進撃の飯屋   作:チェリオ

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 活動報告でのアンケートにお答えくださった皆様。
 誠にありがとうございました。
 頂いたアンケートを元に数話書こうと思います。

 なお、食べたい料理のアンケートは参考と選択肢を増やしたいのでもう暫し続けようと思います。
 宜しかったら活動報告でのアンケートお願いいたします。


第53食 おにぎり

 マルロ・フロイデンベルグという青年がいる。

 彼は内地で働けるだとか給金が良いだとかの理由ではなく、腐敗している憲兵を正すという自身の信念の下、厳しい訓練を耐え抜いて憲兵団に入団し、現在は新兵としてストヘス区憲兵支部に配属され、あまりの生真面目さに先輩憲兵から煙たがれたり、仕事を押し付けられたりしている。

 その彼はある目的の為にわざわざトロスト区まで足を運び、食事処ナオのテーブル席にそわそわと落ち着かない様子で座っている。

 同じテーブル席には同僚であるジャンにコニーにマルコ、ヒッチが居り、それぞれが料理が届くまでを自由に過ごしていた。

 今日ここに来た理由は好物である“おにぎり”を食べに来たのだ。

 おにぎりを食べる為にわざわざ?―――と思うかも知れないが、エルディアでは元々米の生産自体が少なく、主な主食がパンである為にそれほど需要がない。となればおにぎりを販売している店自体が存在しないのである。

 個人で買おうと思えば買える金額であるものの、自炊に長けてない自分がやったところで上手くいくとは思えない。

 そこでおにぎりも提供しているこの店に訪れたのだ。

 ちなみに食事処ナオの情報をマルロに教えたのはコニーである。

 以前故郷に総司を招いた際に金欠となり、食事処ナオでは比較的安くて腹に溜まり易いおにぎりで食費を押さえていた。当然昼食なので仕事場、もしくは仕事場周辺で食事をする訳で、そこをマルロに目撃されて調理できるのかともの凄い勢いで問い詰められ、話すしかない状態に…。

 連れてけと訴えかけられて、行くのであればとジャンとマルコも合流し、何故かヒッチが加わった。

 最初は「暇だからぁ」とか「アタシは別に興味ないんだけどねぇ」とかぶつぶつ言いながら付いてきたのだが、店内に入ってから様子が一変した。

 

 「もふもふ!ぷにぷに!肉球~!!」

 

 誰だこいつはと目を疑うばかりの光景にそっと目を逸らす。

 いつもやる気なさげで捻くれていて、隙あらばサボろうとする奴が、表情をころころ変えながらニンマリ顔で黒猫(ナオ)をべたべたと触りまくっている。

 なんだあの猫なで声…。

 正直に気持ちが悪いんだが…。

 言葉として出そうだった浮かんだ気持ちを呑み込み、メニュー表を見つめて困惑する。

 マルロが知っている“おにぎり”と言うのは味付けは塩オンリーのおにぎりであって、具材として鮭や昆布、ツナマヨというものは存在しないのだ。

 だというのにメニュー表には七種類のおにぎりの名前が並んでいては困惑するのも当然だろう。

 メニューの多さに戸惑いながら見つめるも、“シャケ”やら“コンブ”やら知らない食材まで書かれていては連想し辛くて堪らない。

 悩んでいる内にジャンが店員を呼び、ジャンはオムレツ、コニーは唐揚げ定食、マルコはサンドイッチのセットなどを注文している。周りが次々と注文しているのに焦り、そこまで大きくないだろうと踏み、量的に食べれるであろう七種類中六種類を注文する。最後の一つは興味が多少なりともあったのであろうヒッチが注文した。

 注文してからはやる事がなく、黙って料理が来るのを待つだけなのだが、調理場より漂う匂いや他のテーブルに届けられる知らぬが美味しそうな料理が視界に入るたびに空腹感が刺激されていく。

 まだか、まだかと気持ちが急く。

 そうこう耐え忍んでいると店員の足音が近づいてくる。

 期待をするな。他の客の料理を運んでいるだけかも知れないと自分に言い聞かせながらもちらりと見てしまう。

 店員が運ぶトレイの上にはおにぎりが並んでいた。

 心の中で「私のか?私のなのか?」と思うと表情にもろに出て、微笑まれてしまって多少恥ずかしさから目を逸らす。

 

 「こちらご注文のおにぎりです。右から鮭、昆布、ツナマヨ、おかか、明太子、梅となっております」

 

 一つ一つ指で指示しながら言われた名を口にしつつ、視線を動かして名前と物を確認する。

 確認と言っても表面上の違いは無いので、食べて味と名前を覚えるしかないのだが…。

 

 なんにしても久方ぶりのおにぎりに興奮を隠せない。

 隠せないが知らない名前を言われ、純粋には喜べずに一体何なのだろうかと思考を巡らす。

 と言っても答えが出る筈もなく、結局それも食べて確認するしかない。

 恐る恐る“シャケ()”のおにぎりを手に取って齧る。

 ふわっと軽く、解けるように広がったライスにしっとりと強すぎず弱すぎない塩気が包み込み、この程よい塩気だけでも美味しく感じが、さらに外装を覆っていた海苔の風味も相まって余計に美味い。

 噛み締めると軽い弾力と共にほんのりとした甘さがにじみ出て来る。

 ライスってこんなに美味しかったっけ?と疑問を抱きながらもう一口齧り付く。

 すると鮭が納められた中心部に近づき、僅かだがその一部が口内へと入った。

 噛み締めた瞬間に焼き魚の風味が広がる。

 それも強い魚の風味に旨味たっぷりの脂が混ざって口当たりが良い上にライスとの相性が抜群に良い。

 焼き魚にも塩気があるが、ライスの表面を覆っていたものと違って、こちらは焼き魚の味わいを引き立てる役割を持っているようだ。

 

 「美味い!なんだこの魚は……これがシャケという具か」

 

 鮭のおにぎりに魅入られたマルロはガツガツと食らいつく。

 その光景にナオで遊んでいたヒッチは驚くが、ジャンもコニーもマルコも慣れたもので「こいつもここの料理にハマったな」とクスリと笑うだけで自らの食事を続ける。

 

 おにぎりのサイズは両手で覆える程度のものなので、大口で喰いつかれればあっと言う間に胃袋に収められてしまう。

 物惜しそうな表情を浮かべるマルロは次のおにぎりを掴む。

 

 もはや疑う余地なしで思いっきり齧り付く。

 ただし、最初の一口なのでガブリと齧り付くとゆっくりと咀嚼してその味をよく噛み締める。

 今度のおにぎりは昆布だった。

 細く切られた昆布がコリコリとした食感を与え、浸み込んだ甘辛いタレがご飯を進ませる。

 これも初めて食べる具材ながら気に入った。

 タレが絡まった昆布も美味しいが、そのタレが浸み込んで変色したライスの部分も堪らなく美味しい。

 なんだコレ?なんナンダコレは!?と、脳内で興奮やら喜びやらが混雑し、マルロの手と口は加速する。

 齧ると言うよりは貪るように喰らい、なくなると同時に反対の手で次のおにぎりを掴む。

 

 次のは鮭よりも脂気が多く、昆布のタレ以上に濃い味のする“ツナマヨ”であった。

 昆布のタレとも鮭の旨味ともまた違った美味しさに舌が喜ぶ。

 ねっとりとした脂気が濃ゆいのだがこれが堪らない。

 さらに具材であるツナの味わいと食感が混ざり合って旨味を生み、これもまたライスと合う。

 初めて食べたがこれほどライスに合うものがあるのだろうかとマルロは驚きを禁じ得ない。

 

 もはや胃袋に溜まっていく感覚が薄れ、食欲に突き動かされていく。

 辛抱堪らず“おかか”と“明太子”を片手ずつで掴み、交互に味わう。

 ほんのりと塩気があるが、それよりも強い甘みを持つおかか。

 文字にするとライスに合うのかと疑問を持つであろう組み合わせだがライスとの相性はばっちり。

 薄いながらも合わされば噛み応えのあるおかかを噛み締めれば、含まれたタレの味に混ざっていたゴマが噛み潰されて、香ばしい風味をもたらす。

 ゴクリと飲み込んで明太子に齧り付く。

 他のと違って歯でなく舌でとろりと解れるほど柔らかな明太子。

 口に含めばライスに混ざりながら広がり、多少癖のある風味と塩気、さらに薄っすらとだが辛味を与えて来る。

 甘いおかかに塩気や辛味を持った明太子。

 お互いが違う方向なだけに味が変わって面白い。

 ジャン達の料理がおにぎりに比べて遅れて到着した事に気付かず、マルロは最後のおにぎりに手を伸ばし、そのまま満面の笑みを浮かべて“梅干しのおにぎり”を手に取り、おもむろに齧り付いてしまった…。

 

 「―――ッ!!なんだこれは!?」

 

 何の躊躇もせず、完全に油断していたマルロは思わず顔を顰めながら呟いた。

 今までのおにぎりには無かった強烈な酸味が口内を襲う。

 レモンの様な強烈な酸味だが独特な風味と浸み込んだ強い塩気がそれとは異なった味を出している。

 あまりに強烈な刺激に口の中では唾液が溢れ出し、まるで水を飲んだように強制的に潤う。

 口内に残る後味を流そうと水に口を付ける。

 ごくごくと飲み干すように後味ごと流し込むと視線は酸っぱいおにぎりに向けられる。

 お金を払った以上残すのは気が引けるし、食べ残しは妙な罪悪感を生む。

 ならばこれをどうしたものかと悩むマルロは答えが出る前に何故か二口目を齧り付いていた。

 自身の行動ながらも一番困惑していた。

 あんな目にあったというのに自然と二口目に行くなど可笑しな行動だ。

 どうしてかと脳内で答えが出るよりも身体の方が正直に語っていた。

 またあの酸味を味わうとどうしようもなくライスが欲しくなり、具がないであろう個所に齧り付いた。

 そこを含む事で酸味が薄まると同時に先ほどは驚いて然程感じれなかった味わいと旨味を感じたのだ。

 シャケとはまた違ったライスとの相性。

 これはこれで合う。

 きついとも感じ取れた酸味がどんどん良く感じてしまう。

 気が付けば持っていた手に齧り付く勢いで喰らっていた自身に驚きつつ、満足気に吐息を漏らした。

 

 「凄くがっついていたね」

 

 食事マナーとしては汚い食べ方をしたマルロに対し、呆れでも嫌悪でもなくマルコは微笑ながら言った。

 確かにそうだったとマナーに関して後悔するが、ここに来たのは大正解だったと満足気に笑みを零す。

 ただ未練があるとすれば最後のおにぎりを注文しなかった事だろう。

 

 「…そう言えばこの焼きおにぎりって何だったんだ?」

 「あぁ、それアタシが注文した奴だ」

 

 ポツリと口にした疑問にヒッチが答える。

 食べる事に夢中でヒッチが頼んだ焼きおにぎりが届いていた事に気付いていなかった。

 表面は“焼き”の名の通りに多少の焦げ目があるが、食べたおにぎりたちとは違って焼きおにぎりは見た目が茶色く変色していた。

 それにホカホカとした湯気からなんとも言えない香ばしい匂いが立ち昇っている。

 興味とその香りからマルロは焼きおにぎりに視線を釘付けになり、口へと運ばれる様子を視線で追い、焼きおにぎりが食べられるまで見つめ続けた。 

 含んでもぐもぐと咀嚼するヒッチは目を見開いて驚きを露わにする。

 

 「んー!これ美味しい!!」

 

 口にせずとも表情がはっきりと物語っていたが、それ以上に皮肉ばかり口にするヒッチが素直に褒めている事からそれがいかに美味しいか伝わって来る。

 

 「外はカリッとして、中はしっとり。それに何だろう香ばしい味わいに変わった風味と塩気…初めて食べたよ」

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 続いて食べている様子が一々美味そうで、結構腹に溜まった筈なのに食欲が刺激される。 

 

 「な、なぁ、ヒッチ…」

 「だぁめ、これはアタシのだから」

 

 物欲しそうな声を出すマルロに見せつけるように最後の一口分をカプリと頬張り、飲み込むと唇をぺろりと舐める。

 悪戯っぽく挑発的な笑みを浮かべるヒッチにプルプルと震えるマルロは勢いよく立ち上がった。

 何事かと皆の視線が集まる。

 

 「店主!私に焼きおにぎりを!!」

 

 誘惑に負けて大声で注文するマルロ。

 以降彼は夕食時に食事処ナオで目撃されることが多くなり、その際にはヒッチも同行しているのでナオが遊び相手として捕まるのであった…。




●現在公開可能な情報

・食事処ナオでのおにぎりの形。
 おにぎりと言うのは地方によって形が大きく異なる食べ物であるが、食事処ナオでは用途によって形を変えている。
 店で提供する分には三角型(今回マルロが食べたのがこれである)。
 お弁当などに入れる場合には俵型(コニーの昼食がこれにあたる)。
 
 あと、店には出してませんがちょっとつまもうと思った際には“丸型”にし、焼いた上で海苔の食感と味わいを楽しもうと思ったら“円盤型”を用いたりしている。

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