進撃の飯屋   作:チェリオ

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第05食 ジャガイモの餃子にかぼちゃのスープ

 仕事っていうのは面倒だ。

 イザベル・マグノリアは大きなため息を吐き出しながらそう思う。

 彼女は以前王都の下に広がる無法地帯“地下街”の出身者であり、有名な不良グループの一員として中央憲兵ともやり合った名の知れたゴロツキである。

 前は地下街で権力者である地下商人などを相手に好き勝手していた彼女だが、今では地上で真っ当な暮らしを行っている。

 と、言うのもイザベルが所属していたグループのリーダーで、信頼の置ける兄貴分のリヴァイが調査兵団に捕えられ、憲兵団に引き渡されるか調査兵団に入団するかの二択で後者を選び地上に出て来たから付いてきたのだ。

 本来なら地上での居住権を持たぬイザベルは居てもすぐに強制送還される筈なのだが、リヴァイをスカウト目的で捕らえた(名目上は地下街の犯罪者の逮捕)エルヴィン・スミスがリヴァイが入るならと口利きをしてくれたのだ。

 なので以前グループに所属していた連中は全員地上で暮らしている。

 イザベルもグループの副リーダーをしていたファーラン・チャーチと二人で暮らしている。

 そこで彼女とファーランは何でも屋というか清掃を主な仕事にして日々の食い扶持を稼いでいる。

 昔のような強奪の方が楽ではあるが、調査兵団で働いているリヴァイに迷惑が掛からぬように出来るだけ真っ当な仕事に変更したのだ。

 清掃の仕事は潔癖症のリヴァイから叩き込まれており腕は良い。

 良いのだがまず清掃を頼んでくる相手はそれほど裕福な相手と限られる上に、元地下街のゴロツキと知られれば仕事を頼む相手が激減するのでほとんど何でも屋の仕事の方が多い。

 肩を竦めて僅かなお金の入った袋を懐の奥に仕舞いため息を漏らす。

 

 最近は悪い事が多い。

 調査兵団に入ったリヴァイの兄貴とは中々会えないし、自分が縄張りにしている辺りに一匹の黒猫が現れ、我が物顔で歩いている。

 何度も捕まえようとするも見事に避けられ、昨日なんか疲れたところを背後からタックルされ、勝ち逃げを許してしまい、連敗記録がまた増えた。

 

 「おや、君は…」

 

 再びため息を漏らそうとしていたイザベルは声をかけられ、眉を潜めながら振り返るとそこには件の猫の飼い主と思われる青年が立って居た。

 買い物の帰りなのか袋には大量の食材が詰め込まれてあった。

 

 「確か裏路地で飯屋をやっている変わり者」

 「あ~、そういう風に見られていたんですね」

 

 困った笑みを漏らした青年は頬をポリポリと掻く。

 今日は碌な稼ぎもさることながら客がまた最悪だったので機嫌が悪い。

 今だったらそこら辺の見知らぬ者にまで当たり散らしそうだ。

 下手な騒ぎを起こす前に帰ろうとしたイザベルを青年は―――総司は呼び止めた。

 

 「いつもナオさんと遊んでくれてありがとうございますね」

 「はぁ!?」

 

 遊んでいたつもりなどない。

 アレは縄張り争いをしていただけでそんな意図は全くない。

 驚きの余り小さく声が漏れたが総司は気付いていない。

 

 「もう昼時ですが昼食は食べられましたか?」

 「いんや、これから帰って食べるつもりだけど」

 「ならナオさんを構ってくれたお礼に作りましょうか?」

 「え!良いのか」

 「勿論ですよ。ナオさんって遊ぶ相手がまったく居ないので、貴方のような友達(・・)が出来たというのは嬉しいんですよ」

 

 総司は「子を持った父親はこんな思いをするんですかね」などと笑いながら喋るが、イザベルは心の中でしめしめと嗤う。

 家に帰ったとしても今日はファーランが帰って来ないのでパンを食べるか干し肉を齧るかだったのが、勘違いから美味しい物が食べれそうで頬が緩む。

 裏路地でやっていると言っても料理人の端くれだし、不味いことは無いだろう。

 

 「じゃあ近いし家行こうか」

 「店でなくて宜しいので」

 「――ッ!?家にしよう。家に!」

 

 店に行けばあの猫に出くわすだろう。

 それだけは避けたい。

 一瞬だけだけど難色を示した総司であったが、良いのであればと付いてきた。

 家はいつリヴァイの兄貴が帰って来ても良いように掃除を怠ってない。

 その事を褒められ良い気になっている間に総司は調理器具や家にある食材を確認していた。

 

 「もしかしてですが……普段ジャガイモを蒸すか、パンと干し肉をそのまま食べてないですか」

 「お!よく分かったなぁ」

 

 調理器具を確認している筈なのに自分達が何を食べているかを言い当てられて驚く。

 ここはファーランとの二人暮らしだけど、読書が趣味のファーランは作る間があれば本を読んでいるし、俺は面倒臭いのでやっていない。なので食事の時はパンと干し肉か、気が向いたら蒸し器で芋を蒸す。もしくは外食しかない。

 見たところ蒸し器しか使っていない様子を察した総司は苦笑いを浮かべ、必要な器具を台に並べていく。

 

 「干し肉一枚にジャガイモを何個か使いますね」

 「はぁ?そんだけでなに作れるんだ?」

 「さすがにこの二点では難しいので私の方から南瓜と玉葱、それから小麦などを出そうかと」

 「ふ~ん。で、なに作るんだ?」

 「かぼちゃのスープにジャガイモの餃子にしようかなと思います」

 

 待っているだけというのも暇だし、少し興味が湧いたので横で眺めようとイザベルがすすすっと総司の横に並ぶ。

 薪に火をつけて鉄板を温めている間に、南瓜を割って中のワタと種を取り出し、皮を身から切り取って行く。

 湯を沸かそうと水を入れたポットを鉄板の上に置き、次に蒸し器に芋を数個入れて蒸し始め、玉葱の皮を剥くとあっと言う間にスライスにする。

 驚くほどの手際の良さとその速さに小さく声を漏らしてしまった。

 

 「凄いなお前!」

 「一応料理人ですからね私」

 「それでも凄いって。リヴァイの兄貴がアイツらを捌く(・・・・・・・)ぐらい早いんじゃね」

 「………何を―――っというのは聞かない方が良いのでしょうね」

 

 会話を挟みつつも手は止まらず、見る見るうちに食材が形を変えいく。

 鍋にバターとスライスしたタマネギを入れ、タマネギの色が変わるまで炒めたら、細かく刻んだ干し肉とかぼちゃを入れてお湯を注いで煮込む。

 煮込んでかぼちゃが柔らかくなるまでに、ボウルに薄力粉と強力粉を混ぜてよく捏ねると小さく分け、丸め、薄く伸ばして円形に広がる皮を何枚も作る。

 かぼちゃが柔らかくなると形を残さないように混ぜてから、牛乳を加えてまた煮込む。

 そうしていたらジャガイモが蒸され、まだアツアツの内に皮を剥いて身を磨り潰す。

 味付けはコショウだけでシンプルに済ませ、それらを小分けにして先ほどの皮で一つ一つ包んで、フライパンで焼き始める。

 

 じゅわ~と焼き音が広がり、スープから空腹感を擽る匂いが漂い始める。

 

 「早く食おうぜ!」

 「もう少しお待ちを」

 「え~…」

 「では、スープ用の皿や大皿、パンの準備をお願いしても」

 「おう、任せろ」

 

 大皿とスープ用の皿を渡すと机の方にパンを載せた皿を二枚置いて席に座り、まだかまだかと視線を向ける。

 スープを注ぎ、大皿に餃子を乗せると落とさないように一つずつ運んできた。

 

 まるで魔法みたいだ。

 家に置いてあったジャガイモに干し肉と、アイツが持っていたカボチャやタマネギなど見慣れた食材でどうしてこんな料理が出来るのだろう。

 いつもと変わらぬ自分達の家なのに一品一品が机に並べられるたびに場が華やいで見える。

 美味しそうな匂いが空腹感を誘い、腹の虫が鳴き始め、クスリと小さく笑われたのを感じて抗議の視線を向ける。

 

 「今笑ったろ!」

 「申し訳ありません。あまりに素直に主張されたもので…つい」

 

 恥ずかしさから顔が赤くなっているのを自身の体温から感じ取り、隠すようにそっぽを向く。

 身体の主の意志に反してまた腹の音が響いた。

 

 「そ、それよりもう食べて良いんだよな」

 「勿論ですよ」

 

 その言葉をきっかけにイザベルはスプーンを握り締めてまずはスープを口に含んだ。

 滑らかなスープがトロリと舌上で踊り、ふわりと優しいかぼちゃの風味が口いっぱいに広がった。

 これは何だろう?

 菓子の甘さとは違うほのかな甘さ。

 かぼちゃやミルクは勿論だが、バターの風味に良く炒めたタマネギの甘みが十分に活かされた結果だが、イザベルは深く考える事無く、このスープが凄く美味いという事だけが重要であった。

 スプーンで何度もすくって飲むのがまどろっこしく、皿を持ち上げて口を付けて啜り始めた。

 先ほど以上に口いっぱいに広がった味が消え去る前に、皿を置いてパンを握り齧りつく。

 いつのもぼそぼそとした固いパンだがどうしてだろうかいつも以上に美味しく感じる。

 文字通りがっつくように喰らい付いているとパンが気管に入り込み、盛大に咽てしまった。

 

 「大丈夫ですか?お水いりますか?」

 「ゲホッ、ゴホッ………ん」

 

 差し出されたコップの水を一気に飲み干して、引っ掛かったパンの流し込み、大きく息を吐き出した。

 これはすんごく美味しいけれど危険だな。

 気付けばスープのほとんどが消え去った皿に残り二口ほどのパンを見てイザベルはそう判断し、今度はゆっくり味わって食べようとスプーンを手にする。

 

 「おかわりありますけどどうされますか?」

 「いる!」

 

 間を開ける事無く返事をされ、嬉しそうに笑みを浮かべる総司はイザベラの皿を持って鍋へと向かう。

 注ぎに行ったのを待つ間、イザベルは総司が作ったもう一品の料理に注目する。

 あまり気にしては居なかったがこの料理(餃子)は何なんだろう。

 ぺリメニという料理に似ているが、アレに比べて薄く痩せて見える。

 

 「ま、食べれば分かるか」

 

 食べれば分かる。

 深く考える必要も無いだろう。

 手掴みで一つ口の中に放り込み噛み締めた。

 薄い皮がパリッと心地よい音を立てて裂け、中よりピリッとコショウを効かせたジャガイモがほろりと零れ出た。

 もちっとしたぺリメリと違った触感に目を見開き、ピリリとしたコショウの風味を後から広がるジャガイモのまろやかな甘みが包み込んで程よい味わいに変わる。

 

 「うまっ!?」

 「お口に合ったようで何よりです……ってもう聞こえてませんね」

 

 アイツが何か言っているようだけどもう聞く余裕がない。

 手が止まらないのだ。

 一個と言わずに二個、三個と頬が膨らむほど放り込んで噛み締める。

 つい先ほどゆっくり味わって食べようと考えていた事すら忘れてただただ貪り食う様子に、やはり総司は満足げに眺めていた。

 総司は店で客に感想を聞くことは無い。

 聞いて変な気遣いされるのも、させるのも気が引ける上に、お客はただ食事をしてきているのにわざわざ聞いて邪魔をするのは悪い気がするからだ。

 だからこそ口に出して伝えてくれる人は素直に嬉しいのだ。

 イザベルのように表情と行動で美味しいと言ってくれるのは非常に嬉しくなる。

 おかわりのスープとパンを置くと、再び皿に口を付けて飲み、パンに食らいつき、また餃子を放り込むを繰り返す。

 ガツガツと周りを気にすることなく食い切ったイザベルは満足そうに椅子の背もたれに身体を預けた。

 

 「もうお腹いっぱい」

 

 少し膨れた腹を撫でながら一息ついていると総司が空いた皿を持ち、流し場へと運んで洗い始める。

 飯が作られ、美味しく頂き、片付けまでしてくれるとは致せり尽くせりじゃないか。

 

 「本当に美味しかったよ」

 「ありがとうございます」

 「これだけ美味かったら店も繁盛してるんだろな」

 「いえ、それが…」

 

 口篭もった様子に疑問を浮かべて視線を向けるが、総司は洗い物の途中で背中しか窺えない。

 少しの間が重く感じるからには何かあったなと当たりを付けるが、それを聞くべきか聞かざるべきかは大いに悩む。

 これがリヴァイの兄貴やファーランならば自然に聞き出して何かアドバイスできたかも知れないが、自分がそう言った事に向いてないのはよく理解している。

 

 「何と申しましょうか。私が仕入れている商品が安すぎて店が潰れるかも知れないのです」

 「はぁ?安くて潰れるって値下げのし過ぎってことか?」

 「いえ、原価が安くて料理の一品一品が他の店より格段に安くなりまして」

 「それって良い事じゃね?」

 

 他の店より安くて美味しいのなら客は集まり、それで成り立っているなら潰れることは無いじゃないかと口を開いたが、総司の雰囲気は重くなるばかり。

 

 「確かにその通りですがあまりの安さに他の店の客を一気に奪い恨みを買う恐れがあり、さらには憲兵が動く事態になり兼ねないと常連さんに言われましてね。どうしたものかと悩んでいるのですよ」

 

 総司は毎週訪れる常連のザック(・・・)さんに言われた問題点を思い浮かべる。

 この世界と総司が居た世界では食材の原価が違い過ぎて、どう見繕っても他の店よりも格安で販売してしまう。

 周りの店はそれほど安く仕入れる先を知ろうとするだろうし、一般市民も高い店より格安の店に殺到してしまうだろう。街中の人間が訪れたとしたらナオだけでそれだけの人数を賄える筈も無い。現在それが表面化していないのはただ単に食事処ナオの知名度の低さからであり、今後続けることを考えたら値段を跳ね上げるなどしなければ目を付けられかねない。

 下手すれば異常な安さから憲兵隊の調べが入る可能性が高い。

 高くしなければならないんだけれども、ぼったくりのようなことはしたくないという良心がせめぎ合いをしており、未だに明確な答えが出せていない。

 そんな総司にイザベルは眉を潜める。

 

 「簡単じゃん。価格を上げれば解決だろ」

 「なんて言いましょうか…お客に対して値段を吹っ掛けるような真似は…ちょっと…」

 

 真面目なんだなぁとイザベルは総司に感心するが、半分は馬鹿正直すぎて呆れている。

 ここが地下街なんかだと真っ先に食い物にされる奴だとため息を付く。

 

 「正直者は馬鹿を見るって言うけど本当にそうなりそうだな」

 「まさにその通りかもしれませんね…」

 「普通逆なのにな」

 「逆?」

 

 当然の事を口にしたはずなのに首を傾げられるとは意外とこいつ馬鹿なんじゃないかと疑いを向けてしまう。

 

 「安い混ぜ物なんかをしてから原価を落して値段はそのままで、収入を増やそうとする奴が普通だろうに」

 「混ぜ物(・・・)―――ッ!!それですよ!!」

 

 突然の大声に驚き肩をびくりと震わし、転びそうになった椅子より立ち上がると、近付いた総司に両手を握られた。

 何が何だか分かっていないイザベルに総司は満面の笑みを浮かべる。

 

 「ありがとうございます。貴方のおかげで何とかなりそうですよ」

 「え、お…おう。それは良かった…な?」

 「私は急いで店に戻ろうと思います。失礼ながらここで失礼させて頂きます」

 「あぁ、じゃあな」

 

 興奮気味に迫ってきた様子に気圧され、ぼんやりと見送る事しか出来なかったが、とりあえず問題が解決したようで良かった。

 なにせ今度リヴァイの兄貴を誘って行こうと思っているのだから。

 

 「喜んでくれるかなぁ」

 

 イザベルは先ほどの料理と、薄っすらと笑みを浮かべるリヴァイとファーランを想像して頬を緩ますのであった。




●現在公開可能な情報

・店で販売している食糧
 主には芋や豆、小麦粉などが多いが人参やブロッコリー、南瓜などの野菜に卵などは普通に売られている。
 珍しいのは湖や川の近くの商店などでは川魚も売られたりする。

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