進撃の飯屋   作:チェリオ

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間食02 年越し蕎麦

 年末年始は嫌な記憶しかなかった。

 施設に居た時は寒くなって食糧が不足しひもじい思いをし、木の根でも何でも口に出来るモノはなんでも口にした。

 引き取られた教会では高価そうな服装の人達が押し寄せ、ただひたすら姿勢を正して長々しい挨拶という名の長話に何日も付き合わされた。

 逃亡していた頃は兎に角寒くて何処か温かい所に居たかったが、そういう場所は目当てを付けられて探られるので逆に寒い方へ寒い方へ身を隠して何度凍死しそうになった事か…。

 

 だからユミルは食事処ナオに来て初めての年末年始はちょっと楽しみだった。

 年末は29日から連休にするとの事で、今年最後の営業日である28日は食い納めだと意気込んだ常連客が集中し、今年一番の大忙しとなった。

 それさえ乗り越えれば一月三日までは休みなので当分はゆっくり出来る。と、言ってもそれは食事処ナオの仕事であり、年始に向けてやるべき事は多い。

 まず食事処ナオの店舗部分の大掃除。

 普段は掃除出来ていない換気扇や冷蔵庫の裏など隅々まで汚れを落とし、それが済むと各自の部屋から共有スペースのへと掃除は及んだ。

 総司は総司で年始の“オセチ”なる料理の買い出しや下準備やらで掛かりっきり。

 やる事は多かったが三日と日があったので、ノルマを決めてその日その日の分を済ませて行ったからそれほど大変という訳ではなかった。

 そしてようやく12月31日夕刻までに大掃除と用意した年始の飾りつけを終え、夕食を済ませて“こたつ”という暖房器具を満喫している今に至る。

 

 このこたつというのはこの寒い季節に快適過ぎる。

 大きめの机の天板と脚の間にゆとりのある布団。

 これだけだと布を掛けたただの机だけど、天板の下に熱源を設置することで内部に暖かな熱が籠るのだ。

 どうやってその熱を生み出しているのかは分からなかったけど、心地良いんだからなんだっていいさ。

 なんだって謎を解き明かしてやると息巻いていたマルセルは、心地よさに打ち負かされて仰向けで眠りこけている。

 こたつに敗北したのはマルセルだけではない。

 ファーランは動く回数を減らそうと数十冊の小説を手の届く範囲において読み続け、イザベラは机に突っ伏して寝ているのか起きているのか解らない。アニはハムハムと机の上に籠ごと置かれたみかんを食べて、ナオは顔以外をコタツの中に入れて寝息を立てている。

 残る総司とニコロは厨房にて何やら作っている。

 最後の食事である夕食が少なかったことから夜食でも作っているのだろうかと思っていると、総司とニコロがおぼんに丼や料理を乗せて、台所から居間へとやってきた。

 運ばれてきた丼には蕎麦に温かい透き通った茶色いスープが注がれ、その上には大きな海老の天ぷらが二本にふっくらとした黄金色の油揚げに白ネギが乗せられていた。

 夕食がいつもに比べて少ないと思っていたら温かな蕎麦を出すつもりだったのかぁ…………でもなんで?

 疑問符を浮かべていたらサバミソも運ばれてきた。

 アニにはチーズハンバーグ、マルセルにはミニカルビ丼、ファーランにはミニ海鮮丼が置かれ、総司の料理はなんでも美味いというイザベラは久しぶりにピザが食べたいとリクエストして小さめのピザが、ニコロはこの蕎麦と言う料理を研究も兼ねてしっかりと味わうとの事で他より大きめの丼に量多めで温かな蕎麦のみとなっている。

 

 「さぁ、年越しそばを食べましょう」

 「年越しそばって?」

 

 先に浮かんだ疑問も含めて口にすると、一瞬ポカーンと呆けた顔をしたが総司はエルディアの文化に無い事を理解して問われた意味に納得する。

 

 「えっと確か蕎麦は麺類で切れやすい事からその一年の災厄を断ち切るとか、細長く伸ばした麺だから健康長寿を願ってとかで、大晦日に食べる蕎麦をそういうのですよ」

 

 そういう風習もあるんだなと生返事をしていると、イザベルがまだかなまだかなと待ったを掛けられた犬のように様子を伺っていたので、思わず吹き出してしまった。

 総司もそんなイザベルに気付いてクスリと笑う。

 

 「蕎麦も伸びてしまいますね。では、頂きましょう」

 

 合わせて「頂きます」と感謝の念を口にしてそれぞれ食べ始める。

 サバミソに手を出したい所であったが総司が言ったように、スープに浸かった麺類と言うのは吸ってすぐに伸びてしまう。伸びてしまっては美味しい料理も美味しさが半減以上してしまう。

 もう慣れた箸を使って蕎麦を摘まみ、ふぅふぅと息を吹きかけて温度を多少下げると音を立てて啜る。

 音を立てて食べるのは行儀が悪いが勢いよく啜る事で蕎麦の風味が際立つ。

 うどんとも焼きそばとも違う蕎麦独特の風味を味わい、丼を口へと運んでこんぶとカツオの旨味たっぷりの優しいスープに頬が緩み、こたつの外的温かさではなく中から温められて自然に息を吐いた。

 ずるずるっと蕎麦を啜りながら上に乗った具にも箸を伸ばす。

 外はスープを吸っていながらもサクッとした衣に中は淡白でぷりっぷりな海老の食感を楽しみ、ふわっと柔らかく甘い汁の浸み込んだ油揚げに舌が喜ぶ。

 それにぶつ切りの様な白ネギを噛み締めればザクリとした歯ごたえと、中からしっとりと優しい旨味と甘味が広がる。予想外な美味さに驚きが隠せない。

 蕎麦を食べながら上の具を挟み挟み食べて、丼の中が順調に減っていく。

 半分以下になったところでサバミソを食べてない事にハッと気付いて今度はそちらに箸を向ける。

 多少冷めていたが柔らかさは変わらず箸ですんなりと切れた。

 一口分を口へと運んで食べる前から頬を緩めながら含む。

 蕩ける様な脂身に味噌タレがふわりと広がる。

 食べる度にこの店に跳び込んだあの日を思い出す。

 あの日にこの店に跳び込まなければ、店主が総司でなければ、ナオが何気なく庇ってくれなければ自分はここには居なかった。それどころか捕まって殺された可能性だってある。

 懐かしく、感謝の念をしみじみと思い出してしみじみとした感傷に浸ってしまった。

 柄でもないと考えを追い出し、サバミソを一口放り込み、蕎麦を勢いよく啜る。

 食べきって満足気にいっぱいになったお腹を撫でているとゴーン、ゴーンと鈍く響き渡る鐘の音が聞こえてきた。

 何の音だろうと耳を澄ますが表からではなく建物の裏の方から聞こえる気がする。

 

 「除夜の鐘の音ですね。もう年が明けましたか」

 

 総司のその“ジョヤノカネ”というものは何だろうと疑問が浮かぶも、それを聞くことはなかった。

 ただただ年が明けたのならば今年はどのような年になるのだろうか。

 幸多き年だったら良いなぁ…。

 

 そう想いを馳せながらユミルは満腹感とこたつの居心地の良さから眠りに落ちるのであった。




 今年の投稿はこれで最後となります。
 新しい年が幸多き年でありますように。

 では、良いお年を。

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