち上がってくれるとなるとより良いだろう。

 グリシャは重鎮自ら面と向かっての指令と同志たちの熱い想いからその任を受けた。

 他にも何人か選ばれたらしいがグリシャは医者と言う事で彼らと違って最前線ではなく衛生兵として多少ながら安全を保障される配置にされたのは幸運だった。

 

 “フクロウ”ことエレン・クルーガーや同志の夢を託され、愛すべき妻に子、妹に見送られグリシャは戦場へと赴いた。

 何とか戦闘に巻き込まれた体を整えて、姿を隠してやり過ごす。

 人の目がないことを確認して死んでいたエルディア人兵士の服を奪い、グリシャはエルディアに潜入しようと戦場を彷徨った。

 エルディアの制服を着ている事からマーレ兵に見つかれば殺され、エルディア兵に身元がバレれば尋問されるだろう。

 彷徨う間も生きた心地のしない彼は運が良かった。

 索敵に出ていたキース・シャ―ディス率いる部隊が、逸れた味方として保護したのだ。

 彼は戦闘のショックで記憶に一時的な混乱が起こったという事で部隊名などは覚えてないと語って切り抜け、衛生兵として野戦病院で負傷した兵士の治療にあたった。

 それからどれくらい経ったのか解らないが、別方面からの援軍が到着すると一時的に帰還する帰還組としてエルディアに入る事になった。これは記憶が戻らない事と所属がはっきりしない為の措置も含まれているとキースは言っていたが、これまでの様子から便宜を図ってくれるとのこと。

 なにかとキースには世話になってばかりだ。

 この事もそうだが戻った際に家を覚えてないなら俺の宿舎で当分は生活するかと言い出してくれたのだ。

 有難いことこの上ない。

 言葉に甘えてキースの世話になりながら本来の使命を果たそうとエルディア王を探そうとしたが、現在の王はエルディア王の子孫ではない事が判明し、王は姿を隠している為に捜索は困難となった。

 その後、戦場に戻る事は無かった。

 何故なら戦場に送り出される前にマーレが周辺国に宣戦布告を受けて、エルディアだけを相手出来なくなり攻勢が緩まったので、無理な兵力の逐次投入から無理のない兵士の運用へと方針を転換したからである。

 

 彼はエルディア王の足取りを辿りながら、持っていた医術を用いてエルディアの国でも医者として働いた。

 信頼を得て、人との繋がりを増やし、気取られぬように情報を集め続けた。

 年月を重ねてようやく彼は王の子孫の居所を掴んだのだ。

 彼は走った。

 マーレに残した家族に夢や願いを託した同志たちを強く想ったら走らずにいられなかった。

 グリシャは様子を伺うが王の子孫と言葉を返すことなく、踵を返して立ち去って行った。

 王の子孫は多くの者に囲まれていた。

 兄さんと呼んで居る事から弟とその妻。

 周りを囲んでいる赤子や幼子は孫だろうか。

 幸せそうに家族に囲まれ穏やかに過ごしている家族。

 

 家族を持つ身としては説得など出来そうではなかった。

 もしも説得に応じることになれば否応が無しにあの家族全員が争いごとに巻き込まれるのは必定。

 同志たちを天秤に賭けた訳ではないと自身に言い聞かし、何も出来ずに帰るしかなかったのだ。

 家に帰ったグリシャは託された願いや夢を踏み躙り、心配している家族の元へ還れない自分に対して強い後悔と罪悪感に苛まれた。

 マーレに戻ったとすれば同志達に非難されるばかりか、何とか今まで生き残って生還できたとマーレ軍に弁明したところで脱走兵かエルディアのスパイとして処理される。

 それも妻や子を巻き込むことになりかねない。

 

 帰る事も出来ず、使命も果たせないグリシャは酒場に行く回数が増えた。

 キースも驚くほど頻繁に酒を浴びるように飲んだ。

 自暴自棄に陥ったグリシャに救いの手を差し伸べたのは酒場で働いていたカルラという女性だった。

 常連として何度か言葉を交わした間であり、幾らか気をかけてくれていたのだろう。 

 

 カルラの慰めの言葉は弱り切っていたグリシャの心を癒やすのには充分だった。

 いや、充分すぎたという方が正解か。

 彼は人生において二度目の恋に落ちたのだ。それもカルラも同じに…。

 傷も癒えて、何もかもが吹っ切れたグリシャはエルディアの国で第二の人生を歩もうと前を見た。

 マーレに残した家族は気がかりだが、戦死した事になっていれば名誉マーレ人として処理されて、家族二人養うには充分な遺族年金が送られるだろう。

 気が付けばグリシャはカルラと結婚し、温かな家庭と新たな子供を授かり、穏やかな日常をおくり今日に至ったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 彼、グリシャ・イェーガーは月明かりだけが照らしている夜道を一人歩き、驚愕すべき事態の前に足を止めていた。

 名医として名の知れたグリシャは内地の診察を頼まれることがあり、今日とてその帰りである。ただいつもと違うのは彼が寄り道をしている点であろう。

 長らく会ってなかった友人より久しぶりに文を貰い、帰りがてらトロスト区へと赴いたのだ。

 文には要約すると昔みたいに一緒に酒が飲みたい的な事と、よく飲みに行く店の場所と飲みに行っている曜日と時間帯が書かれており、内地に赴く用事もあった事から帰りに寄ってみようかという話になったのだ。

 “なった”というのはグリシャが決めた事ではない。

 グリシャはキースがカルラに片思いを抱いていた事をそれとなしに気付いていたが、こうして結婚してしまった今となっては顔を合わせ辛い。

 それこそが疎遠になってしまった原因だ。

 渋っていたものの数十年を経てこうして得た機会なのだから行って来なさいとカルラが背中を押してくれた。

 

 だからこうして書かれていた食事処ナオの前に立って居るのだが、店内より漏れている光は遠い昔の記憶にあるマーレにあった灯りに近い。

 しかし記憶にあるガス灯や電球よりも明るく光が綺麗だ。

 決して強すぎる事もなく、辺りを鮮明に照らし出している。

 エルディアでは蝋燭が未だに主流だというのにこれはどういうことなのだろうか?

 疑問を払拭する為にもグリシャは扉を開いた。

 カランと澄んだ鐘の音が来店を知らせ、店員から挨拶の言葉が掛けられる。

 同時に扉を開けた事で程よい室温が肌を撫で、酒場特有の喧騒が包む。

 酒場自体久しく行ってないグリシャにとっては懐かしむべき光景だった。

 入り口で思い出に浸る訳にもいかない。店内をざっと見渡して目的の人物を探すと呆気なく簡単に見つけた。

 

 「キース。キース・シャーディス」

 「ん?……――ッ!?グリシャか!」

 

 一人テーブル席で揚げ物を食らい、エールらしき酒を煽っていたキースは思いもよらぬ人物に驚きを隠せなかった。

 昔に比べて髪の毛が無く、シワが多くなっているが面影は残している。

 待ち合わせだと思った店員がキースが使っているテーブル席の向かいの席へと案内してくれる。

 遠目で見た時は近づき難い程険しい顔付だったキースは朗らかに笑いかけてくれた。

 

 「久しいな。合うのは何年ぶりだ?」

 「こうして合うのは十年近くになるんじゃないか?確かキースが調査兵団団長だった頃以来だからな」

 「そんなに前になるか…。道理でお互い老ける訳だ」

 「昔が懐かしいな」

 「あぁ、そうだな。……カルラは元気か?」

 「元気にしているよ」

 

 席につくと聞き辛そうにキースがカルラの事を聞いてきた。

 やはり聞かれるかと予想していたもののどういう顔をして良いか分からずとりあえず返事は帰したのだが妙な空気が二人の間を漂う。

 さて、どうしたものかと悩んでいるとキースがその空気を追い払う様に続けた。

 

 「ま、久しぶりの再会なんだ。奢るぞ」

 「それは助かるな。財布は握られていてね。小遣いでは心もとなかった」

 「家庭を築いたからにはそうなるか」

 「財布を自由気ままに使えたのは独身だった頃の特権だな」

 「嫌味か?ったく」

 

 軽く笑いながらキースは注文を行う。

 メニュー表が置いてあるがそれを見る事無く注文するという事は彼がよく食べている料理なのだろう。

 期待しながら料理を待ちながら、キースが食べていた料理に視線を向けた。

 茶色い丸っこい揚げ物。

 疑問符を浮かべながらメニュー表を開くと知らない品が大半を占めており、揚げ物で調べても複数種類出てくるほど品ぞろえが豊富でどれかが解らない。

 

 「それは何なんだ?」

 「これかこれは俺の大好物若鳥の唐揚げだ」

 「へぇ~」

 

 グリシャは気になって仕方が無くなり聞いてみたら、自信満々に答えられ余計に興味をそそられる。

 視線に気付いたのか食べ残っていた最後の一個が乗っていた皿を、両手で隠しながらどこか牽制しているような表情を向けられる。

 

 「やらんぞ」

 「解っているよ」

 

 内心ケチと思いながら笑顔で返す。 

 大口で最後の一個を食すと、ジョッキに残っていた黄色い液体を飲み干す。

 心の底から美味そうに食べる様子に料理はまだかなと辺りを見渡すと、ちょうど店員が料理を運んできたようだ。

 

 「ビールと枝豆お持ちしました」

 

 枝豆と呼ばれた皮付きの豆が山盛りになった皿も気になったが、それ以上にビールという飲み物の方に注目する。

 ガラスで出来たジョッキに透き通った黄色い液体。

 ジョッキ上部には比率を決めているらしい泡が二つのジョッキに同じように出来ていた。

 大概酒場で出てくるのはエールだ。

 それも生ぬるく甘ったるく安い赤みのかかったもの。

 しかしそれに比べて何と美しいことだろう。

 

 「ビール?エールでなくてか?」

 「口で説明するよりは飲んだ方が早い」

 「そうか。なら久しぶりの再会に乾杯」

 「おぅ、乾杯」

 

 ジョッキ同士を軽く当て合い、ガラスの音色を響かせる。

 そのままビールを煽るとエールとの違いに頬が緩む。

 喉を通り過ぎるきめ細やかな泡にキレの良い苦み。

 甘ったるい安いエールとは違った苦みと味わいが気持ちが良い。

 キンキンに冷えた冷たさもビールを引き立てる。

 何よりこのなんとも言えない喉越しは他の酒では味わえない。

 違いを一口で理解したグリシャはキースが枝豆を皮ごと咥えて、中の豆だけを食べている光景を目にする。

 皮付きだからまずは剥くものだと思っていただけに奇怪な光景に見えるが、兎も角同じように食べてみる事に。

 

 ほぅ、これは美味しい。

 皮に染み込んだ塩は強く主張せずに控えめながらも味を残し、プチリと飛び出した枝豆と合わさり絶妙な塩加減になっている。しかも皮ごと茹でたために中に水気があって口当たりが良い。

 剥いてから茹でて塩を振ったのではこの感触と味は出せなかったろう。

 この枝豆は皮ごと出すのが正解だな。

 

 「それにしても止まらないな」

 「だろう。妙に癖になるんだなこれが」

 

 そう言ってキースとグリシャは枝豆を口に運んで皮を捨て、次の枝豆を口に運ぶのを繰り返す。

 作業のように何度も繰り返すだけだったグリシャだったが、キースが合間合間にビールをグビリグビリと飲む様子を見て、自身も同じようにビールをあおる。

 枝豆の食感に程よい塩気がビールに合う。

 これは余計に止まらない。

 枝豆を口に含んではビールを飲む。

 消費速度が上がり、早々とビールが入っていたジョッキが空になってしまった。

 酒類というのは飲み過ぎれば身体にあまり宜しくない。医者として解っているものの、普段あまり飲まないのだから今日ぐらいは良いだろうと空になったジョッキを掲げておかわりを店員に告げる。

 ついでにとキースもビール一杯と追加の料理を注文する。

 

 「なんだか懐かしいな。昔はよくこんな感じで飲んでいたか」

 「随分と昔だがな。もう十年以上前になるか…」

 

 ふと、懐かしい光景を思い出した。

 調査兵団に所属して団長になるんだと息巻いていたキースに医者として働きだしたグリシャはよくカルラが働いていた居酒屋に通ったものだ。

 あの頃は焼き過ぎた腸詰と生温くなった甘ったるいエールさえあれば御馳走だった。

 

 「エレンが生まれる前だからな」

 「ったく、お前の息子が訓練兵団に居た時は驚いたぞ。しかし全くお前に似てないな」

 「あれはカルラ似だからな」

 「変に頑固で猪突猛進なのは出会った頃のお前さんみたいだがな」

 「そうか?」

 

 言われてみればそうかもしれないと思うと少しばかり嬉しく思う。

 同時に自分みたいに失敗はしないで欲しいものだと願う。

 アルミンやミカサが何時も支えてくれているから無いとは思うが…。

 そんな話をしながら枝豆をつまみに、運ばれたおかわりのビールを飲んでいると次の料理が運ばれてきた。

 

 「お待たせしました。豚バラの大葉巻きとアスパラとホタテのバター炒めです」

 「おぉ、待っていたぞ」

 

 注文していた料理が届き受け取るキースの方へと振り向くが、瞳はキースや総司を映してはいなかった。

 料理に使用されているホタテに向けられていた。

 ホタテと言うのは浅い海の底で獲れる貝類だったはずだ。

 内陸にあり、他国と国交を開いてないエルディアに何故海の幸があるのか?

 まさかマーレの密偵か?

 いや、それはないな。

 酒を出す店で諜報活動というのはあり得るが、わざわざエルディアに無いモノを扱って“私、外から来ました”なんてアピールする筈もないか。そもそもここまで海の幸を運ぶ意味が分からない。この一皿だけで手間も金も多くかかってしまう。

 悩むグリシャは私が知らないだけで貝を養殖しているところがあるのかなという疑問を含んだ考えで決着をつけ、なんにしても今は酒を一緒に味わおうとフォークを伸ばす。

 真っ白なホタテの貝柱がバターによって表面がテラテラと輝き、フォークで突き刺して口元に寄せるとふわりとバターが香る。

 香りを楽しみながら口に含み、噛み締めると貝柱を構成している一本一本が崩れ、ホタテの旨味がバターの香ばしさとコクを混ざり広がる。

 調理としてはバターとホタテを一緒に炒めると簡単なものではあるがこれがまた美味いのだ。

 まぁ、手間暇かければ良いというものでも無いしな。

 お次はアスパラを食べてみる。

 同じようにバターと共に炒められているのでバターの風味が漂うのだが、シャキシャキと歯応えにバターが加わって香ばしくなったアスパラの旨味が溢れ出て来てホタテとまた違った味わいがある。

 堪らないなコレは。

 またもビールで流し飲みながらこの料理は火酒の方が合うのではないかと思考する。

 メニュー表を見て酒の一覧に火酒類と書かれたところがあり、そこからウィスキーのロックを頼む。

 さすがに火酒をストレートで飲むほど身体が若くない。若くなくとも酒豪なら行けたかもしれないが私は違うのだ。

 

 「ウィスキーか。試した事なかったな。私にも同じのを一つ」

 「常連なのにあまり試してなかったのか?」

 「いつも唐揚げとビールさえあれば後はなんでも良かったからな」

 「唐揚げが本当に好きなんだな」

 「アレはこの店で……おっと」

 

 自慢するかのように語ろうとしていたキースは何かに気付いて口を閉ざした。

 おかしいと疑問を持ちながら周りを見渡すとこちらに視線を向けている者が何人かいる。

 視線を合わせたらそっぽを向かれたのだがなんだったのだろう。

 

 「キース。今のは一体…」

 「あぁ、この店で料理自慢するとよくある事なんだ」

 「どう言う事だ?」

 「食事処ナオの料理は美味い。それもメニューに載っているもの全部文句なしに美味いんだ」

 「確かに美味しかったな。しかしそれが料理自慢をしないことになる?」

 「戦争が起こるのだ」

 「……戦争?」

 

 不穏な単語とさも真剣に語るキースの雰囲気に只ならぬものを感じて重く受け、グリシャも真面目な表情を向けて続きを待つ。

 

 「先も言ったがこの店の料理は全部美味い。だから客のお気に入りもばらつきも激しくてな。この料理こそ一番美味いなんて言うとそれに呼応してこっちのほうがと自分のお気に入り料理の自慢大会に発展するんだ」

 「あー、それで言葉を止めたのか」

 「一人で来ているなら良いが、今日は久しぶりにお前とさしで飲んでいるのだ。いざこざは避けたいだろう?」

 

 確かに久しぶりの再会をそんな騒ぎで終えたくない。

 大きく頷きながら豚バラの大葉巻きを一本手に取る。

 これもバター炒めと同じでそれほど難しい料理ではない。

 薄くスライスされた豚バラ肉に大葉を挟み、くるくると巻いたものを幾つか串にさして焼いた料理。

 何気なく齧り付いたグリシャは迂闊な行動に悔やむことになる。

 歯が肉に食い込むと同時に塩コショウによって引き立てられたバラ肉の旨味が良質な脂と共にじゅわりと溢れ、大葉の酸味が脂っこさを幾らか中和して豚肉の旨味が際立つ。

 これは絶対酒との相性が良い筈だ。

 口の中に広がった豚バラの旨味にそう感じながら、ジョッキに手を伸ばすがバター炒めでほぼ底をついており、少量含んだところで物足りなさが生じただけだった。

 その様子をキースがニヤリと笑いながらビールをグビリと飲む。

 何故確認してから食べなかったんだと後悔していると店員が横に立ったのに気付いた。

 

 「ウィスキーのロックを二つお持ちしました」

 

 机に置かれた火酒に目を奪われた。

 ジョッキと違って取っ手の無いグラスの底が分厚く重厚な印象を与えてくるロックグラスに、丸っこい透明感溢れる氷を浮かべた透き通る黄金色にも映る茶色い火酒(ウィスキー)が注がれていた。

 見た目もさることながらこのウィスキーなる酒は香りも良い。

 スーと鼻を突き抜けるアルコールの香りと一緒に燻した木材の様な匂いが伝わる。

 それで味はどうなのかとお互いに一口付ける。

 

 「おぉ!!これは…」

 

 キースのように声は漏らさなかったが、驚きから目を見開いてしまった。

 煙ったくも歳月を感じる樽の独特な香りが広がり、呑み込むと喉を焼くような刺激を与えながら胃へと抜けていく感覚が響き渡る。高いアルコール度数に伴って刺激も強くなるが、氷から解けだした滑らかで優しい味わいを持った水が後味をスッキリ滑らかな物へと仕上げている。

 ここは酒飲みにしては楽園だな。

 何時までもこうして飲んで行きたい。が、生憎そうは出来ない。

 

 「どうした?飲まないのか?」

 

 一口飲んでから手を止めていた事を不審がったのか、心配そうにキースが聞いてきた。

 別に酔いが回って来たという訳でも、体調が悪くなった訳でもない。

 

 「いやな、この後帰る事を考えたら少し控えないとなと思ってな」

 「なんだそんな事か。安心しろ。家まで俺が送って行ってやる。訓練兵団の馬を使えばすぐ着くだろうしな」

 「それはありがたいな。なら今日はとことん飲むとするか」

 「おう。久しぶりの再会なのだ。まだまだ楽しまなければな」

 

 こうして久しぶりに会った二人の酒盛りは続く。

 閉店ギリギリまで酒を煽った二人はふらふらと千鳥足になりながらも兵団の馬小屋に到着。

 後は馬に乗って行くだけだがそこで二人共力尽き、一夜を馬小屋の藁の上で過ごすのであった。

 

 

 

 勿論だが朝帰りを仕出かしたグリシャはカルラにとことん叱られ、馬小屋で発見され体調不良(二日酔い)となったキースは訓練兵団の教官たちに白い目で見られるのであった。




●現在公開可能な情報

・アスパラとホタテのバター炒め
 ホタテの入手方法から食事処ナオのみのメニュー。
 しかしながらアスパラはまだしもホタテという貝類に馴染みのないエルディアではあまり人気はない。
 寧ろ大量生産されている豆類である枝豆の方が人気が高い。が、試しにと口にした客は繰り返す事が多く、根強い客が出来たのも事実である。
 
 …ホタテの形状からして誰もが海の生物として認知されていないので、刺身のように食あたりを気にしての嫌悪はない。

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