進撃の飯屋   作:チェリオ

72 / 123
 今回もリクエスト回です。

 今更ながらタグに“ネタバレ”を追加しました。
 原作ストーリーから大きく逸れてますが、設定などはそのままでまだ放送されてない話もありますので。


第60食 お茶漬け

 お茶漬け。

 食事処ナオで提供している料理の一つで、丼物のようにライスがその大半を占めている。

 上に具を乗せ、短い時間で食べきれる点においては丼物と同じであるが、主だった用途は異なって食されていた。

 丼物は量も有って短時間に掻き込めるので平日のランチとして人気を博しているが、お茶漬けは丼ではなく茶碗なので量が少ない。なので少し小腹が空いた人や酒を飲んだ後に少し胃に入れたいという人が好んで食べているようだ。

 お茶漬けというのは簡単に言うとライスの上に具を乗せた茶碗にお茶などを注ぐという簡単な物。

 しかしその種類は豊富で、味わいは深い。

 具材は鮭に鯛などの焼き魚類に沢庵や胡瓜の浅漬け、梅干しなどの漬物類、他にもワサビなどもあり、トッピング次第で具の組み合わせだけでもかなりの数になるだろう。

 さらにそこに注ぐ物も加わる。

 お茶と言っても塩昆布茶に烏龍茶、玄米茶などなど種類があり、そしてお茶以外にも出汁を注ぐことも出来るので食べようと思うと、どの具材で何を注ぐがで長時間悩んでしまう。

 しかし今日はそういう訳にはいかないのだ。

 

 エレン・イェーガーは朝から食事処ナオに出来た長蛇の列に並んでいる。

 本日は食事処ナオの未来が掛かった会議が行われるのだ。

 まだ営業時間外であるが、会議に参加する人や傍聴する人の為に早く開けて、いろんなものを注文されると時間が掛かるのでお茶漬けオンリーであるが提供している。

 前の人物が席に座り、次に席が空いたら自分だなと順番を確認したエレンは店内を見渡す。

 誰も彼もこの店が無くなるのを悲しみ、最後になるかも知れないと訪れた常連客もいるようだ。

 終わりを思わせるように、総司とユミル以外の従業員の姿はない。

 判決で有罪が出た場合、彼ら従業員も巻き込まれる事が予想されるので、一足先に辞めたという事でそれぞれを逃がしたのだ。

 ファーランやイザベルはリーブス商会がとりあえず預かりの身として護り、アニやニコロ、マルセルは自分で何とか出来ると去って行った。

 残ったユミルにも同様の選択を迫ったらしいのだが、最後まで付き合うよと残っている。

 寂しく感じながらも、訪れ始めた事のようで懐かしさも感じる。

 思い出に浸りかけたエレンは、見渡していた事で意識はある客に向く。

 

 視線の先には会議に参加するレイス家のフリーダが居り、その手にした茶碗には鰻が乗せられていた。

 エルディアで鰻と言えばぶつ切りやゼリーに寄せるなど美味しいイメージがなく、値段が食事処ナオのメニューで高価な為に誰も注文する事が無かったのだが、フリーダが熱心に勧めたりする影響で口にした常連客が美味いと驚きと共にまた誰かに教えるので、高いながらも人気メニューの仲間入りしたのだ。

 鰻にタレを塗って焼いた鰻のかば焼きの香りはすきっ腹に響く。

 ほかほかのライスにタレが垂れて浸み込み、それだけでも非常に美味いんだよな…。

 眺めていたエレンに気付かず、フリーダはそこにカツオ出汁が注がれる。

 鰻のかば焼きに乗せられていた刻んた焼き海苔に三つ葉が出汁の上を泳ぐ。

 

 ゴクリと生唾を飲む。

 先ほどでさえミニ鰻丼で美味そうだったのに、そこに出汁を注ぐなどどのような味わいになると言うのだろうか?

 好奇心もさることながら、鰻のかば焼きの香りに混ざった出汁の匂いに余計食欲が擽られる。

 

 このままでは余計にお腹が空くと思い別方向に視線を向ける。

 すると従業員ではなく、お客として訪れているイザベルとファーランを見つけてしまった。

 イザベルは解した鮭の身が乗った鮭茶漬け、ファーランは………鯛を乗せている!?

 焼いた鯛の身を解した鯛茶漬けはエレンも知っている。が、ファーランのは鯛の刺身を数切れ乗せているようなのだ。

 マジかよと驚きの声を漏らして眺めていると同じテーブル席にキッツが居ることに気付き、彼はライスの上に鮪の刺身を乗せているようだった。

 ああいうのもあるのかと目を見開いていると、三人ともが注ぎ始める。

 昆布の香りから昆布出汁かと思ったが、香りの中に塩気を感じて出汁を否定し、塩昆布茶であると理解した。

 昆布の旨味に強い塩気。

 魚系ともよく合うんだよなぁ…。

 

 出汁や塩昆布茶のように旨味を引き出したものも良いが、ちょっと離れた位置に居るマルコのように沢庵に緑茶でさっぱりと沢庵の旨味と甘味を楽しむのも良い。

 ちょうどマルコが掻き込んで咀嚼し、聞こえる筈はないのだが沢庵の小気味いい歯応えが聞こえてくるようだ。

 幻聴を頭を振って追い払っていると席が空いたのでそちらに向かう。

 

 隣はマルロで焼きおにぎりに出汁を注いでいた。

 出汁が香ばしく焼かれたおにぎりを包み、しっとりと浸み込む。

 柔らかくもカリッと香ばしいという他の茶漬けでは味わえない食感を楽しめる。

 ここにきてまた別の茶漬けを見て揺らぎそうになるも、硬い覚悟のまま決めていたお茶漬けを注文する。

 

 茶碗にライスをよそい、具を乗せるだけなのでいつも以上に早く、トレイには一緒にお茶の入ったポットも運ばれ、満面の笑みを浮かべながら受け取る。

 エレンが注文したのは鮭茶漬け。

 それもただの鮭茶漬けではなく、鮭ハラス(・・・)茶漬けである。

 玄米茶を注ぐと鮭ハラスに乗っていた刻んだ焼き海苔とネギ、生姜が舞う。

 鮭に玄米茶は勿論、海苔にネギ、生姜の香りも合わさって鼻孔を擽る。

 早速茶碗に口を付け、スプーンで口へと流し込む。

 

 香ばしくもさっぱりとした玄米茶と共に鮭の風味がふわりと広がる。

 鮭ハラスというのは鮭の脂身の部位で、身はとろりとふやけるほどに柔らかく、鮭の旨味が脂にぎゅっと詰まっている。

 焼き魚でありながらも易々と飲み込めるほどなので、茶漬けにしたら飲むように食すことが出来る。

 濃厚な鮭の旨味に頬を緩め、味わいながら掻き込んでいく。

 朝食として程よく胃に溜まっていく事を実感すると同時に、食べきってしまう事に酷く喪失感に似た感情に襲われ、スプーンが止まる。

 嫌な感情と考えが過りそうになったのを一気に掻き込む事で逸らし、食べきって大きく息を吐くと「大丈夫、明日も食べれる」と自分に言い聞かせ、気持ちを前向きにして立ち上がる。

 

 「ご馳走様。また来ます(・・・・・)

 

 その言葉に総司はにっこりと微笑みを返す。

 また明日もいつもと変わらない日常が訪れる事を祈って、会計を済ませたエレンは足早に店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 飯田 総司の罪状が妥当か不当かを判断する会議は始まり、荒れると言うよりは全員が驚愕のあまりに言葉も発せない状況に陥った。

 三つの兵団が大きく関わっている事から、議長は兵団を総括しているダリス・ザックレー総統が務める事になり、彼を中心として左右に大貴族達と総司を弁護するものと分かれ、弁護する者の代表として対峙しているのはレイス家当主のウーリに次期当主のフリーダ、そして調査兵団エルヴィン団長の三名のみ。兵団からの参加が調査兵団のみなのは憲兵団と駐屯兵団は様子見、そしてウォール教とリーブス商会は参加者ではなく傍聴席に居る。

 会議が始まるとまずはエルディアで入手不可能な食材である珈琲豆にチョコレート、バナナが読み上げられ、次に中央憲兵が総力を挙げても掴めなかった搬入ルートの件に数十年の開きがある電化製品の数々…etc.etc.

 何とかフリーダ・レイスが必死に弁護しようとするもどれもこれも言い返せる理由も証拠も無いので空振りに終わり、逆に大貴族はこれでもかと言うぐらいにレイス家も関与しているのではないかと責め立てる。

 間違いなくレイス家ごと潰そうとする意思が伝わって来る。

 ただ何故エルヴィンが何も言わずに眺めているかだけは誰もが首を傾げていた。

 ここまで傍聴人も弁護側同様に大貴族に憎しみめいた視線を送りつつも、何も打開できない状況に悔しさと無力さに打ちひしがれ、逆に大貴族達は勝ち誇った表情を浮かべていた。

 

 ただ状況が大きく変化したのはその直後であった。

 エルヴィンが総司がマーレのスパイでない事を証明する証人が居ると言い放ち、先に許可を取り付けていたのでその場で証人が登場し、傍聴席にいた常連客は目を見開いて驚いた。

 

 マーレ軍戦士隊の隊長―――ジーク・イェーガー。

 

 そう名乗ったジークの登場にエレンやライナー、ベルトルトの驚きは人一倍だったろう。

 エレンからしてみれば義兄がマーレの軍人だったと初めて知り、戦士隊所属の二人からすれば何してるんですかと声を大にして突っ込む寸前であった。

 

 会議場は荒れに荒れた。

 その発言の真偽に実際にそうだとしたら敵を手引きして入れた事に他ならない。

 大貴族は発言が被って何言っているか分からない程騒ぎ立てるも、エルヴィンはまったくもって動じる様子はない。

 そしてエルヴィンが語ったのは今回の壁外調査の成果。

 内容は壁外においての敵対勢力の施設の制圧。

 これは先に報告書としてあげていたのでその点だけは問題ないのだが、問題は報告書には詳しくは書かれていなかった正確な場所である。……いや、正確に記入して居ないのは場所だけではなく、合同で作戦を行った者達の存在。

 

 なんとエルヴィン達はマーレ軍内でジークの考えに賛同している反マーレ派義勇兵とフクロウと呼ばれる者が創立したエルディア復権派、そして現マーレ政権に嫌気がさしているエルディア人とマーレ人の一部が合わさった民衆と共にマーレの首都の重要施設を制圧したのだ。

 無論正面切っては無理なので、正規軍を首都より離れさせる事態を起こして、ジークが使った経路を逆に通って飛行船と立体機動装置を使っての首都を奇襲。同時に各部隊と連携して首都を陥落させたのだ。

 引付け役はマーレを快く思ってない国家の一つである“ヒィズル国”が引き受けてくれた。

 というのもミカサ・アッカーマンの母方の血筋が大きく関係し、ミカサがヒィズル国将軍家の末裔であることから、同じく将軍家を祖とするヒィズル国にて多大な影響力を持っているアズマビト家当主であり財団のトップのキヨミ・アズマビトが短時間で根回ししてくれたのだ。

 無論ただでという訳にはいかず、成功の暁にはパラディ島に眠る地下資源を優先的に回して欲しいとの話だ。

 

 この件はエルヴィンの案ではなく、ハンバーガーを食べながらの会議をした後に身分を明かして接触したジークの案である。

 ジーク達戦士隊はエルディア内部で諜報活動をしている中で、レイス家やアッカーマン一族の調査も行っていた。

 その中で母親が東洋人というエルディアでもマーレでも珍しい血を引いている事から、藁から針を探すような念入りに調べた結果に判明し、今回の壁外調査にミカサが同行することになったのだ。

 ミカサが将軍家の末裔であることはマーレ上層部には上げておらず、報告書はジークで止まっていた為にマーレ本国は一切認知していなかっただろう。

 ちなみにマーレ本国でエルディア人を決起させる為に、本物の王家であるレイス家(フリッツ家)のクリスタとヒストリアも同行していた。

 そしてこの作戦はレイス家当主にピクシス司令認知の作戦であり、その根回しには彼らも参加している。

 

 敵国の人間であると名乗り出たジークはこの時点で、誰もが手出しできない爆弾と化した。

 なにせそれが事実ならジークは現マーレを押さえた中心人物の一人で、もし下手な判断を降せばまた大きな戦争になる可能性がある。無論そうならない可能性もあるが、絶対にならないという保証はない。

 

 そのジークが宣言する。

 飯田 総司はマーレの協力者ではなく、数十年から一世紀は先の技術力に搬入経路不明な上に未知の食材を扱う飲食店として調査対象であったと。

 ゆえに大貴族が言うようなマーレのスパイでは無い…と。

 そして彼を捕らえて何かしらするようなら徹底的な抗議を行うと脅しまでかけた。

 

 とりあえずここまでの流れで議題であった総司に対するマーレのスパイ容疑を、ザックレーがどう判断するかによって変わる。

 これでそうではないと判断するなら、疑惑こそ残るものの現在の罪状は流れる。

 勿論、エルヴィンもジークも時間稼ぎがしたい訳ではない。

 大貴族を黙らせる事の出来るジョーカー(切り札)を手にしているので、今さえ乗り切れば全てをうやむやにして総司を護る事は出来ると確信を持っている。

 なのでとりあえず総司の疑惑の大本を先に晴らしておきたいのだ。

 驚愕ばかりの流れから全員の視線は議長のダリス・ザックレーへと向かい、意図を察しているのでそう間を空ける事無く答えを述べた。

 

 「なら無罪だな。腹も減ったし閉会するか」

 

 軽くそう告げ、早々に帰ろうと立ち上がるダリスに呆気に取られ、何を言われたかこの場に居た全員が完全に理解出来なかった。

 退出しようとドアノブに手を掛けた辺りで大貴族も調査兵団も「待って!」と、敵味方関係なく制止の言葉を放つのであった…。




●現在公開可能な情報

・会議場の現在の勢力図
 総司を…食事処ナオを護ろうとする調査兵団に憲兵団、駐屯兵団にリーブス商会、ウォール教にレイス家、それに加えてマーレよりジーク参戦。
 中央兵団を支配下に置いていると誤認識している大貴族。
 そして何故か中立だと思われている食事処ナオ最古参の常連客で、特別枠のザックレー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。