進撃の飯屋   作:チェリオ

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第02食 ビールと唐揚げ

 はぁ………。

 ウォール・ローゼ南方トロスト区のメインストリートから逸れた路地裏を大きなため息を漏らしながら歩く男性の姿があった。

 198cmもの長身でスキンヘッドで顎髭を生やした中年男性は、生まれ付きの鋭い視線を辺りに向けながら腹部を軽く押さえる。

 彼の名はキース・シャーディス。

 元調査兵団団長で現在はトロスト区の訓練兵団に所属し教官を務めている。

 非常に厳しい態度や言動で訓練兵に接している彼だが、一人一人に対して能力をしっかりと見定め評価するだけの目を持っている。訓練兵からは恐れられているが教官としては優秀な人材であることは間違いない。

 

 はぁ………。

 そんな彼が今日何度目になるか分からないため息をまたも漏らした。

 現在担当している第104期訓練兵団は素晴らしい人材が多い。

 兵団最高記録を更新する者。

 機動力に優れた者。

 並々ならぬ聴覚と嗅覚を有する者。

 身体能力では劣っているものの勉学ではいかんなく能力を発揮する者。

 

 将来有望な若者達を前にすれば熱意も籠ると言うものだ。 

 やり甲斐も今まで以上に感じている。だが、それ以上に問題も多い。

 

 食糧庫から食糧を盗み出すだけでも問題だというのに私の――教官用の食糧庫にまで盗みに入るサシャ・ブラウス。

 何かしらとやらかす第104期訓練兵一の馬鹿者コニー・スプリンガー。

 毎回毎回いがみ合うエレン・イェーガーにジャン・キルシュタイン。

 人の目も気にせずいちゃいちゃとバカップルさを見せつけるフランツ・ケフカにハンナ・ディアマント。

 ほかにも特定の人物の事になると冷静さを欠く者に協調性のない者などなど問題児が多すぎる。

 問題が起こる度に叱り、体罰を与える事も辞さない。

 

 そんな彼らと二年も関わっていると慣れるよりも、ストレスで胃が痛くなってきた。

 こんな夜は酒でスカッとしたいものだ。

 メインストリートに飲食店は集まっているのだが、アルレルト訓練兵がイェーガー訓練兵と雑談していた美味しく安い食事を提供する【食事処ナオ】とやらに興味を持ち、ものは試しにとやって来た訳だ。

 まぁ、然程期待はしていない。

 

 一般的な酒と言えば生ぬるく甘ったるいエールか度数だけは高い火酒。

 つまみはウォール・ローゼが破られてからは食糧難が続いている為に大量生産されている芋を使った料理。蒸かした芋かマッシュポテトぐらいだろう。もしかしたら豚肉か年老いた鶏肉を使った干し肉か。

 昔なら風味の良い火酒やワインも簡単に入手できたが現状では貴族など余裕が有り余っている者しか手が出ない高級品。

 塩を振り掛けた肉を肴にワインを飲んでいた頃が懐かしい…。

 

 「ん、ここか?」

 

 一軒だけ今まで目にしたどの店とも異なった店構えに首を傾げる。

 黒い柱に白い壁、取っ手付きの扉に【食事処ナオ】と書いてある看板。

 ふぅむ、と唸りながら店を見つめる。

 窓から光が漏れている事からやっている事は確かなのだが、現時刻は夜の八時。

 蝋燭の灯りでここまで明るいものなのだろうか?

 

 明かりと言えばうっすらと辺りを照らす蝋燭ぐらいというのにこの店は昼間のように明るい。

 当たり前だが蝋燭は使えば無くなる消耗品。一般家庭では蝋燭を使ってお金を使う事を嫌って、夕刻には食事を行い就寝するのが普通だ。酒場とてそれは同じで大概六時、または七時で閉める店だってあるのだ。中には蝋燭を使用する店もあるにはあるが値段が少々高くなる。

 アルレルト訓練兵が深夜まで店を開けていると話していた時は冗談かと思っていたがそうではないらしい。

 だが、こう目の当たりにすると懐事情に不安を覚える。

 見知っている店は窓は開けっぱなしで扉はウェスタンドアという感じだが、この店はしっかりと外と店内の境をはっきりさせるかのように塞いでいる。しかもただ塞いでいるのではなく窓にガラスを使用している事で中の様子、外の様子を窺うことが出来ている。

 

 ガラスと言えば趣向品の高級品。それも傷一つない透き通ったガラスとなればどれだけの価値があるか…。

 教官として真面目に働き、贅沢らしい贅沢を行わない質素な暮らしをしていた分、貯蓄はある。

 一応いつもより多く持って来たから馬鹿みたいに高い物を頼まなければ問題ないだろう。それにアルレルト訓練兵は安いぐらいだとも言っていた。

 ここまで来て別の店に行くのも面倒だし、何よりストレス解消の為にも早く酒を早く飲みたいのだ。

 

 ドアノブに手をかけて回しながら扉を開ける。

 カラン、カランとドアに取り付けてあったベルが人の出入りを知らせてカウンターに立って居る人の良さそうな青年――飯田 総司が視線を向ける。

 

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りください」

 「あ、あぁ…」

 

 キースは店内を見るやさらに困惑した。

 漆黒の机は顔がはっきりと映るほど光沢を持ち、触ってみると質感は木製そのもの。

 店内の明かりは天井に張り付いている見た事もない棒状の物から発せられている。

 なんなんだこの店はと見渡しながらカウンターの一席に腰かけた。

 座るや否や今まで体験した事のない座り心地の良さに驚く。

 一見珍しい鉄製の椅子だから硬いと判断していたが、座る部分には革に覆われた柔らかいクッションが付けられており、座ったお尻を優しく包み込む。

 

 まだ入店して数秒であるがキースはこの店に対して良い印象を受けていた。

 店内の品々は勿論だが、店員の態度が良い。

 優しい笑顔を向け客の対応をするというのは珍しい事である。中には入っても何も言わず「注文は?」と催促する所もあったりするのだ。

 それに座ると差し出された【おしぼり】という濡れタオルに、透き通ったガラスのコップに注がれた水を無料で差し出すなど他では見られない。おしぼりとかいうタオルの感触はいつも使っているごわごわのタオルと違って、ふんわりと柔らかく手触りが良い。ガラスのコップもそうだが不純物が一切見られない水にも驚かされる。これほど澄んだ綺麗な水を自分は生まれてこの方見た事ない。

 

 (中々良い店ではないか。これは期待できるか)

 

 そう思いながらメニュー表を手に取り開くと、見知らぬ料理名が並んでいた。

 いや、見覚えのある料理もあるのだが想像していた以上に安すぎて料理自体に不安を覚える。

 この店員の容姿から東洋系の人物だと推測するが、これらはそこの料理なのだろうか?

 眉を潜めてメニュー表を睨んでいたら総司は困ったように笑みを浮かべる。

 

 「すみません。まだメニューに説明書きを足してなくて」

 「これは君の故郷の料理か?」

 「えぇ、全部ではありませんが和食もありますね」

 「ワショク?聞かぬ料理だな」

 「あ、注文でしたら言ってくだされば大抵の物は作れますよ」

 「そうか…」

 

 まだ二十代半ばといった歳でこの店を出しているのなら腕に自信はあるのだろう。

 しかし困ったものだ。言えば大抵の物は作れるとの事だが、食べなれたマッシュポテトや蒸かし芋をわざわざ注文する気は起きない。寧ろ、珍しい料理に期待してきた分、注文が出来ないというのは痛い。

 どうしたものかと悩み、お任せで良いかと妥協案を浮かばせ声を掛ける。

 

 「なら酒とおすすめの肴を頼む」

 「お酒は如何なさいましょう?」

 「火酒でもエールでも構わない」

 「…火酒?あぁ、ウイスキーやウォッカですね」

 「ちょっと待て。酒の種類が結構あるのか?」

 「豊富とまでは言いませんがビールに日本酒、焼酎にウイスキー、ウォッカにワイン、ブランデーやチューハイなど数種類ずつ置いてありますけど」

  

 ほぉ…と驚きと嬉しさを混ぜた息を吐く。

 聞いた事のない酒ばかりだが酒場ならいざ知らず、飯屋でそれだけ豊富に品揃えしている店を知らない。

 試しに呑んでみたい気もするがそこはぐっと抑える。

 

 「だったらその中で安く一気に飲めそうなものを」

 「でしたらビールですね。となると肴は枝豆の塩ゆで…冷奴…焼き魚…うーん、やっぱりアレかな」

 

 少し悩んだ末に料理を決めて調理を始めようと動き出す。

 っと、その前に水が入っていたコップとはまた形の違う大きなガラスの取っ手付きのジョッキに、カウンターの端に置いてあった鉄の樽らしきものに蛇口を捻って黄色い液体を注いで、五分の一ほど泡立てる。

 目の前にトンと置かれたジョッキに目を見張る。

 

 反対側が透けて見える透明感のある黄色い液体にきめ細かな泡。

 これが先ほど言っていたビールなるものなのだろう。ジョッキの取っ手を掴むと冷たさが伝わって来て、このビールとやらがキンキンに冷えている事を理解する。

 だが、どうやってここまで冷やしたのかが分からない。

 果物や野菜なら川にロープ付きのざるに入れて冷やすことは可能。しかしこれは液体。冬場なら冷えていても可笑しくないが今は春。

 どうやったかは分からないがとりあえず飲んでみる事にする。

 

 ゴクリと喉を通り過ぎた瞬間、キースは飲むことを止められなくなった。

 エールを冷やしたものだと思っていたのだが全くの別ものだった。 

 すっきりとした雑味のないキレと程よい苦みに滑らかな味わい、スーとした喉越しに感動を覚え、身体が飲むことを止めさせてくれない。

 喉を大きく鳴らし、息継ぎを忘れて一気に飲み干して息をつく。

 

 「うまい!うま過ぎる!!泡までも美味いなこのビールとやらは」

 「お気に召して頂けて何よりです。もう一杯如何です?」

 「頼む」

 「肴はもう少しお待ちくださいね」

 

 大きく頷き、ビールを注ぎに行く青年を見送ったキースは、ふと調理中の品に視線を向けた。

 ボウルの中の黒い液体に浮かぶ何個かの一口サイズの肉。

 まさか肴で肉料理が出て来ると思っていなかった。ビールも美味かったし期待はしているのだが、ジーと見つめても何を作っているのかまったく見当もつかない。

 

 戻って来た青年はビールを注いだジョッキを置くと調理に戻った。

 ちびり、ちびりとビールを飲みながら様子を窺う。

 黒い液体から取り出した肉を白い粉を塗して油の中に入れて行く…。

 

 流れるように調理する様子をただただ眺めていたキースだったが油を認識してから驚きの余り立ち上がってしまった。

 

 肉が泳ぐほどの油。しかも鍋の底が見えるほど澄んだ油など見た事もない。アレだけ澄んだ油を手に入れようと思えばどれだけの金を払えば手に入ると言うのか。

 ビールの美味さで忘れていたが値段を聞いていない。もしかしたら高い物を作っているのではないか?

 不安が心を過り、青年に声をかけようとするが“ジュワ~”と耳に届く肉が揚がる音と、揚がり始めた肉より発せられる匂いにより、食欲が刺激されてゴクリと喉が鳴る。

 

 (値段は気になるところだがここまで食欲を注がれては止めるのも無理だ。もし支払えなかった場合は持っている物を質にして後日払うと交渉するか)

 

 食欲に負けたキースは再び腰かけ出来上がるのをじっと待つ。

 薄茶色に揚がった肉を一度取り出して、もう一度油に浮かべる。先ほどの薄茶色がどんどんと茶色に変化していき、色合いを見極めた青年は肉を取り出してさらに並べる。

 

 「どうぞ、唐揚げです」

 

 出された肉料理に目を奪われ、カウンターに置かれていた箱よりフォークを取って、ひとつに突き刺す。

 おもむろに口に運び、半分ほど齧る。

 

 一口で理解する。

 これは美味過ぎる!!

 外はサクッと中は柔らか、そして程よい弾力が伝わり、口の中に溢れんばかりの肉汁が広がる。

 肉の味だけでなく、噛めば奥より香ばしくもガツンと来る味が肉汁と混ざって食欲を満たす。否、食べているのにさらに食欲をそそられる!

 噛み締め飲み込むと同時に開いている左手がジョッキに伸び、無意識に近い形でビールを流し込んだ。

 身体のほうが思考より先に理解したのだろう。

 この唐揚げとビールの相性の良さに。

 「プハァ~」と満足そうにジョッキを空にする様子に青年は嬉しそうに微笑む。

 

 「おかわりは要りますよね?」

 「大至急頼む!」

 

 本日三杯目のビールを受け取るとそこからノンストップだった。

 唐揚げを頬張り、ビールを流し込み、また唐揚げを頬張ってはビールを飲む。

 手と口が慌ただしく動き続けたが、それはすぐに止まる事になる。

 

 出された唐揚げは五つ。

 半分ずつ齧ったとしても十口で済んでしまう個数。

 食べきってしまった事実に物足りなさを感じながらため息を吐く。

 

 「足りないって感じですね」

 「ん、あぁ…」

 「でしたら唐揚げの量が二倍の唐揚げ大と大ジョッキのビールというのが有りますよ」

 「―――ッ!?そうか…そうだな。なくなれば注文すれば良いだけではないか」

 「それとも別の物を注文――」

 「いや、その唐揚げ大とビールを大ジョッキで頼む!」

 

 先ほどのジョッキより一回りも大きいジョッキを片手に唐揚げを頬張るキースは、来るまでに抱いていたストレスは消え去り、ただひたすらにビールと唐揚げを堪能していた。

 さすがに最後のほうは油が回って来たが、青年がすすめたレモンなる果実を絞ってかける事で、さっぱりとした味わいに変わって最後まで美味しく食すことが出来た。

 満足そうに席を立ったキースはそこで支払いの事を思い出して顔を青ざめる。

 工程もそうだが、冷静になって思えば先ほど食べた唐揚げは鶏肉を用いたものであった。鳥とは卵を産むことを主に育てられ、一般に出回るのは卵を産めなくなった年老いたもので、パサついているものだが今食べたのは全くの別物。まさかと思うが年老いていない若鳥を使ったものではないか?いやいや、それを抜きにしても酒も肉もアレだけたらふく食べたのだ。希望的に推測しても二万は超えてしまっているだろう。

 考えれば考えるほど不安が募り、冷や汗が垂れる。

 

 「あー、お会計なのだが…」

 「はい。唐揚げに唐揚げ大、ビール中ジョッキが3杯に大ジョッキ1杯で合計で3250になります」

 「そうか3250……なに!?3250だと!!」

 「え、あ、はい。そうですけど何か…」

 

 あり得ない。

 安い火酒の瓶一本で1800、干した肉で3000はするんだぞ。どう考えてもそれ以上の量を食べた。なのに干し肉に少し足した程度で済むとは…。

 

 「ンナー」

 「ん、猫か」

 「あ、家の猫なんですよ。ナオって言って店の名前にもしているんです」

 

 鳴き声に振り向くと入り口付近に台座があり、ふんわりとしたクッションの上に黒猫が座りこちらを窺っていた。

 頭から尻尾まで真っ黒の黒猫。

 鋭い顔付で真っ直ぐな翠色の瞳が自身を見つめている。

 そして微妙に眼つきが悪い…。

 

 なんだろう…イェーガー訓練兵に似ていると思うのは私だけか?

 

 エレン・イェーガー訓練兵は幼き頃から知っている。

 父親のグリシャ・イェーガーとは古くからの付き合いで何度か家に上がったことがあるのだ。あの頃はまだまだ小さな子供だったが大きくなったものだ。仕事が忙しくなってから疎遠となってしまったがまた今度飲みにでも誘ってみるか…。

 

 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

 深々と頭を下げて見送る青年に「あぁ、また来るよ」と返して帰路に就く。

 

 店を出て夜道を歩きながらキースは思う。

 アレだけ安くて美味いのに客が自分以外に居なかったのは店を見て敷居の高さを勝手に感じてしまっているからなのだろう。

 今度知り合いを連れて行ってみるかと思いつつ、人が増えて繁盛した結果、満室となって通えなくなるというのは避けたいなと葛藤しつつも上機嫌のままキースは宿舎に帰っていくのであった。

 

 ちなみに気持ちよく飲んでいつも以上に爆睡してしまったキースは寝過ごしてしまい翌日病欠で休んだ。




●現在公開可能な情報
・物価①
 ウォール・マリアがマーレ軍により突破されて以降、食糧難が続いて食料品の物価が高騰している。
 一般的なパン一個1200もする。
 紅茶は1500、安い酒(ビン)1800。霜降り肉8000。
 ※ゲーム価格より

 そして何故か雑巾が2000……。
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