父の日。
母の日同様に日頃の感謝を伝える日。
これもまた食事処ナオの飯田 総司の故郷の行事らしいのだが、母の日なら兎も角父の日となるとエレン・イェーガーは複雑な思いを抱く。
母さんは口五月蠅い事も多く感じるも、感謝をしていない訳ではない。
普段は口にし辛い感謝の気持ちをそういう日と言う事で伝え易くするというのは良い考えだと思う。
けど母さん…カルラと結婚する前にダイナ・フリッツという女性と結婚しており、俺より年上の子であるジーク・イェーガーが居る事を最近になって知っては想う所がない方が難しいだろう。
ダイナさんもジークさんも父さんの妹であるフェイさんも良い人だ。
ゆえに余計に父さんがした事は許せる筈もなかった。
…けど母さんもダイナさんも叔母さんも許すまではいかないまでも普通に接する程度の関係を保っている。
酷い想いを味合わされた母さん達がそうしているのに、俺一人意固地に毛嫌いしているのもなんか違う気がする…。
と言う事で父の日を理由に何かしら多少の改善を図ろうと実家に帰って来たのだ。
父さんが往診に出掛けていない間にだが…。
「さて、作るか」
自腹で購入したエプロンを着て台所に立つエレンは、疲れ切った笑みを浮かべながら袖を捲る。
毎回ながらダイナさんもフェイ叔母さんも可愛い可愛いと俺を撫でまわすのをやめて欲しい。恥ずかしい上にこちらとしては何一つ身動き取れないのだから。
しかも今回は一緒に帰ってきたミカサも参戦したので一層疲れが増した…。
念のために早く来て正解だった。
今は三人が料理の邪魔になるとして母さんが連れて行ってくれたので、台所には俺しか居ない。
花を贈るとか面と言って言葉を交わすのは多分難しいだろう。
なので俺は料理を作って置いて置く事にした。
料理であるならば以前教えて貰ったので多少の心得は有るし、今日作ろうとしている料理は総司さんから聞いたレシピなので問題ないだろう。
“ポッサム”。
食事処ナオでしか扱ってない調味料や材料を使わないので、個人的に集めても作れるので手軽に作れそうだ。
ただ材料費は高くつきそうだけど。
豚バラの塊は懐に痛かったなぁ…。
ため息を漏らしつつも調理を始める。
ポッサムと変わった名前をしているが、要は豚バラを茹でてキムチという変わった野菜と一緒に葉物に巻く料理。
調理自体は意外と簡単なものだ。
来る前にはちみつに砂糖、塩などと一緒に包んで浸み込ませておいた。
鍋に豚バラを入れ、長ネギにニンニク、生姜に酒、それからそれらを浸せるぐらいの水を入れて煮込む。
煮る間は暇な気もするが、決して目を離さない。
当然ながら煮ていると灰汁が出て来るので、出てはすくって処理をする。
ちょっとした手間だが惜しむと味に影響が出てしまう。
鍋と睨めっこしながら処理を続け、豚バラが茹で上がったところで引き上げて包み、少しの間寝かせておく。
その間に荷物の中からキムチを取り出す。
このキムチと言うのも作り方を聞いて漬けたものだ。
塩と水に数時間浸けてから水切りした後に、ニンニクにリンゴ、唐辛子の粉末に浸けて馴染ませる。
強い辛味に旨味と甘味が合わさった事で深い味わいに、シャキシャキとした歯応えが心地よい食べ物で、総司さんは温かなご飯と食べると非常に美味しいと言っていたが、ライスを手に入れるのは中々に難しそうなので、今度食事処ナオにてライスを頼んだ際に楽しむことにしよう。
それとレタスを水に浸けながら巻くには程よいサイズに千切っていく。
葉が瑞々しさを取り戻し、手応えも良くなってくる。
噛み締めれば良い歯応えとして広がるだろうな。
ふふふ、と小さく笑みを浮かべる。
豚バラも良い感じに寝かせたので包みから外し、一センチずつに切り分けて皿に並べて行く。
入れ物十分なほどのキムチを入れ、葉物の皿に乗せている。
出来上がったポッサムを眺め、次に時間を確認すると丁度良い時間帯だ。
予定通りならもうすぐグリシャが帰って来る。
顔を合わせる前に帰るとするか。
荷物を纏めてミカサを呼び、母さんにフェイ叔母さん、ダイナさんに挨拶をして帰路につくのであった。
往診を終えて帰ってみると食卓が妙に彩られてあった。
テーブルには肉を茹でたものに葉物、そして真っ赤な漬物らしきものが並べてあった。
だいたいはスープにパンなどが多いのに比べて今日は一段と豪華だが、何かしら行事があったというのは頭にない。
いや、違うのではないか?
自分が覚えてないだけで何かしらの記念日だったのではないか?
結婚記念日?誕生日?それとも何か別の記念の日だったのか?
以前この手の日を忘れていた事があり、酷くカルラの機嫌が悪い日が続いた。
ただでさえダイナの事で過敏な状態なのだ。
今でこそ平穏そうに見えてもそれは蜘蛛の糸で繋がっているような危うさがある。
そこに爆弾を投げ込む様な事をすれば確実に今の生活は破綻するだろう。
必死に脳を酷使してでも思い出す事に努める。
が、決して答えは出る事は無く、その様子にカルラ達はクスリと笑った。
「今日は父の日らしいわよ」
「父の日?」
「日頃の感謝を父親に伝える日。この前母の日にエレンが帰って来たでしょう?」
「あぁ、そう言えば…」
なんでも食事処ナオの店主から聞いた、彼の故郷の行事だったか。
あの日はエレンが帰って来てカルラやダイナに手料理を振舞っていたな。それと食事処ナオで買って来たケーキも。
そう言われて意図を察した。
これもまたあの店主の故郷の行事で、母の日の父親版なのだろう。
「と、言う事はこれはエレンが?」
「そうよ。あの子なりに考えているのね」
そうかと短く呟き、頬が緩む。
作って会って行かないと言う事は、完全にとまではいかないと言う事だろうな。
私があの年代で同じ立場になれば許せるかどうか解らない。ただ嫌悪から近づこうともしないだろう。それに比べたらエレンの一歩の重さと苦渋が見え、この料理の重みが非常に増す。
「良く噛み締めるのね」
「…勿論だとも」
大きく頷いて席に腰かける。
同様にダイナにフェイ、カルラも腰かけて食べる準備は整った。
早速食べようと肉を取ろうとしたところで止められる。
「これは豚バラとこの
「ほぅ、中々変わった料理のようだ」
言われるがままレタスで豚肉とキムチを包んで口に含む。
シャキリと瑞々しく、歯応えの良いレタスの食感の後に、深い辛味の利いたキムチの味わいに豚の旨味が詰まった豚バラと濃厚な脂が広がる。
脂っぽい感覚も受けるも、レタスとキムチによってさっぱりとする。
「美味いな。うん、これは美味い」
ゆっくりと噛み締め、大きく頷きながら飲み込む。
作ったエレンの事を想うと目頭が熱くなってくる。
二口目を包んでガブリと齧り付く。
先ほどの味わいに加え、少しばかり塩気が加わった。
黙々と食べ続けるグリシャの瞳からは一滴の涙が流れた。
それが頬から口元へと流れ落ちて行く。
カルラもダイナもフェイもその事に触れず、淡々とエレンの料理に舌鼓を打つのであった。
●現在公開可能な情報
・エレンの調理技術
報告会の一件で総司より料理指導を受けたエレンは、以前は全くしなかった料理をするようになった。
毎日とはいかないが趣味レベルでたまに行っていた。
ミカサもその影響からか多少料理をするようになり、お互いに調査兵団の寮生活の中で、疲労具合などにも寄るが互いに自炊していたりするようだ。