進撃の飯屋   作:チェリオ

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第46食 たこ焼き

 ラガコ村。

 ウォール・ローゼ南区にある小さな村。

 周囲は木々に囲まれ自然豊かな場所で、コニー・スプリンガーの故郷である。

 街から離れた村にはたまに行商人が訪れるので、街から村へ、村から村へ繋がる道は舗装はされてないものの、草木を定期的に除草しているので土がむき出しの道が出来上がっている。

 その道に荷台を引く二頭の馬が踏みしめながらゆっくりと進む。

 手綱を握っているコニーは数年ぶりの帰郷に心が躍る。

 母ちゃん、父ちゃんは元気かな?

 サニーとマーティンは二人の言う事を聞いてちゃんとやっているかな?

 自然と頬が緩み、ラガコ村が遠目ながらも視界に移ると目を輝かせて後ろを振り向く。

 

 「総司さん、見えたぞ。俺の故郷だ」

 「あの村ですか。自然豊かで良さそうな所ですね」

 「実際良い所だよ。街に比べたら不便な事もいっぱいあるけどさ」

 

 興奮気味に告げると荷台で座っていた総司が微笑む。

 本日は食事処ナオの定休日。

 憲兵団に入団して初の給料を手にしたコニーは、家族の為に使おうと頭を悩ました。

 自称“天才”と称する(周囲からは馬鹿との評価)彼の頭脳ではこれだという物がなく、決めかねていた時に総司さんの料理だったら絶対喜んでもらえると考え付いたわけだ。

 ただ問題も同時に発生した。

 家族に食べて貰うのであれば店に来て貰う必要がある。

 ラガコ村からトロスト区まではそれなりに距離があり、馬で移動するなら行けない程の距離ではないのだが、父ちゃんと母ちゃんだけならまだしも幼い妹と弟はまだ馬に乗れないだろうし、二人乗りするのは危険が伴う。父ちゃんならまだしも母ちゃんに二人乗りして弟妹を支えるのは難しい。

 馬車になると出費が大きくなる。

 一人暮らししていると言っても金銭面に余裕がある訳ではない。

 家賃に生活必需品の購入などもあるし、洗濯はしたとしても料理は得意でなく、仕事の疲れもあって食事を外食に頼り切ってしまっている。ほとんどは安くて美味しい食事処ナオであるがそれでも毎日ともなれば出費は激しい。

 さすがに馬車を用意するだけの資金は無かった…。

 

 そこでコニーは総司を誘って村に行くことにしたのだ。

 まず最初に総司の説得であるが、総司自体は休みであれば問題ないと乗り気で、後は総司をよく気遣っているアニの許可を取るだけだったが予想外にあっさり得る事が出来、コニーは俺には天性の交渉術があったのかなどと調子に乗っていた。

 実際は土下座して頼み込む際に出た“両親に恩返し”に想うところがあって、反対できなかったのが正解である。

 最初の難関を突破できれば後は簡単なものだった。

 仕事がいい加減な憲兵団の上官の雑用を熟す代わりに、壊さないor壊したら自費で修理するのを条件に憲兵団の馬車を借り、自ら手綱を握る事で掛かる筈だった馬車代をタダにすることに成功。

 後は総司さんに何を作って貰うかだが、なんでもこの辺りではどの店も提供していない(エルディアに存在しない為)安くて大量に作れる料理があるとの事で、試しに食べて美味しかったのでそれを注文した。

 それに大量に作れて安いのなら家族だけでなく、村の皆にもご馳走しよう。

 皆、喜ぶぞ。

 

 そう思うだけで笑みが零れる。

 ただし、その分お金も懐から旅立っていくわけで、次の給料までコニーの昼食の大半が、食事処ナオで安くてお腹に溜まる“おにぎり”に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 今日は特別な日だ。

 マーティン・スプリンガーやサニー・スプリンガーは今日と言う日が訪れるのを待ち侘びていた。

 兵士になるべく村を離れた兄ちゃん(コニー)が数年ぶりに帰って来るのだ。

 母ちゃんも父ちゃんも嬉しそうに心待ちにしていたのが見て解かる。

 昨日なんて楽しみで楽しみで中々寝付けなかった二人に「もう寝なさい」と言いながら両親も何処かそわそわしていたから間違いないだろう。

 目が覚めて家の手伝いをしながらまだ帰ってこないかなと外を気にしていると、「コニーが返って来たぞ」って隣のおじさんが教えてくれた。

 手伝いを途中で止めて、大慌てで外へと跳び出す。

 すでに村の大人たちも集まっており、馬車に乗って帰って来た兄ちゃんを囲んでいた。

 皆がそれぞれコニーを声を掛けていた。

 「元気だったか?」とか「兵士の仕事は慣れたか?」など気遣う言葉から、「憲兵団に入ったんだってな。やるじゃないか」とか「お前は村の誇りだ」と大いに褒める言葉が飛び交い、兄ちゃんは照れくさそうながらも胸を張って答えていく。

 そこに母ちゃんと父ちゃんも加わって、兄ちゃんは本当に嬉しそうに話し出す。

 僕も、私もと駆けだそうとしたとき、馬車の荷台から知らない人が降りてきた。

 荷物を降し、何かを組み立て始めた。

 一体何をしているのだろう?

 

 「あぁ、あの人は総司さんって言って、街一番の料理人だ」

 

 兄ちゃんに駆け寄ってお帰りと声を掛けた後に聞いてみるとそう返された。

 なんでも街一番の大商人が目を掛けるほどの色んな料理を知っており、多くの人を虜にするほどの料理上手だとか。

 そんな料理人が何故一緒に居るのだろうかと思っていると、兄ちゃんは同期の中でも優れた者でしか入れない憲兵団という兵団に入団しており、その分かなり給金が良い。

 村に久しぶりに帰るのだから皆に喜んでもらおうと、お金を払って来て貰ったのだと。

 今日の昼食は兄ちゃんの奢りと言う事に。

 母ちゃんや父ちゃんはお金的に大丈夫かと心配するも、問題ないと胸を張って答えた。

 凄いな兄ちゃんはと感心していると、準備を終えて調理を始めた所で皆が様子を眺めに行く。

 兄ちゃんと一緒に人ごみを掻き分けて最前列に出る。

 円形の凹みがある鉄板に黄色液体を流し込む。

 凹みにピンポイントに入れるのではなくて、そのまま鉄板全体を埋め尽くす。

 端には零れないように出っ張りがあり、流れてきた液体を鉄板上に押し留める。

 鉄板の熱にて焼かれていく中、凹みがあった位置にポトリとぷつぷつと小さな突起がある白いナニカを落としていく。

 

 「兄ちゃん、アレ何?」

 「タコっていう食べものらしいぞ」

 「たこ?たこってなぁに?」

 「…なんだろう」

 

 兄ちゃんも知らないんだ。

 興味津々に眺めていると、先のとがった木の棒(竹串)で凹みを何度かなぞり、焼き加減を図って棒で少し回した。

 焼けて凹みに沿って半円状になった生地が、90度回されて真っ直ぐ立った。

 何が出来るんだろうとタコの事など忘れて様子を眺める。

 また棒で焼き加減を図り、最初は下で焼き上がった生地がクルリと回されて空を仰ぐ。

 ここまで出来てもソレが何なのか解らない。

 首を捻って見ているとひっくり返した下も焼き上がり、ひっくり返した棒を刺しては小皿へひょいひょいと魚が跳ねるように移されていく。

 小皿に八つほど乗せ終わると黒いソースに白い液体(マヨネーズ)薄く削った木屑(かつお節)みたいなのと葉の粉末(青のり)みたいのを振り掛けて端にフォークを置いた。

 

 「はい、“タコ焼き”出来ましたよ」

 

 差し出されたタコ焼きが乗った皿を手に取ると、ほかほかとした湯気と一緒に芳ばしい香りがふわりと立ち昇る。

 美味しそうな香りを嗅ぎながら、この見た事の無い料理を兄ちゃんに「食べていい?」と視線で訴えかける。

 「熱いから気を付けるんだぞ」と注意されながらも大きく頷かれたので、フォークでタコ焼き一つ刺して、ふぅふぅと息を吹きかけて恐る恐る口にする。

 表面はカリッとして中はふわっと柔らかくて食感が凄く楽しい。

 噛んでいるとクニクニと弾力のあるタコを発見し、タコの旨味が噛む度に溢れ出る。

 そして辛味もあるけど甘いソースと、ねっとりとしたマヨネーズが美味しい上にタコ焼きに非常に合う。

 上に掛けられたかつお節と青のりの風味も良い。

 こんな美味しいもの初めて食べた。

 さすが兄ちゃんが連れてきた料理人だ。

 

 「美味しい!」

 「これすっごく美味しいよ!」

 

 次々とタコ焼きを焼きながら総司はにっこりと微笑み、コニーはどうだと言わんばかりに胸を張り「おかわりあるからしっかり食べるんだぞ」と頭を撫でてくれた。

 撫でてくれた事も嬉しいし、まだまだ食べても良いんだと喜ぶ。

 けど村の大人達も食べているのだ。

 皆がおかわりしたらなくなるんじゃないかと思って、ハフハフと熱を吐き出しながら慌てるように食べ始める。

 熱くて食べ難いけれども、熱いからこそ美味しくも感じる。

 

 「こら、がっつかない。喉に詰まったら大変だから」

 

 母ちゃんに怒られてしまった。

 二人してごめんなさいしているとふと父ちゃんが視界に入った。

 同じように…いいや、飲み込む様な勢いで食べて、口元を青のりとソース、マヨネーズでべっとり装飾していた…。

 あまりに可笑しくて噴き出して笑いだし、何に反応したのか理解した母ちゃんが父ちゃんを叱る。

 兄ちゃんも同じぐらい口周りに付けながら笑っており、それが余計に可笑しくて村の皆で笑った。

 こんなに笑ったのなんて久しぶりだ。

 こんなに楽しいのも久しぶりだ。

 お腹も心も満たしたところで兄ちゃんは一度街に戻るらしい。

 明日の事を考えると料理人の総司さんを帰さないといけないとの事。

 これでまたお別れなのかと必死に引き留めると、明日は非番の週だという事で戻って来るらしい。

 見送って帰って来るのを待っていると、夕食前に帰って来た。

 遅いと文句を垂れると頭を下げて馬車を返すのを言い忘れていたと謝られた。

 その分しっかりと遊んでとせがんで夕食まで遊びまくり、夕食を五人で囲む。

 いつもの食事だけど兄ちゃんが居るだけで凄く美味しく感じる。

 楽しく談笑しながら食べていると昼食を思い出し、タコ焼きみたいな美味しいものをよく食べているんだろうなとふと思って口にした。

 

 「兄ちゃんはいつもあんなに美味しいもの食べてるんだよね」

 「おう。もっと美味いもんも食べてるぞ」

 「良いなぁ」

 

 羨ましそうにつ呟くと、兄ちゃんが真面目な表情をする。

 どうしたんだろうと首を捻る。

 

 「俺、頑張って出世する。もっと偉くなってお金稼いでさ。いつか家族全員で街で暮らそう」

 「家族全員?」

 「そう、家族全員でだ」

 「本当!?」

 「約束できる?」

 「おう」

 

 また家族全員で暮らせるという言葉に跳び跳ねて喜ぶ。

 食事中に騒がないと昼食時に続いてまた怒られてしまった…。

 楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。

 夕食が済むと兄ちゃんに村であったことを話し、村を出てからどんなことがあったのかを聞いたりして過ごして、兄弟・兄妹の三人でお風呂に入った。

 昔に戻った生活に懐かしさを感じる。

 いつもこうだったら良いのにと思いながら、まだ起きてお話したいけど就寝につく。 

 今日は家族五人並んで布団に入った。

 昔に比べて兄ちゃんもだが私・僕も成長しており、五人並ぶのは結構狭かったけど、その分兄ちゃんを感じれて嬉しかった。

 けれど明日には兄ちゃんは街へ戻ってしまう。

 兄ちゃんが言っていたような日が早く来ないかなぁ…。

 サニーとマーティンはそんな事を想いつつ、幸せそうな寝顔を浮かべるのであった。




●現在公開可能な情報

・ラガコ村の新たな家庭料理
 総司のたこ焼きを食べてから、コニーが帰郷する度にたこ焼きを強請るようになる。
 毎回村人の分を買っていたら懐が苦しいだろうと思い、入手不可能なタコを除いたレシピを教え、たこ焼き用の鉄板などラガコ村でも作れるように協力する。
 コニーのお土産がたこ焼きそのものからリーブス商会で扱っているソースやマヨネーズに変更された。
 
 数年後、この料理は祭りの出店などで定番メニューとなり、ラガコ村発祥の料理として広がるのであった。

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