一度書き上げたものに納得できず書き直したらそれも納得できず、何度も書き直しと考え直しのドツボに嵌り、他の投降物との兼ね合いもあって投稿できませんでした。
申し訳ありませんでした…。
フリーダ・レイスは申し訳ない気持ちでいっぱいいっぱいだった。
現在レイス家は危機的状況に陥っていた。
事の起こりは新聞記事で“青空食堂”という風変りな弁当屋の記事をフリーダが目にした事から始まった。
内容はとある料理人が料理研究で作った料理を弁当で売り出すというものなのだが、風変わりと言うのがその料理人は一切の利益を求めない所にある。
料理人談曰く、作っても自分では消費し切れないし、捨てるのはもったいない。
なので作る為の材料費と売っている浮浪児やまとめ役のお爺さんの給金分以外は金額に乗せていないのだ。
目にした瞬間、雷が落ちたような感覚に陥った。
商売人であれば呆れた視線を向けるであろうが、フリーダからすれば目から鱗の豊作に映った。
親に捨てられたり、家の都合により出るしかなかった子供らはその身一つで街の影を彷徨って、生きるためにスリや強盗、殺人と犯罪に手を染めていく。
染めなければ餓死する未来しかなく、手を差し伸べている孤児院とて全ての浮浪児を救う事は出来ない。
そうでなくとも病気になれば薬を買う金は無く、小さな病気一つで命を落とす…。
悲しい話である。
レイス家も貴族の見栄もあるが多額の寄付を孤児院に行っているが早々改善される訳もなく、どうしたものかと当主のウーリと共に悩んでいた。
何とかできないものか。
長年悩んでいた問題の答えがまさかこんな小さな記事にあったとは思いもよらなかった。
“青空食堂”は利益には繋がらない。が、浮浪児達に給金を払う事で彼ら・彼女らは生きられ、スリや窃盗などの犯罪に手を染める事は少なくなる。そうなれば街の治安も良くなるし、弁当を買って行った客は安く美味しい料理にありつける。
一石二鳥どころか一石三鳥の事柄にフリーダは跳び付いた。
新聞社に赴いて担当記者に話を付け、身元や場所を明かさない事を約束して料理人に詳しい説明を受け、ウーリに構想を伝えてレイス家が行う事業として承認を受け、リーブス商会より安い材料調達と料理人の手配を頼んだ。
ただ料理人をそのまま雇ったら金額が上がるので、販売する場所に近しい飲食店を紹介して貰う事に。
と、いうのも話を聞いたディモ・リーブスが目をつけたのが、入社したばかりの新人料理人を利用しようと考えたからだ。
各飲食店では長年に渡って下準備や先輩方の料理を見させたり、賄いなどで鍛えて行く。
何処もそうなのだがまだまだ半人前以下の新人の料理をそのまま客に提供する訳に行かないので最初から作らせても利益にならない。なのでなるべく金が掛からないように気長に鍛えて行くしかなく、入ったばかりの新人と言うのは料理を作る事をイメージしていたものが多く、思っていたのと違うと辞めてたり、または長年にわたる作業の様な下準備に飽き飽きして去る者なども居る。
そこでレイス家が材料を提供する事で材料費に関しては無料で料理を作らせて新人料理人を鍛えられ、レイス家はその過程で出来た料理を弁当にして売り出すので料理人への給金は発生しないというお互いに益のある関係を構築できるのではと思いついたのだ。
さらに提供した店の名前を弁当屋に連ねる事で広告効果も得られるとして飲食店側から多くの賛同を得る事に成功。
結果、初めて一か月程度で以前に比べて街の治安は良くなり、飲食店側も広告効果から売り上げも伸びた。
出来ればたくさん売ってもっと多くの浮浪児を救い、治安をもっと安定させたいのだが、さすがに大量生産となると値段の関係から周囲の飲食店に悪影響を与えてしまうので、個数はそれほど売れないのだけどなるべく多くの場所で同じような弁当屋が出来れば街でなく国単位で良くすることは可能だろう。
そう、ウーリとフリーダは甘く見据えた未来を思い描いてしまった…。
確かにレイス家は金と言う面では利益は得なかった。
だが、本当に得るものは無かったかと言えばそれは違う。
幼く裏路地で暮らすしかなかった浮浪児達を救い、街の治安を向上させ、安くも美味しい弁当を提供し、周囲の飲食店とも良好な関係を築いたレイス家は、それらの事から民衆からの支持を得たのだ。
話を聞きつけた新聞社の多くがレイス家を取り上げ、この行いはエルディア全土に広まり、いろんな慈善事業団体からも支持が寄せられた。
これがいけなかった。
レイス家は本来王家の血筋で、自ら王の役割を放棄した一族だ。
傀儡である偽物のエルディア王を操り、自分達の利益を第一に考える大貴族達は現政権を脅かす事の出来る一族として疎んでいた。
疎むぐらいで済んでいたのはレイス家が主だった動きをせず、政策には関わるが一歩も二歩も引いて弁えていたから。
しかし、現政権を脅かすに足る本物の王家と言う事実に、多くの民衆からの支持が加われば上手くすれば現政権を打倒する事さえ可能となる。
かくして大貴族達はレイス家を恐れ、排除しようと画策する者さえ居るとケニーから報告を受けた時には自分達の仕出かした事の重大さに気付いた。
やった事に対しては後悔は無いが、そう言った立場的なものに注意を向けていれば良かったと自分達の浅慮を悔やむ。
これに対して自分達はその気は無いと示す他ないとフリーダの父であるロッドが接待を兼ねて食事会を開催すると言い出した。
大貴族だけでなく、現政権を支えるにあたって役割を担っている中小貴族も招いての食事会。
雇う料理人に用意する食材は全てが一級品となるので額は莫大なものとなる。
これらを自ら開催し、莫大な出費と態度を持って自分達にはそのような気は無いと訴えかけるらしい。
もしもしくじればレイス家は確実に潰されるだろう。
自分達を脅かす分子を大貴族らが放置する訳もなく、捕らえられて監禁されるか言われもない罪状を持って死罪か終身刑を言い渡すに違いない。
両親に弟妹、さらに家を出たとはいえ血族であるクリスタとヒストリアも同じように扱われるだろう。
罪悪感がフリーダの胃をキリキリと締め上げる。
さらに関係の無い総司をも巻き込もうとしているのだから、胃の痛みの悪化は止まらない。
食事会を開くにあたってロッドは余興も兼ねて総司に出張を頼もうと言い出したのだ。
以前にケニーが用意した食事会にて、エルディアではあまり美味しいものとして認知されていない鰻を用いて“うな重”という絶品料理を提供してきた料理人。
料理の腕前もさることながら客を目や耳、香りなどで楽しませるといった点でも貴族達を喜ばせるには充分。それに私が「リーブス商会が最近売り出している商品のレシピ提供者」と、公には知られていないリーブス商会大ヒット商品の提供者であることを話してしまったが為、話題性も十分だと判断されたのだ。
レイス家の事情に巻き込んでしまった事に申し訳なく思うも、彼の料理なら何とかしてくれるのではと期待してしまっている自分に嫌気がさす。
「お待たせしました。お口に合えば宜しいのですが」
そう言って料理をカウンターに出した総司を見つめる。
今、フリーダはロッドと共に食事処ナオに訪れていた。
“うな重”は確かに美味しかったが、それしか食べていないロッドは他の物はどうなのかと疑問を持ち、そこで料理を…それもエルディアでは珍しい料理を食べて見極めようと自ら訪れたのだ。
フリーダは店を知っているのでその案内である。
さぞや困惑している事だろう。
貴族が訪れた事でなく、感情を感じさせない冷やかな無表情のロッドに、笑みを心掛けているが何処か沈んだ表情を晒してしまっている自分が、客が最も少ない開店直後から来たことに。
礼を言いながら“青空食堂”の料理人であるニコロをちらりと見つめ、手元に置かれたエルディアでは珍しい料理を眺める。
珍しい料理とだけ注文したので、料理は総司にお任せした。
出されたのはどうやら野菜炒めの類だったらしい。
これで重たい料理だったらどうしようか悩んでいたところだ。
朝と言うのもあるが気分が沈み切っている精神状態から油っこいモノだったりしたら吐く自信があった。
安堵しながら観察してみると確かに野菜炒めにしては見た事のない料理だった。
外皮がごつごつとした出っ張りがある三日月状に切られた緑色の野菜。
麻婆豆腐やお味噌汁というスープなどで見かける豆腐。
一緒に混ぜられスクランブルエッグ状になっている玉子。
小さく切り揃えられた薄い豚肉。
上にはひらひらと風や熱で揺らぐかつお節。
「総司さん、これはなんて言う料理なんですか?」
「これはゴーヤチャンプルという料理です。ちょっと苦いですけど美味しいですよ」
ゴーヤというんだと示された緑色の野菜を見つめる。
名前もそうだがこんな濃い緑色とごつごつとした外観は見覚えは無い。
野菜炒めで玉子を用いているのもまた珍しい気がする。
苦いのはあまり好きではないのだけど、総司さんが美味しいというのであればそうなのだろう。
疑いを持っているロッドとは違い、料理に関して絶対の信頼を抱いているフリーダは躊躇う事無くパクリと含んだ。
コリコリとした歯応えに見た目同様独特な風味に苦みが広がる。
けど嫌じゃない。
玉子が入っていてまろやかさがあり、豚肉の旨味と塩気も苦みと合わさって癖のある味わいに仕上がっている。
これは確かに苦いけど美味しい。
豆腐にその味わいが多少なりとも浸み込み、元が淡白な味な分だけ周囲とも合う。
そしてかつお節の風味がまた違った一面を持たせ、味わいの幅を広げる。
「本当に苦いけど美味しいです」
「良かったです。人によっては苦手な人がいるので」
まぁ、幼い弟や妹達は苦手かも知れない。
私だって弟妹と同じ時分ならあまり好んで食べる事は無かっただろう。
苦みが解るほどに成長したのだと思えば、それだけ自分も成長しているんだなと実感させられる。
綺麗な食べ方を心掛け、ゴーヤチャンプルを味わいながらちらりとロッドに視線を向ける。
なんとも美味しいとも不味いとも解らせない無表情で黙々と食べている。
これでは良いのか悪いのかも分からない。
ロッドに対し小さくため息を漏らしながら食べきったフリーダは自分に元気が僅かながら戻った事に気付いた。
美味しい食べ物というのはお腹を満たすだけでなく、精神にも影響するんだと思い知らされながらメニュー表を開く。
空腹と言う訳でも満腹と言う訳でもないが、もう少し欲しいと感じデザート覧を見つめるもぱたんと閉じた。
デザート覧にあるのはアイスなどの冷たいものやホイップクリームや餡子と言った重いものが多い。
小腹にしては重たすぎるものに残念ながら断念したのだ。
「どうかされましたか?」
微笑ながら気付いた総司が問いかけてきた。
メニューになくても大抵のものは言えば作ってくれる総司。
ならばと注文を口にする。
「あまり重たくないデザート…果物とか欲しいのだけど」
「畏まりm―――それも珍しいもので?」
そう返されてロッドに振り向きながらアイコンタクトでどうする?と問うとゆったりと頷かれた事から珍しいものの方が良いのだろう。ついでに食後の飲み物も同様の注文がされた。
またも珍しいもの縛りで申し訳ないが、少し楽しみである。
果物と言った事から然程時間も掛けずにデザートが出された。
皿の上には白っぽく長細い果物がスライスされており、カウンターにはその果物らしきものが黄色い皮に包まれた状態で置かれる。
「見た事ない果物ですね」
「これはバナナという果物です」
バナナ…。
また知らないものが。
この店には一体どれだけの知らないものがあるのだろうかと疑問を抱きつつ、一つをフォークにさして食べる。
瑞々しさはないが、含めばまったりとした自然で優し気な甘さと食感が広がる。
舌触りは滑らかだし、飲み込めばするっと優しく撫でるように流れて行く。
この甘さは良い。
弱った精神が安らいでいくようだ。
バナナを味わっているとマグカップが差し出される。
フリーダは首を傾げた。
確かに食後の飲み物は頼んだがそれはロッドであって自分ではない。
視線を動かすとロッドの方にはチョコレートと珈琲が差し出されていた。
「あの…私、注文してないんですけど」
戸惑いながら総司に言うと一瞬悩み、少し困ったように告げる。
「失礼ながら様子から胃の調子が良くないのではと思いましてホットミルクを用意させてもらいました。砂糖も加えているので甘いですよ」
「よく見てますね」
「申し訳ありません。目についたもので…それはサービスですので」
責めたつもりはないのだけど、客を観察する事の無い総司としては罪悪感を感じているらしい。
全くもって嫌に思うどころか今はそういう気遣いは本当にありがたい。
口を付ける前に少し息をかけて冷まし、ちびりちびりと飲む。
ホットミルクの温もりが身体をポカポカと温めると同時に弱った精神を蕩かし、加えられた砂糖の程よい甘さが染み渡る。
入店したときとは打って変わった穏やかな気持ちに安堵の吐息が漏れる。
本当にここは良い店だなぁと思いながら自分達以外居ない店内でゆったりと過ごす。
それはロッドが珈琲を飲み終えるまでの短い時間であった…。
「レイス家の専属料理人にならんか?」
いきなり熱の籠った瞳を向け立ち上がり、言い放った父親に呆れて大きなため息を漏らした。
ここに来た目的を忘れたのではと思う程勧誘し続けるロッドを落ち着かせる事態になるとはとフリーダは胃ではなく今度は頭を痛めるのであった…。
●現在公開可能な情報
・不明な食材達
食事処ナオから帰ったロッドはゴーヤチャンプルや珈琲の味を忘れられず、レイス家専属の料理人に命じて作らせようとするも料理人は首を傾げるばかり。
それもその筈。
以前書いたようにチョコレートの原料であるカカオも珈琲豆もエルディアでは作る事は出来ない。
さらに今回の料理にはゴーヤにかつお節、バナナとエルディアに存在しないものが、それぞれに含まれているので言ったところで料理人は作れはしないのだ。
しかしそれを知らないロッドは書庫で資料と睨めっこして探そうとするのだった…。