進撃の飯屋   作:チェリオ

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 すみません。
 一度投稿したものの内容が気に入らず書き直して遅くなりました。 


第50食 ラスク

 ナイル・ドーク。

 王の盾と言われる憲兵団団長を務めている人物で調査兵団団長エルヴィン・スミスとは同期。

 入団前はエルヴィンと同じく調査兵団へ入団するつもりであったが、行きつけの酒場で惚れたマリーと結婚する為に調査兵団に比べて安全で内地勤務の憲兵団を選んだ。

 今はウォール・ローゼ東区のストヘス区に家を持ち、妻マリーと家庭を持って二人の子供を授かっている。

 地位があり、家庭を持つ彼は自宅とも憲兵団本拠地とも離れたトロスト区に訪れていた。

 

 事の発端は四日ほど前に遡る。

 家族の為に働き、憲兵団団長としての務めと職務を全うする彼は中々自宅に帰れず、単身赴任の状態が長い間続いていた。

 久方ぶりに帰ってみると愛しい妻と我が子達に囲まれ、安らぐ一時を過ごす。

 その中でマリーよりラスクの話を聞いたのだ。

 

 ナイルにとってラスクは幼かった頃に食べていた大好きだったお菓子だ。

 食パンのみみ(外皮)を切り取り、油を塗ったらオーブンでカリッカリに焼き上げて、砂糖を振るった簡単なもの。

 噛めばザクッとしたスナックっぽい食感がして、中よりギトギトとした油のしつこさと雑な甘さが広がる。

 子供だった頃はその油っこさと甘さが好きだったが、歳を重ねるごとに口にする事がなくなり、今では懐かしさすら思うお菓子である。

 マリーによるとトロスト区に拠点を持つリーブス商会関連の小店舗が、ウォール・ローゼにも出来たらしくてそこでラスクを販売しているらしい。

 まだ食べた事は無いが付き合いのある奥様方からの評判は良く、値段もそこそこ安いので手が出しやすいとのこと。

 そんなに言うのであればと買いに行くも売り出したばかりと言うのもあって人気が殺到。

 すぐに売り切れて買えなかったとか。

 

 その話を聞いて思ったのだ。

 仕事ばかりに構って家庭を妻に任せきりにしていたのだ。

 妻の些細な願いを叶えてやるぐらいしなくてどうする…と。

 いや、そんな想いではないな。

 良い所を見せたかったのか、妻の笑顔を見たかったのか。

 どちらか…否、どちらもだろうな。

 

 なんにせよ買って来ようと決意した翌日。

 休憩時間を使って買いに行くも長蛇の列が出来ていて、買えないどころか昼飯を食べ損ねてしまった…。

 行動に出て二日目は休憩時間をいつもより早くとった。

 これで人も少ないうちに行けるだろうと出てみればすでに列が出来ているという…。

 三日目になるとどうすればいいのかと頭を抱えて悩み始める。

 何とか手がないかと憲兵団団長の権力にものを言わせるかとまで考え始めたころ、会議でエルヴィンに出くわした。

 エルヴィンは調査兵団の団長と言う事でリーブス商会とも縁があった筈だと思い、何とか都合できないかと諦め半分で聞いてみる。困った様子で聞いていたエルヴィンだったが、話を聞いている内に何かを考え込み始めた。

 長考していると大きく頷いて“誰にも教えない”事を条件にリーブス商会がラスクを販売する要因になった店を教えると口にしたのだ。

 それはありがたいと礼を言い、口で説明された場所に四日目の今日になって向かっているのだが…。

 

 見渡せばどう見ても飲食店があるようには見えない薄暗い路地裏。

 説明も簡易でどれがその店なのかまったくわからない。

 そして一番理解出来ないのは「迷ったら目付きの悪い黒猫に道を聞け」という謎めいた言葉。

 何かの冗談か何かかと思いきや、実際に見かけた目付きの悪い猫に店の名前を言って、場所を問うと顎でついて来いと示しながらスタスタと歩き出す。

 

 本当に案内してくれているのかと不安感を抱きながらついて行く。

 馬鹿なと思いつつも付いて行くと周りとは雰囲気の異なる店の前で、立ち止まり顎をここだと言わんばかりに示す。

 店構えもエルヴィンが言っていた通りなので、多少安心しつつ扉を開ける。

 小さな鐘の音がお客の来訪を店内に知らせ、「いらっしゃいませ」と声を掛けられる。

 清潔感のある店内に好感を持てた。

 なにせ路地裏にあるような店だ。

 床が腐りかけていても驚く事は無かったろう。

 今日も早めの休憩時間に出て来たので店内は空いており、料理人に声を掛けやすいようにカウンター席に腰かける。

 すると伝え聞いていたおしぼりと水のサービスを受け、これも本当だったのかと感心すると同時に疑ってしまった同期に心の中だけで謝罪しておく。

 

 「メニュー表をどうz――」

 「いや、エルヴィンに勧められたナイル・ドークという者だ」

 「承っております。少々お待ちくださいね」

 

 そう言って総司は奥へと引っ込む。

 待っている間に水に口を付けながら店内をそっと眺める。

 清潔感のある店内に過度な装飾は施していない。

 店員は愛想を振りまく―――とまではいかないでも、不愛想な表情でも客に失礼のないように応対しているようだった。

 中々良い店のようだ。

 こんな店が憲兵団近くに合ったら良いのにと笑みを零していると、奥より総司が小さな袋を手にして戻ってきた。

 

 「ラスクのお持ち帰りでしたね。どうぞこちらを試食してみて下さい」

 

 差し出された小袋には幼かった頃の記憶にあるパンの耳ではなく、楕円形にスライスされてあるラスクが収まっていた。

 これがここのラスクかと思いつつ、何気なく一つを食べた。

 噛み締めればザクリと香ばしい食感が音を立て、見た目は異なってはいたが懐かしさが口に広がった。

 外皮は硬く、内相はさっくりと軽やか。

 浸み込んださっぱりとした油分と一緒にまろやかな糖分が溶けだす。

 味も食感も洗礼されており、母が作ったのとは天と地ほどの差があるが、そこには変わらず母が作った物と同じラスクらしさ(・・・・・・)があった。

 

 「なるほど…これは美味しいな。リーブス商会でも人気になる筈だ」

 

 この店が要因というのはこの店―――食事処ナオで総司がイザベルの賄いにデザートとして出していたところを見られた事だ。

 美味そうなので一つ貰うとその美味さから売れると判断して、店頭販売に踏み切ったとのこと。

 嬉しそうに笑みを向ける妻を想像して頬を緩ませる。

 お金を払って帰ろうかと財布に手を伸ばすも、このままここで昼食をとっても良いかと思う。

 悩んでいると総司が一つ提案を口にする。

 

 「少し時間は掛かりますがチョコラスクというのもありますが、それもお持ち帰りいたしますか?」

 

 聞いた事の無いラスクに興味がわく。

 表情で察したのか「試食用に」と簡単なものを作ってくれるらしい。

 外皮の硬そうな長いパン(フランスパンのバタール)をスライスし、温めた牛乳とチョコレートと言う黒い板を溶かしたものを混ぜて漬ける。中まで黒みが浸み込むとそれをシートに並べてオーブンへ。

 数も少ないのですぐ出来、完成版ではないらしいが一つ摘まんだ。

 アツアツだが食感は香ばしく、シュガーと違ってしっとりとしている。

 味わえば甘くもあり、苦くもあるという不思議な味と、深みのあるコクが口いっぱいに広がる。

 新しい味わいに目を見開いて驚く。

 

 「これは初めての味だ。これもお持ち帰りで頼むよ」

 「お持ち帰り分の個数を作るので先ほどより時間が掛かりますが、その間に何か食べられますか?」

 

 そうしよう。

 と、なるとメニュー表が必要になる。

 先ほど断ったがメニュー表を貰おうと口を開く前に、総司が先に気になる言葉を発する。 

 

 「ラスクと言えばお酒に合うつまみものも三種類ほど作れますが」

 「酒に合うラスク?」

 

 ラスクと言えばお菓子のイメージだったナイルは怪訝そうな顔をする。

 まぁ、飲めない事もないだろうけどどうしてもイメージが邪魔して、お菓子として自分は食べてしまいそうだ。

 酒に合うラスク…。

 気になる。

 腕を組んで悩む。

 それは酒に合うというラスクだけでなく、酒と言う点も含めてだ。

 この時間から酒か…。

 休憩時間に出てきたのでこの後は本部に戻って仕事をしなければならない。

 アルコールを入れるのは非常に不味い。が、エルヴィンは美味しい酒類もかなりの数あると言っており、多少なりとも酒をたしなむ者としては気になるところだ。

 酔い潰れなければ良い…そうだ。一杯二杯ぐらいなら問題ないだろう。

 少し言い訳っぽいがとりあえずつまみのラスク三種類とワインを注文する。

 畏まりましたと返事をした総司はフライパンを取り出した。

 ラスクと言えばオーブンで焼くものと思っていたがフライパンで作るのかと覗き込む。

 総司が調理の用意を始めるとワイングラスが店員によって置かれ、赤ワインが注がれて芳醇な香りが漂う。

 中々良さそうなワインだなと思いながら、視線をフライパンへと戻す。

 さっとオリーブオイルで垂らすとスライスしたガーリックと擦り下ろしたガーリックの二種類を放り込んだ。

 パチパチと油が跳ねる中、ガーリックスライスが焼かれて香りを放つ。

 なんとも言えない食欲をそそる強い香りが店内に広がる。

 そんなフライパンにバターを加えて溶かすと、先ほどのラスクにも使ったであろう長いパンをスライスして置いて行く。

 数分間焼き揚がる音とガーリックの香りに責められ、空腹感が増長する。

 トングでパンが挟まれた時は出来たのかと表情にだし、ただひっくり返すだけだったという動作にぬか喜びしてしまった。

 もう暫し待つと両面がカリッカリに焼かれたラスクが皿に盛られ、粉上のパセリが軽く撒かれると目の前のカウンターへと差し出される。

 

 「お待たせしました。ガーリックラスクです」

 

 拷問の様な数分間を過ごしたナイルは早速と言わんばかりに手を伸ばす。

 同様に香りと音に責められた他の客の視線も自然とナイルへと集中する。

 ザクリと香ばしい音を奏でるとオリーブオイルとバターの混ざった味わいに、それらを掻き消すようなガツンと来るガーリックの風味。そしてパセリが良い味を出している。

 この濃い味わいが酒に合わない筈がない。

 ワインの香りを楽しんで少量含む。

 路地裏の店だというのにしっかりと葡萄の風味がしっかりしている。

 若くて安い渋めの未熟性ワインを水で薄めたものかと思ったが、これは水で薄めずとも飲めるし美味い。

 エルヴィンが言う通り良い店だなここは。

 コクリと含んだワインを呑み込むとふと手にしていたガーリックラスクに視線を落とす。

 普段は臭いが気になって食べる事が出来ないガーリック系。

 …帰ったらしっかり歯を磨こう。

 後の事を考えて少しの後悔と美味さに満足げに舌鼓を打つ。

 あまりの美味さに酒もラスクも食べるペースが上がる。

 気が付いた時には伸ばした手がある筈の無いラスクを摘まもうとして空ぶった。

 同じものを注文するかと思っていると丁度良く次のラスクが置かれた。

 

 表面が黄色みがかったラスク。

 目の前から漂う独特の香りからこれが何なのか聞くまでもない。

 

 「次はチーズラスクです」

 

 やはりそうかと笑みを漏らし、摘まんで齧り付く。

 齧り付けば表面でカリッと焼きついたチーズの層があり、スナック感覚のラスクとは違った香ばしさがありながら、薄っすらとしっとりしている。

 噛み締めればチーズの濃厚な味わいと匂いが広がり、これと共にワインを口にすればチーズ特有のなめらかさが加わり、チーズの匂いがワインを欲せさせる。

 赤ワインにチーズと言うのは在り来たりな組み合わせであるが、まず外す事は無い。

 これはワインが進む。

 思った以上にワインを口にしてしまった後悔も加わりながらも、チーズラスクが止めさせてはくれない。

 そしてまたも無くなった頃に三つ目のラスクが置かれたのだが、こればかりは何なのか解らない。

 

 「タラソースのラスクです」

 

 “たらソース”?

 たらとは何だと言う疑問と初めて見るピンク色の食べ物に不安感を覚える。

 食べ物の色とはだいたい決まっており、明るい黄緑や黄色などは限られてくる。が、限られるという事は少なくとも存在はする。しかしピンク色と言うのは見た事がない。

 何なのだろうかと悩みつつもガブリと齧り付く。

 ザクザクとした食感はラスクのもの。

 味わえば少々ざらついたソースが舌の上を撫でる。

 なんだこれは?

 しっかりと味わうとほのかな酸味に塩気、それと舌にピリリと来る辛味。

 薄っすらとだが生っぽさもあるが癖になる風味だ。

 酒のつまみとして申し分なく美味い。

 ワインもどんどん進む。

 二枚ほど食べてもソースが何かわからない。

 ここ独自のソースか何かなのだろうと納得してワインを含む。

 

 …エルディア内では独自と言うかここだけと言うべきだ。

 なにせ三種類目のラスクに塗ってあったのはたらこのソース。

 海で育つ海水魚を知っている訳も、その卵を使う事もないのだから。

 

 分からなくとも美味しいのは確か。

 ラスクとワインと話はさらに続く続く続く。

 

 全部食べきった頃にはワインのボトルも空になっており、ほろ酔い気分が回って来ていた。

 この後、仕事があるんだが大丈夫だろうかと悩むが、飲んでしまったものは仕方がない。

 ピクシス司令も仕事中でもいつも飲んでいるから、それに比べたら可愛いものだろう。

 苦笑いを浮かべながら自分に言い訳をして、お土産分のラスクもオーブンより取り出されたようだったので、帰り支度をしようと財布に手を伸ばし―――ナイルはそのまま膠着する。

 ミルクチョコをその身に浸し、カリッカリに焼き上がったチョコラスクが鉄板上で隊列を組んでいる。

 熱気を放つ彼らの熱が粗方引くと、溶かしたチョコレートをスプーンですくってその上へと運ぶ。

 タラリとチョコレートがラスクへ向かって垂れ、表面を艶やかなチョコでコーティングしていく。

 

 「そ、それは?」

 

 動揺までも口から漏れ、慌てて手で覆うがもう出た者は戻らない。

 総司はまったく気にする様子を見せずに微笑みながら答える。

 

 「先ほどのチョコラスクですよ」

 

 そう言われて味見様の簡易版と言われたのを思い出した。

 中に沁み込んだだけでアレだけ美味かったのだ。

 それがコーティングするように塗り固められたチョコレート。

 味が気になって仕方がない。

 

 上がりかけた腰が動かないと言わんばかりに動かず、ナイルはチョコラスクを注文して、その場で味わってしまい時間ギリギリの戻りとなってしまったのだ。

 その後、憲兵団本部に戻ったナイルがほのかに顔が赤らんでいた事から、周りが普段の真面目さから「酒を飲んだ」ではなく団長が風邪でも引かれたのではと心配そうにし、それが本当に申し訳なくて次からは絶対に仕事の合間に酒を入れないと固く誓うのであった。




●現在公開可能な情報

・ラスクの扱い
 食事処ナオにてラスクの扱いは非常に困ったものとなっている。
 元々総司の中ではお菓子でもあり、おつまみでもあったのでメニューに載せてなかった。
 が、ナイルの一件で注文されることが増えて観念しておつまみとデザートの両方に書くことに。
 そして注文されるたびにおつまみかお菓子かの論争がひっそりと繰り広げられるのであった。
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