進撃の飯屋   作:チェリオ

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第47食 オムそばパン

 私には娘がいる。

 食い意地が張っており、テーブルに食事を並べれば人の物であろうが喰らい付き、腹が空けば冬の為の食糧を置いていた保管庫にまで手を出すどうしようもないバカ娘。

 遠くの物音まで聞き分けれる優れた聴覚に、狩りを行う際の集中力、弓矢の腕前などなど狩猟に関しては素晴らしいセンスを発揮する自慢の娘。

 その娘は数年前から村から街へ出て、兵士になる為の訓練に励んでいた。

 と言うのもマーレとの戦争でウォール・マリアを追われた人たちが、ウォール・ローゼ内で生活するようになり、深刻な食糧不足に陥ったエルディアでは食物の生産が急務になった。

 私が生まれ育ったウォール・ローゼ南区ダウパー村は、代々狩猟民族として狩りをして生計を立てていたのだが、煽りを受けて農業や日常、軍事で必要となる馬の育成を王政府より命じられた。

 娘は政府の政策により、一定の年齢を迎えると開拓地か兵士かを選ばされ、娘――サシャは土地を取り返せれば前の様に暮らせると言って兵士の道を選んだ。

 

 最初にした娘に対する表現だけを見れば図々しい性格と思われるかもしれないが、案外外に対しては臆病な所があり、村の外でちゃんとやっていられるか心配であった。

 そんな心配を他所にサシャは手紙を中々寄越さない。

 便りがないのは良い知らせというが、やはり心配と言うのはしてしまうもの。

 あれから数年が経って、無事に兵士になったと手紙が来たかと思えば、今度帰郷すると嬉しい知らせが届いた。

 ダウパー村では昔からの伝統である狩猟を忘れないように年に二回ほど狩りを行う様にしており、そのうちの一つがサシャの休日と被ったのだ。

 久しぶりに娘が帰って来る事と、昔の様に一緒に狩りを出来るという事から嬉し過ぎて頬が勝手に緩んでしまう。

 

 そして数年ぶりに帰って来た娘は―――男を連れて帰って来た。

 

 いや、村での様子から上手くできているか心配だった親としては親しい友人が出来ている事を嬉しく思う。が、父親としては微妙な心境に陥ってしまうのも事実。

 娘曰く、食事処ナオと言う料理屋の見習いであるが“料理の天才”と絶賛しており、今日一緒に来て貰ったのには村で楽しんでもらうのが半分。もう半分は私や妻に料理を馳走したいという目的の元で来てもらったとか。

 言葉を素直に受け取るなら有難い話であるが、どうしても両親への紹介という疑念が取れない。

 この事を妻に話すとあの子もそういう年頃なのねと笑みを零し、私の心配し過ぎと言われてしまった。

 そう言うものなのかと納得し切れず、やってきたサシャの友人を睨みつつ、狩りへと赴く。

 狩猟は猪一頭に鳥四羽、鹿二頭という結果で終わり、皆が皆満足そうに戻ってきた。

 ただやはりというかイレギュラーも発生した。

 細かなは置いておくとして、サシャが連れてきたニコロは狩猟初体験という事もあったが、それ以前に迷子になってしまったのだ。

 まったく何をしているのかと思えば、森の中で親に内緒で遊びに来ていたカヤと言う少女が猪を前に俯いて座っており、それを助けるために離れたのだという。

 勿論初心者の彼に猪を倒すだけの力も弓矢を扱う技量もない。

 行った行動はカヤを抱えて逃げる一択のみ。

 なんにせよ見捨てずに助けようとした事に彼の内面を見る事が出来た。

 それもまた今日の狩りの収穫の一つだろう。

 ちなみにその時の一頭はサシャが仕留めた。

 

 戻ってきた面々と獲物を持って帰る前に作業を開始しつつ、彼―――ニコロは血抜き作業を行い始めた皆から離れて調理を始めた。

 元々狩猟自体が初めてらしく、狩ったばかりの獣の血抜きどころか弓矢の扱いも知らないので、その方がこちらとしても助かる。なにせ狩りで腹が空いて仕方がないが、血抜きなどを早く済ませないといけないので作業から離れられない。

 調理しているニコロの周りには助けられたカヤが腰を降ろして眺めている。彼女はまだ幼くて作業の手伝いは出来ず、一人にしておくと不安があるので調理している彼と一緒に居た方がいいだろう。

 狩猟民族であっただけあって、歳をとっても視力は良くて離れたニコロの調理の様子が良く見える。

 

 …火が付いた。

 薪を並べて火を付けた訳でもなく四角いもの(カセットコンロ)、をリュックから取り出して出っ張りを捻ったら火が噴き出したのだ。

 村と街では物流が違ったり、知らない技術が用いられたりするって行商人に聞いた事があるが、ああやって持ち運び出来る炉があるんだな。アレはかなり便利そうだな。購入したいものだがきっと高価なのだろうな。

 作業の合間合間に気にしつつ見つめる。

 カセットコンロの上にフライパンを置いて温め始めると、そこに麺を入れて炒めつつソースを注ぐ。

 距離が離れていても焼きそばソースの芳ばしい香りがこちらまで漂ってきて、美味そうな匂いに周囲が騒めいて同じ方向を見つめる。

 

 「ソースの香りですねぇ。堪りませんよ」

 

 皆がよそ見をしている中、自分の作業を済ませたサシャがニコロの方へ向かう。

 それを見たそれぞれが作業を急ぎ始めた。

 誰も彼もが空腹感をあの匂いに刺激されて堪らなくなってしまったらしい。

 私もその一人である。

 割り振られた作業を終えて、早々に寄ってみるとフライパンの中には茶色く染まった麺が温められている状態で放置されていた。

 見た事の無い麺料理(焼きそば)だが気になる事がある。

 具がないのだ。

 焼きそばで言えばキャベツやもやし、人参や玉葱と言った野菜類や豚肉とかであろうか。

 どれだけ見つめても入っているのはソースの絡まった麺だけ。

 これで食えと言うにはあまりに寂しく見える。

 

 「良い香りだが具材は入れないんか?」

 「あぁ、そうですね。アレはパンの具材だから」

 

 疑問からぽつりと漏れた一言をサシャが答えた。

 なんでもパンの具材に使うからには野菜類は余分な水気が、肉類は脂分が出てしまうのでパンに挟むのには向かないそうだ。それとこの状態を焼きそばと言ってエルディアでも現在人気になりつつある料理だとか、その料理を広めたのが彼が働いている料理店の店主なのだとか嬉しそうに語って来た。

 相槌を打ちながら話を聞いているとじゅわっと水気のあるものが熱された音に反応して振り返る。

 そこには別のカセットコンロに火を付けて、熱したフライパンにバターを敷いた後に溶き卵を注いでいた。

 音を立てた溶き卵をフライパンを傾けて全体へ伸ばし、箸でぐちゅぐちゅとかき混ぜながら温める。

 徐々に液状から固形に変わりつつある卵を端に寄せて、長細いオムレツに形を整えていく。

 そして形を整えたところで焼き具合を確かめて火を止める。

 

 用意していた中央に切れ込みを入れたコッペパンに焼きそばを挟み、その上に先のオムレツを乗せて完成したと言いつつ大皿へ乗せた。

 

 「オムそばパン出来たぞ」 

 「食べても良いですか!?食べても良いですよね!!」

 「良いからがっつくなっての」

 

 目をキラキラと輝かせながらサシャは大皿に乗せられた“オムそばパン”を手にしてから尋ねる。

 それに慣れた様子で答えるところからサシャのこういったところに大分慣れているのだろう。

 次のオムレツを焼いてまた新しいオムそばパンを大皿に乗せるとこちらに差し出して来た。

 

 「どうぞ」

 「あぁ、頂こうか」

 

 少し怯えている様子が気にはなるがとりあえず口にせずに受け取り、端まではオムレツが乗ってないので焼きそばとパンだけを頬張る。

 初めて食べる焼きそばに驚く。

 同じ麺類でもスパゲッティのような硬さはなく、もっちりと柔らかい弾力。

 辛味とコクのある焼きそばソース

 濃厚なソースが絡まった味の濃い焼きそば

 濃くて美味しいのだがこれはあまりに濃過ぎる気がする。

 コッペパンの事も考慮して濃くしてあるのだろうけども、それにしては濃過ぎて少し辛く感じるほどだ。

 都会ではこれが普通なのだろうか。

 サシャを見てみると別段気にした様子無くもしゃもしゃと食っている。

 こういうものなのかと納得しつつ、何気なくもう一口齧り付く。

 

 「――美味いっ!?」

 

 濃過ぎると思ったソースの味が優しい味わいへと変化した。

 なんだこれはと何度も咀嚼し、ゴクリと飲み込む。

 喉越しも一口目に比べて滑らか。

 不思議そうに手にしているオムそばパンを見ると、上に乗っていたオムレツの端に歯形が付いていた。

 二口目でオムレツに届いたのが変化の理由だろう。

 確かめるべく、注意深く齧りつく。

 

 漏れ出さないまでも半熟を保ったオムレツは、非常に柔らかく口の中で他の食材を包むように広がり、同時に甘めの味が濃厚なソースと合わさって口当たりが優しく、程よい辛味と甘味が調和する。

 しかも触感的にも味的にも焼きそばともコッペパンとも合う。

 そうか…オムレツにも合わすためにソースは濃くしていたのか。

 コッペパンとだけなら濃過ぎだが、オムレツも含めればちょうど良い濃さだ。

 これは美味いな。

 そう思い齧り付こうとしたところ、手にしていたオムそばパンが消えていた。

 まさかと思ってサシャを見つめるが視線に気づいたサシャはキョトンと首を傾げるばかり。

 食糧庫から干し肉などを勝手に食べていた前科などから、サシャが盗ったものだと判断したのだが堂々と逃げる事せずにいる事から違うらしい。

 では、私のオムそばパンは何処に行ったというのか?

 

 「おかわりいりますか?」

 「あ、あぁ…」

 「いやぁ、それにしてもそんなに美味しそうに食べて貰って、料理人冥利につきますよ」

 「ニコロさんは料理の天才ですから。仕方ないですって」

 「嬉しい事言ってくれるがお前はがっつき過ぎだ」

 

 二人の会話からどうやら知らぬうちに食べきっていたらしい。

 そんな事があるのかと疑うが、手渡された二本目を口にしていると意図せずにむしゃむしゃと食べてしまっている事から疑いようはないだろう。

 狩りに集まっていた面子も匂いに釣られて集まり、ニコロより貰ったオムそばパンを一口齧ると、頬を緩めてひたすら食べ始める。周りから見たら私もそんな感じだったのだろうか。

 口にある分を呑み込むと一息つく。

 

 「ニコロ君と言ったか。娘は街ではどんな感じか」

 

 ふと気になっていた事を聞いてみる。

 聞かれているというのに本人は食べる事に夢中で聞こえていないのか反応はない。

 次の分を作りながらニコロは悩ましく唸る。

 

 「あー…えっと」

 「なんね。言い難いか…構わんよ。周りに迷惑ばっかかけとるんやろ?」

 

 考えた末に申し訳なさそうに静かに頷いた。

 やっぱりかと予想していただけに苦笑いを浮かべる。

 

 「けどそれが有難かったりするんですよね。料理研究している身としてはああやって素直に表情に出してくれるのってすごく有難いですよ。ただ少々厚かましいですが」

 「少々なのかね?」

 「……かなり」

 

 頬を掻きながら呟き、サシャの方へ視線を向けたのにつられて向く。

 するとまだ口を付けていないオムそばパンをカヤに進めている所だった。

 人に食べ物を分けるようになったのか…。

 

 「そうか。これからもサシャの事よろしく頼むよ」

 

 ニコロの返事を聞きながら娘の成長を感じ、笑みを浮かべながらオムそばパンを齧り付くのだった。




●現在公開可能な情報

・頭の痛いジーク
 ジークは最近悩んでいる事がある。
 部下達より上がって来る報告書はエルディアの内部事情が書かれている事もあるが、それ以上に食事処ナオの食レポの方が圧倒的に多い。
 おかげで店に訪れた際に知らなかったメニューも選びやすくなった。
 しかし部下からの報告書をそのままマーレ本国に挙げる訳にもいかないので、溜まっている情報を小分けにしたり焦らしたりして時間稼ぎを行っている。
 それでも本国からはもっと情報を求められる。
 そんな最中にニコロからの報告書が上がるが、作ったオムそばパンのレシピよりも許可を取って持ち出せたカセットコンロとやらの情報を書き込んでほしかった…。

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