進撃の飯屋   作:チェリオ

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 一月十三日の投稿が出来ませんで申し訳ありません。
 新年早々インフルエンザに掛かりましてダウンしておりました。
 出来れば活動報告で報告すべきでしたが、それも出来る様な体調でなく、完治してからは急ぎ書いていましたので報告も遅れてしまいました。


第41食 和菓子

 調査兵団には幾重もの戦いを生き残った戦争体験者が多く在籍していた。

 中には索敵に特化した者、補給部隊として兵団を支える者、当然外敵を排する実力者と様々な役割を持った者が存在する。

 精鋭となれば最前線で活躍し、その死亡率は劇的に上昇する。

 さらに精鋭中の精鋭となれば兵団の切り札として絶望的な作戦に投入されることだってある。

 調査兵団の中で精鋭中の精鋭部隊と言えばミケ分隊や技術分野でも支えているハンジ分隊が上げられるだろう。その精鋭中の精鋭部隊で真っ先に名が上がるのは調査兵団最強のリヴァイ兵士長が隊長を務める調査兵団特別作戦班―――通称“リヴァイ班”だろう。

 兵士長自ら選んだ信用に足る人物で結成された部隊。

 まさに調査兵団最強の一角とみられるのは当然の流れだ。

 そんな彼らは食事処ナオに集まっていた。

 

 食事をする為…っというのも間違いではないんだが、今回彼らには私用以上に理由が存在する。

 

 リヴァイ兵長を尊敬している彼らでもリヴァイの家族関係などは一切知らないに等しい。

 逆に知っている事と言えば彼が兵士として圧倒的な技量を持ち、潔癖が付きそうなほど掃除好きで紅茶を好んでいるぐらいが大まかな内容だ。

 仲が悪い訳でも興味が無い訳でもない。

 寧ろ興味は尽きないのだが兵長の性格からどこまで踏み込んで良いものかが分からないというのが正しいか。

 そんな中、彼らは兵長に伯父が居る事をつい先日聞かされ、それこそが彼らが食事処ナオに居る理由に繋がるのだ。

 

 リヴァイ兵長の母親のお兄さんであるケニーという伯父は、病弱だった母親の代わりにリヴァイ兵長を育てた育ての親。

 育児面でも育てて貰ったらしいが、それ以上に叩き込まれたのは戦闘技術や戦場で生き残る知恵などの悪が闊歩していた地下街で生き残る技術を仕込まれたのだ。

 あの桁外れの連射力を誇る円柱(重機関銃)や石飛礫ほどで小屋ぐらいは簡単に吹き飛ばせる爆弾(手榴弾)が飛び交う戦場を立体機動装置一つで無傷で戦果を挙げて帰還を果たすリヴァイ兵長の戦闘能力を叩き込んだ人物。

 性格面で難があり、昔は“切り裂きケニー”と呼ばれ恐れられ、今では憲兵に所属しているという。

 久方ぶりに連絡があったと思えば、部下(・・)より美味い飯屋を聞いたから近況報告も兼ねて食いに行こうと誘われたのだ。

 調査兵団に所属してから兵長は実家に帰っておらず、母親やリヴァイ兵長からして祖父もどうしているかを気にしているらしい。そう言われたら断れず、一緒に食事をとる事に。

 これが知らない店であるなら良かったのだが、ケニーが指定した店がリヴァイ兵長やエルヴィン団長もお気に入りの店である食事処ナオ。

 もしも何かあって暴れられたりしたら店員たちだけでは抑える事は出来ないだろう。

 そこで相手をリヴァイクラスの実力者として想定し、肉弾戦にて応戦できるほどの精鋭かつ常連の調査兵団メンバーで会食日に店で待機することになり、ミケ分隊にハンジ分隊なども揃えたがそれでも心許ないと判断したのか、リヴァイ班である彼ら四人にも声が掛かったのだ。

 リヴァイは兎も角リヴァイ班のメンバーは常連ではないのだが、以前壁外調査時にリヴァイが教えてやると約束していた事もあってメンバーに選ばれた。ただ当日現場集合だと色々と問題があるので下調べも兼ねて普通に客として訪れた。

 ………のだが、四名は緊張でそれどころではない。

 

 場所をリヴァイが教える際に「揉め事を起こしたらどうなるか分かってるんだろうなぁ?」とひと睨み聞かせており、粗相がないように気を張っているのだ。

 何か美味しい料理に舌鼓を打って心に余裕を持たせようと言ってもメニュー表を開いた所でメニューの大半が知らないものばかり。

 来る前に食事処ナオの常連から話は伺っている。

 ある者は“かれぇいらいす”という辛いソースの掛かったライスがオススメと言い、ある者はハンベルグの上と内にチーズが使われたものが一番と言い、団長からお子様セットが最高だと言い切られた。

 聞いた相手それぞれがコレが美味い、アレが美味いと強く主張して結局どれが無難に良いのか解らなかった。

 というのも知らない名前の料理は手が出し辛く、知っている料理は値段が安すぎて不安が残る。

 食事処ナオに訪れたお客の大半が通る道のりに、もれなくリヴァイ班のメンバーも迷い込んで頭を悩ませる。

 

 「さて、何時までもこうして座っている訳にもいかない。とりあえず何か注文しよう」

 

 沈黙して一つの机を囲んでいた中で、口火を切ったのは金髪を後ろでまとめ、顎髭を生やした副隊長のエルド・ジンだった。

 彼の一言にメンバー全員が同意し、メニュー表に目を通すもやはり注文するまでには至らなかった。

 

 「だが、注文するにしてもなににする」

 

 穏やかにオルオ・ボザドが囁くように呟き、ペトラ・ラルがその様子に苛立ちを露わにする。

 リヴァイ班の全員がリヴァイに尊敬や憧れなどの感情を抱いており、オルオは中でも髪型を同じにしたり言動を真似るほど強い影響を受けている。

 ただそれが似ているかどうかと問われれば似てないと満場一致で否定され、本人としてはそれを改める気はさらさらない。

 特にペトラはその事に嫌悪感を抱くほど嫌っており、オルオがそれとなしに兵長の真似事をすると今のように憐れみと怒気を併せ持った瞳と雰囲気で抗議するのだ。

 さすがに店の中で口にしなかっただけマシだが、険悪な空気にグンタ・シュルツはため息を漏らしながら自身の坊主頭を撫でる。

 悩んだ末に彼らが選んだのはリヴァイ兵長よりお勧めされていたパウンドケーキと紅茶だった。

 兵長が勧めるのなら間違いはない筈だと絶対の信頼を持って。

 

 お菓子類は焼きたてを注文されない限りは、前もって幾らか置いているので注文を終えてから持ってくるまでさほど時間は掛からなかった。

 兵長が勧めるからには美味しいのだろうと思っていたが、それにしては値段に対してサイズが大きいような気がするのだが。

 一抹の不安を抱きながらそれでもフォークを伸ばしてハムっとパウンドケーキを頬張る。

 控えめな甘さにバターの風味が引き立ち、柑橘系の紅茶の風味がさっぱりとさせ、潤いと爽やかな香りを与えて来る。

 この品質でこの値段である事に目を見開いて驚く。

 確かにこれならば兵長が常連になるのも頷ける。

 それだけではないな。

 店内の様子を伺えばそれなりに騒がしさはあるものの基本的に静かで穏やかに過ごせる。さらに床は定期的に掃除しているので汚れの類は目立たない。

 綺麗好きの兵長には良い環境であるだろう。

 そしてそれは兵長だけでなく他の客にとっても同様。

 居心地の良さと美味しいパウンドケーキと紅茶に舌鼓を打ち、四人は満足げに食べきった。

 美味しかったのだが物足りない。

 それもその筈。

 大の大人がパウンドケーキ二切れと紅茶いっぱいで腹を満たすほど量は盛っていない。

 

 「同じものを注文するか?」

 

 皆の気持ちを代弁するようにグンタが呟くが、それにペトラが待ったをかける。

 

 「どうせだったら別の物を頼まない?お茶もお菓子も何種類もあるようだし」

 「けど分からない奴が多いぞ」

 「そこを試してみて兵長に勧めてみるってのはどう?」

 

 それは良いなと同意する。

 兵長がオススメするだけあってパウンドケーキと紅茶は非常に美味しかった。

 ならば今度はこちらがこれが美味しいですよとお勧めしたい気持ちが生まれるのはおかしくないだろう。

 そうと決まれば早速店員に聞いてみようと動き出す。

 

 さて、ここで問題になるのが店員がリヴァイを覚えているかが問題になって来る。

 調査兵団所属の兵士なら知っていて当然。

 幾分か調査兵団に興味を持ってくれる者や兵長の噂話を耳にした程度の人間なら知っている可能性がある。

 が、それがエルディア全土の人に当てはまるかと言えば否定する。

 エルディアにはテレビもなければラジオもない。

 一般大衆が情報を得るには自ら動くか人伝に聞くしか方法はない。

 新聞という手段もあるにはあるが、それは新聞会社と契約しているかどうかで変わる。

 それらをまったく理解せず、知っているものだと思い込んで話しかけたペトラは幸運であったろう。

 話しかけた今週は午後シフトだったユミルは調査兵団に疎い。

 しかしながら顔付はどう見ても堅気には見えず、毎回パウンドケーキと紅茶を頼む徹底ぶりといった良くも悪くも記憶に残り易い印象。それと総司自体が店に訪れた客の一人一人を覚えている事に見習って覚えるようにしていた事から、簡単な特徴を聞いただけでそれがパウンドケーキ(リヴァイ)だという事を理解したのだ。

 ユミルは今ではお菓子系の調理を幾らか任されており、当然ながらリヴァイに提供するものを作った事も何度かある。

 極稀にパウンドケーキ以外にも何か洋菓子系を注文することがあるので、聞かれて答えたのは和菓子系の一覧と飲み物一覧の中の日本茶系を指差した。

 

 ここで再びリヴァイ班の面々を悩ます事になる。

 洋菓子ならばまだエルディアにもあるが、和菓子に関しては無い。

 どれもこれもが知らないものであり、解かる単語が混ざっていてもそれがどのような物か名前から見当がつかないのだ。

 とりあえず似通った名前は避けて四人いるという事で四種類選び、お茶だけは分からないので和菓子に合うものをと言う事で“煎茶”を注文した。

 さすがにメニューのお菓子全部を作れるほどではないので、和菓子の調理はユミルではなく総司が行う事になった。

 団子や大福は下手に放置していたら硬くなるので作り置きではなく、作り立てになるので多少時間はかかったがそれでもかなり早く席に運ばれる。

 形も彩も様々な和菓子が並び、テーブルの上を彩る。

 ティーカップの取っ手が無いような湯呑椀が置かれ、漆器の渋みの有る急須よりお茶が注がれる。

 ふわりと湯気が漂い、透き通った茶の香りが漂う。

 並ぶお菓子にお茶も届いて早速と手を伸ばす。

 

 

 先陣を切ったのはカステラにフォークを伸ばしたエルドだった。

 見た目はケーキ類のように見えるがクリームも添えられてない事から全く別物なのだろうと予想する。

 パウンドケーキのようなものだろうか。

 そう思いつつ一口分切り取って口に含む。

 パウンドケーキよりもしっとりとした口当たりに、卵の黄身の優しくも強い味わいが広がる。

 何より黄色い生地を挟むように上下にある焦げた部分が非常に濃厚。

 焦げているから苦みはあるのだが、上下ゆえに溜まっていたのか火の加減でそうなったのかは分からないが、非常に濃い甘さと混ざり合って独特の味になっている。

 さらに粒状のザラメを噛み締めると甘味が加算されて、

 この上下の黒い部位は非常に美味しい。

 美味しいがこれだけ食べていては甘ったるさでやられてしまう。

 だからこの部位は少量こそが適切だ。

 真ん中の黄色い部位を主に味わい、たまに濃厚な上下の焦げ目を楽しむ。

 何とも面白くも美味しいお菓子なのだろう。

 

 

 グンタは物珍しそうにみたらし団子を摘まんだ。

 エルディアで見かける菓子というのはクッキーのように手で食べるものか、ケーキのようにフォークを使うものが一般的だ。

 なのにこのみたらし団子というのは串焼きのように串に刺さっている。

 見た目からもどのような物なのかと想像できずに期待感と物珍しさが自然と高まっていく。

 串先を自分に向けて齧り付こうとしたところで、喉を突きそうになるのに気付いて串を横向きに変え、先端の一つを咥えてそのまま串より外す。

 ねっとりとした甘じょっぱいタレが広がり、団子のもっちりと弾力のある食感が歯に伝わる。

 なんとも癖になる味と食感だ。

 もちもちと何度も噛み締めて、ゴクリと飲み込む。

 飲み込むときにはもっちりとした食感が良い喉越しとなって喉をつるりと通り過ぎてゆく。

 団子には焼き目があり、本当に薄っすらと焦げの味が混じるが、それがちょうどよいアクセントとなっている。

 いや、味だけでなく見た目的にも美味しそうに見えて来る。

 

 

 眉を潜めながらオルオが手にしたのはどら焼きであった。

 正直オルオはこのお菓子にガッカリしていた。

 兵長にお勧めするなら美味しいのは勿論のことだが、珍しい事も考慮していた。

 しかしオルオの目には焦がしたパンケーキに黒い得体のしれぬクリームを挟んだだけのものにしか映っておらず、その事から見知った料理と決めつけて勝手にがっかりしているのだ。

 ゆえに乱暴で遠慮なしにがぶりと齧り付いた。

 食感こそスポンジケーキに近しいものがあったものの、比べると僅かに固く苦みがある。

 けれどそれは不快なものではなく、程よいものだと判断する。

 中の黒いクリームはこし餡で、まったりとなめらかな舌触りと濃いながらも上品さを持った甘さが舌を喜ばせる。

 オルオはリヴァイ班の中で一番負傷率の多い兵士だ。

 それも戦闘による負傷ではなくて、馬上でべらべらと喋っていたりして舌を血が噴き出るほど噛んでしまったなどの理由がほとんど。

 結果、オルオの舌はぼろぼろである。

 つい先日も噴き出るほど噛んだばかりで、傷が治りやすい口内だとしても完治はしていなかった。

 当然刺激の強いものや硬い食べ物などが触れれば痛みが発生する。

 その点どら焼きは甘く、しっとりとした食感であったのでそこまで傷口を刺激する事も無く、オルオにとっては有難い食べものであっただろう。

 最初と異なって早く食べたい気持ちでかぶりと齧り付く。

 

 

 ペトラ・ラルは四種類のお菓子よりイチゴ大福を手に取った。

 ふっくらと丸まった見た目には化粧をしたように粉が塗してあり、手で触ればさらりとして手触りがなんとも言えない気持ちよさがある。

 一口で食べるにしては大きく、大口を開けて齧り付くのは恥ずかしいので、左手で口元を隠しながら小口で齧り付く。

 むにむにと唇で切れるほど柔らかく、弾力と伸縮性のある外皮を破ると中より白く滑らかなクリーム(白餡)が舌や口内を撫でる。

 しっとりと優しい食感に、上品な甘さ。

 さらに中央に埋め込まれた苺は瑞々しく、強すぎない酸味のある果汁が口を濡らす。

 その酸味と瑞々しい果汁が甘いクリームと混ざって調和を生んで、口いっぱいに広がっていく。

 今まで食べた事のない味わいと新たな食感に心打たれる。

 頬を緩ましながらもう一口齧り付いたペトラは、口元に触れた指先が違和感を伝えてきた事に気付いた。

 それはイチゴ大福の表面を覆っていた片栗粉で、薄っすら化粧したみたく口元を白くしている。

 スッとハンカチで拭き取るとぺろりと唇を嘗め、もう一口とイチゴ大福を口元へと運ぶ。

 

 

 四人は四者四様でそれぞれを味わったお菓子の余韻を楽しみ煎茶を口にする。

 さっぱりとした味が甘さの強い菓子と合い、強く残っていた後味を綺麗にし、温かな温度が安らぎを与えてくる。

 ほぅっと安堵を漏らすように息を吐き、うっとりとした様子でお茶と菓子を眺める。

 

 「美味しかったな」

 「これは絶対兵長に勧めるべきだな」

 

 うんうんとそれぞれが頷く―――が、彼らは気付いていない。

 食べたお菓子はバラバラで、各自で味わったお菓子を各々でオススメとして教えようとしている事に。

 遅れてやってきたリヴァイを出迎えたのはリヴァイ班の面子と、誰のお菓子が一番かと言う喧騒であった…。




●現在公開可能な情報

・リヴァイ班が訪れたその後

 この入店をきっかけにリヴァイ班の面子はリヴァイと前以上に会話するようになった。
 内容はどの菓子が一番か、または他の面子が食べてない菓子の勧め合いである。
 リヴァイとしては騒がしくなった一方で、団員と何気ない話をする機会が増えたと何処か嬉しそうに会話に耳を傾けるのであった。

 そして食事処ナオでは話を聞いたクリスタが苺大福に興味を持ち、ユミルが総司に作り方を習い始め、当分賄いに不出来な形状のイチゴ大福がデザートとして付くのであった。

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