進撃の飯屋   作:チェリオ

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第49食 野菜炒め

 夢と現実とはどうしてこうもかけ離れてしまうのか…。

 最近よくその事を思い悩むようになった。

 

 僕はピュレ。

 昔からベルク新聞の購読者の一人で、抱いていた情熱と共にベルク新聞社に入社した新人記者だ。

 憧れていた職に就け、これから熱意のまま真実を世の中に伝えていくのだと思い込んでいた。

 しかしその考えは一週間も経たぬ間に夢は現実に叩きのめされた…。

 表に出ていなかった情報がベルク社に舞い込むも、王政府に楯突く記事として真実が握り潰された。

 勿論大先輩であるロイさんに噛みついたよ。

 正論と若さにものを言わせて“それで良いんですか?”と問いただしたさ。

 対して返って来た解答は“慣れろ”の一言だった。

 ロイさんも昔は同じように熱意を抱いていたのだが、友人に仲間、妻子など護るべき者が出来てしまい、王政府に逆らった場合の危険を考えると身動きが取れず、そうなるともはや自分が抱いていた情熱などどうでも良くなったそうだ。

 家族を守る為なら誇りなど捨ててしまえと。

 真実を都合のいいように握り潰すのには納得は出来ない。

 だからと言ってロイさんの考えを否定するだけの覚悟はない。

 重く深いため息を漏らす。

 燃え盛っていた熱意は鳴りを潜め、今はこうして最低限のやる気で言われた仕事を行っている。

 なんとも張り合いのない日々か。

 そう思うと気が滅入って来る。

 今日は昨日から行っていたトロスト区での取材を終えて本社に帰るところだ。

 ギリギリまで取材をしていただけに疲労が溜まり、鎮火された熱意と生き甲斐が定まらない精神は疲弊し、廃墟らしき建物の前に腰かけて小休憩を入れる。

 このままフケてしまおうかと心無し気に思っていると影が差し掛かる

 

 「どうしたんじゃ?体調でも悪いんか?」

 

 見上げると茶色い帽子を被った爺さんがそこに居た。

 大丈夫ですと心配してくれる爺さんに言うが、その返答に対して無言で隣に腰かけた。 

 爺さんは優し気にどうしたのかと聞いてくる。

 別に何でもないと無視することは簡単だが、僕の精神は本当に弱り切り、誰かに聞いてもらいたいと思って自分の事をペラペラと喋った。爺さんは笑う事も馬鹿にすることもなく聞き「そうか。それは辛かったのう」と一言掛けてくれた。

 気持ちが大分楽になった。

 そう思うと急に空腹感を感じ、朝食を抜いていた事を今更ながら思い出してしまった。

 一度認識した空腹感は中々ぬぐえない。

 しかし今いるのはトロスト区の住宅街。

 知る限りは近くに飲食店は無く、あるのは安宿ぐらいだった筈。

 

 「すみませんがこの辺りに食事を出来る場所はないですかね?」

 

 諦め半分に聞いてみると爺さんは頬を掻きながら口を開く。

 

 「あるにはあるが…行ってみるかの」

 

 何処か躊躇いを見せつつも、案内してくれるらしい。

 この辺りに新しく出来た飲食店だろうか。

 興味有り気について行くと木箱を並べただけの簡易店舗に子供達が集まっていた。

 一応看板らしいものが建てられ“青空食堂”と書かれていた。

 食堂と言うよりは弁当箱らしきものが乗せられている事から弁当屋の方が正しいと思うのだが…。

 

 「アレ…ですか」

 「そうじゃ。おお、今日はまだ残っておるようじゃの。案外運が良いのかも知れんな」

 

 運が良いと言われても最近の事を思うと生返事しか返せなかった。

 爺さんが言うにはあの“青空食堂”というのは近所では有名な青年が始めた弁当屋らしい。

 青年は何処かの飲食店で働いている料理人で、毎日料理研究に明け暮れ、プロの料理人の料理が材料費を払うだけで味わえるとの事で近所の奥様方が重宝している存在なのだとか。

 材料費を受け取る事で金銭的に余裕が出来、さらに料理研究に励めると喜んだ青年はさらに研究を進める。結果、量が増えて自分や近所だけでは消費できない量にまで膨れてしまった。

 このままではいけないと思いつつも研究熱心な彼は量を減らせず困り果てる。

 そこで思いついたのが弁当として売れば良いという考えだ。

 安くて美味しい弁当は好評で、出勤前にこの辺りの仕事人が買っていくようになる。

 量の問題は解決したが、新たに人員と言う問題が発生する。

 なにせ青年は料理人で本職を持っており、ずっと弁当を売っている訳にはいかないのだ。

 そうこうして近所の浮浪児とちょっとしたバイトとして販売を人に頼んでいるのだと。

 おかげでこの辺りでは浮浪児による窃盗は減って助かっていると爺さんは誇らしげに笑った。

 なんでも爺さんも孫に小遣いをあげたくてバイトを週に一二度入れている。

 

 「お孫さんに」

 「アルミンというんじゃがこれがよく出来た心優しい孫でな。儂の生き甲斐そのものなんじゃな」

 「羨ましいですよ」

 

 生き甲斐があるお爺さんはキラキラと輝いて見え、今の僕には眩し過ぎる。

 いつもならとうに完売しているが、奇跡的に残っていた一つを買って近くの段差に腰かける。

 弁当が手に入った事は嬉しいが、正直安すぎる値段に不安を覚えずにいられない。

 売り手もしている爺さんが言うには原価に浮浪児やバイトに払う儲け分を含めた値段らしいが、弁当のサイズから明らかに安すぎる。

 これは安いだけの理由があるなと苦笑いを浮かべながら蓋を開ける。

 蓋を開けてみると中には彩豊かなおかずとエルディアでは珍しいライスが一対一の割合で詰められていた。

 これは予想外だ。

 アレだけ安い弁当なのだから粗悪な小麦粉を使用したうえで、かさ増しをした美味くないスカスカなパンに、干し肉に萎びた葉物、雑多なソースが入っているの様なモノを想像し、良くても腐りかけの卵を使用したスクランブルエッグでも入ってれば当たり程度の期待しか抱いて無かっただけに、これは嬉しい誤算だ。

 誤算と言っても見た目の話であり、味はさすがに期待しない方が良いだろう。

 なんたってあの値段で、裏がないはずがない。

 何か理由があって廃棄せざるを得ない食材を使用したか、カビが生えていたものをその箇所だけ千切って使用したとかそう言う物を使っている辺りか。

 

 「まずは一口」

 

 黄色いブロック状の物(玉子焼き)をひょいっと摘まむ。

 断面はミルクレープのように何層も重なった…色合いから卵料理だろうか。

 眺めながら一つを口に入れるとしっとりとした柔らかい口当たりと共に塩気が引き立てる優しい甘さ、そして卵の味わいがふんわりと広がる。

 なんだこれは!?

 ピュレは驚きから大きく瞼を開けて、もう一切れを口にするとライスを掻き込む。

 甘い卵焼きだけでライスがイケる。

 いや、いいや!イケるどころの話ではない。

 良く合っているのだ。

 エルディアのライスと言えばボソボソとした食感が基本で冷めたら乾いて纏まりなど無く、フォークですくうとポロポロと隙間から零れ落ちる。それがこのライスはもっちりとし、冷めているのにパサつかずに瑞々しい。

 淡白でありながらも噛めば噛むほど甘味が溢れて来る。

 これは美味い。

 本当にこれであの値段なのか?

 疑問を抱きながら瑞々しいプチトマトを噛み締める。

 プチッと口の中で弾け、トマトの酸味とほのかな甘み。

 これと言った特別な調味料や調理されたわけではない。

 そのまま入れただけだというのにそこらで買ったトマトより美味く感じる。

 鮮度が違うのか、それとも何か知らない調理が施されているのか?

 僕には美味いということ以外解らない事ばかりだ。

 

 さて、メインディッシュに参ろうか。

 一口大に切られた肉と野菜類が炒められた炒め物(野菜炒め)

 ここまでが凄かっただけに期待はしない方がいい………と、想いながらも何処か期待してしまっている自分が居る。

 期待半々で口にすると入った瞬間に裏切られる事は無かったと確信した。

 甘くも辛い濃厚なタレ。

 これだけでもライスに合うのは明白。

 噛み締めれば肉は焼かれているのに固くなり過ぎずに程よく固く柔らかい。

 キャベツにもやしは水気が出た事と、出来てから時間が経ったことでべちゃべちゃしているが、逆にその食感が何故か懐かしく感じて良い。

 この野菜炒めは美味過ぎる。

 一口含むたびにぺろりとライスが減っていき、いつの間にか手元には空箱しか残ってはいなかった。

 

 「美味かったじゃろ」

 

 隣にいた事など食べていて忘れていた爺さんに驚きながら、大きく何度も頷いてしまう。

 嬉しそうに笑う爺さん。

 なんだかホッとしてしまう。

 安らぎさえ感じていると爺さんがポツリと口を開き呟いた。

 

 「先ほどやり甲斐がどうとか言っておったが、これを生き甲斐にするのも良いんじゃないか?」

 

 これ(弁当)を生き甲斐に?

 首を傾げながら爺さんを見つめる。

 

 「なんでも良いから目標さえ決めてしまえば人は頑張れるじゃろ」

 「そう言うものですかね?」

 「そういうもんじゃて。大層なもんでも些細なもんでも生き甲斐さえあれば変わるて」

 

 それも良いかも知れないな。

 どうせ情熱のままに仕事が出来ないと腐るよりは、その方が気持ちを切り替えて仕事が出来るだろう。

 軽い気持ち…否、ヤケクソだったのかも知れないが、僕は言われるがままに明日の昼食(弁当)の為にその日その日の仕事を励んだ。

 可笑しな話だが、今までの情熱を否定される出来事や押し付けの様な仕事を任されても今までの様に腐らず、しっかりと仕事を熟せるようになったのだ。

 考え方ひとつで変わると聞いた事があったが、こうも変わるとは思いもしなかった。

 昨日のレベニラ炒めは妙に癖になる美味さがあった。

 今日のミートボールは他の店で食べたのよりタレがさっぱりとした甘さに、しっとりとした食感が良かった。

 明日の弁当は何が入っているのだろうか。

 楽しみで仕方がない。

 

 そんな日々を過ごしていたある日、今日は何だろうとホクホクとした気持ちで弁当箱を開いていると、ロイさんが怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。

 どうしたのだろうと聞いてみると最近美味そうに食べる弁当が気になっていたという事。

 僕は弁当箱の中身を見せると感嘆の声を漏らした。

 今日の弁当はアスパラとコーンのバター炒めにブロッコリーの塩ゆで、焼き魚に薄い紙の様な茶色いナニカを巻いた物(昆布締め)

 ロイさんに少し躊躇ったけど焼き魚の昆布締めが二切れあったので一切れを渡した。

 それを口にしたロイさんは大きく目を見開いて驚愕の表情を向けたまま膠着した。

 

 「美味過ぎるな。うちのより美味いんじゃないか?」

 「そんな事言ったら奥さんに怒られますよ」

 「いやいや、冗談でなくてだ。これどうしたんだ?」

 

 肩を揺さぶられながら問い詰められ、詳しい場所は言わずに軽く話をすると、ロイさんからその話を記事として書かないかと言われたのだ。

 どうやら載せる筈だった取材内容が遅れて数日の空きが出来てしまい、多くがその穴埋めに何でもいいから掲載しようとしているらしい。

 それならば例の青年に話を通さねばならないと急ぎ、あの爺さんの下へと走った。

 勿論弁当を食べながら。

 

 そうして僕の記者としての生活は一変した。

 爺さんを通して青年と何とか話を通し、名前と場所を書かないという約束の下で料理名や店の話を記事として掲載。

 反応は予想以上に上々で部長より店名掲載を求められたが断固拒否。

 すると代わりに反響の大きさから料理系の記事を頼むと頼まれ“今日の一品”というタイトルで料理レシピと感想を掲載することに。

 最初は社内の料理上手に手伝って貰っていたが、途中より一般から公募して貰い、実際に作って食べて良かったら載せるという形式に変更。

 社にはハガキが殺到し、オリジナルレシピを含めた料理が集まった。

 週一掲載の予定が毎日掲載となって僕の夕食はハガキのレシピ検証の為に費やされ、翌日にはメモった感想を片手に記事を書き上げた。

 あまりの好評ぶりに掲載記事をまとめたレシピ本を販売する話まで持ち上がるほどだ。

 入社した時と描いた未来は違ったが、これはこれでやり甲斐がある。

 思い返しながら“青空食堂”の弁当の蓋を開くと、クスリと笑みが漏れた。

 今日は思い出深いあの野菜炒めだった。

 

 「ピュレさん。お客さんですよ」

 

 さぁ、食べようとフォークを手にしたところで、同僚にそう言われて僕はまたリーブス商会かなと顔を顰めてしまった。

 あの記事を書いて以来「あの店は何処だ!」とか「料理人を教えろ!」など半ば強引に聞き出そうとしてくるのだ。

 それは出来ない相談だ。

 もし教えてしまったら僕の弁当分が無くなって……コホン、交した約束を破ってしまう。

 

 「お断りしてくれないか」

 

 会ったとしても僕の考えは変わらないし、向こうの出方も変わらない。

 不毛に時間を割くぐらいなら食事に集中したい。

 そう思って言うとおろおろと焦り、眉をハの字に歪めた。

 

 「どうしたんだ?」

 「それが…その…相手がレイスと名乗っているんですよ」

 「レイス?レイスってあの貴族の?」

 「はい、フリーダ・レイスって」

 

 どういう用件だろう。

 理由はなぞだがどうやら僕はあの店に…あの弁当によって楽しく仕事が出来るようだ。

 運命と表現したくなる出会いに感謝しつつ、椅子に掛けていた上着を着ながらピュレは蓋をした弁当箱片手に急ぐのであった。




●現在公開可能な情報
 
・青空食堂
 ニコロの料理研究のし過ぎにより生まれた弁当屋。
 売る為に作っているのではないので、弁当の種類は三つから四つ存在する。
 中身も練習がてら作った物から試作や改良を加えたものなどまばら。
 値段が安いのは売り上げは販売員の給金分だけで、材料はリーブス商会より降ろして貰っている為である。

 ちなみに浮浪児に売らせるとの案はファーランから得たもので、これを知ったフリーダ・レイスによって事業として広められる事になる。

 

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