進撃の飯屋   作:チェリオ

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 今日には間に合ったけれど、いつもの時間には間に合わず…。
 すみません前回間に合うかもと書いておいて遅れました。


第45食 お菓子類

 総司が出張した翌日。

 忙しかった前日のカレーの日で疲弊した彼ら・彼女らは今日の仕事が終わるのを心待ちにしていた。

 仕事が終われば明日が休みと言うのもあったが、特別メニューの日だから通常営業日よりは楽だろうと店を任せてしまった総司がお詫びとお礼を兼ねてデザートをご馳走すると言ったのだ。

 イザベル・マグノリアは仕事が終わり、店の片付けが終わると同時に手を洗いに行き、一番にカウンター席に腰かけた。

 期待が籠った視線を総司に向けるも、まだ全員そろっていないので出すに出せずに苦笑いを浮かべるばかり。

 まだかなまだかなと皆を待っている間に、ニコロだけはそのまま帰って行った。

 ニコロは明日用事があり、準備をする為に参加せずに帰ったのだ。

 総司のデザート作りが見えただけにとても残念そうに。

 とても、とても残念そうに…。

 

 そんなニコロの事はさておき、着々と集まって来た皆を確認すると視線で総司に訴えかける。

 急かされているほど楽しみにされているのだなと総司は嬉しそうに微笑む。

 ようやく全員が手を洗い、カウンター席に付いた。

 では始めようかと用意していたお菓子、少し前に出来上がったお菓子をそれぞれを大皿に乗せて運ぶ。

 餌の前で待てと言われた犬の様に待機しているイザベルの前に、お菓子を乗せた大皿が置かれる。

 そこには拳大の大きさで、上部には粉砂糖が振り掛けてあるシュークリームが並べられていた。

 やっと出てきたお菓子に表情を輝かせる。

 

 「食べていいの!?」

 「勿論ですよ」

 

 許可を出すと同時にシュークリームに手に取り、かぷっと齧り付いた。

 出来立てのシュー生地なのでクリームの水気でしんなりせず、サクッと香ばしい。 

 上に振り掛けられた粉砂糖が口内に溶けて上品な甘みが広がる。

 甘さを感じて一息つく間もなく中のクリームが雪崩れ込んできた。

 下部分には濃厚で重みのあるカスタードクリーム。

 上部分には軽く控えめの甘さのホイップクリーム。

 片方だけでも十分すぎるほど美味しいが、両方を一緒に食べればカスタードの強い味わいの後に、ホイップクリームが混ざって柔らかく上品な味わいに変わる。 

 

 「んー、美味しい」

 

 美味しくて頬が緩む。 

 いや、緩みっぱなしである。

 もう一口、もう一口と両手で持つシュークリームをもっきゅもっきゅと食べていく。

 小動物の様に食べていく様子に目にした皆は微笑む。

 ひと目に気付かずに幸せそうに食べるのであった。

 

 

 

 ファーラン・チャーチはアニと一緒に本当に美味しそうに食べるイザベルを眺めながら、手近に置かれたパルミエを摘まむ。

 パルミエというのはパイ生地をハート形など好きな形にして焼き上げたお菓子。

 クッキーやサブレのように気軽に摘まめる。

 パイ生地オンリーなので何処を齧ってもザクザクと音を立てて、芳ばしい歯応えを味わえる。

 練り込まれたバターの風味に砂糖の甘さ。

 そして作った一部に総司は僅かながら塩を入れて多少甘じょっぱいのも用意していた。

 手で摘まんでも然程汚れず、紅茶や珈琲とも合う。

 これなら本を読みながらでも食べれるかと思いもしたが、さすがに破片や砂糖の多少のべたつきが本に移りそうなのですぐに否定した。

 そう思う程にファーランはパルミエを気に入っていた。

 甘さの強い菓子も好きだが、好みとしてはこれぐらいがちょうど良い。

 それにこの薄っすらとしょっぱくも甘い不思議な味わいが癖になりそうだ。

 多分だがこれはリヴァイやアニが好む奴だと思う。

 どちらも甘さが後を引くものより、後味スッキリな方を好む傾向がある。または甘いものを口にする際には甘さを控えた紅茶や珈琲を頼む。

 イザベルとかはその真逆で甘い菓子に甘いジュースなどを一緒に注文する。

 今だってシュークリームを食べながら総司からリンゴジュースを貰っているのだから。

 よくもまぁ、甘さで参らないものだなと感心すらする。

 

 「お前もそう思うよな」

 「…ナゥ」

 

 ぼそっと呟いた先には総司により作られた猫用のケーキをゆっくりと食べているナオが居り、呟きとファーランの視線を先を見つめるとひと鳴きして止めた食事を続けた。

 察しているのか、それとも理解できなかったか分からない。

 普通の猫であれば後者であるが、ナオは妙に賢い所があるので解っているような気がする。

 いや、今は呟き事態に興味がなかった事も考えられるか。

 ふふっと小さく笑いながらサクッと音を立ててバルミエを齧るのであった。

 

 

 

 本当に美味しそうに食べるねと呟きながらアニ・レオンハートは紅茶に口をつける。

 正直食べようかなと手を出したいのだが、イザベルがパクパク食べているので出しにくいのだ。

 さて、どうするかとカウンターを眺めて、ファーランが食べているパルミエに手を伸ばそうとして止めた。

 総司が次のお菓子と大皿をカウンターに出した。

 格子状の段がある円形の焼き菓子ベルギーワッフル。

 変わった見た目に興味を惹かれるままに、自分の小皿に移す。

 さすがにこれを手で摘まむのはおかしいと思い、ナイフとフォークを手にとる。

 ナイフとフォークで一口分切って口へと運ぶ。

 ザクっと硬めの生地にザラメが練り込まれており、噛み締める度にザクザクと音が鳴って程よい甘さが良い。

 単体でも甘さ控えめで良いなと思っているとベルギーワッフルが何種類か並ぶ。

 それを一つずつ小皿に乗せて食べていく。

 ザラメの甘さはそのままに苦みと深いコクのあるチョコレートが生地に練り込まれたものに、溶ける様な優しい甘さの蜂蜜入り、紅茶の香りを持ったものなどの生地にアレンジが加えられたものが三種類。

 他にまったりとした甘さのシロップやなめらかで重みのある餡子、香りのよいバターや果物系のジャム、ホイップクリームなどを乗せて自分の好きなようにアレンジ出来るように用意されていたので色んな味を楽しめる。

 組み合わせによってはどれだけの味になるのか想像もつかないほどに。

 何種類か食べていたのだが凄く美味しいけども、甘いものが基本的に多いのでこればかり食べていたら口の中が甘さでいっぱいいっぱいになってしまった。

 ちらりと紅茶を飲んでいるファーランを見て私も欲しいなと思っていると、察した総司がニヤリと笑い胸に手を当てて頭を下げた。

 

 「お嬢様。紅茶に致しましょうか?珈琲に致しましょうか?」

 「…そういう冗談は良いから…」

 

 お嬢様なんて言われて気恥ずかしくなりながらも、冷静さを装って(・・・)紅茶を淹れられたカップを受け取る。

 紅茶の良し悪しは解からないが、柑橘系の風味と薄っすらとした苦みのあるコレは良いと思った。

 一息入れて再びワッフルを口に運ぶ。

 これは良いものだと紅茶とベルギーワッフルで楽しむ。

 充分にベルギーワッフルを堪能した後になってから、総司でも冗談を口にするんだなとふと思った。

 

 

 

 マルセル・ガリアードはお菓子と聞いて微妙であった。

 確かに甘い菓子は疲れた肉体と精神を癒やす。

 理解もしているし有難いとは思うも、マルセルとしてはお菓子よりも肉料理の方が好みである。

 出来れば肉料理の方が嬉しかったなと思うが、それを言ってそれを口にする事は無い。

 有難いことは有難いのだから。

 すでに他の皆もそれぞれ手近にあった菓子に手を付けており、マルセルも手を伸ばす。

 近くにあった皿にはコロネのようだった。

 ただ形は巻貝型であるだけで皮はパンではない様だ。

 嗅ぎ覚えのある芳ばしい香りに、薄くも硬そうな外観からパンではなくパイ生地を使っていると予想した。

 

 「コロネ…ではないんだな」

 「えぇ、それはクリームホーンと言いまして、パイ生地のコロネと言ったら分かり易いですかね」

 

 クリームホーンか…。

 店のメニューにないデザートだな。

 最近はユミルが作ったりもするのでデザートの種類も増えたが、それでも総司が作れる菓子類を全て記載している訳ではない。

 パイ生地にクリームを包んだ菓子か。

 手のひら大のクリームホーンを眺め、パイ生地の見た目から軽そうだなと思いながら口へと運んだ。

 齧ってみるとサクリとした軽くしっかりとしたパイ生地の食感と共に、バターが香る芳ばしい生地の味が広がる。

 これだけでも美味しいのだが、詰まっていた濃厚なカスタードクリームが勢いよく口内に流れ込んできた。

 生地によって見た目は軽そうだが、口にすれば結構な重みがある菓子に目を丸くする。

 これは程よく腹に溜まる。

 大口を開けてガブリと齧り付く。

 ペロリと一つ食べると次のクリームホーンを掴んで、勢い任せに齧り付いてパイ生地の破片が零れた。

 軽い気持であったがもはやがっつりとした食事を食べる様な気持ちでがっつく。

 もはや一つずつなどという行儀など考えずに、片手に一つずつ掴んでから交互に口に運んでは食い散らかす。

 これはレモン果汁がさっぱりさせてくれるクリームチーズ味。

 こっちは苦みが程よく癖になるビターなチョコレートクリーム。

 ふんわりとした柔らかさと軽さを持った甘いホイップクリーム。

 四種類の味わいを比べるように食べ比べる。 

 口の中が色んな甘さで溢れかえり、一度リセットしようとミルクはたっぷりであるが砂糖無しのコーヒーを流し込む。

 飲み込んで一息つくと再び両手にクリームホーンを持って食らいだす。

 

 同じようにがっついていたイザベルは何を思ったか、シュークリームを両手に持って勢いよく交互に食べ始めた。

 それに気付いたマルセルが乗るように速度を上げる。

 何故か始まった二人の勝負染みた早食いは両者の行動不能という形で幕を下ろすのであった…。

 

 

 

 皆が美味しそうに食べる中、ユミルだけ難しい顔をして腕を組み、目の前のお菓子と睨めっこしていた。

 ユミルの前に置かれたお菓子はマカロン。

 クリームを生地で挟んだ一口サイズの焼き菓子で、非常に甘いお菓子である。

 甘いだけでなく生地にアーモンドを使用しているので芳ばしさがあり、卵白でふんわりと軽い生地。

 以前レシピを聞いて作ってみたものの、失敗して膨らまずに平らなナニカになってしまった経験があり、こうしてちゃんとした実物を見たのは初めてだ。

 失敗した事で疎遠になっていたがこれは良いものかも知れない。

 目の前には彩豊かなマカロンが並び、見た目がかなり華やか。

 見た目だけでなく味も良い。

 並んでいるマカロンをもう一つずつ口に入れる。

 マカロンの甘さに酸味が合って口当たりの良い甘酸っぱさの苺味。

 ねっとりと舌や歯に絡みつき、濃厚な甘さを持つキャラメル味。

 食事処ナオでしか味わえない深いコクと甘さと苦みが共演しているチョコレート味。

 味わった事の無い独特の風味にほろ苦さのある抹茶味。

 豊潤な香りと苺より強い酸味でさっぱりする葡萄味。

 なめらかでそのものの味わいを強く出したマンゴー味。

 どれもこれも味わいが違って、数を頼んでも最後に同じ味で飽き飽きする事は無い。

 味付けは生地とクリームに混ぜるだけで簡単に増やせる。

 種類が多く、応用が利き易い事からセットメニューにしても良し。客に選ばせても良し。

 それらの考えも浮かぶが、ユミルが悩んでいるのはマカロン関係であるが別件である。

 

 これをクリスタやヒストリアにプレゼントしたら喜ばれるのでは?

 

 見た目の華やかさに豊富な味。

 二人が大好きな苺味もある事から受けは間違いないだろう。

 ただこれをそのまま進める訳にはいかない。

 前に失敗している事を総司は知っており、頼んだとしても客に出せるレベルでなければ決して首を縦に振る事は無い。

 と、言う事は注文をすれば総司が作る事になる。

 …駄目だ。

 如何に総司だからと言ってクリスタとヒストリアのデザート制作を譲る気は微塵もない。

 これは次回からマカロン作りに力を入れなければ。

 大きく頷きながら固い決意を抱くのであった。

 

 

 

 総司は綺麗に食べつくされた皿とカップを洗って片付ける。

 カチャカチャと音を立てながら洗い、先ほどの光景を思い出して笑みを零す。

 前日のお詫びを兼ねてお菓子を振舞ったのだが、その中でイザベルとマルセルが食い散らかすようにバクバクと食べていた。

 汚いとか行儀が悪いという考えは一切湧かなかった総司は、美味しいと言わんばかりに笑いながら口に押し込む様子に、内心喜びを感じて止める事はしなかった。

 寧ろ量が足りないかなと追加を焼いたほどだ。

 今となっては途中で止めてあげれば良かったと後悔するが…。

 ガチャリと奥に繋がっている扉が開き、ファーランが姿を現す。

 

 「イザベルはいつもの部屋で、マルセルは空き部屋で良かったよな?」

 「すみませんね。運んでもらって」

 

 いつの間にか早食い&大食い勝負に発展していたイザベルとマルセルは食い過ぎで動くに動けず、今日は食事処ナオで一泊する事になったのだ。

 ただイザベルとファーランは泊まる事があるので部屋を用意してあったが、マルセルは今まで泊まる事が無かったので空き部屋を軽く掃除して、今日はそこで一夜を過ごして貰う事に。

 総司としてはちゃんと掃除をして、客用の布団を干しておきたい所であったが、夜も遅く満腹過ぎて今すぐ横になりたいマルセルにそれまで待って貰うのも酷。

 マルセル本人としては迷惑をかけた上に部屋を貸してもらっているだけで有難い話なのだが…。

 なんにせよ食い過ぎで動けないマルセルとイザベルを部屋に運ぶ必要があり、それらをファーラン達が率先してやってくれたのだ。

 申し訳なさそうに言う総司にファーランはニヤリと笑う。

 

 「これぐらい良いですよ。ついでにこのまま泊っていっても?」

 「構いませんよ」

 

 明日は休日だ。

 そうなるとファーランは食事処ナオに訪れて、総司の所有している本を一日中読み耽る。

 なら泊った方が家より訪れるよりはずっと楽で、朝からどころか今から本を読めると踏んだのだろう。

 最近では彩華がオススメと言って本を持ち込むようになって、本の量が可笑しなことになっているのだが、もしかして置ききれない本を保管する倉庫か何かと思っているのではないだろうか。

 

 「あまり夜更かしはしないようにね」

 「それは総司もだろう」

 

 一応の注意をすればちょうど扉を開いたユミルに返される。

 確かに今日は夜更かしする訳にはいかない。

 明日は仕事がある(・・・・・)のだから。

 

 「遅れたら大変ですからね。準備を終えたら早々に眠る事にしますよ」

 「まったく、休日にまで出張するなんて本当に料理馬鹿だな」

 「私には誉め言葉ですね」

 

 返しを鼻で嗤われたが気にせずに、洗い終わった食器類を片していく。

 明日は休日だ。

 それは変わりない。

 しかしだからこそ常連より(・・・・)出張を頼まれたのだ。

 普通なら「休む時に休め」と言うアニも常連と言葉を交わし、渋々ながら了承して特別にと許可を出してくれた。

 何があったのか気にはなるものの、本人に聞けば気が変わったと言って休めコールが来るかもしれないので、聞かないでおく。

 

 「ナオさんは店に残りますか?」

 「……ナゥウン」

 

 眠たげな瞳を持ち上げ、首を振りながら寝床でナオは鳴く。

 どうやらついて来てくれるようだ。

 微笑を浮かべながら総司は明日の準備を行う。

 どんなところなのだろうと明日のちょっとした遠出の出張を楽しみに想うのだった。




●現在公開可能な情報

・マカロン
 クリスタとヒストリアの為にマカロンを作れるように意気込むユミルは、総司にマカロン作りの指南を乞う。
 ただやはりというか成功するまでには幾らか失敗した。
 味云々もそうだが美味く膨らまず平らになったり、膨らんでも不格好になったり、焼き過ぎて焦げたりと見た目的問題が多発。
 二人にいきなりお披露目して驚かせたいユミルの気持ちを汲んで、指南する時間帯を選んだりマカロン箝口令が敷かれたりと微妙にルールが設けられ、夕食の賄いにはデザートが付くようになった。

 ちなみにそのデザートはユミルが満足出来るマカロンを焼き上げるまで続くのであった。

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