進撃の飯屋   作:チェリオ

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第51食 スイーツ

 ミーナ・カロライナは満面の笑みを浮かべ、一人で(・・・)テーブル席を取っていた。

 食事処ナオのテーブル席は少なくて四人、多くて六人席があり、大概人が多くて一人で座れることはまずない。

 しかし時間帯さえ選べばその限りではない。

 例えばミーナが訪れた開店直後などが当てはまる。

 平日ならまだしも休日の午前九時から来る客は珍しい部類に入り、現在の店内はミーナの貸し切り状態となっていた。

 ゆえに一人でもテーブル席を占領出来たのだが、普段ならこんな時間に来る事もなく一人ならカウンター席に着く事も無かった。今日に限って早く訪れテーブル席を確保するだけの理由があったのだ。 

 すでに注文を済ませているミーナは、今日の為に行ってきた準備を思い返す。

 欲しい物を我慢してお金を貯め、“メモの人(イルゼ)”に声をかけて情報を得たり、無駄な飲食を控え、訓練ではいつも以上に身体を動かしてカロリー消費に努めた。

 厳しい一か月であった。

 しかしそれも今日で報われる。

 

 ムフフとニヤケ顔を浮かべたミーナの前に、注文した品々が次々と並ぶ。

 並んでいるのは食事処ナオのデザートコーナーに並ぶスイーツ類。

 食後のデザートではなく量からしてそれこそが腹を満たすと言わんばかりで、運んだマルセルは表情には出さなかったが軽い胸焼けを起こしていた。

 デザート類は他の料理に比べて量に対して値段が高い。

 それを複数頼めば合計金額は大きく膨れ上がる。

 同時に摂取するカロリーもとんでもない数値を記録するだろう。

 なので前もって身体に蓄積されていた脂肪分を減らし、大量のカロリーを摂取しても体型を維持できるように動き、こつこつとお金を貯めてきたのだ。

 努力の成果に得たスイーツ類を早速味わおうとフォークに手を伸ばす。

 まずは何処のケーキ屋に行っても置いてある定番のショートケーキ。

 一口分を切り取ろうと先を押し付けると、押し負けて潰れそうになるがふつりと入り込み、下まで一直線に切れた。

 食べる際に見慣れた光景ではあるものの、何処か懐かしく感じる。

 エルディアの食糧難は多少改善しているが、それは大量に生産される小麦や芋の供給量であって、他の食材はそれほど改善は見られない。だからそのしわ寄せとして店によって混ぜ物や代用品で誤魔化す料理が存在する。

 ショートケーキもその影響を受け、富裕層向けの高額な物でなければ当然と言わんばかりに混ぜ物や代用品が使われ、以前の様な味わいや質感を保っている物はない。

 だからこそ期待が膨らむ。

 切り取った一口分をハムっと頬張る。

 周りを覆うホイップクリームが濃厚な甘みを広がらせながら蕩け、包まれていたスポンジケーキのふんわりとした柔らかさが舌に触れる。

 これこれ、最近では滅多に食べれなくなった安定のショートケーキ。

 いや、昔食べた物より美味しいかも知れない。

 満面の笑みでショートケーキを味わっていく。

 甘味は幸せの味。

 それも上品で濃厚。

 この極上の甘さを味わっている時がまさに至福の時。

 しかも上に乗っているほのかに甘く、酸味を持った苺がホイップクリームの甘さに引き立てられて味が際立つと同時にまろやかな酸味へと変化する。

 

 満面の笑みを浮かべたままショートケーキを完食し、今度はホイップをメインに楽しもうと皿に二切れが乗っているロールケーキに視線を移す。

 食事処ナオのロールケーキは生地とクリームが渦巻き状になっているのではなく、ホイップクリームを生地が包み込んでいるもので、生地に対してホイップの比率が非常に高い。

 他に客はいないので人目を気にせず、切り分けずにガブリと齧り付く。

 ほんのりとした甘みを持ち、スポンジケーキのような柔らかさとしっとりとした食感を持つ生地を噛み締め、その先にある甘さ控えめで口当たり重視のなめらかかつ濃厚なホイップクリームが口内に雪崩れ込む。

 食感に味わいを楽しみつつ、唇についたクリームをペロッと舐め取る。

 ショートケーキにロールケーキとホイップクリームを使ったスイーツを続けて食べた結果、口の中が結構甘ったるくなってしまった。これは順番を間違えたかなと思い、頼んでおいたアイスコーヒーの苦みとコクで甘さを中和してリセットさせる。

 やはりデザート系には紅茶や珈琲がよく合うし、口を落ち着かせるのに丁度良い。

 

 途中途中に珈琲を挟みながらロールケーキを食べきったミーナは、甘い物続きだったので塩気が欲しくなった。

 塩気のあるデザート類と言えば塩饅頭やポテトチップスなどがあるが、和菓子はいろんなものを食べようと思ったら少々重く、ポテトチップスはよくお持ち帰りなどするので違う物を選びたい。

 そこで今日は気になっていたチョコレートポテトチップスを注文したのだ。

 芋を薄くスライスして油で揚げ、パリッとした食感と塩気が特徴的なポテトチップスを甘いチョコレートでコーティングする。

 どのような味でどんな食感なのだろうと気になっていた。

 器に盛られたチョコレートポテトチップに手を伸ばして、一枚摘まんでひょいっと口へと放り込む。

 食感はパリッとしながらもチョコレートで若干しっとりとし、味はチョコレートの深いあるコクと甘味、そして後から塩気が追って来るという不思議なものとなっていた。

 なんだコレ?

 妙な味わいに困惑しながらもその不思議さが癖になる。

 手軽に摘まめる気軽さもあって進むが、ここで問題が一つ。

 これに合う飲み物って何だ?

 チョコレートの甘さがあるから珈琲なのか、ポテトチップの油っぽさを緩和する炭酸系のジュースなのか非常に悩む。

 今度誰かに聞いてみるかと悩みつつ、今は目の前にあるアイスコーヒーで口を潤わす。

 

 三つ食べ終わり、一息ついてたミーナは残り二品を眺める。

 残りの二品は“メモの人”がオススメしてくれたスイーツなのでちょっと楽しみである。

 “メモの人”というのは食事処ナオの常連客である調査兵団の先輩女性兵士の事で、食事処ナオでは常連客はほぼ同じメニューしか頼まないので名前が分からなかったりすると料理名で呼べばだいたい反応してくれる。

 その流れなら“メモの人”ではなく“スパゲッティの人”になるのであろうが、あの人の場合はメモの方がどうしても印象に残ってしまい、“メモの人”になってしまってはいる。

 常連の間では理解されている呼び方だが、相手は選ばないといけない…。

 これを知った店員のイザベルがリヴァイ兵長の事を「だったらパウンドケーキの兄貴だね」と言ったのを容認されたのは彼女だからだ。もし他の人が言えば呼び方を聞いて爆笑して殴られたハンジさんみたいな目に合うだろう。

 

 さて、小休憩も挟んだことだし四つ目のスイーツを食べようか。

 四つ目のスイーツはエルディアには存在しない“モンブラン”。

 ケーキ類らしいのだが見た目は丸っこいカップケーキの上部に、茶色いスパゲッティを乗せたような感じ。

 多分だけどその見た目から注文したんだろうな“メモの人(スパゲッティの人)

 兎も角食べてみようとフォークを入れ、一口すくって口へ運ぶ。

 スパゲッティ状のモノは餡子とホイップクリームを混ぜたような、舌に纏わりつく様なねっとりと重みのあるクリームだった。

 甘過ぎず、まったりとした落ち着いた味わいと食感。

 けどその下の層にホイップクリームがあり、甘さとまろやかさが加わって強まった。さらに底にはスポンジケーキがあってまた味わいが変わる。

 これは面白いと同時に新しい。

 さすが“メモの人”。

 良く調べている。

 感心しながらモンブランも食べ終わり、最後のスイーツにフォークを向ける。

 チーズケーキでもチーズタルトでもなくバスク。

 あまり聞き覚えは無かったが、“メモの人”が推奨したスイーツなので楽しみにしていたのだ。

 どんなのだろうと思いつつ、フォークを入れるとショートケーキみたく圧力に屈して歪むことなくスーと切れた。

 切れの良さからフォークでなくてナイフを使ったかと疑って確認したが、やはりフォークであった。

 つまりそれだけ柔らかいという事。

 それを確かめるべく口に入れると溶けた。

 チーズケーキも柔らかいがケーキらしい食感がする。

 チーズタルトはまったりと滑らかではあるが、その分タルト生地が硬い。

 そしてバスクチーズケーキは噛む間もなく、舌が触れただけでトロリと崩れ、濃厚過ぎるチーズの風味が口内に充満させる。

 これは他の二つとも違ってまた美味しい。

 しっかりと味わっていると中に混ぜられたレモンの爽やかな味が、濃厚さだけで満たそうとするチーズの味わいをさっぱりさせて食べやすい。

 

 五品全て食べ終えたミーナは、最後にホットの珈琲を注文してゆっくりと時間を過ごす。

 熱いのでフー、フーと吹きかけて温度を下げて少しずつ飲む。

 ホッと落ち着きながら目線を挙げるとミカサと目が合った。

 いつの間に来たのだろうと言うかスイーツに夢中過ぎて周りを見てなかっただけか。

 挨拶も兼ねて頭を下げるとペコリと頭を下げると同様に返されたが、口と手は止める事は無く黙々と片隅で食べ続けている。

 あまりに無言で夢中で食べているので気になって来た。

 

 「何を食べているのミカサ?」

 

 食べていただけに少し悩み、口に加えてあったパンの半分を押し込んで数度噛んで飲み込む。

 

 「クイニーアマン食べてた」

 「あー、美味しいよねアレ」

 

 クイニーアマンはバターを練り込んだ生地を何度も織り込み、表面につけた砂糖類をカラメル状になるほど焼き上げた菓子パンだ。手軽に食べれる事から朝食メニューなどでよく食され、お持ち帰り品の中にも含まれている。

 中はデニッシュやクロワッサンの様にサクサクして、外はザクザクと言う香ばしい食感が楽しい。

 しかも外は甘く、中はバターの風味と多少の塩気があるという味の変化も味わえるようになっている。

 美味しいが別段この日に食べる理由はない。

 ミーナが何時でも食べれると興味を失ったのを察したミカサは、ムッとしながら口を開く。

 

 「違う。これは新商品(・・・)

 

 限定の言葉に固まった。

 “メモの人”に情報を貰ったが“メモの人”も全部食べた訳ではなく、他の人から情報収集していなかっただけに新商品が出ていた事に気付けなかった。

 それにクイニーアマンは知っていただけに注意していなかった…。

 自らの迂闊さを悔やみながらミカサが齧っているクイニーアマンを見つめると、齧った事で見えた断面にはクリームらしきナニカが見えた。

 

 「これはクリーム?」

 「クイニーアマンを上下に分けて、間にカスタードプリンを挟んでいる」

 「プリン!?」

 

 山の様に重ねられているクイニーアマンのミカサは指差した。

 ミカサが好きなプリンを使ったスイーツ。

 この美味しさを共有したいという気持ちが多少はあったミカサは一つならと食べるように勧める。

 取りに行っても良いのだが、非常に気になっている事もありお言葉に甘えて一つ手に取り、ガブリと齧り付いた。

 砂糖をカラメル状にしただけでなく蜂蜜も混ぜられ、ザクリと歯応えと同時に濃厚な甘さが広がる。

 甘過ぎると脳内が訴えかけると同時に中のカスタードプリンが滑らかな舌触りを感じさせながら、濃厚な甘さを包んで程よい甘さに押さえていく。

 濃厚な甘さから程よい甘さとカスタードとバターの風味が合わさったへと風味へと一変する。

 この味の変化は驚くと共にこの強弱は味覚を強く刺激する。

 しかもクリームではなくプリンなので齧り付いても口周りにべったりと付くことも、軽く押しただけで漏れ出してくる恐れもない。人目を気にせず食べれる当たり気持ちが楽だ。

 

 「―――ッ!私もクイニーアマン注文します!!」

 

 こんなものを知ってちゃんと食べずに帰ったら悶々としてしまう。

 クイニーアマンinカスタードプリンを注文し、同時にお持ち帰り用の箱を購入する。

 懐にも胃にも予定外の負担が掛かり後悔が圧し掛かるが、満足そうに帰っていくのであった。




●現在公開可能な情報

・“メモの人”
 食事中も移動中もメモとペンを持ち、書き続けているので周りからの認識もそうなってしまっている。
 結果、調査兵団活動中に常連より“メモの人だ”と呼ばれ、現在調査兵団内で“メモの人”で浸透中。
 
 さすがに“パウンドケーキの兄貴”と呼ぶ者は居なかった…。

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