進撃の飯屋   作:チェリオ

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第42食 ステーキ

 お天道様が昇りきった真昼間になんで路地裏なんていう日陰を歩いているのか。

 いや、元々表を堂々と歩けるような生き方はしてねぇけどな。

 そう思いながら黒いコートに帽子を被った長身痩躯の男性――ケニー・アッカーマンはトロスト区の路地裏を進む。

 以前は憲兵百名以上の喉を切り裂いて“切り裂きケニー”の異名で恐れられ、今では暗殺など仄暗い仕事も熟す中央憲兵団の兵士で対人立体機動部隊の隊長を務めている。

 今も昔も真っ当な生き方はしてねぇし、この生き方の方が性に合っていると思う。

 得意だっただけで別に殺しが好きな訳でもねぇよ。嫌いっていう訳でもねぇがな。

 

 彼は普通の憲兵とは異なる。

 中央憲兵である事や機密性の高い対人立体機動装置を使用する部隊を預かっている事から当然そうなのだが、それでも彼は異質な存在であろう。

 殺しの技術に経験や指揮能力は王政府中枢を担い、エルディアを支配している大貴族からも猟犬として高い評価と信頼をされており、暗殺指令の中には公に出せば王政が崩壊しかねない事案も数多く存在する。

 大貴族達からすれば猟犬としては役に立つが、あんまり近くに置きたくない存在。

 しかし彼は大貴族の一角であるレイス家に懇意にされ、その関係を彼自身も望んで続けている。

 

 リヴァイが調査兵団の切り札であるならば、ケニーは作戦成功率99%(・・・)の王政府のジョーカー。

 

 そんな男が副官であるトラウテ・カーフェンのみを連れて……いや、違うな。カーフェンに連れられてわざわざトロスト区の路地裏まで訪れている。

 

 「随分と歩くがまだなのか?その美味い飯屋ってのは」

 「もう少しの筈です」

 「筈って道迷ってんじゃねぇか?」

 「良いじゃないですか隊長。良い運動になって」

 「良い訳あるか。ただただ疲れるだけだろうが。それに運動を自主的にしなければならない程身体は訛ってねぇよ」

 

 淡々ながら上司と部下の会話にしては妙な棘や不思議な馴れが伺える会話が行われ、お互いにそれを気にする素振りも見せずに歩き続ける。

 途中、塀の上に腰かける黒猫(ナオ)が警戒した様子でこちらを伺っていた。

 そちらは気にしつつようやくカーフェイが立ち止まり、先にある一風変わった建物を眺める。

 周りとは変わった外観をぼんやりと眺め、カーフェイが誘った飲食店だと理解すると扉に手をかける。

 

 「ここが例の店かっと」

 

 いつもならカランとひと音色奏でる鐘なのだが、勢いよく開けられたためにカラカラとけたたましくなり続ける。

 店内で警戒待機を命じられ、調査兵団の制服ではなく私服で待ち構えていた調査兵団所属の食事処ナオ常連の視線がケニーに自然と集まる。

 その視線に気配でケニーは彼らが何者かを察するが、別段気にする事も無く、甥っ子であるリヴァイの姿を探す。

 遅れて「いらっしゃいませ」と声を掛けられ、カーフェンが予約していた者ですがと話を通している間に、テーブル席で紅茶とパウンドケーキをゆっくりと楽しんでいたリヴァイを見つけて近づく。

 

 「久しぶりだなドチビ………って、あんま変わってねぇな」

 「テメェもな」

 「憎まれ口は相変わらずか。まぁ、良い。飯でも食いながら話でもしようや」

 

 泣く子も黙るようなリヴァイの眼光で睨まれるが、ケニーは涼しい顔で受け流す。

 向かいの席にドカリと腰かけ、変わってない餓鬼(リヴァイ)を見て微笑む。

 

 ケニーの妹は重い病気にかかって身動き一つ取れなくなった時期がある。

 本家から出て一人で生き、一人で子供を産んだ。

 親しい友人も居らず、弱っているからと言って助けてくれる様な善人も居らず、一人でくたばろうとしていた。

 偶然だ。

 出て行った妹を気まぐれに探し、たまたま運が良くて息を引き取る前に居場所を特定できた。

 本当に偶然の産物だ。

 本家に連れ帰って治療を受けさせ何とか生死の境からは脱したが、病弱に栄養失調から当分は動けずベッドでの生活。

 当然産んだ餓鬼の世話なんかできる訳もなく、やせ細った餓鬼の面倒を俺が見ることになった。

 とは言っても育児なんてした事もないケニーは常識的な育児を諦め、公に出来ない仕事をするついでに連れまわし、最低限飢えない程度飯をやり、留守中に死なれても困るので戦闘技術や経験から得た知識を与えて育てた。

 結果、やせ細った餓鬼は調査兵団最強の兵士として戦場を駆けている。

 

 別に育てた恩義を返せなんて事は言う気はない。

 ただ妹に頼まれた通り面倒を見てやった程度なのだから。

 それにろくでもない技術を教えるというのも中々面白かったしな。

 

 昔を思い出して笑みを零していると、不審な目を向けたリヴァイがぼそりと口を開く。

 

 「ここはお気に入りの店なんだ。暴れるなよ」

 「然う然う暴れたりしねぇよ」

 「然う然うでも遅々でも暴れないで下さいよ隊長。これから何度も通おうと思っているので」

 「解ったって。それよりも注文してきたのか?」

 「えぇ、隊長はステーキで宜しかったのですよね」

 

 店員との話を終えて席に着いたカーフェイの言葉にリヴァイが首を傾げる。

 

 「ステーキ?肉を焼くだけだったらどこでも良いだろう。金には困ってないだろうに」

 「だから難しいんだろうが。それと言った通り金には困ってねぇよ。王都の高級店にも通える程度にはな。片っ苦しくて行かねぇが」

 

 リヴァイの言う通りではある。

 ステーキの工程なんざ素人からしたら肉を焼いてソースをかけるだけ。

 確かにそうさ。

 だが単純だからこそ腕やアイデアが試される。

 なんたって煮込み料理や香辛料や他の材料をふんだんに混ぜる料理ではないので誤魔化しが効かない。

 焼き加減に調味料の量、少量のソースで出来のすべてが決まるのだから。

 色んな店を回ったがどれも似たり寄ったりの物しかなかった。

 高級店だったら材料が上質になったり、料理人の腕で焼き加減が違ったりしたが、どれも同じように感じてしまう。

 特にソースなんてどこのワインを使っているから風味が良いだの、バターを他よりも利かせているだの味覚に自信があるような奴でないと分からないような差異なんて解る訳ねぇだろうが。

 

 だからケニーはこの店に訪れた。

 カーフェイより知らない味付けの肉料理を食べ、それがとてつもなく美味しかったと心なしか嬉し気に語っていたのだ。

 さて、どんなものが出て来るのか楽しみで仕方がねぇ。

 

 パチパチパチと油が跳ねる音に釣られて厨房へと視線を向ける。

 厨房では油を敷き、温まったフライパンにスライスしたニンニクを入れたところであった。

 ニンニクが油と熱で炒められて香り出す。

 何ともたまんねぇな。

 すきっ腹に音と匂いが響きやがる。

 空腹感を刺激されているケニーは主役である肉の登場を目にする。

 霜降りの牛ステーキ肉ではなく赤身多めの牛ステーキ肉。

 塩コショウを振り掛けられた肉がフライパンへ落とされ、焼ける音と肉が焼ける匂いが店内に広がる。

 警戒待機していた調査兵団員もこれには堪らず、ゴクリと喉を鳴らしながら調理する様子に釘付けとなってしまっていた。

 下面が白く色づき始めるとローズマリーを乗せ、ニンニクと肉の匂いにスパイシーな香りが合わさる。

 まだかまだかと吐息が漏れ、見透かしたようにひっくり返してバチバチと反対面の焼け始める音がさらに空腹感を高める。

 

 「お待たせしました生姜焼きです」

 

 そんな最中にカーフェンが注文した生姜焼きが届く。

 空腹感が高まり、音と匂いからの期待と待たされている苛立ちを味わっているケニーの内心を理解しながら、淡々と生姜焼きのタレが馴染んだ豚バラ肉で千切りキャベツを巻いてパクリと頬張った。

 感想を口にせず黙々と食べているだけだが、いつも感情を現さない冷たさのある表情が一瞬であるが綻んだ事でそれの美味さが伝わる。

 シャキシャキとキャベツの歯ごたえと生姜と豚肉の香りが胃袋に響く。

 クソッ、まだかと厨房を睨む。

 焼き上がったステーキ肉を除け、ステーキ肉の脂とニンニクの香りが移った油が残っているフライパンに醤油やみりん、擦り下ろした生姜を入れて煮立たせ、バターを加えて全体に溶かしながら混ぜ合わせる。

 完全に溶けてしっかりと混ざったところで出来上がったソースを小皿に入れ、木製プレートに鉄板が納められたステーキ皿の空いているスペースに収められた。

 ステーキ皿には牛ステーキの他にも別のフライパンで調理されていたジャガイモにコーンが盛られ、トレーに乗せられるとイザベルがケニーの元へと運んできた。

 

 「ステーキお待たせしました」

 「おう、待ちくたびれたぜ」

 

 テーブルに置かれるや否や、牛ステーキを食おうとナイフとフォークに手を伸ばす。

 端をフォークで押さえ、ナイフを走らせる。

 安い店などでは鋸で木を切るように何度も押したり引いたりを繰り返す程硬い場合があるが、この店のステーキは違った。

 撫でるようにはいかないが、力を込めて引くとスーと切れたのだ。

 意外な柔らかさに驚きながら断面を見ると完全に火を通していないので、血の気を残した鮮やかな赤身が姿を覗かせる。

 まるで高級店で取り扱っているような柔らかさを持ちながらも、値段は愕然とするほど安い。

 これは美味そうだと期待をより膨らませて頬張る。

 噛み締めれば柔らかいながらも肉らしい弾力のある歯応えがあり、同時にガツンと来るニンニクとスパイシーなローズマリーの香りが駆け抜け、口いっぱいに塩コショウで味付けられた肉々しいステーキの味わいが肉汁と共に広がる。

 ソースなどで誤魔化した味ではなく、塩コショウと焼き加減によって引き出された肉本来の旨味。

 期待以上の味に頬が緩む。

 一口目を呑み込むと荒々しく切り取り、一口にしては大き過ぎる肉を無理やり押し込む。

 口を閉じると頬が膨らみ、噛み締める度に膨らんだ頬が大きく動く。

 獣が肉を喰らうが如くの荒々しさでステーキ肉を食らい、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。

 

 食事マナー的には駄目な食べ方だろう。

 しかしステーキの香りと音で胃袋を刺激された調査兵団員にとって、荒々しい食べ方が視覚にダイレクトに美味さを伝えて来る。

 

 「うめぇな。ドチビ、なんでもっと早く教えなかったんだよ」

 「教えたら来るだろうが」

 「たりめぇだろうが」

 「仲が宜しいようで良かったですね」 

 「何処をどう見たら仲が良いように見えんだよ」

 

 悪態交じりの会話をしながらステーキを頬張るケニーは、使ってなかったソースに気付いて次の一口分を浸け、何気なく口にした。

 バターの風味に焦げた醤油の香ばしさ、そして生姜によりさっぱりとしたソースが非常にステーキに合う。

 初めての醤油ベースのソースに舌が美味さを感じると同時に驚く。

 エルディアでステーキソースと言えば赤ワインやバルサミコ酢を使ったものが主流で、醤油を使ったものは今まで味わった事が無かった。

 味わうどころかエルディアに存在しないので、当然と言ったら当然だが、事情など露ほども知らないケニーはただただ初めて味わう美味さに喜ぶばかり。

 気を良くしたケニーは追加の注文を口にする。

 

 「ステーキの追加を頼む。それと酒だな。ワインをボトルごとくれ」

 「畏まりました」

 

 美味い美味いと頬張りながら残りを平らげようとするケニーの下に先に用意出来たワインが運ばれてくる。

 イザベルがテーブルにワイングラスを置き、ワインボトルを傾けてトクトクと小気味よい音を立てて注ぐ。

 ケニーはそれを水でも飲むかのように飲み干し、置いて行ったワインをグラスに注ぎ足す。

 そしてまた荒々しく喰らう。

 

 「おかわりのステーキをお持ちしま―――」

 「おう。すまねぇがもう二皿頼む。タイミングはそっちに任せる」

 

 二皿目が届くが足りないと判断したケニーが追加を注文。

 そこにリヴァイが紅茶とパウンドケーキ、カーフェイがキャベツ多めで豚の生姜焼きの追加も続く。

 次々に届く料理に舌鼓を打ちながらたまに会話が交わされる。

 警戒待機と言う事で眺めている調査兵団員の前で空になった皿が積み重なっていく。

 ようやく手が止まり、ナイフとフォークを置いた事で食事の終わりを告げる。

 

 「思いのほか食ったな」

 「どう見ても食い過ぎだ」

 「お前だってどれだけ食ってんだよ」

 

 互いに重なった皿を眺め、言い合うがどちらも食い過ぎだと店内の全員が同じ想いを抱いた。 

 なんにせよ満足そうにしている様子からこれ以上注文することはないだろう。

 まさか警戒して気を張り詰めて疲れるよりも、警戒待機中なので思いっきり食べれない事から襲ってくる空腹感で精神的にやられるとは思わなかった。

 彼らが店を出れば晴れて警戒体勢は解除され、嗅ぐ・見る・聞くだけの地獄は過ぎて思う存分食べれる。

 安堵と期待を固まらせる全員の視線を受けるケニー達は席を立ち、レジへと向かって歩き出す。

 

 「会計を頼む」

 

 レジで財布を取り出したケニーはクスリと嗤う。

 この店はいろんな意味で面白かった。

 ちらりと従業員に視線を向ける。

 何年前だったか俺を尾行していた金髪の餓鬼(アニ)に憲兵隊に追われていたそばかすの餓鬼(ユミル)

 真っ当な憲兵なら通報もしくは連行すべきところだが、まったくそんな気はない。

 視線に気づいたアニはびくっと怯え、ユミルは認識がないので小首を傾げる。

 

 「またのお越しをお待ちしております」

 

 代金を払い終わり見送る総司に「おう」とだけ答えて店を立ち去ろうとしたケニーは何かに気付いて足を止めた。

 急に立ち止まった事にカーフェンもリヴァイも不思議そうにしていると、神妙な面で振り返る。

 

 「少し聞きてぇんだがよ。出張って頼めるか?」




●現在公開可能な情報
 
・アニとケニー
 エルディアに潜入して間もない頃、まだ自由に動けることを良い事に色々と情報収集を行った。
 さすがに大貴族に関しては調べるのは難しいと判断した当時に、レイス家と関りを持っていた一人の男を調べる話が上がった。
 その男こそケニー・アッカーマンであり、情報収集は運動能力の高いアニ・レオンハートに任された。
 結果は尾行に気付かれて逃げ帰るというものに。
 これはアニの逃走が上手かったのもあるが、それ以上にケニーに追う気が然程なかった事が大きかったろう。
 それ以来、注意の必要な人物とリストアップしてからは不用意に近づく事無く今に至る。

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