進撃の飯屋   作:チェリオ

41 / 123
第39食  トマトスープ煮

 活動報告会は夕方ごろに終了した。

 夜遅くまで開催することは可能ではあるが、展示物を見る為には暗闇を照らす灯りが必要で、灯りを使用するとなれば油か蝋燭が必須である。毎秒消費される事で出費は増え、火を使う事で火事に気を付けて人員を割く。

 収入があるのであれば話は別なのだが、活動報告会のメインである展示系は基本無料で大きな出費はあっても大きな収入はない。なので三兵団は真っ暗になる前に切り上げるのだ。

 同時に活動報告会を見に来ていた人が激減し、売り上げが落ちるという事で露店をしていた者達の中には店仕舞いする所も出てくる。無論材料を売りきろうとする者や夕食に食べにくる客を狙う者も居るので、そのまま続けるか店仕舞いするかは各露店の判断に任されている。

 客も露店も帰る者が続出し、続けるか否かで公平性が保てないという事で売り上げ結果発表は開始してから夕刻までとなって、活動報告会終了時に行われる流れとなっている。

 今年の売り上げランキング一位だったのは毎年優勝している憲兵団ではなく、食事処ナオの協力を経て圧倒的な差をつけた調査兵団が初の優勝を決め、表彰台の上では露店班代表としてエレン・イェーガーが審査委員長を務めているダリス・ザックレーより小さなトロフィーと賞品の目録が渡されていた。

 結果発表を眺める観客たちにサクラとして紛れていた調査兵団の団員が拍手喝采で祝う。

 

 協力した食事処ナオの店主である飯田 総司も本来ならばその場に居て、我が身の事のように喜んで喝采を送っていたところだろう。しかしながら彼はその輪の中には居らず、露店にて調理を行っていた。

 熱せられた寸胴鍋にオリーブオイルを垂らしてサイコロ状にカットしたステーキ肉を炒める。

 焼き色が表面に付き始めた頃にくし切りにした玉葱を入れてしんなりするまで炒め、水にナポリタンソース(リーブス商会で販売中のソース)に細かく刻んだトマト、乱切りに切ったジャガイモと人参、追加でみじん切りにした玉葱を投入してじっくりと煮込む。

 ローリエなどがあれば良いのになと思いながら、小皿に少しばかりお玉で注いで味見しバターと塩、牛乳を加えてゆっくりとかき混ぜる。

 さっぱりとしたトマトに鼻孔を擽る豊かな香りが湯気と共に周囲に広がり、夜になって寒く感じた通行人が食欲を誘う香りと温かな湯気に釣られてふらりふらりと寄って来た。

 お玉でまた小皿に注いで味見すると納得できたのか大きく頷く。

 

 「出来ましたよ」

 

 皿に具材と共に盛り付けると受け取ったジャンが試食し、「うんまっ!!」と大声で率直な感想を漏らしていた。

 俺も俺もとコニーが皿とスプーンを取って試食し、同様の反応を示す。

 その様子に総司は微笑を浮かべる。

 

 活動報告会では鉄板焼きの露店を開いていた総司は、アニ達に内緒で露店をしていたことがバレない内(※バレて捜索されてます)に帰ろうと終了と同時に持ち込んだ冷蔵庫と小型発電機を台車に詰んで押していた。

 その道中に憲兵団の露店があり、常連のジャン達が怒られている様子が視界に入ったのだ。

 悪いと思ったがどうしたのだろうと聞き耳を立てていたら、今回優勝を逃した事と売り上げが芳しくなかった事で指導を担当していた先輩方に怒られている様子。

 それだけなら部外者が関わるべきではないと立ち去っただろう。

 しかし先輩方の怒りはその結果が原因ではない。

 客入りが悪かったことでステーキ肉が売れ残り、廃棄するにも保存用にするにも人手と場所を探す事で今までになかった手間が増えた事と、売り上げを失敬して豪遊する気満々で、それが出来ないと知って怒っているのだ。

 その上、今から(夕刻)売れ残った肉を売って元値だけでも回収しろと無理難題を突き付けていた。

 さすがに放置する訳にもいかないが、正論を並べて解決する問題ではない。

 なので残った肉を原価に少し色を付けて買い取り、自分が売り切ってしまおうと交渉したのだ。

 ジャン達はまさかの助け舟に心底喜び、先輩方はそれならばと場所と器材も貸し出して元値との差分を持って夜の街へと消えて行った。

 

 そして総司は一人何とか露店をしようかと思っていると「助けて貰って知らぬ顔をするというのは出来ない」と真面目なマルコとマルロ、罪悪感交じりのジャンとコニーが無償で手伝うと言い、さすがに無償というのは気が引けるのでバイト代を出すので手伝って貰う事に。

 こうして急遽総司と憲兵団新兵との露店が出来上がったのだ。

 

 「本当に助かりましたよ総司さん」

 「それは良かったよ。私は助からないだろうけどね…」

 「それってどういう……あ…」

 

 何処か諦めた様子に疑問符を浮かべたジャンとコニーは総司の視線を辿り、出入り口にて睨みを利かせているアニを見つけてしまった。

 引き攣った微笑を浮かべながらお玉の持ち手をジャンに差し出す。

 

 「すみませんが火加減見ていてもらっても?」

 「……その…頑張ってくださいね」

 

 悲壮感の混じった応援を受け、手を怪我しないように受け身だけはしっかりしようと投げられるのを覚悟でアニの元へ行く。

 アニは腕を組みながらジト目で見つめ、ユミルは困ったような表情を浮かべて少しばかり離れた場所に腰かけていた。

 近づいていつ投げられるかなとびくびくしていたが、見つめられるだけで一向に投げられない。

 静寂だけが三人を包み、居ても経ってもいられなくなった総司が口を開く。

 

 「あの…怒ってますよね」

 

 恐る恐る問いかけてみれば大きなため息一つ。

 しかしアニが怒って投げ飛ばす事はなかった。

 

 「怒っているよ。まったく…アンタが自分の身体を大事にしないから」

 

 悲しくも優しい眼差しを向けられて、怒って説教されると思っていた総司は面食らっていた。

 

 「料理好きなのは分かるけどもっと自身を大事にしな。体調を崩してアンタの料理が食べれないと知ったら客もがっかりするだろうからさ」 

 「客が…か。ならアニは総司のチーハンでなくても良いんだ」

 「誰もそんな事は言ってない。私だって食べれなかったらガッカリする」

 「だってさ」

 

 ニヒヒと楽し気に笑うユミルに何処か恥ずかし気なアニを見つめ、ほんわかと温かな気持ちが押し寄せて来る。

 いつも申し訳ないと思いながらも料理をしたいという欲求に負けていたが、これは本気で考えないといけないな。

 

 「おい!」

 

 固い決意を心の中で誓っていると急に大声をかけられて驚き、振り返ると何処か怒った様子のディモ・リーブスが立っていた。

 視界に入れると肩で風を切りながら大足で寄ってくる。

 リーブス会長に怒られる心当たりの無かった総司はキョトンと抜けた表情を晒す。

 詰め寄る様にやってきたリーブスは大声を上げた。

 

 「何故こんな儲かりそうな事を儂に言わん」

 「はい?」

 「ナポリタンソースを使っているだろうアレは?」

 

 指さす方向にはトマトスープ煮の鍋と使ったナポリタンソースが入っていた瓶、いつの間にか出来ていた行列があり、リーブス会長の言わんとしている事を察した。

 調査兵団の露店でかなりの両ソースの売り上げがあったことは聞き及んでいる。

 ならばここでも売る為の店舗を構えればまた儲けれると考えたのだろう。

 

 「こっちから提供できるレシピが一つではナポリタンソースもすぐに売り上げは低迷すると踏んで、新たに簡単に家庭でも出来るメニューを考えて貰おうと思っていたんだ。トマト煮…いや、あのトマトソース煮なら肉を抜けば簡単に出来るだろう」

 「えぇ、他にも材料を減らせば簡単になりますよ」

 「なにぃ!?早く言わんか!早速ナポリタンソースを作らせて持ってこさせる。いや、兎も角先に契約の話だ」

 

 有無を言わさぬリーブス会長は総司を引っ張って奥で話を始めた。

 眺めていたアニもユミルもその様子と寸胴鍋一つではあっと言う間にすっからかんになると踏んで苦笑いを浮かべる。

 

 「どうするのさうちの(食事処ナオ)見習い料理人としては?」

 「放置していたら客は待ちぼうけ。手伝うしかないよ」

 「だったら休日手当を後で貰わないと」

 

 まったくもって仕方がないと諦めながらも微笑む二人は、話し合いに割り込んで作り方を聞いてトマトスープ煮の追加調理を始め、総司が話し合いから戻って来るまでその場を持たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 露店が並ぶ通りで大きなため息をつく。

 不機嫌そうにズカズカと歩くために邪魔にならない程度に切られた短めの銀髪が揺れ、眼鏡の下の鋭い瞳がギラリと光る。

 彼女は駐屯兵団内で最も優秀な兵士が集められた精鋭班に所属するリコ・ブレチェンスカ。

 元々リヴァイほどではないが眼つきは悪い方で、知らない人物が見たら不機嫌そうに見られることが多いが、今日は本気で不機嫌であるので知り合いの駐屯兵ですら近寄りがたい存在となっていた。

 

 夕刻間際に本日の仕事を済ませて手隙になった事もあったので、様子見がてら立ち寄ったのだ。

 リコは展示班新兵達を様子を眺め、終了時刻になったのでついでだからと片付けを手伝って少しばかりだが交流を深めた。

 露店班には同精鋭班のミタビ・ヤルナッハが様子見に行ったが少し不安だったのか、精鋭班指揮官のイアン・ディートリッヒも付いて行ったので問題はないと踏んでいた。

 なのにミタビはハンネスに誘われるまま酒を飲み、イアンも渋々ながら付き合わされていた。いや、ハンネスだけではミタビもさすがに飲まなかっただろうが、その場には駐屯兵団司令官で南方領土の最高責任者のドット・ピクシス司令も居て、飲んでいた事からそちらからの誘いもあって飲み始めたのだろう。

 まだ職務時間内だというのに…。

 司令よりリコにも誘いが来るがまだ仕事時間内だからと断ってその場を立ち去った。

 

 まったくと呆れてため息ばかりが漏れる。

 探すのに手間取ったがピクシス司令が居るならばと駐屯兵団参謀の一人であるアンカ・ラインベルガーに伝えておいたので、近いうちに叱責される事だろう。

 彼女は信頼厚き女性参謀で、ピクシス司令の部下の一人であるが居眠りしていた司令の頭を叩いて起こすなど、真正面から強く注意の出来る人物なので後は彼女に任せておけばいいだろう。

 就業時間も過ぎたので帰ろうかと帰路につこうとする最中、温かな湯気と共に美味しそうな匂いが漂ってきた。

 何の匂いだろうと振り向くとそこには具沢山のスープを提供している露店があった。

 遠目でも分かるように値段が掲げられており、露店だから多少高いけれども手が出せないほどではない。

 時刻は夕食時で歩き回り、夜になって冷え込んできた事もあって今日の夕食はアレにするかと列に並ぶ。

 

 毎年の様子からは珍しく活動報告会終了後にしては結構並んでいる事に料理に対する期待感が膨らんでいく。 

 ゆっくりながらも段々と進んでいき、最前列に来るとトマトスープ煮を注がれた器を受け取り、代金を支払って空いている席へと腰かける。

 席に向かう途中もそうだったが嗅いだ時以上に濃厚なトマトを主とした複雑な香りに嗅覚と空腹が刺激される。

 小さいながらもお腹が鳴った事に恥ずかしく周囲を見渡すが、誰も気にした様子もないことにホッと安堵する。

 

 まずはスープを味わおうと口に含む。

 含んだ瞬間トマトスープの味わいが広がり、ソース類に野菜、バターなどより漏れ出した深い旨味が伝わって来る。

 しかも牛乳でコクが出て喉越しはなめらか。

 味が良いのは勿論だが、夜になって寒くなってきたこの時分に暖かなスープというのはありがたい。

 身体の中から温まっていく。

 

 寒さと言うのはどうしても体の動きを鈍らせてしまう。

 熱すぎてもまた然り。

 最初は寒かった身体は温かなスープで温まり、夜風がそんな身体を冷まそうとするものだから自然と温めようと身体が動く動く。

 見苦しくならない程度にスプーンが皿と口を往復する。

 ゴロゴロとした食べ応えの有りそうな野菜を口にすれば、人参はすんなりと噛み切れるほど柔らかく、ジャガイモはほろりと解れた。そして噛めば中まで浸み込んだスープの味わいがそれぞれの野菜の味と混ざって現れる。

 くし切りの玉葱に至ってはとろりと柔らか過ぎて噛まずにつるりと飲み込んで、もはや喉越しを楽しんでいるような気がする。

 主役であろうサイコロ状の牛肉は焼き過ぎず、煮込んだ事で硬くなり過ぎずに程よい硬さと柔らかさを両立していて美味しい。

 見た目通りに食べ応え十分で徐々に腹も満たされ始め、先ほどの苛立ちは雪が溶ける様に消え去っていく。

 下から野菜をすくいあげて口に入れると底にあっただけに熱く、熱量が口の中に籠ってハフハフと熱気を外気と入れ替えながら味わい飲み込んだ。

 息を吐き出すと若干白んだ吐息がふわりと周囲に溶けて行った。

 

 美味しいトマトスープ煮に舌鼓を打っていたリコは、何処の店が出店したのだろうかと店名を探すも何処にもなく、店員または料理人に直接聞こうかと思った矢先にある看板を見つけた。

 それには簡易なレシピが書かれていた。

 ただ慌てて書かれたのか多少文字は乱れていたものの読めないほどではない。

 デカデカとリーブス商会新商品のナポリタンソースと書かれていた事から、この露店はその商品を知らしめるために設けたものだろうと判断してレシピをざっと覚える。

 凝った調理法も乗っていたが素人でも簡単に出来る簡易レシピもあったので、帰りにでもナポリタンソースを買って今度の休みにでも作ってみようかと思いながら、皿に残ったトマトスープ煮を食べきるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ 

 

 ナオは調理をする総司にアニ、ユミルを眺めて大きな欠伸を漏らした。

 食事処ナオであるならば自分のスペースが存在する。しかしここは急遽用意した露店。

 場所は用意されてないし、野良猫が飲食スペースでうろつくことを嫌う者もいるので遠目で見守るに留める。

 否、留めていたと言うべきだ。

 

 「ぅわあ~、ねこちゃ~ん」

 

 目の前に猫なで声でにやけ切った少女が寄って来たことでそちらに意識が集中してしまっている。

 少女の名はヒッチ・ドリス。

 憲兵団新兵で露店班の一人だが、総司が後は何とかすると決まって早々にその場から離れ、帰ろうかとしていたところでユミルに付いてきたナオを見つけてこうして寄って来たのだ。

 普段の彼女を知っている者が見れば唖然と言うか変な目で見ること間違いなしだったろう。

 いつもやる気が微塵も感じられない態度に人を小ばかにしたような言葉を放つ。

 それがふやけたような笑顔を浮かべ、服が汚れる事を気にも止めずに地面に転がり、甘える様な声色で猫に話しかけているのだから…。

 

 「ほれほれ」

 

 まったくこっちが相手にしてないのに何処からか拾ってきた猫じゃらしを左右に振り続ける。

 正直相手にするのは面倒だ。

 けど無視するにしても鬱陶し過ぎる。

 どうするべきかと悩んだナオは猫じゃらしを避け、面倒臭げに近づいて頬にぴとっと肉球を押し当てる。

 

 「肉球柔らかぁ」

 

 押し当てた肉球に頬擦りしながらさらに破顔した表情になんとも言えない感情を浮かべ、死んだ魚の様な目で相手をしてやるのであった…。 




●現在公開可能な情報
 
・リーブス商会提供レシピ
 現在焼きそばナポリタンにトマトスープ煮。
 ウスターは揚げ物やステーキソースなどを総司が提供。
 まだレシピを増やそうと総司に頼んだり、商会所属の料理人に新たなレシピの考案を命じている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。