進撃の飯屋   作:チェリオ

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 オレンジデーは四月十四日。
 本日は四月十五日。
 間に合わなかった…。


間食08 オレンジデー

 エレン・イェーガーは笑顔を浮かべたまま戸惑っていた。

 特段何か予定があるだとか記念日だったりする訳ではない今日は、いつもと変わらない一日を過ごすのだろうと思っていた。

 思っていたのだがミカサの一言でガラリと変わり、朝っぱらから頭を痛める羽目となる。

 昨日、寝る前にミカサより「明日、朝食作るから」と言われ、「おう」とその場は返事を返したのだが、今思えばおかしいだろうと突っ込みたくなる。

 お互い調査兵団に入団して仕事で忙しい日々が続き、毎朝の食事は手を抜くことが多い。

 パンにジャムを塗るだけとか果物を齧るだとか買い置きできるものが大半だ。

 なのに今日に限って朝食を作る?

 ここで頭をよぎったのは何かしらのイベント、または記念日ではと言う考え。

 しかし思い当たるものが無い。

 個人的なものだとしても俺の誕生日は先月なので違うだろう。

 頭を悩ませ、一向に答えが出ないエレンは幾度かミカサに問うてみようかとも考えた。

 何処となく楽しそうに、嬉しそうに調理を行う後ろ姿から聞くことが憚られる。

 あれだけ上機嫌にしているのだからミカサにとって何かしら想う所のある事なのだろう。

 それだけに覚えていない事が後ろめたくて聞くに聞けないし、いつもなら助け舟を出してくれるアルミンはまだ夢の中だろう。

 出来るだけ悟られないように思考している間に調理は進み、ミカサがトレイに朝食を乗せて持って来た。

 以前食事処ナオで習っただけあって、運ぶ姿勢は乱れる事無くトレイからテーブルに並べていく。

 

 メニューはパンケーキにベーコン、スクランブルエッグ。それと柑橘系の香りを漂わす飲み物。

 若干焦げ目はあるものの、かなり綺麗に出来上がっていて、ソレさえも美味しそうに見えてしまうのはどうしてだろう。

 

 「上手くできたと思うけど…」

 「スゲェ美味そうじゃん」

 

 何処か自信なさげに言うがそんな事は無いと重ねるように言うと、ミカサは顔を真っ赤にして俯く。

 その反応に何とも言えない恥ずかしさにも感情に苛まれ、沈黙が漂う。

 

 「えっと、食べても良いか?」

 

 この空気を打破しようと口にすると、ミカサはコクコクと頷く。

 なら早速頂くことにしようと用意されていたナイフとフォークを手に取り、フォークで支えながらパンケーキをナイフで切り分ける。

 ふんわりとしているのかナイフが入るとふわっと押し込んだ表面が元に戻ろうと表面を押し上げる。

 その切れ目に上のソースがタラリと流れ込む。

 誇張無しに美味そうに見え、エレンは大口を開けて一口頬張る。

 

 「うまっ!」

 

 ひと噛みした瞬間に感想が漏れた。

 ふっくらと柔らかく、ほんのりと甘さを持ったパンケーキに柑橘系特有の酸味と加えられた甘みのあるオレンジソース。

 ハチミツやバター、食事処ナオではチョコソースが掛かっていたりするが、柑橘系も合うんだなと驚く。

 いや、寧ろ酸味と甘さが眠さを残す脳を覚醒させてスッキリした気がする。

 ソースにとろみがあってパンケーキの切り口や表面に絡み、噛み締めればしっとりとした食感を与えて来る。

 パクパクとナイフで切り分けては口に運ぶ。

 表情が雄弁に感想を語っており、それをミカサは嬉しそうに眺める。

 視線に気づかず食べ続けていたエレンだったが、途中で手を止めた。

 パンケーキは幅がホットケーキに比べて小さい代わりに結構厚みがある。

 その分オレンジソースの甘さと風味が口にべったりと残り、徐々にしつこく感じ始めたのだ。

 何か味を変えたいなと添えてあったベーコンにフォークを伸ばす。

 カリッカリに焼かれたベーコンから肉の旨味と、パンケーキになかったしっかりとした噛み応えを味わう。

 ふと、エレンは面白いことに気付いた。

 ベーコンを食べた事で肉の味わいが広がるが、まだオレンジの酸味が残っており、食べなれている筈のベーコンの味わいがあっさりとしながらもしっかりと肉を感じるものへと変化していたのだ。

 柑橘系と肉類の組み合わせに驚きつつ、そのままスクランブルエッグを口にする。

 スクランブルエッグは甘さより塩気を考えられており、口の中がソースで甘くなっていたのでこの塩気がちょうど良い。

 口がリセットされた事で存分にまたパンケーキを楽しめれるとエレンは再びパンケーキを食べ始める。

 

 ソースも残さず食べきったエレンは息を吐き出しながら、食べる事に夢中で飲んでなかったティーカップに口を付ける。

 カップに口を付ければ蜂蜜の上品な甘さにオレンジのさっぱりとした風味が溶けだして、腹の奥底から温める温度と共に体内へと流れていく。

 これは良いな。

 甘過ぎずにさっぱりしているので飲みやすく、程よい温かさが身体をじわりじわりと起こしてくれる。

 

 「オレンジの紅茶?」

 「オレンジの蜂蜜漬けにお湯を入れたもの」

 

 作り方を聞いてみると切ったオレンジを蜂蜜に浸けるだけと簡単だったので、これは作り置きしても良いかも知れない。

 一息つきながらエレンはふと思ってしまった。

 以前料理を習ったエレンにフロア仕事を覚えたミカサ、あとアルミンを誘って食事処ナオみたいに店を開いてみるもの案外楽しいかも知れないと。

 まぁ、思うだけで実行しようとは思わないが。

 なにせエルディアはまだマーレと戦っており、故郷は未だに取り戻せていないのだから調査兵団を抜ける事は出来ない。

 それに習ったと言ってもメニューはあの時の数品のみ。

 店をするにしても技術も品数も少なすぎる。

 他愛のない考えをクスリ笑い、香りを楽しみながらカップを空にする。

 美味しかったし、いつもの朝食に比べて満足できた。

 けどまだ食べたいという気持ちが残る。

 おかわりを頼むのは厚かましいだろうかと悩む。

 

 「おかわりいる?」

 

 その言葉に間髪入れずに頷き、ミカサは嬉しそうにお茶のおかわりを入れ、用意だけはしていたらしく再びパンケーキを焼き始める。

 頼んでおいて少し多いかなと思うも、手を付け始めたらそんな事なくぺろりと平らげた。

 ミカサの手料理を堪能し、満足感を味わっていたエレンであったが、同時に罪悪感に苛まれ始める。

 未だこの朝食の理由が解らない。

 食べている間になんて先延ばしするんじゃなかったと後悔する。

 しかしここまで食べて知らぬ存ぜんで終わる事も出来ないし、したくない。

 覚悟を決めてエレンは素直に聞く道を選んだ。

 

 「あ、あのさ…今日ってなんかあったか?」

 

 意を決した問いにミカサはキョトンと驚き、首を傾げた。

 あたかも何かあったっけと言い出しそうな様子にエレンは余計に困惑する。

 お互いに意図を読み切れずに沈黙が続き、その空気に耐え切れなくなったエレンが口を開く。

 

 「いや、だってよ。ミカサが朝食を作るなんて珍しいしさ」

 

 ようやく意図が伝わり、ミカサが小さく手を合わせながら納得した。

 

 「“オレンジデー”の贈り物」

 「お、“オレンジデー”?」

 

 聞きなれないエレンは顔を顰める。

 なんでもバレンタインにホワイトデーと続くイベントで、“大切な人(・・・・)”に贈り物をする日なのだとか。

 ミカサはユミルからその“オレンジデー”を知り、日付も近かったので実行に移したのだと言う。

 何故オレンジかと言うと花言葉が“喜び”らしい(・・・)

 “らしい”と曖昧なのはどうもユミルもはっきりと覚えておらず、話自体も結構曖昧だったとミカサは話してくれた。

 それと話している最中はずっとニタニタ笑っていたのだが、笑っている理由よりも何を贈るべきかを優先し、総司さんにバレンタイン同様に料理を習って今日に至る。

 理由を聞いて自分が恐れていた事態ではない事に安堵の吐息を漏らす。

 

 「そうだったのか…俺はてっきり――」

 「てっきり?」

 「あー…何でもない」 

 

 自ら墓穴を掘りそうになったエレンはギリギリで留まったが、そこまで言われて止められると気になるのは当然で、ミカサはエレンが何を言おうとしたのかを視線で問いかける。

 別段何かしらの感情を含まない興味から生まれた視線。

 が、罪悪感があっただけに酷くその視線が突き刺さり、何か話を逸らせないかと話題を捻り出す。

 

 「こ、これってバレンタインとかホワイトデーみたいに総司さんとこの風習だよな?」

 「そう聞いた」

 「なら特別メニューとかしてんのかな。昼に行ってみようぜ。お礼に俺が奢るからさ」

 「―――うん」

 

 柔らかな笑みを零したミカサに、一瞬ドキリと魅入ってしまったエレン。

 二人はまだ知らない。

 ユミルの含みのある笑みと、オレンジデーとオレンジの花言葉の意味を…。

 その日、食事処ナオで真っ赤になったエレンとミカサにユミルが詰め寄られる事件が起きるのであった。




●現在公開可能な情報

・オレンジデー限定販売
 食事処ナオではオレンジデー限定お持ち帰りメニューでオレンジジャムやオレンジの砂糖菓子、オレンジを使ったケーキ類を販売した。
 妻に贈る者。
 恋人に贈る者。
 自分用に買う者。
 いろんな客が訪れ、売れ行きにリーブスが何故俺に教えないと抗議したのはいつもの事だろう。
 ちなみに客の中にはグリシャやナイルの姿もあったとか。
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