正直夏バテ気味で打つ速度の低下と思考が纏まらない…。
マーレ軍多国籍義勇軍に所属している者の中にイェレナという女性が居る。
平均的女性の身長を軽々と超えた長身に目元を覆わぬように切りそろえられた髪、大きな目に黒一色の瞳が特徴的な彼女はマーレ軍に属しておきながら、ジークに通じて反マーレ派義勇兵を纏めてマーレ首都にてジークが関わっていた組織に調査兵団と協力して政権の制圧を果たした一人。
現在はマーレの現政権を纏めているジークの代わりにエルディアに訪れ、本格的な交渉に入る前の打ち合わせなどの行っているのであった。
ただ毎日詰め込んでする事も無いので、休日や休憩時間は自身の思うがままに楽に過ごしいる。
そして本日彼女はジークより聞いた“変わった飲食店”に同胞と共に向かっていた。
「やっぱり好奇の目というのには慣れないな」
「いずれ慣れるさ。見られる側も見る側も」
エルディアトロスト区大通りを歩いていたイェレナ達は、周囲より好奇の視線に晒されていた。
すらっとした体形で長身のイェレナも目立つことながら、連れ立った同胞であるオニャンコポンはさらに人の目を惹いていた。
彼は常識的な人物で、エルディア人だからマーレ人だからという強い差別意識を持たないので態度や内面において注目を浴びている訳ではない。
彼が人の目を惹いていたのは生まれつきの黒い肌の色にあった。
多国籍軍では然程珍しい事ではないのだが、パラディ島に住まうエルディア人にとっては初めて見る黒人に驚きを隠せない。
奇異の目に別段動じる様子の無いイェレナは気にも止めていないが、受けているオニャンコポンは居心地悪そうに頬を掻く。
例の店に行くには裏路地に入らねばならないので、奇異の眼差しはそこで終わりを告げる。
「ふぅ…」と息を付いた彼に背を向けたまま進むイェレナは、塀の上より見つめる黒猫を見つけた。
ジークが言っていた黒猫なのだろう。
「案内を頼めるかな?」
「……ナォウ」
黒猫はひと鳴きするとひょいっと地面に着地してスタスタと歩き始める。
猫に案内されている事に全く疑う様子の無い。
彼女にとってジークというのは同志などの類ではなく、崇める信奉者であることからジークからの情報は疑う余地がないのだ。
同胞であるがそこまでではないオニャンコポンは微妙な表情でついて行く。
誘われるままについて行くと、エルディアともマーレとも異なる建築物が見え、入り口前で黒猫が立ち止まる。
「変わった建築物だな」
その言葉に同意しながらも想った事は口に出さなかった。
確かに珍しい建物ではある。
完全にとはいかないが、雰囲気や一部はヒィズル国の建築物に近い印象を受ける。
だが、それを口にしたところで確証もないし、そうであるならばジークが気付かない筈がない。
なので口に出さずに思うだけで済ませたのだ。
「では、行こうか」
淡々と告げて扉に手をかける。
扉を開けると澄んだ鐘の音が響き、ふわりと心地よい風が吹いた。
自然な風ではない。
人工的な風であると即座に理解したが、それ以上は理解が及ばなかった。
確かにマーレにも風を送る機械があったりするも、心地よい温度に調整して吹かすなんて物は無い。
これはジークが目をかける事はあるなと大きく頷き、戸惑いを見せたオニャンコポンを他所に店内に踏み込んだ。
続いてオニャンコポンも入ると大通りと同じく注目を集めてしまう。
「いらっしゃいませ。二名様ですね?カウンターの方へどうぞ」
初めて見る黒人に店員ですら戸惑いを見せ、やはりこうなるかと思った矢先に総司が微笑みながら声を掛けた。
逆に驚いて目を見開き、すぐに落ち着かせて言われるがままカウンター席に腰かけた。
差し出された水にメニュー表を受け取りながら、店内の様子をちらりと伺う。
混雑するであろう昼食頃を避けて早めに来たが、同じ考えを持った客により半分が埋まっている。
客の様子はさておき、調度品や厨房に並ぶ電子機器類を目を向け、マーレの物と目測であるが比較して技術力の格差を実感すると同時に、やはりこの国の人間ではない事を察する。
エルディア人であれば道中見せた人々と同じ反応を見せる筈。
なのに彼はまったく動じた様子もなく対応した。
建築様式から店内の器具、先の反応を考えるとやはりこの国の人間ではないのだろう。
そう考えたところでジーク戦士長がもはや探る気もないので、このような考察には意味が無いので早々に考え自体を追い払う。
さて、観察はここまでにして注文する料理を決めようと思うが、種類が多すぎて逆に悩んでしまう。
マーレでお馴染みの料理もあれば、報告書で見たエルディアの料理にヒィズルらしい料理、さらに聞き覚えの無い料理など、あまりの混雑具合に眉を潜める。
これは隣のオニャンコポンも同様であり、お互いに決められずにメニュー表と睨めっこする。
いつまでもそうしていたって料理は来ないので、ため息一つ漏らしてカウンターを見渡す。
すると一人の少女に視線が止まった。
焦げ茶色の髪をポニーテールに束ねている彼女は、三種類のコロッケ系をナイフとフォークを用いて豪快に食べていた。
食い方は意地汚くも見えるも、様子や表情はとても美味しそうで、自然と惹き付けられてしまったのだ。
満面の笑みで口に含む度に頬を緩める姿を見て、アレにしようとイェレナは総司に声を掛ける。
「アレを下さい」
「あ、同じものを」
「畏まりました。コロッケセット二人前ですね」
イェレナの注文にオニャンコポンも同乗して同じ品を頼む。
何と無しに見つめると苦笑いを浮かべられた。
ちょっと“良いように使われた感”を抱きながら正面へと向き直ったイェレナは、すでに作られていたタネを鍋いっぱいに注がれた油で揚げられている様子を眺める。
パチパチと油が跳ね、じゅわ~と音を立てて揚がり始める。
これならばすぐに出来そうだと昼食前に来た判断は正しかったなと心の中で頷く。
コロッケ類はそう時間も掛からず揚がり、皿に盛り付けられてカウンターに出された。
「お待たせしました。本日のコロッケセットです」
メインの大皿には三種三様のコロッケ類と盛られた千切りキャベツ、それと個別でコーンスープとパンがカウンターに置かれた。
そのうち二種類は解からなかったが、一つだけは多分報告にあった“ポテトコロッケ”だろうと予想する。
円盤状の形に黄金色の衣。
ジーク達戦士隊の報告書の中に記載されていた料理の一つで、エルディアで大量生産されている芋を潰して揚げた料理。
情報と知っているだけでどのような物かと興味を持ちながら、ナイフとフォークを手に取って、フォークで抑えつつナイフで切り分ける。
切るや否や、中からホクホクと湯気が立ち昇り、白っぽい中身が姿を現す。
綺麗な断面をほどほどに眺めてパクリと含む。
サクリと香ばしい食感の衣は油で揚げていた事から油っぽいのを予想していたが、然程そういう事もなく、素朴で優しい芋の味わいが口内を撫でる。
妙に落ち着く味わいにほろほろと崩れる食感、途中途中に含まれる小さな肉と玉葱の旨味。
調味料やソースで味を付けるのではなく、食材の味わいを最大限に活かした味に仕上げている。
報告書で見るのとこうして味わって実感するのでは大き過ぎる違いがある。
イェレナが頬を多少緩ませて食べている様子に、オニャンコポンは目を見開いて驚く。
なにせいつもつまらなさそうな表情か真顔ばかりで感情が読み辛いイェレナが、感情を読める程度に表情に出したのだ。
驚きながら見つめていると、視線に気づいたイェレナが首を傾げるので咄嗟に話題を振る。
「何だったんだ?」
「ポテトコロッケですね。報告にあった以上だ」
そう答えて次の一口を含む。
初めて食べた筈なのにこの懐かしさに似た感覚は何なんだろうか。
ホッと安心感をもたらす味わいに舌鼓を打ちながら、見苦しくならない程度に次々と口へと運ぶ。
ポテトコロッケを食べ終えて、千切りキャベツで口をさっぱりさせたところで次の揚げ物に移る。
次に食べようとしたのは俵型の揚げ物で、他の二つと完全に形が異なっていた事から何が詰まっているか想像が出来ない。
「…これはなんて言う揚げ物なんだろうな?」
「さぁ?直接聞いた方が良さそうですね」
「それはカニクリームコロッケです。ホワイトソースに蟹の身を加えて揚げたものとなっております」
「あー…
オニャンコポンとの会話から総司が答えたが、説明を聞いて少し落胆してしまった。
クロケットならばマーレで慣れ親しんだ料理であり、それならば独自の料理を楽しむ方が良い気がする。
そう思う反面、ジークの舌を唸らせたここのクロケットが如何様な物なのかという興味が沸くのも事実。
早速カニクリームコロッケをフォークで押さえてナイフで切り込むと、黄金色の衣より純白の中身が露わになる。
ふわっと優し気で温かな香りが漂う。
漂う匂いに期待が膨らみ、切り分けた一口分を口へと運ぶと薄いながらもサクリとした衣の食感。それを追うかのようにしっとりとクリーミーなホワイトソースの舌触りと濃厚な味わいが広がる。
そしてほのかに匂いに混ざる独特の香り。
純白のクリームに点々と赤色をもたらしている身。
濃厚なクリームの中でも存在を主張し過ぎず、弱過ぎずにしっかりと風味を持って存在を表現する蟹。
大雑把そうな料理に見えてなんと繊細な味なのだろう。
コクリと飲み込むと「ほぅ」と吐息が自然と漏れた。
「マーレの物より美味しいな」
ポツリと小さく呟き、唇についたクリームを舐め取る。
また一口分を切り取り、サクリと音を立てながら口に入れる。
滑らかな食感に濃厚な味わいをゆっくりと何度も味わい、カニクリームコロッケを食べ終えた。
千切りキャベツを間に挟んだとはいえ、揚げ物を立て続けに二品食べたというのにまだ余裕がある。
最後の揚げ物は他に比べて焦げ茶色になるまで揚げられ、形的にはコロッケに近い円盤状。
「これは何という揚げ物なんですか?」
「メンチカツですね。合いびき肉を形にして揚げたものです」
今度は聞きなれない名前だ。
だけど説明からどのような物かは想像はし易かった。
つまりハンバーグを揚げたようなものなのだろう。
想像できても味というのは決してそうではない。
さらなる期待を胸に、フォークを入れると同時に中より肉汁が溢れて来る。
切り開いてみると中にぎっしり詰まったミンチ肉の隙間より流れ出ているようだ。
流れ出る様子に感心しつつ、切り分けて一つを口にする。
噛み締めればサクリと衣が破け、旨味が詰まった肉汁が流れ、ミンチ肉より塩気の強い肉の味わいが広がる。
肉の臭みも感じない獣の肉に驚きながら、舌に与える食感の心地よさにも驚愕するばかり。
味わいが強い事と揚げた油と肉の脂で一緒に添えられた千切りキャベツが進む。
美味しいと頬が緩み、手は止まることなく動き続けて口は食べ続ける。
が、それも長くは続かない。
量的に無くなったではなく、衣に残る油と肉の脂の二つにより油っぽさが回って来たのだ。
このまま無理に食べていたら折角の料理が台無しだ。
そこで一緒に出てきたソース類に手を出す。
出されたソースは二種類あって片方はレモン汁、もう片方はウスターソースと書かれている。
ウスターソースは知らないので、とりあえず知っているレモン汁をかけて一口食べてみる。
するとやはりと言うべきかレモンの酸味のある果汁が、油っぽさが回りつつある口をさっぱりとしてくれた。
これは食べやすいが、かけ過ぎたのか酸味が強くなってしまった。
自らの失敗に後悔し、もう一つに手を伸ばす。
もう一つの黒い液体―――ソースをかけて食べると豊潤で深みとコクのある旨味が加わり、先ほど違った味わいに舌が喜ぶ。
これは美味しいと思うと同時に、おもむろにパンを手に取って間をナイフで切ってソースをかけたメンチカツと残っていたキャベツを挟む。
簡易なメンチカツサンドが出来るとガブリと齧り付く。
キャベツのシャキシャキした食感に、ソースとメンチカツの濃い目の味がふんわりとした上質なパンと良く合う。
それにレモン汁をかけたところも挟んだので、さっぱりとした酸味が加わって余計に食べ易くなっている。
あぁ…こうやって二種類をかけて食べるのが良いのかと、納得してもう一口、もう一口とガブリつく。
合間にコーンの味わいをしっかりと活かしたコーンスープを飲み、最後まで食事を楽しんでいたが、ここでふと気が付いてしまった。
最初に食べたコロッケにこのウスターソースというのは合うのではないか―――と。
少し悩んだ結果、イェレナはもう一皿注文するのであった。
以降、休憩時間に出て行ったイェレナとオニャンコポンは、必ずと言っていいほど持ちやすいように紙で包まれた揚げ物を齧りながら戻って来るのだった。
●現在公開可能な情報
・日替わりコロッケセット
コロッケ類は結構人気のあるメニューであるが、油を使う揚げ物であることからそう種類を注文できないとの事で。日替わりで三種類のセットにした。
ポテトコロッケ、クリームコロッケ、カニクリームコロッケ、グラタンコロッケ、チーズコロッケ、メンチ(ミンチ)カツ、カレーコロッケなどがある。