進撃の飯屋   作:チェリオ

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第52食 海鮮丼

 キッツ・ヴェールマンは不安を抱えながら夜道を歩いている。

 彼は駐屯兵団隊長を務めている人物で、二メートル近い大柄な体躯に、揉み上げから繋がった顎髭や口髭など髭を蓄え、年齢を重ねたことで出来た皺や深い堀が威厳のある面が特徴的。

 駐屯兵団第一師団精鋭部隊を率いるほど規律を順守する生真面目な人物で上官からも部下からも信頼が厚い。

 そんな彼が怯え、不安がっているのには理由がある。

 規律を順守する生真面目な性格は美点でもあるが、生真面目過ぎて柔軟な対応が出来ないという問題を抱えているのだ。

 臆病ゆえの性格ゆえ、それを評価すると同時にドット・ピクシス司令はもう少し何とかならないかと思う事がある。

 そこで今日は食事に誘われたのだ。

 別に上官から誘われることも不安を感じている訳ではない。

 目的が度胸試しという事で臆しているのだ。

 

 「本当にやられるのですか?」

 

 不安から声を震わせながら問いかける。

 対してピクシスは苦笑いを零し、困ったように見つめて来る。

 

 「まったく図体ばかりで小鹿のようじゃの」

 「すみません…」

 「大丈夫じゃよ。なにも壁外に行ってこいなど危険な事を言い付けるつもりはない。安心せい」

 

 「はぁ…」と生返事を返し、逃げ出したい気持ちを押さえながらトボトボと付いて行く。

 危ない事は無いという司令の言葉を信じたいが、気分は重たく沈んでいる。

 ため息を我慢し、ただただついて行くキッツはピクシスがお気に入りと言う店に到着し、周囲とは異なった店構えを見上げる。

 普通に見ているだけなら変わった建物だなぁと何気なく眺めて終わるだけだったが、度胸試しするという事から物語のある魔王城や魔女の住処並みにおどろおどろしく感じる。

 躊躇して入り込めないキッツより先にピクシスが扉を開け、小さい鐘の音に驚いて肩を大きく震わす。

 店内の様子を眺める余裕などなく、案内されるがままテーブル席に腰かけ、差し出されたメニュー表を受け取ろうとする前にピクシス司令が決めていた注文を口にする。

 

 「そうじゃの。儂は鳥のアヒージョとビールを。彼にはカイセンドン(海鮮丼)を頼む」

 

 カイセンドンとは何だろうかと店員に聞く前に、キッツは周囲が騒めいた事が気になって聞くタイミングを逃してしまった。

 振り返ると驚愕や恐れ、興味津々などなどいろんな感情が瞳に宿って向けられ、ひそひそと囁かれている事もキッツの恐怖心を煽る。

 不安に駆られて表情に隠すことなく晒し、解消する為にも司令に問いかける。

 

 「司令。カイセンドンとはなんでしょうか?」

 「丼物と言われるこの店の平日ランチで人気の料理の一つじゃよ」

 「人気のある料理…」

 

 ホッと安堵する。

 人気と言う事は美味しい料理である事と受け入れやすいという事。

 しかしそれならば周囲が騒めいたのはどういった訳なのだろうと言う疑問が残る。

 不安と疑問で表情を歪ましているとピクシスが笑いかける。

 

 「人気のある料理じゃがカイセンドンを頼む客と言うのは儂は見た事が無いがの」

 「それはどういう事でしょう?」

 「丼物というのはライスの上に肉などおかずを乗せて食べやすくしたものでな。カイセンドンと言うのは魚を乗せたものなのじゃ」

 「魚!?この近くに養殖場も湖もないですよね」 

 「それも生魚じゃ」

 「殺す気ですか!?」

 

 度胸試しではない。

 生魚など運ぶ手段が限られ、すぐに痛み易くて食中りになり易い食材。

 運が悪ければ死ぬことだってあるのだ。

 不安を超えて命の危険に苛まれ、キッツは呼吸が荒くなり目が白黒する。

 何か言おうとパクパクと口を開け閉めするばかりで、言葉は一切漏れる事は無かった。

 どうする事も言葉を発する事もなく、時間が過ぎて料理が運ばれてきた。

 

 「注文の鳥のアヒージョとビール、それに海鮮丼をお持ちしました」

 

 来ちゃった…。

 店員が「醤油をかけてお食べ下さい」と言っているが、それよりも心臓の鼓動の方が大きく聞こえる。

 せめて少ない料理であってくれと祈るが、その祈りはあっさりと裏切られる。

 器の中を覗いて「あ、終わった…」と絶望の表情を浮かべた。

 ライスは全く見えず、表面は魚の切り身が焼かれることもなく、煮る事もなく、燻す事もなくずらりと並んでいた。

 まさに生の魚の平原である。

 これを食べなければならないのか…。

 赤、オレンジ、白とカラフルで色合いは綺麗なのだが、生魚の為に禍々しいオーラ漂っているように感じる。

 魚を得るためには養殖場か魚が生息する湖が必要で、記憶にある地図ではこの辺りには存在しない。

 わざわざここまで運んだ時点で痛んでる可能性が高い。

 さらに魚は朝方に漁をして捕まえるのが一般的で、出された今は夜である。

 絶対に腐っている。

 干物なら問題はない。

 焼いてあるのなら食べれる可能性がある。

 だが生は駄目だ。

 絶対に痛み、これを食したら腹を下し、病院に担ぎ込まれる羽目になる。

 

 「安心せい。食べれないというのであれば儂が食ってやろう」

 

 助け舟ではなく、逃げ道を封じられた。

 この言葉をそのまま受け取れはしない。

 上官より度胸試しとは言え勧められた料理を無下にするようなことはキッツには出来ない。さらに儂が食べるという事はピクシス司令が危険を犯すという事だ。

 駐屯兵団司令官であり現人類領土南部最高責任者を危険に晒す。

 出来る筈がない…。

 退路は潰され、退く事は許されず、進む事しか出来はしない。

 緊張から汗が滝のように流れ、コップに注がれていた水を飲んでも喉が渇く。

 手は震え、眉はハの字に曲がり、表情は歪む。

 どうしたら良いのかと悩むばかりで時間ばかり経つ。

 ピクシス司令は催促することなく、ゆるりと鳥のアヒージョとビールを味わっている。

 時間だけ進み、キッツは心の中で祈りを捧げながら覚悟を無理やり決める。

 ショウユというソースを掛け、恐怖からあまり意味は無いがぎゅっと目を閉じながら器に口を浸け、スプーンでカイセンドンを掻き込む。

 震えながらもぐもぐと咀嚼し、ゴクリと飲み込むとキッツは動きを止めた。

 周囲の客は興味深く眺めており、動きを止めた事で当たった(食中り)のではと不安が過る。

 が、その予想は即座に裏切られた。

 再び動き始めたキッツはさらに掻き込んで咀嚼し、ゆっくりと瞼を開けた。

 

 「うまい……美味いです」

 

 今度はゆっくりと口に含み、味わいながら噛み締める。

 オレンジ色という変わった色合いの切り身(サーモン)はとろっと脂身で、非常に柔らかく噛み締めると蕩けるように甘い脂を口内に

広がる。

 赤身の切り身(マグロ)は血生臭さが味にあるが、柔らかくも最初の身より噛み応えがある。

 白っぽいが薄っすらと赤みのある切り身(ハマチ)はしっかりとした噛み応え、すっきりとした甘みを持っており、キッツとしては一番気に入ってしまった。

 なにより生魚に程よく合わさった甘さと酸味を持ったライスとの相性が良く、ショウユ(醤油)という独特の塩気のあるソースがさらに二つを調和を挙げ、格段に美味しさを繰り上げている。

 途中ワサビという緑色の薬味を「多くつけて食べる(・・・・・・・・)のじゃ」と言われ、その通りに酷い目に合うアクシデントもあったがキッツはこのカイセンドンとやらを気に入った。

 最初は生魚と恐れていたが、今やそんな恐れはない。

 というか美味さに負けて脳内から恐怖心が消し飛んでいると言った方が正しいか。

 速度を落として食べていたキッツであったが徐々に速度が上がってがっついて掻き込んでいく。

 あっという間に食べきり、空の器を寂しそうに眺める。

 まだまだこの美味さを味わいたいという欲求と正直量が足りない。

 どうしようと悩んだキッツはここが飲食店と言う事を再確認し、注文すれば良いじゃないかと気付いて店員に声を掛ける。

 

 「おかわりを頼む!」

 「最初の怯えは何処に行ったのかな」

 

 クツクツと笑われるがそんな事は気にせずに、まだかなまだかなと大柄な身体をワクワクして揺らし、キラキラとした瞳で厨房をガン見する。

 器が出てきた事や魚がスライスされている事を察して、もうすぐだと頬を緩ます。

 まるで子供の様な反応にピクシスは笑いながら鳥のアヒージョでビールを飲む。 

 「お待たせしました。おかわりの海鮮丼です」と置かれると辛抱堪らず、すかさず手に取って口に掻き込む。

 飲み物を飲む様な速度で飲み込むキッツは一時の幸せを文字通り噛み締め、秒で失ってしまった事に強い喪失感を抱く。

 あまりの速さにまだ離れてなかった店員にさらにおかわりを口にする。

 

 「おかわりを二杯……いや、五杯頼む!」

 「お前さん食い過ぎではないか?」

 

 このまま十杯、ニ十杯と食べそうな勢いのキッツにピクシスは顔を引き攣らせるが、臆病な性格のキッツが度胸を見せたのだ。

 それぐらいなら奢ってやろうと嬉しそうにピクシスはビールを飲み干し、新たにつまみとビールを注文するのであった。




●現在公開可能な情報

・生魚を食らう者達
 キッツが海鮮丼を食べた事で生魚に手を出す者がちらほら出始めたが、やはり食中りが怖くて手が出せない人がほとんど。
 中でファーランとキッツだけはよく食べるので、たまに具を変えるとこっちが良い、あっちの方が良いと刺身談義を行っている姿が何度か見受けられるようになったのだった。
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