進撃の飯屋   作:チェリオ

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第48食 チキン戦争

 「もう少しで着きますよ」

 

 月明かりに照らされる夜道をハンネスに案内されるまま、ドット・ピクシスは期待を膨らませながら歩く。

 以前トロスト区内襲撃想定訓練にて訓練兵によるいざこざを収めた事がある。

 別に喧嘩するなと言う訳ではない。

 虐めだったら止めねばならないが、一々喧嘩の仲裁に入る事は無い。

 ただその時は酒のつまみが欲しいなと思っており、“喧嘩をしている”と言う事を理由にして作らせただけだ。

 あまり期待してなかった料理勝負となったつまみ作りは思いのほか良くて、アレ以来あの料理を仕事の合間合間に探していた。

 各地の施設を周るならば近くの酒場や飲食店を訪れ、王都に出向くなら高価なレストランにも自ら足を運んだ。

 結果は芳しくなく、懐が著しく減少して軽くなっただけ。

 諦めかけていたこの頃、部下の一人であるハンネスよりあの料理の話を聞いたのだ。

 なんでも知り合いから教わった店で、メニューの中に料理勝負に出ていた料理の名があった事で注文し、美味しかったことから報告に来たらしい。

 あの料理勝負は他の飲食店にも刺激を与え、似たり寄ったりの料理が現れたがどれもあの味とは異なる。

 今回もその類かと思っていたが、ハンネスの感想を聞くに自分が食べたものと同じ、または近いモノだと判断した。

 ならば行くしかない。

 行って確かめるしかないと思い、ハンネスを飲みに誘ってその店に向かっているのだ。

 

 「ここですよ司令。あの猫がいる店です」

 「ナァウ」

 「ほぅ、変わった店構えじゃの」

 

 灯りが漏れる店の前に目付きの悪い黒猫がこちらを伺っており、足を止めて店を見ると周りとは異なる建築物に目が行く。

 何とも落ち着いた佇まいか。

 感心しながら見ていると急かすようにハンネスが扉に手をかける。

 

 「早く入りましょう。美味い酒や料理が待ってるんですから」

 「うむ、そうじゃな」

 

 まるで子供の様に急かすハンネスに笑みを零すが、それだけ急かす反応からさらに期待が上がる。

 どれほど美味い料理と酒があるのか。

 それとあの料理がここにあるのか。

 楽しみで仕方がない。

 小さな鐘の音が扉を開けると同時に鳴り、店内より喧騒が飛び出してきた。

 

 「貴様は何も解っていない!」

 「幾ら元団長だからってそれは横暴ではありませんかね?」

 

 何事かと眉を顰めながら店内へ足を踏み込むと、テーブル席にて睨み合いをしているキース・シャーディスとゲルガーが視界に映る。

 周囲の客はそれを眺めながら酒や料理に舌鼓を打っている。

 中にはそうだそうだと相槌を打つ者までいるほど熱狂しており、店内の騒ぎに店員は手を出す様子はない。

 夜の営業で酒を提供している事から騒ぎは日常茶飯事なのかと納得しつつ、これ以上騒ぎになるのはお互いに不味いだろうと歩み寄る。

 

 「店の外まで声が響いとるぞ」

 「これはピクシス司令」

 「司令もここに?」

 「ちょっと気になってな。それより大の大人が何を揉めておる」

 「それがこの店の鳥料理について口論になりまして」

 

 申し訳なさそうにゲルガーは言うが、キースは険しい顔でゲルガーを睨んだまま臨戦体勢をとっていた。

 まったく良い年した大人が何をしているのか…。

 いや、その良い歳した大人を熱中させる料理が複数あると言う訳か。

 そういう理由なら違う意味で期待が膨らむの。

 楽しみが増えたと微笑んでいると、キースが中断した口論の口火を切った。

 

 「ここの鳥料理って言ったら唐揚げが一番だろう!」

 「何を言ってるんですか。タンドリーチキンが一番ですって」

 「何を言い争っているかと思えば…」

 

 どの料理が美味しいかで言い合っていたのかと知り、ハンネスは呆れたようにため息交じりに呟く。

 逆にピクシスはどちらの料理も知らず何だろうと興味を抱いた。

 それはさらに加速する事となる。

 

 「焼き鳥に決まっているでしょうに」

 

 新たなメニューが参戦しました。

 これによりさらに店内の様子が騒めく。

 頷くものも居れば他の料理を推す声が聞こえてくる。

 その中で何かに気付いたハンネスが抜けた声を漏らした。

 

 「そういや焼き鳥って特別メニュー枠だった。今日は照り焼きチキンにするかな」

 

 照り焼きチキン…。

 聞かぬ料理名に首を捻っているとガタリと大きな音が立ち、振り向くとそこには険しい表情を浮かべるディモ・リーブスが居た。

 

 「さっきから聞いてみれば兵団所属は味覚がいかれてんのか?」

 

 凄い剣幕で怒鳴り、近づいてくる。

 キースは睨みを利かせ、ハンネスとゲルガーが落ち着くように前に出る。

 ぶつかる手前で立ち止まり口を大きく開いて告げる。

 

 「鳥を使った料理で最も優れているのはチキン南蛮一択だ!!」

 

 これは来る時を間違えてしまったかな。

 リーブスがチキン南蛮とやらを叫びながら参戦し、店内はさらにヒートアップした気がする。

 ピリピリとする雰囲気の中ではゆっくりと飲む事も出来そうにない。

 火花散らす爆心地である四名から距離を執ろうとしたところキースが何かを思いついてこちらを向く。

 

 「ここはいっそ司令に判断してもらうしかないな」

 

 そこで儂に振るのかと思えば、他の二人もキースに賛同して頷いていた。

 仕方がない。

 ハッシュドポテトにキャベツの塩揉み、鳥のアヒージョはまた今度にするとしよう。

 

 「すまんが彼らが言っていた料理を単品で頼む」

 「畏まりました」

 「それと合う酒も貰おうか」

 

 諦めを付けたピクシスはカウンター席に座り注文を口にする。

 目の前で調理が始まり、音や臭いが食欲を刺激してくる。

 無言でその様子だけを眺めるというのはもはや拷問でしかない。

 皆も同じようで物欲しそうに調理光景を眺めている。

 そうして待っていると料理ができ始め、出来上がった料理から並び、一緒に酒が置かれる。

 ビールと言う黄色い透き通った酒に水の様な日本酒などの説明を受けるもどれも初めて見る酒ばかり。

 料理もどれも見た事がないものときた。

 これは楽しみというよりも奇妙な感覚になる。

 見た目の異なる料理がこれだけ並び、王都の料理店も訪れたピクシスがそのどれも知らないとなれば奇妙以外の何物でもないだろう。

 しかめっ面で料理と睨めっこしていても仕方がない。

 まずはキースが言っていた“鳥の唐揚げ”を食べてみようか。

 油で揚げられた鶏のから揚げにフォークを刺してガブリと齧り付く。

 カリッと揚げられた衣の中からじゅわりと肉汁が溢れ、ジューシーな鶏肉が広がる。

 鳥の脂分でべっとりするのではなく瑞々しく、アツアツの鶏肉より旨味が溶けだす。

 これは美味い。

 パサついた鶏肉ではない事実に驚きつつ、ビールとやらに口をつける。

 しゅわっと口の中で弾け、深みのあるコクの癖になる苦みがすっきりとした喉越しと共に胃へと収まる。

 鳥の唐揚げもさることながらビールと言う酒も美味い。

 こんな美味い物を今まで知らなかったというのは惜しいのぉ…。

 人生を損していた気分になるわい。

 

 「プハァ…こりゃあ美味い」

 

 一息ついて感想を口にするとキースが勝ち誇った顔をする。

 当然ながら優劣を決めた訳ではないと他のメンバーが言い争いを開始するが、気にせずに二品目にフォークを伸ばす。

 次はゲルガーが言っていたタンドリーチキンを口にする。

 見た目は一口大に切った鶏肉に何かしらの粉を塗して焼いた一品。

 出来立てでアツアツだったが美味かった鳥の唐揚げを食べた後で、何処か油断していたのだ。

 何の気なしに齧り付いたタンドリーチキンのスパイスの効いた辛さに舌が驚く。

 辛い!

 けどこの辛味が美味い!?

 複雑な辛さを持った味わいがなんとも癖になる。

 決して辛すぎるほどではないが、後を引く辛味と鳥の旨味。

 見事な調和に舌が驚きから喜びに変わる。

 それとこの辛味には先のビールが合う筈!

 ジョッキを掴むとグビリグビリと喉を鳴らしながら一気に流し込む。

 

 「くううううぅ、美味い。このタンドリーチキンというのは辛さがたまらんのぉ」

 「でしょう!やっぱり司令は解っておられる」

 「まだ判定が付いたわけではない」

 「さっき勝ち誇った顔をした奴が言う事か?」

 

 また言い争いが始まったが目の前に並んだ鳥料理に意識が向き過ぎてもはや気にもならない。

 残っていたビールを飲み、次の皿に視線を向けるとそこにはテラテラと輝くタレを纏った鳥料理が鎮座していた。

 食べやすいように切ってはあるが、もも肉一枚そのまま乗っているのには驚いた。

 先ほどの二品は一口サイズでつまめるほどの大きさだったが、今度のはがっつり食べれるほど大きい。

 肉料理にはいろいろなタレが使用されている。

 ピクシスとて地位のある身でいろんなものを口にする機会があった。

 だが、そのどれよりも目の前のタレは輝き透き通っている。

 期待を胸に疑う事無く口にする。

 とろりと甘味を帯びた深いコクが口いっぱいに広がる。

 無論鶏肉の旨味も噛み締める度に溢れて来るが、唐揚げやタンドリーほどガツンと主張はしてこない。

 寧ろ甘めのタレが程よい優しさをもって纏め上げて落ち着いた味わいにしてくれている。

 衝撃が強かった二品の後にこれはホッと一息つかせてくれる安心感がある。

 一緒に出されていた日本酒をくいっと流し込む。

 フルーツを連想させるような爽やかな香りが鼻から抜け、喉をアルコールが焼くような錯覚を与えながら通り過ぎてゆく。

 

 「このニホンシュや照り焼きのタレなど王都でも味わった事がない逸品ばかり。何故もっと早く教えてくれなんだ?」

 「そう言わないで下さいよ。俺だって知ったの最近なんですから」

 「なら仕方がないか」

 

 困った表情で頭を掻くハンネスに笑みを浮かべ、次の料理にフォークを伸ばす。

 三品平らげておきながらどうにも止まらぬ。

 最後はリーブス会長が進めたチキン南蛮だ。

 これは唐揚げの様に揚げられた一枚の鶏肉の上にリーブス商会で販売しているタルタルソースが掛かった一品。

 今までの流れから美味いのは確かだろうけど、この一品を進めてきたのがリーブス会長だけに自分の店の商品を扱った品を進めて来たのではと疑ってしまう。

 それでも美味いのだから構わないとフォークを突き刺し、大口を開けてガブリと齧り付く。

 ザクッとした衣の歯応えに鶏肉のジューシーな味わい、そしてリーブス商会で扱っている物よりまったりとしながらもさっぱりとしたタルタルソース。

 このパセリの風味と玉葱のシャキシャキ感が良いのぉ。

 噛み締める度に口の中より歯応えの良い音が漏れ、周囲の者の耳にまで届く。

 

 「これはリーブス商会のより洗練されておるな」

 「当たり前ですよ。リーブス商会はここのタルタルソースを元に作ってるんですから」

 「…フンッ」

 

 ゲルガーの一言にリーブスが鼻を鳴らし、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 はっきりとここの方がタルタルソースは美味いと言ったのが癇に障ったのか、それとも商人としてまだ再現し切れていない商品に想うところがあったのかは分からないが、ちと悪いことを言ってしまったか。

 まったりとした口内に日本酒を流してさっぱりさせ、腕を組んで少し唸る。

 

 「さて、どれが美味いかじゃったな」

 

 皆の視線が集まり、緊迫した空気が流れる。

 悩む素振りをして焦らすピクシス。

 どれを選ぶのかとそわそわする四人にようやく答えを口にする。

 

 「儂は鳥のアヒージョが一番だの。と言う事で店主、一つ追加を頼む」

 「はい、畏まりました」

 

 まさかの五つ目の品に皆が口をあんぐりと開けて呆けている様子に総司は苦笑いを浮かべ、ピクシスは笑いながらさらに注文を続ける。

 まだまだ彼らの白熱した夜は続くようだ…。




●現在公開可能な情報

・チキン戦争のその後
 騒ぎがピクシスのおかげでさらに白熱し、収拾に入ろうとしたアニをファーランは止める。
 彼は止める事はしなかった。
 ただただ親子丼にチキンカツ、バンバンジーなど上げられなかった鳥料理を、饒舌に表現して客に聞かせたのだ。
 さらに料理が加わり、店内は言い争うよりも知らない者も居て戸惑い一瞬静寂が訪れる。
 そこに試しに食べて決めてみてはと提案する。
 するとその日の鶏料理の売り上げは夜だけで最高に達した。
 無論注文した者達は財布と腹が反比例する結果になったが…。

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