進撃の飯屋   作:チェリオ

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第37食 ミルクレープとガトーショコラ

 戦士隊に所属しているピークはベンチに腰かけて、ぼんやりと眺めていた。

 潜入して各兵団の表立った事柄と言えども情報を知る場である活動報告会に毎年参加し、ほとんど変わり映えのしない情報に飽き飽きしながらここでの職務を終わらせて休憩していた。

 一応戦士隊の任務には諜報活動があるので間違っていないのだが、本命の侵攻作戦の支援は何時になる事やら。

 正直早く任務を終えてマーレに帰還したい。

 敵地と言う事もあるが娯楽も食事も質が悪く、金ばかり高いこの国は居辛い。

 けれど侵攻作戦はジーク戦士長からの報告で延期され、次回は何時頃どころか予定すら決まっていない。

 報告にあった飲食店の異常性は資料より理解したつもりだが、自身の目や肌身で体験した訳ではないので本当の意味では理解できていない。ゆえに何故あれ程戦士長が執着しているのか理解し辛い所だ。

 一度ぐらい確かめに訪れても良いかも知れないな。

 

 「ナァーオゥ」

 

 猫の鳴き声に振り返れば黒猫が一匹ちょこんと座っていた。

 何処からか紛れて来たのだろう。

 ぽけーと眺めているとトテトテと近づくとベンチに飛び乗り、同じようにこちらを見つめて来る。

 普通なら撫でたりするのだろうけど、ピークは四つん這いになって猫に視線を合わせる。

 気怠そうな発言が目立つが状況を冷静に分析し、高い判断力を有しているのだが少し変わっており、何故かは分かってないが四つん這いの方がしっくりくると廊下をそのまま移動していたりする。

 大抵誰かに見られて眉を顰められてきたが、今日もその例から洩れなかったようだ。

 

 「…なにしてんだ?」

 

 声を掛けられた方向には戦士長の命令でとある飲食店に潜入しているマルセルの姿があり、四つん這いになって猫と見つめ合っている様子に怪訝な表情を浮かべている。

 別段見られたからと言って恥ずかしいと思う事もない。

 眉一つ動かさず答えようとしたが、その前にマルセルの格好の方が気になった。

 まるで貴族に仕える執事のような装束。

 飲食店で着るものでは決してないだろう。

 

 「そっちこそ何をしているの?」

 「小遣い稼ぎに露店やってんだ。休憩時間終わったから今から戻るとこだけどな」

 「ふぅん…覗きに行こうかな」

 

 ちょっとした興味だった。

 戦士長達が執着しているのも気になるところだし、昼食を口にせずに居たのでちょうどいい。

 報告では安く美味しいというエルディアでは珍しい店という。

 

 「だったらこの先の広場でやってるから」

 「店では声を掛けないようにするね」

 「…あぁ、そうだな」

 

 言わんとしている事を察してマルセルはちらりと周囲を確認して、歩き出してしまった。

 ここは敵地エルディアで、自分達はマーレより潜入している身。 

 危険は常に伴い、下手をすれば捕縛されることだってあり得る。

 もしマルセルが疑われていた場合、今まで接点の無かった人物と接触したならば仲間として疑われる。

 最悪芋づる式に潜入した戦士隊全員が捕まるなんて事もあり得る。

 先を行くマルセルをギリギリ視認できる距離を保ちながら、観察対象である食事処ナオの露店へと向かう。

 露店は広場にオープンカフェのように開かれており、店員が全員執事服を着て仕事に励み、厨房にはニコロ…ではなくユミルが立っており、慣れた手つきでミルクレープを作り上げていた。

 どうやらケーキ屋のようだがエルディアでケーキを作ればマーレの倍以上の値段がしそうなものだがと不安を胸に空いていた席に腰かける。

 昼時を過ぎておやつ時が近いのに空いていたのは、高いのではと同様の思いがあったからに違いない。けれど、テーブルに置かれていたメニュー表を目にしてそれは誤りだと理解した。

 安い。

 勿論マーレより高いがエルディア基準で考えると安すぎるぐらいだ。

 驚きを表情に出さずに涼しい顔で眺めていると珈琲の文字に目を見開く。

 

 予想では食事処ナオの店主も自分達と同じ潜入している他国の者と考えていたのだが、珈琲などエルディアでは絶対に手にはいらない品を堂々と売るなど自ら他国の人間と公表しているようなもの。愚かとしか言いようがない。

 …いや、逆にエルディア人が知らない為に問題にならないのか。

 賢いなと思いながらとりあえず珈琲とおすすめのミルクレープ(作り慣れている)を注文する。

 すでにミルクレープは作り置きされており、カップに珈琲が注がれると早々に運ばれてきた。

 

 届いたミルクレープを見て柄に無く声を挙げそうになった。

 幾重にも積み重なったクレープ生地の間には惜しげなくホイップクリームと艶やかな苺が閉じ込められ、華やかな彩が目を引いた。

 美しい見た目に珈琲から漂う香りに食欲が刺激され、ピークはフォークを手に取る。

 フォークで切り分けるとナイフで切ったかのようにスーと上層から下まで真っ直ぐ切れ、何重にも重なった層は崩れもしなかった。切り分けたミルクレープにフォークを突き刺して口へと運ぶ。

 ふんわりとしたクリームが濃厚なコクと甘さを持ち、口内に触れると溶け広がる。

 久しぶりの甘味に脳が震える。

 ただクリームは糖分と油分が多く、ミルクレープのようにかなりの量を持っていると満腹よりも先に気持ち悪さでダウンする人が必ずいる。

 けれどこのミルクレープは甘さよりも酸味の強い苺を挟んでいる事でさっぱりして食べやすい。

 寧ろ苺の甘酸っぱさとクリームの強い甘さが混ざって良い塩梅だ。

 クレープ生地も薄いながらもちもちとした食感が伝わって来る。

 エルディアに潜入して口にすることの無かったこういう甘味に味覚だけでなく心が躍る。

 二口目を含んだあたりで砂糖とミルクを入れず珈琲に口を付ける。

 一応マーレより物資を幾らかは持ち込んでいるが贅沢は出来ない。

 珈琲は出立前に粉にした安物のインスタントで、保存状態の悪かったものは湿気が激しかったりする。

 味も香りも落ちてもはや珈琲モドキとしか呼べないものばかり口にしていたが、ここの珈琲は比べ物にならない程に美味しかった。

 久方ぶりというのもあるだろうがそれだけではなく、この珈琲自体が非常に良い物なのだろう。

 麦の焦げたような香ばしい香りが漂い、口にすれば深いコクに濃い苦みと渋みが口内に溢れる。

 砂糖やミルクを入れても良いかも知れないが、酸味が少なく飲みやすい上にミルクレープの後味が残っているので必要ない。

 

 「ふぅ…美味しい」

 

 本当に久しぶりだ。

 物価が高く、粗悪な物が多いこの地にてこれほど上等な物に出会うのは奇跡と言っても良い。

 他の客の様子を見るに、幾人かはどこの店か尋ねるようだがやんわりと煙に巻いて答えないようにしている。

 もし立場が彼らと同じであれば同様に尋ねていた確信がある。

 ピークはマルセルとニコロで店の名前も場所も解かっているので、悠々と食事の続きを楽しむ。

 

 これほどの珈琲をこんな安値で提供する辺り、戦士長の言う通り気になるところである。

 エルディア内部、しかも調査兵団が壁外調査時に使用するトロスト区に運び込むなどよほどのコネか伝手を持っている組織・国家なのだろう。

 気になるどころではないか。

 危険視しても良いぐらいだ。

 しかし相手の正体も解からないまま喧嘩を売るようなことはしないし、立場上出来ない。 

 気長に正体をマルセルかアニ、もしくはニコロが明かすのを待つとしよう。

 

 ミルクレープ1ピースに珈琲一杯を食すのにそれほどの時間は掛からなかった。

 ゆっくりと味わったとて会話を楽しんだりと“ながら”で食べていた訳ではないので十分ほどで完食した。

 名残惜しいがさっさと離れるとしよう。

 会計を済ませようと立ち上がろうとしたピークは自分の行動に首を傾げた。

 

 ―――立とうとしているのに何故メニュー表を手にしているのか?

 

 ……別にお腹いっぱいに満たそうとは思っていない。

 ケーキでお腹を満たせば後でお腹周りが大変なことになるのは目に見えている。が、ケーキ二つ食べたところで満腹になるほど胃が小さい訳ではない。

 もう一品頼んでも財布的にも問題ない。

 メニュー表にザっと目を通して次の注文を決めると、通りかかった店員に注文を伝える。

 

 「すみません。このガトーショコラと珈琲をもう一杯頂けるかしら?」

 「畏まりました。少々お待ちください」

 

 ケーキ類は全部作り置きされていたのかショーケースより取り出され、またも珈琲をカップに入れるとすぐさま持って来てくれた。

 注文してすぐに届くというのは待ち時間が少なくて客として嬉しい限りだ。

 クリームなど一切見当たらないガトーショコラ。

 濃いチョコレートの色は黒く、掛けられた粉砂糖はまるで雪が降り注いだように綺麗だった。

 本当にここの料理は見た目も良い。

 先のミルクレープもあって味に期待せずにはいられない。

 スッとフォークで一口分を切り取り、はむっと含んだ。

 含めば真っ先に上に掛かっていた粉砂糖がふわりと溶けて柔らかな甘みを広げる。

 優しく包む様なしっとりとした食感に、先に広がった甘さに引き立てられる濃厚なチョコレートの味わいにこのほろ苦さ…。

 思わず頬が緩んでしまう。

 食べ物でこれほどの幸せを感じる。

 今度はミルクと砂糖を少量ながら入れた珈琲を飲む。

 ただでさえ飲み易かった珈琲になめらかさが追加され、砂糖が苦みとコクを持つガトーショコラに調和をもたらす。

 ほぅ…と息をつきながら久方ぶりの幸せを噛み締めれるデザートに喜びを抱く。

 

 今度店の方に出向いてみようかな。

 ゆったりとした午後を楽しみ、今後の予定に食事処ナオを組み込んだピークは、再びガトーショコラと珈琲を注文するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ ~迷子~

 

 今日はお母さんとお祭りに行く。

 本当は活動報告会という名前らしいけど外に露店が並ぶのだ。

 到着して早々色んなお店が並んでいる光景に心が躍る。

 いろんなお店を見てみようとはしゃいで居たら、あっさりとお母さんとはぐれてしまった。

 どうしよう…。

 辺りを見渡しても周りは大人ばかりで子供の私の視界は塞がれて遠くまで見通す事は出来ない。

 探そうとしても大人の人にぶつかって思うように進めない。

 道端へ除け、何も出来ない事から泣きながらその場に蹲る。

 お母さん…お父さん…何処?

 

 「大丈夫?」

 

 ふと、声を掛けられ見上げると赤いマフラーを巻いたお姉さんがこちらを見下ろしていた。

 優しい音色の声が不安仕切っていた心に染みる。

 思わず自分の置かれた状況を話すと大きく頷き、手を差し出された。

 

 「私も探してあげる」

 

 握った差し出された手は力強く温かかった。

 このお姉さんから離れまいとぎゅっと握り締めて歩く。

 とてもとても心強く、先ほどの不安感など無かったかのようだ。

 歩きながらお母さんや私の名前、特徴などを教えて探し回る。

 けどお姉さんは探しているのはお母さんだけでなく、他の誰かも探しているようだった。

 

 「おう、ミカサ」

 

 首を傾げていると声が掛けられて振り返ると酒瓶を傾けてグラスに注いでいるおじさんがそこに居た。

 お姉さんの知り合いらしく、困り顔をしながら近づいて行く。

 

 「ハンネスさん。昼間っからお酒を…」 

 「良いんだよ。駐屯兵団の売り上げに貢献してるんだから」

 

 グビリとグラスを煽って一気に飲み干すと、私の方に指を刺して問いかける。

 

 「それよりその子どうした」

 「迷子」

 

 それだけ聞いたおじさんはグラスを机に置き、目線を合わせようと屈んで笑みを浮かべた。

 私はそんなおじさんに対して怪訝な顔をする。

 

 「酒臭い…」

 

 鼻をつまんでそう言うとおじさんはがっくりと肩を落とした。

 悪かったなと後頭部を掻きながら立ち上がるとお姉さんと言葉を交わす。

 私が教えた情報を聞くと肩を竦めながらやれやれと呟き、店の奥へと進んで会計を済ませて戻ってきた。

 

 「探して来てやるよ。お前さんらはここで待ってろ」

 「でも…」

 「行き違いになってお前さんらを探し回るのも手間だしな」

 

 少し酒が回って足元がふらついているが、ぶつかることなく人ごみに紛れて行った。

 頼りなさそうな感じだったけどとても面倒見の良い人みたいだ。

 言われたまま席に腰かけて待つことにするが、お姉さんは寡黙なのか向かい合ったまま沈黙が過ぎる。

 私はただやる事が無くお姉さんを眺めていると何処か居心地が悪かったのか焦る様に話しかけてきた。

 言葉足らずだけど凄く気遣って会話してくれるお姉さんの優しさがとても嬉しい。

 お姉さんの言葉に合わせて会話を楽しんでいるとぴたりとお姉さんの言葉が途切れ、ちょうど横を通りかかった金髪のお姉さんと目が合っていた。

 何処か声の掛けずらい雰囲気を纏った金髪のお姉さんは眉を潜めてこちらを眺める。

 

 「アンタ、それどうしたの?」

 

 掻い摘んで説明を受けると興味なさそうな生返事を返し、私とお姉さんを眺めて小さくため息を吐いた。

 

 「探すの手伝ってあげようか?」

 

 思いもよらない言葉だったのかお姉さんも驚いていた。

 

 「良いの?」

 「こっちも人探ししていたからそのついで」

 

 どうやらこのお姉さんも探すのを手伝ってくれるらしい。

 印象と違って優しい人なのかな?

 ありがとうと口にすると微笑みながら頭を撫でてくれた。

 再び歩き出そうとした金髪のお姉さんをマフラーのお姉さんが止めた。

 

 「所で誰を探しているの?」

 「……総司を」

 

 最後の一言に強い怒りを感じてマフラーのお姉さんにしがみ付く。

 なんだかこの人怖い…。

 震えながら見送るとお姉さんが料理を注文してくれて、お腹が空いていた分それはとても美味しかった。

 お母さんと食べる約束だったので後で謝らないと。

 そう想いながら食べ終えると 遠くからお母さんの声が聞こえような気がして、顔を上げて周囲を見渡す。

 行儀は悪いが椅子の上に立って見渡すと先の酒臭いおじさんと金髪のお姉さんに連れられて、お母さんとお父さんが安堵した表情を浮かべながら駆け寄ってきた。

 私も両親の元へと駆けだし抱き着いた。

 涙と声が溢れ出してお母さんとお父さんが宥める為と、確認するように少し痛いぐらいに抱き締める。

 

 マフラーのお姉さんを中心に皆が微笑ましい目で眺めながら笑みを零す。

 ようやく落ち着いた私を両親は離し、探してくれた皆に頭を下げて礼を言った。

 

 「お姉ちゃんありがとう!」

 

 今度はしっかりとお母さんの手に握りながらマフラーのお姉さんに礼を口にすると、お姉さんは誇らしげに左手を後腰に、右手を心臓部に当てて礼に答えてくれた。

 私は決してこの人を、この日のことを決して忘れないだろう。

 

 彼女―――ルイーゼは母親より手を離して、ミカサの見様見真似で“心臓を捧げる”ポーズを取った。




●現在公開可能な情報
 
・食事処ナオのデザート担当

 料理人が増えた食事処ナオであるが、デザート類においては総司に次いでユミルが一番である。
 クリスタのクレープ作りと練習時に習得したミルクレープ、ヒストリアのパフェ作りなどでスキルを挙げ、今では総司のデザート研究にて覚えて大概のものは作れる。
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