進撃の飯屋   作:チェリオ

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第56食 スキヤキ

 アニは柄にもなく緊張していた。

 今日は食事処ナオの定休日。

 いつもなら部屋でゆっくりとした時間を過ごすのだが、出張の依頼を総司が受けたので食事処ナオ従業員総出で出向いていた。

 別に強制参加ではないので部屋で寛いでも良かったのだが、ほとんどが休日の方が時給が良いからと言う理由で付いて来ている。ただ戦士隊所属のアニとマルセルは別件での参加。

 出張先はエルディア王を語る偽者ではなく、本当の王家の血筋を引くレイス家。

 依頼内容は貴族達を招いての食事会を開くので、何か変わった肉料理を披露して欲しいとの事だった。

 エルディア王家の動向を伺うと同時に上手くいけば貴族に覚えられる可能性が高く、これからもエルディアで活動するのであればパイプを持っていた方が良い。

 無論バレる危険性も孕んでいるが、現状停滞している戦士隊の活動を考えるに形振り構っていられはしない。

 そう言う訳でアニとマルセルは参加し、同じような任務を帯びているニコロは総司がどんな料理を作るのかという料理人根性剥き出しでこちらとは別で参加…。

 

 まぁ、大貴族の一つに数えられるレイス家と言っても、権力争いなどからは身を引いており、周囲の大貴族からは疎まれている事もあって、食事会と言っても中小貴族を集めた小さなものだろう。

 そう考えていたばかりにアニは到着早々頭を痛める事になってしまった。

 

 確かに中小貴族も居たが要職に就いている者や貴族派閥内で目をかけられている者、何かしらに優れている者などなど名立たる貴族達ばかり。

 さらに国の中枢を司る大貴族勢揃いにまさかのエルディア王も居る。

 小規模どころか規模がデカすぎて場違い感が半端ない。

 こんな状況下で素を出せるのは総司ぐらいだろう。

 食事処ナオのメンバーだけでは人手が足りないと言う事で、集められた一流シェフとして名高い料理人の前で総司は今回披露する料理の調理方法を教えている。

 一切臆する事は無く、緊張など一切感じさせない普段通りの総司に呆れ顔を向ける。

 総司にとっては相手が貴族だろうが平民だろうが一切関係なく、ただ料理を作っては提供する。

 それだけの事なのだろう。 

 関心よりも呆れ果てて言葉も出ない。

 

 …訂正しよう。

 もう一人、素のやつがいた。

 イザベルもファーランもユミルでさえ緊張している中、ニコロも周りを気にしていないように見える。

 と、言うか総司の周りだけ熱量が違い、その発生源の一つとして温度を上昇させていた。

 

 見た事ない調味料に食材、聞いた事のない料理に年齢関係なく腕利きの料理人が喰い付く。

 矢継ぎ早に質問を投げかけては微笑ながら答えて行く総司。

 昨日に作り方や手順は聞いて覚えているので問題ないし、熱量の差からあの輪に近づきたくない一心でアニは遠くより総司とニコロを眺める。

 本当にニコロは本来の任務を忘れているのではなかろうか?

 どうでも良いかと浮かんだ疑問を蹴っ飛ばし、アニはこの後にある食事会の事に気を回すのであった。

 

 

 

 

  

 

 

 エルディア王は一言も喋る事もなく、上座に座ったまま動きはしない。

 肘掛けに肘を乗せ、頬付きをしたまま冷たい視線をテーブルへと向けている。

 重い雰囲気を放っているように周囲の貴族達は感じているが、本人としてはまったくもってそんなつもりは毛頭ない。

 なにせこの王は起きているようで寝ているのだ。

 元々瞼を半分ほど開けたまま寝るので、椅子に座っている時はいつも眠りこけていたのだ

 本来なら起きていないといけないのだけど、彼自身は王の偽物のお飾りなので起きているように見えれば別に何してても良いと大貴族達に言われている。

 起きていてもやる事は無いし、王の責務は彼ら(大貴族)が行うので寝て飯を食うだけの日々。

 

 今日は移動すると伝えられ、到着して席に座るとすぐにいつものように眠っている。

 食事会との事だから飯が出来たら起こしてくれるだろう。

 そう思って寝ていたのだが、鼻孔を擽る食欲を誘う香りに刺激され、意識が半ば強制的に現実へと引き戻された。

 意識が覚醒し、目の前に置かれている鍋が視界に映る。

 鍋には肉が一枚だけ置かれて焼かれ、そこに粒っぽい砂糖(ザラメ)黒い液体(醤油)が掛かり、肉の匂いから香ばしくも甘さのある香りが漂う。

 

 「食べても良いのかの?」

 

 まだ寝ていたい気持ちもあったが食欲の方が勝った。

 というか飯こそが一番の楽しみなのでそれを逃す事はしたくないというのが本音だ。

 形だけの王であるが食事は一流の物が出て来るので味は良い。

 ただ一応ながら毒見などをする為に冷めているのが悲しい事であるが…。

 

 「はい。まずはお肉をお楽しみください」

 

 見覚えのない料理人が答え、フォークを手に肉を指すと口に運ぶ。

 この時、周囲の者は驚愕していた。

 なにせ王が毒見もせぬまま食べ物を口にしたのだ。

 高い地位や役職も持った貴族の中にも毒見役を抱えるものが居り、どれだけ信頼のおける者が作ったとしても保身のために毒見させることがある。

 誰も死にたくはないのだから。

 しかしそんな彼らの常識を壊すように王は食べたのだ。

 まぁ、本人からしたら食べても良いと言われたから食べただけなのだが…。

 なんにせよ王の事情を知らない貴族達は“レイス家に絶大な信頼を置かれているのか”と素直に驚き、王の事情を知る大貴族達は“何をしているんだこの老いぼれは!?”と怒りと驚きで頭の中が真っ白になる。

 

 そんな両者の思考を全く理解できてない王は口に入れるや否や頬を緩ませる。

 冷めきった料理ではなく温かな肉。

 柔らかく、旨味の詰まった脂は噛み締めれば水のようにさらりと流れ、上質な牛の味わいを口いっぱいに広げ、喉を潤わしていく。

 薄くて柔らかくもしっかりとした肉らしい食感があり、香ばしく深みのある塩気と上品な甘さが合って噛み締める度に幸せが溢れ出る。

 

 「これは美味い!」

 「それは良かったです。では早速作っていきますね」

 

 感想を述べると礼を微笑を浮かべて返され、料理人は目の前で調理を開始した。

 牛脂で鍋底を撫でまわし、上質な牛肉にザラメ、割り下を入れて火を通す。

 肉に火が通ればしらたき、長ネギ、焼き豆腐、スライスしたゴボウ、椎茸、白菜、春菊、麩、榎茸、しらたきを種類別に分けて配置し、またザラメに割り下を掛けて少し煮る。味が浸み込んでしらたきや豆腐が割り下の色に染まり、割り下を吸って肥大化した麩を確認して大きく頷く。

 流れるように料理が作られる様子を目で楽しみ、調理の最中に発生する香りと音で食欲がさらに刺激される。

 ゴクリと喉を鳴らし、まだかまだかと出来上がるのを楽しみに待つ。

 その最中、他の貴族達も肉を味わい、初めて味わったザラメと醤油に舌が喜ぶ。

 儂のはまだかまだかと調理されている光景へと視線を戻すと、料理人がにっこりと微笑みかけて来る。

 

 「すき焼き出来上がりましたよ。溶き卵に絡めてお食べ下さい」

 「トキタマゴとは?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げながら、テーブルを眺めると手前に生卵が入っただけの器が置いてあり、「失礼します」と呟いた料理人が分かれていた黄身と白身を混ぜ合わせる。

 溶いた卵だから溶き卵か。

 納得した王は言われるがままフォークで持ち上げた肉を溶き卵に浸けて頬張った。

 先ほども味わった肉の旨味に甘くも塩気のあるタレ、そして卵が加わった事で味わいは滑らかになり、ゴクリと飲み込んだ時の感触が優しく下へ下への通り過ぎて行く。

 生卵と言うのは初めて口にしたが良いものだな。

 生卵という腐りやすい食べ物を王に提供した料理人、さらにレイス家に貴族達は驚愕していたが、一番驚いているのは料理人である総司に依頼を出したロッドであっただろう。

 

 「うん、美味い!」

 

 卵を浸けただけでただでさえ美味しかったものがさらに高みに上り、脳や食欲が早く食べたいと繰り返される。

 抑止する気などさらさらなく、その心のままにフォークを動かす。

 噛み締めれば中から旨味と自然な甘みが溢れ出る長ネギ。

 元が淡白な味わいな分、濃い目のタレが良く浸み込み、味わうと同時にツルっと喉越しを楽しめる焼き豆腐。

 スライスしたにしては硬い歯応えが特徴的で、香ばしい風味がタレに深みを持たせるゴボウ。

 ふにふにと柔らかく歯応えに、独特の旨味と染みていたタレが染み出してくる椎茸。

 タレと熱によってしんなりと柔らかくもまだしゃっきりとした食感を保っている白菜。

 濃厚なタレの中に居ながらも、癖の強い味わいを持って強い存在感を出す春菊。

 しっかりと浸み込んで柔らくなりつつも、硬さも残っている不思議な食感の麩。

 細いけども歯応えのある茸が連なってコリコリと噛む度に食感を響かす榎茸。

 タレの色に染まりつつ透明感があり、噛み応えのあるコシと喉越しが良いしらたき。

 どれもこれもが全く知らない食材ばかりだが、あれもこれもが独特で美味しい。

 若い頃と比べて歳を重ねるごとに食が細くなってしまっていたが、まるで若返ったかのようにがっついて食らう。

 口の中に放り込んでも、ゴクリと飲み込もうとも溢れ出る食欲を満たす事がない。

 

 「これは美味過ぎる。これほど美味い物を食べたのはいつ以来か」

 「お気に召されたようで何よりです」

 「しかし量が少ないのぉ…」

 

 味も食感も良いのだが如何せん量が足りん。

 否、いつもの食事であるならば満足する量であったが、この“スキヤキ”なる料理はまだまだ食べたくて仕方がない。

 不満を口にすればにっこりと料理人は笑う。

 

 「〆に麺かライスを用意しておりますので」

 「まだ食えるのだな!」

 

 まるで幼子のように無邪気に喜ぶ様子に、周りの貴族達も舌鼓を打っている事から大いに納得し、〆がどのような物なのかと期待を膨らませる。

 

 

 

 

 

 

 ロッド・レイスは内心笑みを浮かばせる。

 最初は王に不用意に近付き調理すると言った行動に驚かされたが、あとは順調どころか上手く行き過ぎた。

 大貴族達は想うところがあるようだが、他の貴族達や形だけの王が満足にしている様子から手出しやいちゃもんは言い辛い。

 今までレイス家を疎み、何かしらあれば嫌がらせをしてきた大貴族共が、周囲に合わせて何とか作り笑顔を浮かべる様子に溜飲が下がる思いだ。

 それにしてもこの“スキヤキ”の〆の麺は美味いな。

 残っていたタレに“ウドン”と言う白く太い麺類を入れただけの料理であったがこれが美味いのだ。

 強いコシがありながらも、喉越しは滑らか。

 食感を楽しむのも良いが、そのまま喉越しを楽しむも有り。

 何より肉や野菜類の旨味が合わさったタレが麺に良く絡んで濃厚で深い味わいを口いっぱいに広げる。

 これだけで腹を満たしたいぐらいだ。

 それはズズズとマナー的にあり得ないのだけど、啜りながらでも食べている王も抱いているだろう。

 ロッドの予想通りに王も同様の想いを抱いては居た。

 ただ唯一の楽しみが食事であるという事からロッドの予想をはるかに超えていた事を除けばだが…。

 

 「王宮の料理番になる気はないか?」

 

 突然王がそう呟いた。

 この言葉にロッドは思わず目を見開きながら頬を緩ませた。

 偽物とは言え王が気に入るほどの料理人を紹介したとなれば、周囲からの評価は上がるだろうし、あまり関りのない貴族からの覚えはいいだろう。

 しかしそれを良く思わない者はいる。

 大貴族は勿論だが、次期当主として参加していたフリーダが特によく思ってはいなかった。

 なにせヒストリアやクリスタから楽しみを奪い、自分からも奪おうとする思惑を感じ取って、うどんを含みながらジトーと睨みつける。

 思わぬ身内からの抗議を背に受けながらもどう転ぶかを伺う。

 

 「有難い話だとは思いますが、私には過ぎたる栄誉。私には今の生活で十分なのです。これ以上を望むは強欲と言われましょう」

 「そうか…それは残念じゃが仕方がないな」

 

 王の申し出を断る事を無礼(総司は王だとは解ってない)と思う者もいるが、当の本人が仕方がないように言った事で誰もそれを口にしようとしなかった。

 これ以上株を上げるのも恨みを買う事からここらが引き際だ。

 少し残念ではあるがそれでも満足過ぎる成果を胸に笑みを浮かべる。

 

 「おぉ、そうじゃ!儂が王座をレイス家に返せば(・・・・・・・・)毎日でも食べに行けるの!」

 

 この発言さえなければだが…。

 最後の最後で動揺が走った食事会により、レイス家と食事処ナオに最大の危機を迎えるのであった…。




 アンケートで“すき焼き”がありましたが、それはそれで別回を書こうと思います。


●現在公開可能な情報

・戦士隊の実情
 ほぼ食事処ナオの情報ばかりで、調査兵団組からは主だった情報が入らないので正直報告することがない。
 ライナーやベルトルトは多少焦るようになり、ジークは成果を出し続けているように小出しにしたり思わせぶりな表現を用いたりして時間を稼いでいるが、ストレスも比例して稼ぎまくっている。
 最近はストレスから甘味に手を出すようになり、今では増え始めた体重が一番の敵となっている。
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