進撃の飯屋   作:チェリオ

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 七月二十四日はスポーツの日。
 …という事で急ぎ書いたのですが、二時間ちょっと間に合いませんでした…。


間食13 親善試合

 トム・クサヴァーという人物がいる。

 彼は以前戦士隊に所属していた元戦士で、戦士隊教官としてジークを鍛えた人物である。

 ジークにしてみれば上官でありながら、休憩時間さえあればキャッチボールなどに誘って遊んだりして、グリシャが失踪してから父親のような存在であった。

 そんな彼はジークにしか打ち明けていない事がある。

 トムにはマーレ人の妻と息子が居るのだが、彼自身はエルディア人なのだ。

 マーレでは、エルディア人とマーレ人の婚姻などを硬く禁じており、もしそれが発覚すれば一族郎党を巻き込んだ厳格な罰を受ける事になる。

 ゆえに今まで黙って来た。

 これからもバレないように過ごしていくのだろうと思っていた…。

 しかし、ジーク達による政権の奪取により、事情が大きく変わったのだ。

 

 自身にとっても息子の様な存在であるジークが、このような事をした事には驚きではあるがそれ以上に感謝しかない。

 事実を妻に伝えるのは、今まで黙っていた事も有るのですぐにとはいかないけどそれでもいつかは伝えれる事が出来る。騙していた事は酷く怒られるのは覚悟しなければならないが…。

 そして本日、ジークに招待を受けてエルディア王が多くの民を連れて逃げたパラディ島に赴いている。

 

 エルディアとマーレの関係が政権交代によって大きく変わり、これからの未来を考えて関係は良好にしたいのは両国にあるようなので親善を兼ねてスポーツ大会を行う事になったのだ。

 私の影響なのかジークが提案したのは“野球”であった。

 親善大会に野球が選ばれ、それに私が呼ばれたというのもなんともありがたい話だ。

 ただ少し意地が悪いとも思う。

 あの国は外国との繋がりを遮断し、自国のみで生き長らえてきた。

 食文化もそうだが他の文化も限定され、野球などのスポーツ文化も同様だ。

 多少ルール説明はするだろうけど、どうするつもりなのだろうな。

 

 クスリと苦笑いしながら輸送船より降りたトムは、よれたロングコートを風で揺らしながら会場へと向かう。

 向かうと言ってもエルディア国内を歩き回るのは不安があるのと、ジークが気を利かせて馬車を用意してくれているとの事なので、有難く使わせてもらおう。

 移動手段が自動車ではなく馬車という事に技術の差とマーレでは普段は乗れない乗り物に妙な興奮を覚える。

 ガタガタと揺れ、七三に分けた髪型が崩れるのでさっと手で直しながら、丸い眼鏡を通して映る古い町並みに情緒を感じながらぼんやりと目的地まで眺める。

 馬車の揺れもまた良いなと思っていた当初と異なり、目的地まで乗っていると揺れでお尻が痛くなった。

 到着して降りると周りの目を気にしながら尻を解して大きく伸びをする。

 

 会場とされているのは広い広場の様なところだ。

 マーレなど野球を行っている国ならばまだしも、概念すら怪しいエルディアには野球を行う為の球場やドームがある筈もなく、空き地などの広いスペースを使うしかない。

 それはそれで草野球みたいで良いなぁと思い、入り口前に並んでいる出店をちらりと覗いて行き、大きなため息を零す。

 確かに野球観戦する際に飲み物と食べ物は欲しい。が、並んでいる料理はどれも望んだものではない。

 エルディア独自の料理にマーレの料理に似通った創作料理など、食欲を誘うものもあるのだがそうではないのだ。

 料理というのは事情や状況が変われば大きく変わる。

 どれだけ美味な料理だろうと喧嘩しながらだと不味くなるし、微妙な味付けだったり雑な見た目の料理でも自分を想って幼い我が子が作ってくれたのならそれはどの料理よりも美味しく感じるだろう。

 私にとっては野球を観戦しながら食べる料理は、美味しければいいのではなくいつも通りのアレでないと気分が出ないのだ。

 僅かな期待を頼りに見渡すも望んでいたモノは無く、出店類を通り過ぎながら大きなため息を漏らし、会場に入ろうとしたその手前でぴたりと足を止めた。

 

 「あった!」

 

 目をキラキラ輝かせながらその出店に近づく。

 並べられたコッペパンにケチャップとマスタードが詰まった入れ物、鉄板に並ぶアツアツのソーセージ。それに氷水いっぱいの桶に浮かぶ瓶ビール。

 野球観戦をするのであればこれでなければ。

 無いと絶望を感じていただけに、見つけたという事実に胸躍る。

 もはや味が少々悪くとも許せるだろう。

 

 「いらっしゃいませ。何に致しましょう?」

 「ビールとホットドッグを」

 「畏まりました」

 

 焼き上がっていたソーセージをトングで掴み、真ん中に切り目が入っていたコッペパンに乗せて挟む。

 上にはマスタードにケチャップをうねうねとくねらせながらかけて、持ちやすいように紙で包んでビール瓶と共に渡される。

 張り紙に書かれていた値段のお金を払い、満面の笑みで持って会場に入る。

 さすがに椅子は並んでいなかったが、簡易なシートが置かれて観客席が用意されていた。

 その一つに腰を降ろして開始を待つ。

 

 それにしても先ほどの出店は変わっていたな。

 “食事処ナオ出張店”と書かれた出店には目付きの悪い猫が奥の簡易椅子に居座り、店員の青年はどう見ても東洋人であったことも不思議で仕方がない。

 などと思っているとぞろぞろと選手が入場し、エルディア側とマーレ側が並ぶ。

 始まるなと包み紙を空けてホットドッグ右手に、ビール瓶を左手に持つ。

 

 試合が開始されると思いのほか、勝負になっていたのには驚いた。

 一方的になるかと思いきや、まるで“野球”という競技を知っているかのような戦術と動きに酷く魅入ってしまった。

 思いっきり打つと見せかけてバントを行って相手の防衛を崩したり、アウトになるかセーフになるかの瀬戸際ではスライディングしてベースに滑り込んだり、ボールを投げるにしても普通に投げるのではなくアンダースローなど投げ方もしてきた。

 いやはやこうも良い試合になるとは思っていなかっただけに、興奮により胸が熱くなり思いだ。

 

 そしてそんないい試合を見ながら、カブリとホットドッグを頬張る。

 バリっと皮の張ったソーセージの弾ける食感の後に、詰まった肉の旨味に肉汁が飛び出す。

 マスタードの甘味のある辛さと酸味とトマトの旨味が詰まったケチャップの濃い目の味が合わさり、主張控えめなコッペパンに非常に合う。

 見ごたえのある試合で心躍り、美味いホットドッグで舌と胃が舞い上がる。

 最高の野球観戦ではないか。

 さらにマーレのものよりキレもコクも良い冷えたビールが喉を流れる。

 ぷはぁっと息を吐き出す。

 もう手も口も目も止まらない。

 白熱する試合を瞬きする事も忘れて見続け、手はホットドッグを口に運べば、次にビールの飲み口を口へ近づける。そして口は近付いたホットドッグを齧りビールを飲む。

 

 いつの間にか食べきってしまって手持ち無沙汰になったトムは、観客席周りを歩いている売り子を見つけた。

 売り子は何店かが出しているようだが、トムが選んだのは“食事処ナオ”のエプロンを着た赤毛の少女だ。

 ホットドッグを一つと言わずに二つ買い、ビール瓶は三つ。さらに今度は若鳥の唐揚げとフライドポテトも追加で注文する。

 いつもならホットドッグ一個とビール一本で事足りるが、最高の試合に美味い食べ物で興奮しきっていつになく贅沢をしてしまっている。

 アルコールも入った事で思考能力が緩んでいるのもあるが、後悔するのは試合が終わるかアルコールが抜けてからだろう。

 好きに齧り付きながらトムはのめり込むように見続ける。

 後に裏方に回っていたジークと顔を合わせ、会話に華を咲かせたトムは、小遣いを使い切って怒りを露わにする妻が待つ家に帰るのだった…。




●現在公開可能な情報

・エルディアの野球。
 親善試合で野球をすると聞いたエルディア側は困惑した。
 軽いルールを聞いたものの、実際にやって見なければ分からないし、ルールにも穴があるだろう。
 どうすべきかと悩み、エルディア側の総指揮を執っていたピクシスは総司が知っている反応を見せたので、親善試合までの間に多少手伝って貰って、知らなかった投げ方や戦法を身に着けたのだった。
 
 ちなみにピクシスも試合を観戦しており、トム以上に飲み過ぎて終わる頃には顔を真っ赤にして半分眠っていたそうな…。
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