進撃の飯屋   作:チェリオ

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第29食 ロースカツ

 俺は父親が嫌いで仕方なかった。

 変に真面目で頑固で好奇心旺盛の知りたがり…。

 幼い頃より反マーレ活動に身を置いていた父より反マーレの思想を教え込まれそうになったよ。

 正直言ってあの異常な父の教育に反発的だった。

 あの押し付けて来る感じを思い出したら今でも怒りが湧き上がる。

 もし叔母さんが緩衝材として話を聞き、慰めてくれなかったら父だけでなく母も反マーレを掲げた危険人物として告発していただろう。

 そんな毎日が崩壊したのは父が行方不明になったと報告を受けた時だ。

 なんだかんだ言っても我が家は父を中心に回っており、父が居なくなったと同時に毎日がお通夜の様な静けさと暗い雰囲気に包まれ続けた。

 一応戦死者に加えられた事で遺族年金で食っていけるにはいけたが雰囲気は最悪だ。 

 俺は叔母や母を想いながらも父と仲の良かった反マーレ組織から接触があって活動に参加したのも、戦士隊に立候補したのもその重苦しい空間から逃れようとしていたからかもしれない。

 苦しい訓練を耐え好成績を収めた俺は戦士隊の隊長に就任し、反マーレ組織の一翼として活動しやすくなったのは良かったのか悪かったのか…。

 ともあれ、マーレに忠誠を誓うエルディア人として、マーレ政府を転覆させようと目論む者としての二重生活にて日々はあっと言う間に過ぎ、諜報及び侵攻支援の為にエルディア国に潜入する命が下った。

 これまで母と叔母を放っておいて仕事に入り込んでいたのだ。

 ここで親孝行するのも悪くないだろう。

 家族旅行とはいかないが単身で居るよりは家族連れの方がスパイと疑われる可能性は低い。

 勿論血縁者を連れて行くとなればマーレ政府より亡命を企んでいると疑われるので、偽造した身分証明書が必要だったがその辺は問題ない。

 父が行方不明になってしまった事を心苦しく思って接触してきた反マーレ組織の大物、“フクロウ”と呼ばれているエレン・クルーガーさんによって何の問題もなく手に入った。

 こうして俺は戦士隊の部下四名と民間人からの選出という形で母のダイナ・フリッツと叔母のフェイ・イェーガーを伴ってエルディアに潜入したのだ。

 潜入に関してはエルディア貴族との繋がりがあるので少人数であればまずバレはしない。

 そうやって入り込み、母と叔母の気分転換させながら任務をこなしていたのだが一つ不審な報告が上がった。

 アニちゃんからの報告ではマーレの技術力を遥かに凌駕する家電を有した飲食店があるというのだ。

 この報告はアニちゃんだけでなく確かめに行ったライナーとベルトルトからも同様の報告と、その技術力の高さから予定されていた侵攻作戦を延期すべきだと提案してくるほどに。

 報告書を受けて裏を色々調べたがどうにも尻尾が掴めない。

 仕方がなく自ら出向こうと客として行く事にする。

 ついでに母と叔母を連れて行って外食するのも良いだろう。なにせ良質で美味しく、安い品ばかりだというのは食糧問題を抱えたエルディアでは願っても居ない店だろう。

 そう想って連れて来たのがいけなかったのだろうか?

 

 「どういうことか説明してくれるかしら?」

 「いや、違うんだダイナ。これは…その…」

 「なにが違うのお兄ちゃん?」

 「ま、待ってくれフェイ。今考えをまとめ――」

 「ハッキリしたらどうなの?」

 「カ、カルラ!少し落ち着こう…」

 

 隣のテーブル席で(ダイナ)叔母(フェイ)、そしてこちらで結婚した女性(カルラ)に凄い剣幕で詰め寄られているクソ親父(グリシャ)の姿を見たらそうも思うだろう。

 何と戦死したとされていた父親が生きていて、マーレや同志の目を欺いてのうのうと新たな家庭を築いて暮らしていたなんて誰が想像できただろうか?

 そしてまさか自分に腹違いの弟がいたなんて…。

 目付きは鋭いがまだ少年らしい幼さを残し、父親ではなく母親似で綺麗な顔立ちをしている。

 俺は親父似だから正直に羨ましいよ。

 もしも父親と同じだったなら嫌悪感を向けていただろうが、まったく異なった顔立ちからそのような感情は無く、寧ろあのクソ親父の被害者として同情すらしている。

 

 「すまないね。今日は何か祝いの席だったろうに」

 「いえ、そうだったんですけどこれはいくら何でも…」

 

 今日はエレンの訓練兵団卒業と上位十名に入ったお祝いにとグリシャとカルラが何処かで美味しい物を食べようと出てきたのだ。自分の懐を気にせずに食事処ナオで美味しいものがいっぱい食べれると喜んでいたけれども、この状況でそちらを優先する気はすでに失われ、グリシャに怒りの様な感情を今は向けている。

 に、しても店側には悪い事をしてしまったな。

 三名の怒気に周囲の客は委縮し、訪れた客は気圧されて若干引き攣りながら踵を返す。

 その様子に店員であるアニちゃんも訪れた際は驚きを露わにして緊張していたようだったが、今では怒気を含んだ睨みを利かしてきている。このままではアニちゃんに投げ出されそうだ。

 

 「お詫びになにか奢るよ」

 「そんな悪いですよ」

 「今まで知らなかったとはいえ兄弟なんだ。兄らしいことをさせてくれないかな?」

 

 理由は兎も角アニちゃんの視線が若干和らいだ気がすることにほっと胸を撫でおろす。

 エレンはこの空気から脱したいのも、お腹が空いていたのもあって提案に乗り笑みを浮かべて頷いた。

 どれを注文しようかとメニュー表を開くが知らないメニューが多すぎる。

 報告書にあったのも多々あるが書かれてない方が圧倒的に多い。

 こうなるなら先に料理の説明だけ送ってもらうべきだったか?

 

 「それにしてもここの料理は色々あるな。解らない品も多いし悩むね」

 「ジークさんは何か食べたいものがあるんですか?」

 「何か食べ応えがあって安い料理が欲しいかな」

 「どのジャンルが良いんですか?肉?それとも魚?」

 

 魚を入手するには距離があり、食肉の価値が上がっているエルディア内でこのように肉か魚かと普通に言われるところを考えると異常さがよく分かる。

 最近の報告書では生魚を使用する海鮮丼なるものも提供していると目にした時は正直に疑ったが…。

 さて、ここで真偽を確かめるべく魚料理に手を出すべきか?

 生魚はあまりに蛮勇に過ぎるし、干物ならまだしも現実的に考えるなら焼き魚もここまで運ぶまでに腐っているだろう。

 魚料理は避けるべきと判断するなら肉しかない。

 肉ならば牛丼なる料理が人気が高く、安くて美味いと聞いている。

 

 「どちらかで言うと肉料理だね」

 「食べ応えがあるって事なら“トンカツ”とかどうです?肉厚で美味しそうだったからちょっと気になってたんですよ」

 

 トンカツ?

 聞き覚えの無い料理だ。

 報告書にも上がっていなかった。

 メニュー表を開くとロースカツというのがあるのだがコレの事だろうか?

 気にはなるがここで挑戦するべきかは悩むところだ。しかしこの値段で食べ応えのある肉料理が提供されるというのであれば悪くない。

 

 「母さん、叔母さんも同じので良いですか?」

 

 グリシャに意識を向けていたダイナとフェイが我に返ったようで放置しっぱなしだったこちらに申し訳なさそうにそれで良いわと告げた。

 意識が離れた事で周囲との温度差を実感して少しばかり頭が冷めたのだろう。

 が、安堵した表情で助かったよと言わんばかりにこちらを見るのは止めて欲しい。

 何もアンタ(グリシャ)を助けたつもりは微塵もないのだから。

 最終的にロースカツ定食を六つとなり、注文をアニちゃんより伝えられた店主(総司)は調理を始めた。

 

 調理している様子を眺めながら報告にあった電気製品に視線を向ける。

 マーレの物より小型ながらも性能はそれを超えるとされる冷蔵庫。

 開くたびに思うが内容量に対して壁面が薄い。

 それだけ効率化が図られ、機器の小型化がなされているのだろう。

 驚異的な技術力だ。

 アニちゃん達が危機感を覚えるのも納得の代物だ。

 それにあの食品を温める箱(電子レンジ)輪が描かれた台(電気コンロ)にフライパンを乗せたら熱される仕組みなど訳が分からない。

 やはり眺めるよりは内部から探る方が良さそうか…。

 そう判断すると家電から調理へと向け直す。

 慣れた手つきでキャベツひと玉が包丁で切られ、あっという間に千切りの山に成り果てた。

 小さな木製のボウルに盛り付けると今度は分厚い豚肉に卵などの液体に浸け、パン粉を付けると鍋一杯に広がる油の海に投入した。

 じゅわぁ~と揚げられる音が響き、香ばしい匂いに空腹感が刺激される。

 揚げられている間にコーンスープを汁椀に注ぎ、茶碗に米をよそう。

 最後に揚がった豚肉(ロースカツ)を皿に乗せて、トレイに茶碗に汁椀、キャベツを盛った皿にソースを入れた小皿などと一緒に運んできた。

 

 「ロースカツにソースを浸けてお食べ下さい。からしもありますのでお好きにお使いください」

 

 総司はそう告げてロースカツ定食を置いていきジークは思った。

 ロースカツと言われたが要はシュニッツェルだろ、これ?

 端っから斬り分けられていた一切れにフォークを突き刺し、齧りついてみる。

 シュニッツェルとは言うのはラードやバターを引いたフライパンで揚げるのだが、油の量は多くないので揚げ焼きするものである。

 対して目の前のロースカツは大量の油で揚げた。

 正直に言って油の無駄遣いではと思っていたがそうではない。

 揚げ焼きではなく完全に揚げることで外の衣はカリッと仕上がり、中は外の余熱で仕上げられることで焼いた時の様な硬さはなく、良質な豚の脂が中に閉じ込められる。

 

 噛み締めた瞬間に響くカリっと香ばしい衣の音。

 軽く噛んだだけで噛み切れる肉厚ながらも柔らかい豚肉。

 塩コショウで下味をつけられた豚肉の味と中より肉汁がじわりと溢れる。

 噛み締める度に味は濃くなり、久しぶり過ぎる“肉を食べている”という実感に幸せが身体を満たす。

 

 「これは美味しい!エレン君はよく食べるのかい?」

 「エレンで良いですよ。…これは初めてですが他にも美味しい物いっぱいありますからね」

 「ほぅ…それは楽しみだ」

 

 他にもこれ同様に美味しいものがあるのかと思うと本当に楽しみで仕方がない。

 二切れ目、三切れ目を食べているとさすがに揚げているだけに油が頭を回り始める。

 エレンはまだ若いからなんともないかも知れないが、歳を重ねていると徐々に油に対する耐性が弱まっていくもの。

 そういう時にはキャベツの千切りを食べる事でリフレッシュさせる。

 千切りに掛けられた酸味を持ちながらも甘味のあるドレッシングが、キャベツ単体だけでは得られないさっぱりとした風味と千切りキャベツだけでも食べれる美味さを与えてくれている。

 例えロースカツが無くともこのキャベツとドレッシングだけで腹いっぱいになるまで食べれただろう。

 

 ふと、目の前のロースカツ及び対面に座るエレンからグリシャ達が座っているテーブル席へと視線を向ける。

 するとグリシャを除いた三人の女性陣が頬を緩めながら談笑して居る様子が伺えた。

 美味しいもので心が満たされ、怒りが緩和されて余裕が出来たのか?

 …いや、違うな。

 彼女達は全員グリシャの被害者。

 そういう意味で思いを共有できるところもあるのだろう。

 なんにしても食事を楽しんで貰う為に連れて来たのに、思わぬ最悪の再会で終わらずに済んでよかった。

 

 そう言えば店主がソースやからしをお使いくださいと言っていたな。

 思い出したジークは皿の脇に置かれていたソースの小皿に一切れを浸けて何気なくかぶり付く。

 あまりの美味しさに目を見開いた。

 このソースというのも絶品だ。

 果物を連想される爽やかで自然な甘み。

 濃厚で滑らかでありながらロースカツの味わいを殺すことなく引き立てる。

 さらに含まれたゴマのアクセントが堪らない。

 このソースだけでこの美味さ。

 さらに勧められた“からし”なるものを付けたらどうなるのだろうか?

 

 期待高めでからしが入っている小瓶の蓋を開けて、小匙ですくい皿の端に乗せる。

 どうみてもマスタードにしか見えない“からし”なるものもシュニッツェルとロースカツみたく違いがあるのだろう。

 心して掛からねば…。

 少しばかりのからしをロースカツに塗り、ソースに付けて齧り付くとツンと鼻に来る刺激と独特の辛味がソースとロースカツの味わいをさらに引き上げたうえにからし自体が癖になる。

 これは美味し過ぎる。

 自然に茶碗に手が伸び、掻き込むように米を口に放り込んでいた。

 米との相性も良い。

 満足いくほどの厚みに肉の旨味。

 ソースとからしがさらに美味しくし、食べていると米やキャベツが進んで腹が満たされる。

 なによりこの満足いく量でこの安さだ。

 ロースカツに齧りついては米を掻き込み、またロースカツに齧りつくとたまにキャベツの千切りを頬張る。

 それを繰り返していたら米が無くなり、ロースカツも無くなってしまいそうだ。

 

 「おかわりを頼むよ」

 「畏まりました。他にもおかわりの方はいらっしゃいますか?」

 

 皆同じようでおかわりが相次ぎ、総司はおかわりの注文に答えてゆく。

 ロースカツが揚げられて、香ばしい音色と食欲をそそる匂いが充満する。

 出来上がるまでに今まで放置していたコーンスープに口をつけた。

 滑らかで優しい味わいがホッと安堵感を与えてくれる。が、マーレで味わったものより美味しく感じるのは何故だ?

 料理人の腕前?食材の優劣?それとも今食べている環境と雰囲気がそう思わせるのか?

 まぁ、美味しいのだから何でもいいけどさ。

 

 そうして新たに持って来られたロースカツが持って来られるが、今度はソースと異なる液体の入った瓶も添えられていた。

 

 「先ほどと同じソースとからしで宜しいですか?他にも醤油とわさびもあるのですが如何致しましょう?」

 「醤油?よく分からないが今度はそちらを試してみよう」

 

 勧められるままに醤油という水っぽいタレの入った小皿と緑色のわさびという薬味を受け取る。

 からし同様ロースカツにわさびを塗り、醤油と言う水っぽいタレに付けて齧り付くとスッーとワサビの風味が鼻を抜け、塩気と甘味が共存した深みのある醤油がソースとは違った味わいを演出する。

 食べた瞬間に理解したが、この醤油というのは単体でも米と合う。

 ロースカツだけでも合うのに醤油だけでも合うのならもはや米待ったなし。

 掻き込むというよりがっつくように喰らい付いていた。

 気が付けば茶碗は空となり、急ぎおかわりを注文する。

 完食するころにはあれから三杯ほど米をおかわりしており、張ったお腹を撫でながら満足気に吐息を漏らす。

 

 「美味いなぁ。久しぶりにこんな美味しいものを食べたよ」

 「ここにはもっと他にも美味しいものがいっぱいありますよ」

 「それはまた来た時が楽しみだ。今度はエレンのおすすめを楽しもうかな」

 「是非に」

 

 笑い合う弟の存在にちょっと救われた。

 なんでだろう。

 今まで居る事すら知らなかったというのに、こうやって弟と知り、飯を一緒にした事で愛着が沸くのは。

 

 「帰りましょうジーク」

 「あぁ、では私達はこれで」

 「またのお越しをお待ちしています」

 「今度はこういった事のないように、普通の客として来ますよ。それとまたなエレン」

 「あぁ、またね……に、兄さん…」

 

 微笑を浮かべる店主とエレンに背を向け、支払いを済ませたジークはダイナとフェイと共に店を出る。

 父親のことは考えるところではあるが、弟が出来た事と食事事情で問題を孕んだこの国で行きつけとなる店を見つけた喜びで満ち溢れていた。

 ただ彼は戦士隊の隊長であるからしてそれだけでいる訳にはいかない…。

 母と叔母より少し距離を置きながら歩いていると人ごみに紛れて戦士隊に所属している女性(ピーク)が帽子を深くかぶり、気付かれないように近づいてきた。

 

 「どうでしたか?」

 「色々と興味深いところだったよ。そこで追加の人員を頼みたい」

 「補充要員ですか…至難ですね」

 「ピークちゃんなら問題ないでしょ」

 

 本国より人員を用意し、エルディアに密入国させて、偽装した身分と住まいを用意するのは容易ではない。

 それが例えエルディア貴族の一部をこちらに付けていたとしてもだ。

 背後で深いため息を吐かれたものの、スッと姿を消した事から了承してくれたのだろう。

 帰宅したら早々にリストを作っておかなければ…。

 

 「また行きましょうねジーク」

 

 考え込み、俯いた俺は声を掛けられ顔を上げる。

 そこには久しぶりに見た母と叔母の笑顔があり、自然とジークにも笑みが零れる。

 

 「えぇ、もちろん」




●現在公開可能な情報

・調査兵団最終報告
 予定より早く予定地点まで進出した調査兵団は無理せずに帰還することを決断。
 本日無事にトロスト区に戻り、夕刻であった事からトロスト区の宿屋で一夜を明かす事に。
 
 未確認だが二名ほど後処理を放り出し宿屋を抜け出そうとしたところをリヴァイ兵士長が取り押さえたとか…。

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