夜風が吹き抜け、温くもあるが寒くも感じる風に吹かれながらも暗い路地裏を一人歩く。
少し後悔しながらハンネスはため息を漏らす。
彼は壁の補修や点検を行う駐屯兵団の部隊長を務めるベテランであり、グリシャ・イェーガーに流行り病に患った妻を助けて貰った事からイェーガー家とは縁が出来、エレン達とも長年の付き合いとなっている。
今日は訓練兵団を卒業するって聞いたんで祝ってやろうと飯を食いに行こうと誘ったのだが、何でもお気に入りの店で色々と問題を起こして行き辛いのでもう少し落ち着いてからと言われたのだ。
何をしたのかは聞かなかったが、エレンのなんとも言えない表情から相当な事を仕出かしたのだろう。
兎も角、祝いはまた今度となったが逆にエレンの行きつけの店と言うのが気になり、そちらを聞いてみれば
しかしながら今日は仕事が想像以上に遅くまで掛かってしまって辺りは暗く、エレンが言っていた目印のほとんどが判別つかなくなってしまった。
裏路地と言う事は解かっていたがこう暗くては探しようがない。
身体も冷えて来たので酒を飲んで温めたいところではあるが、もう時間が時間だけに店も閉まっているだろう。
今日は諦めて帰るかと考え始めた矢先、路地の角から灯りが照らしているのが見えた。
もしかしてと期待を込めながら角を曲がると、一軒だけ灯りが漏れている建物がある。
暗くて良く見えないが看板もあるし、ここだろうと当たりを付けて扉を開く。
小さな鐘の音が響き、外と違って心地よく暖かな空気が肌を撫でる。
店内は昼間のように明るく、はっきりと店の様子を確認できる。
時刻も時刻だったために店員たちがテーブル席で何やらデザートの類を食べており、突然の来店に驚いていた。
「あー…もしかしてもう店仕舞いだったかな?」
探すのに手間取って思っていた以上に時間がかかっていた事から閉店していてもおかしくはない。
不味ったなと思いながらも淡い期待感を浮かべながら聞いてみる。
「まだ空いてますよ。どうぞカウンター席へ」
やんわりと答えた総司はハンネスをカウンター席に促す。
オーダーストップには時間が早かったものの、もうこの時間帯なら来ないだろうと試食を行っていたアニ達は慌てて戻ろうとするが総司が制止をかけてそのまま続けさせる。
カウンターにハンネスが腰かけるとメニュー表におしぼり、水を出して厨房へと戻る。
周りで店員にスタンバられるよりは料理人との一対一の方が落ち着ける。
来たときとは打って変わって逆に良い頃合いに来たかなと考えながら、メニュー表をペラリと捲る。
エレンから聞いていた通りにメニューのほとんどは知らないものばかりだった。
そう言えば日によってはその日だけ提供するメニューがボードに書かれて居たりすると言っていたのを思い出して店内を見渡す。
すると深緑色のボードに“焼き鳥”と書かれて立て掛けてあったのでアレだろうと書かれた内容を見つめる。
素直に名前の通りなら焼いた鳥だが、値段から丸焼きと言う事は無いだろう。
安いとは聞いていたが明らかに安すぎる。
どちらかと言えばメインの料理より一品物の値段に近い。
色々と種類もあって楽しめそうだし七種類の焼き鳥セットというのにするか。
「すみません。あのボードの焼き鳥セットってのを一つ。それと何か合うお酒を」
「一気に飲みますか?それともゆるりと?」
「あー、ゆっくりと飲みたいですかね」
「なら日本酒などどうでしょうか」
そう言われてもニホンシュという酒を知らないので何とも言い辛いと思っていると、大きな瓶を取り出してコップに中身を注ぐ。トクトクトクと心地の良い音を立てて注がれたコップを差し出して試飲にと渡された。
見た目は無色透明で水が入っているようだ。
酒と言われなければ気付かないだろう。
勧められるまま口を付ける。
まるで果物のようなフルーティな香りに透き通るような爽やかな味わいが広がり、アルコールによる軽く喉を焼くような感覚が通り過ぎる。
ほのかな甘みに後味の爽やかさ。
これは飲みやすい。
「これは旨い酒だな」
「お気に召して頂いたようで何よりです」
「酒はこのニホンシュで頼むよ」
「畏まりました」
コップに注がれた日本酒に口を付けながら眺めていると肉が刺さった串を焼き始めた。
鉄製の網目の上で焼かれる肉は、熱せられてふつりふつりと中に蓄積されていた脂が浮き出て、表面を伝って下へと流れてはぽつりと垂れる。
眺めていたハンネスは一滴が垂れる度に勿体ないと眉を顰めた。
なにせ一般流通している鶏肉とは卵を産まなくなった老いた鶏と決まっている。
となるとあれだけ脂を流してしまっては食感がぼそぼそとし、硬くなっていく一方。
これは外れかなと落胆の色を出さぬようにしながら日本酒を少し含む。
それにしてもこの漂う鳥の焼ける香り…堪らん。
匂いだけでも酒が進みそうだがそこは堪えて待ち続ける。
「お待たせしました。焼き鳥のセットです。タレもありますので良ければお使いください。あ!二度付けは厳禁ですので」
待ちに待った焼き鳥セットが目の前に置かれ、そのうちの皮が一切ついていない
硬くなっているよな…。
安いとは言っても残す訳にもいかず、ぱくりと串に刺したまま齧りついて驚愕した。
柔らかいのだ。
脂が落ちたにしてはとかではない。
明らかに市場に出ている物より柔らかいのだ。
驚きより再度確認しようと齧りついてしっかりと味わう。
余分な脂が落ちた事でさっぱりとし、奥に残った脂によってしっとりと柔らかく、たっぷりの鳥の旨味が広がる。食感もだが
味わいも優しく強すぎない。
塩気も上手く調節され、強い塩気ではなく鳥の味わいに合わせるように引き立て役に徹している。
しっかりと味わってから飲み込み、後味が残る中に日本酒を流し込んで「ほぅ…」と吐息を漏らす。
この“もも”という鶏肉と“ニホンシュ”という酒。
何とも言えない相性の良さに食が…酒が進む。
齧りついてはチビリと酒を飲んで笑みを零す。
一本目を食べきると二本目を手にする。
ボードに書かれている順番通りなら“ネギマ”という焼き鳥らしいが、どうなんだろうか…。
先のもも肉ともも肉の間に白ネギが交互に差し込まれている。
肉ばかりでは偏るからせめて野菜も一緒に食えという形式的な奴か。
何気なく齧りつくと分厚いネギより汁が溢れ出た。
熱で甘みが増したネギの汁がだ。
鶏肉の旨味にネギの風味が混じり、味に深みが増して行く。
おぉ、これは美味い。
病み付きになりそうだ。
またももとねぎを一緒に串より齧りついたまま外し、噛み締めては酒を流し込む。
もも同様にあっと言う間に食べきり、ねぎまが刺さっていた串を皿に置く。
ボードに並んでいた“かわ”とはなんだろうと思っていたけれども、まさか鳥の皮だけが刺さっているとは思いもしなかった。
皮だけ剥ぐのも皮だけ串に刺すのもどれだけ手間のかかる事だろうか。
大変だったろうなぁと思いつつもどのようなものなのかが楽しみで笑みを浮かべながら齧る。
くにくにとした強い弾力を味わいながら笑みを零した。
焼かれて脂が落ちてはいるものの皮自体に含まれる脂の量は身の比ではなく、噛み締めた瞬間に口の中に濃厚な鳥の旨味を含んだ脂が広がった。しかもこの皮は“もも”や“ねぎま”と違って塩気を若干強くしている為、濃い鳥の旨味に加えて塩が主張してくるのだ。
この旨味と塩気の猛攻に堪らず酒を煽る。
強く残る後味が日本酒によって流され、胃の中で落ち着く。
「これは美味いな。焼き鳥セットもう一皿とニホンシュのおかわり。それと一気に飲める酒があったらそれも欲しいんだが」
「畏まりました。一気に飲めるという事でビールでどうでしょう」
「アンタに任せるよ」
これは絶対一皿では足りないと察したハンネスはおかわりと総司任せに酒を注文して四本目を手に取る。
今度は“ぼんじり”とかいう小さく丸っこい肉だ。
真っ白い事からしっかりと焼いた肉と何と無しに想いながら噛み締めると、自身の思い違いに愕然とした。
とてつもなく柔らかいのだ。
皮ほどではないが弾力があり、肉らしい食感も同居している。さらに中から脂が溢れ出してくる。
なんだこれは?
思考を働かせるよりも先に手と口が動き、ぼんじりと一杯目の日本酒が口の中へと消え去っていく。
ここに来て自らの過ちを悔やむ。
この焼き鳥と日本酒の相性は抜群だ。
しかしながら初めてこの味と出会って興奮状態に陥った今の自分が落ち着いて食すなど不可能。
ゆっくりと相手するには知らなさ過ぎた。
日本酒と出会えたことは間違いではない。タイミングが悪かった。
一気に飲み干すには日本酒は上品すぎ、この興奮し切った自分に合わないのだ。
端っから飲みやすく、喉越しの良い酒があればと聞いていればよかった…。
悔やみながら五本目の“つくね”の串を手に取る。
つくねは他の串と異なり丸く練られた肉が刺さっており、明らかな練り物だ。
だからと言って落胆することはない。
四本もそうだったが全部自分を驚かせてくれる素晴らしいものばかり。
ならばこれもそうだろうと期待を込めて噛み締める。
しっかり練られて詰まっていながらもしっとりとした噛み応え。
脂が溢れてくることはなかったが、落ち着いた鳥の味わいが急ぎ足だった心に安心感を与えてくれる。
そして噛み締めるとコリコリと心地よい歯応えが伝わって来る。
特に鶏肉以外の味わいがする訳でもない。
けどこの歯応えが妙に楽しい。
ようやく落ち着けたハンネスはおかわりで出された二杯目の日本酒に口を付け、またつくねに齧りつく。
“もも”に“ねぎま”に“かわ”に“ぼんじり”に“つくね”と五本食べきって、七種類あった焼き鳥セットは残りは二種類となった。
今までの五品を思い返して残りも二品も美味いんだろうなとは…思う……いや、思いたい…。
六本目は味の想像どころかこれが何なのかさえ理解できない品物なのだ。
形は小舟のようで色は薄茶色。
見た感じ脂身でも肉でもない。
そもそもこれは食べものなのかと疑問すら浮かべてしまう。
ボードによれば“やげん”とか言うのだが…。
思わず食べるのを躊躇ってしまう。
けれどこうして眺めていては冷めるばかり。
食べずに残すのもアレだし、食べて駄目ならばその時に残せば良いかと恐る恐る先っぽに齧りついた。
コリっとした歯応え。
つくねを食べていた時にあった食感。
このやげんと言うのはあのコリコリ感の正体かと思いながら今度はガブリと大口開けて齧りつく。
奥歯でかみ砕けば大きい分だけ歯応えも大きく、奥底に沁み込んでいた鳥の味わいが染み出してくる。
柔らかくも、硬すぎもしないこの触感は中々癖になる。
塩気も利いている事からまた酒が進む。
そして最後の焼き鳥はボードによれば“豚バラ”と書かれている。
焼き“
疑念をもたらす一品ではあるが悩んでいても仕方がない。
四角く切られた豚バラに食らいつく。
見た時にはっきりと肉の部分と白い脂身の部分が半々に解かれていると想ってはいた。
だいたいの味の想像は出来ていたが、この触感は予想外過ぎる。
脂身の方が肉より硬いのだ。
無論脂身であるから柔らかいのは間違いない。しかしこの脂身はさくりさくりと噛み切れるのだ。冷めて脂が固まっている訳ではなく、噛み切れば温かいので中より濃厚な豚の旨味が脂と一緒に押し寄せて来る。
脂身を硬いと思ったのは脂身と比較した肉の方にも原因があった。
肉が焼いた時に硬くなり過ぎないように手を加えているので、非常に肉の部分が柔らかく仕上がっているのだ。
だから脂身が少し固い事と肉が柔らかい事でより硬く感じてしまったのだ。
勿論良い意味でだ。
もう我慢ならんとばかりに食らいついたハンネスはまだまだあった二杯目の日本酒と共に食べきり、味に満足すると同時に量的に物足りなさを感じる。
そこにおかわりした焼き鳥セットと飲みやすい酒――“ビール”が差し出される。
では早速と齧りつこうとしたハンネスはふと手を止める。
そう言えば総司が「タレもありますので良ければお使いください」と言っていたのを思い出したのだ。
タレと言われた円柱形の入れ物に注がれていた微妙に湯気を放つ茶色のタレ。
何もつけなくても美味しかったけれども、物は試しとタレに付けたももをガブリと噛み締めた。
ももの味わいに加えて、甘めのタレが味覚と食欲を刺激する。
滑らかな甘みと深いコクを持ったタレが、とろりと纏わりついて離してはくれない。
目を見開きつつ思わずビールを流し込むと、透き通るような苦みと味わいに加えて初めて体験する喉越しに驚き、その美味さゆえに一気に飲み干してしまった。
焼き鳥とビール…。
この相性は焼き鳥と日本酒との相性に劣らない程良いものだ。
しかも今はまた興奮状態に陥っている。
状況を踏まえると今回はビールの方に軍配が上がってしまう。
「ビールのおかわりを!一杯と言わず二杯頼みます」
次回はお前を存分に楽しむから今回は許してくれと空になった日本酒の入っていたコップを見つめたハンネスは、店仕舞いするギリギリまで焼き鳥とビールを楽しむのであった。
●現在公開可能な情報
・特別メニュー
時たまに行われる限定メニュー。
食材や料理に難がある場合に使用される。
例えば短時間で出来上がらないカレーライスや焼き鳥のように煙を発生させるものなど。
特別メニューはメニュー表ではなく値段と一緒にボードに書き込まれる。