今回はリクエストにあった素麺回となっております。
リヴァイ・アッカーマンはいつもに増して険しい表情を浮かべ、リーブス商会の倉庫に訪れていた。
出来得ることなら食事処ナオに行きたかった。
暑さと言うのは頭を茹って思考能力は落ち、身体を動かせば熱さが増すので動きたくないと自然と制限が掛かる。
あの店はクソ暑い夏場だろうとクソ寒い冬場だろうと過ごしやすい温度の風が吹き、他では味わえない快適な環境を堪能出来る。最近は日が経つにつれて暑さが増していくので、休み時間を超えても居座り続けたい気持ちと葛藤している事が多い。
さすがのエルディア最強の兵長でも暑さに参っている。
本日も含めて食事処ナオの休業日はどうするかなと悩んでいたが、今日はリーブス商会と共に常連客に対して催し物をするという。指定されたお金を払う事で食べ放題になると言う事で、普段よりは高めだがそれでも他の店に比べれば安く、総司の関わった料理であれば美味いのは確かで、本日限りかも知れないその料理を食べるべく訪れたのだ。
料理の名前は“流し素麺”。
簡単な説明を受けたが、素麺という細い麺類を流してそれを客が箸、またはフォークですくっては汁に浸けて食べると言う。
メインの流し素麺以外に四種類の汁と薬味、かき揚げなどが用意された倉庫は、蒸し暑いのかと思いきや風が通り易くしていて思っていたよりは過ごし易い。
さらに滴る水の音が感覚的なものだが涼しくしてくれる。
流し素麺は縦に割った竹を斜めに傾けて、真ん中を水と一緒に流すためにどうしても水が傾いた先より流れる。
素麺を流して取るなど遊びっぽいだけでなく、そういった効果も狙っているのだろう。
そう思いながら倉庫内に幾つも並ぶ竹の内、人が少ないところに向かって汁の注がれた器とフォークを持って並ぶ。
奥の調理場では総司やニコロ、アニ、エレン、ライナーが素麺を茹でたり、かき揚げを揚げたりと忙しそうに調理し、ミカサやアルミン、ファーランにイザベル、クリスタにユミルが素麺をそれぞれの所に配っては流していく。
休日は自由参加なのでユミルはクーラーの利いた一室で快適に過ごす予定だったが、クリスタは行くのであればと参加したのだ。
並んで素麺が流れて来るのを待つリヴァイは、鷹のような鋭い視線を向ける。
別段本人がそうしようとした訳ではなく、お腹が空いたのと暑さによって元々鋭い目に若干上乗せされた結果…。
おかげで周囲の客はその視線に怯むわけなのだが、意図していないだけに止める気配はない。
ファーランが素麺を流しに来て、リヴァイを見つけて苦笑する。
竹は素麺を流すために傾かせなければならない。
なので流す側は身長的に居れ難い事を考えて台を置いてあったりする。
ファーランは高い方なのでいらないが、この竹の傾きは流す側だけでなく食べる側にも影響をもたらす。
背が高い者が自然と流し口に集まり、背の低いものは台をして高くするか、出口付近に並ばなければ取れ難かったりする。
リヴァイは身長は低い方なので流し口よりは出口に近づくのだが、彼の周囲は十代の少年か二十代の青年ばかり。
若い世代の彼らにはリヴァイ兵長の眼光は毒以外の何物でもない。
少し可哀そうだなとは思いつつもファーランは声を掛けずに流す。
ようやく流れてきた素麺のいくつかは前の方で取られたが、続けて流されるのでリヴァイの所まで辿り着き、目にも止まらぬ速さでフォークですくわれた。
本人としては何気なく取り、そのまま汁につけて口へと運ぶ。
食事処ナオではうどんなどを思いっきり啜って食べる者も居るけど、リヴァイは啜りはするもあまり音が立たないようにちゅるりと啜る。
啜った瞬間に目を見開く。
麺類であることからそばやうどんのような柔らかかったり、コシがあったりするものを想像していたのだが、全く異なってつるりと滑りが良く、食感と細さに加えて汁によって流れるように口に収まり、喉をスーッと抜けるように通り過ぎて行く。
驚くのはそれだけでなく、かつおと昆布の旨味に醤油の塩気と深いコクも合わさった汁が濃過ぎず薄すぎずで食欲が低下する暑い季節でも食べ易く、冷たい水と一緒に流された為に麺はひんやりと冷えていた。
食べ易く美味しいだけでなく、身体の中からひんやりと涼ませてくれる。
これは暑い季節には本当に欲しい料理だ。
薬味で居れた刻みネギや摺りゴマがまた良い風味を与えて来る。
小さく息を吐き出し、次を食べようとフォークを構える。
流れてきた素麺をすくっては浸けて啜る。
身体は涼み、胃と舌は満たされていく。
最初は薄れていた食欲は完全に復帰し、早く何かを食べたいと急かしてくる。
そこでかき揚げを一つ取って齧り付く。
ザクリと香ばしい衣の音と食感が周囲に響き、揚げただけなのに強く甘みや旨味を出している野菜類の味わいが広がる。
玉葱の旨味と甘味、ゴボウの独特な香ばしさに食感、人参の色和えに風味。
細く切ってまとめて揚げただけに食べ易くも食べ応え十分。
ザクザクと食べていたリヴァイだが、ふと汁に浸けて食べてみる。
食感がしっとりと柔らかくなり、汁が浸み込んでまた違う味わいになってこれは美味い。
頬が緩み、険しかった視線も幾分も収まり、周囲はホッと胸を撫でおろしながら気にすることなく流し素麺を楽しみ始める。
素麺を啜ってはかき揚げを交互に食べていると、細い分だけ量が少ないので腹を満たすよりも大分早くに飽きが訪れる。
そこで手を出したのは用意されてあった他の薬味だ。
まずは刺身などについている緑色のわさび。
専用の小さなスプーンですくって器に付けると、取った素麺に少し付けて啜る。
わさびのほのかな辛味に鼻を突き抜ける爽やかな風味。
ほんの少しで味と雰囲気が変わる。
ならばこちらはと今度は生姜を付けて啜ると、生姜のさっぱりとさせる風味により、蓄積しつつあったかき揚げの油っぽさが払われる。
味を変えて素麺を食べやすくするどころか、かき揚げもいくらでも食べれそうだ。
新しく取ったかき揚げを齧り付き、素麺にわさびや生姜を付けて啜り続ける。
これなら美味しく腹いっぱいに食べれるだろう。
そう思った矢先に、食べた量に比例して汁が底をついた。
おかわりをしようとしたところで、リヴァイは今度は別の味を楽しむかと先ほどの汁とは別のものへと手を伸ばす。
器に注ぐと肌色に近い液体が底を隠す。
なんだこの色はと匂いを嗅いでみると、覚えがある匂いであることから眉を潜めながら口にすれば分かるだろうと素麺を付ける。
テラリと純白な素麺を染め上げ、口の中に入るや否や濃い目の味わいを広げてきた。
とろりと濃厚な味わいと舌触りは先のには無かったクリーミーさを持ち込み、ガラッと雰囲気を変える。
そして食べて思い出したが、サラダのドレッシングに使われる胡麻ドレッシングの汁だ。
理解すると胡麻ドレッシングに感心する。
今までは野菜のドレッシングだとばかり決めつけていたが、こういう組み合わせや使い方もあるのか。
感心しながら啜るリヴァイは気付かない。
もう集中し過ぎてちゅるりと小さくではなく、ズズズっと周りを気にすることなく大きく啜っているという事に。
胡麻ドレッシング風の汁を楽しみ、次の赤い汁を器に注ぐ。
一見辛そうにも見えるが、注いだ時から漂う爽やかな香りがそれを全否定する。
素麺を付けて一口啜ると、さっぱりとした酸味に旨味が素麺と一緒に通り過ぎた。
香りから察していたが、口にしたトマトのめんつゆは想像以上だ。
味わいはトマトを前面に押し出しているが、後味は旨味だけが残ってさっぱりし過ぎる事がない。
同時にこれは胡麻ドレッシング風の汁とも合うのではと、たらりと垂らして一口食べてみる。
最初は胡麻ドレッシングに似た濃厚な味わいが広がるものの、トマトの酸味が後味をすっきりとさせたうえで旨味などが加算されている。
この組み合わせも良いなと用意されてなかった五種類目の汁を作って食事を楽しみ、次は最後となる用意されていた四種類目の汁を口にする。
四種類目の汁は色からして最初の汁同様の黒系。
香りは今までに嗅いだものではないので、味に予想が立てられない。
まぁ、予想が立てられないと言うのは食事処ナオでは当たり前なので、そこまで気にとどめる事無く素麺を口にする。
醤油をベースに砂糖で甘く、コチュジャンで旨味の有る辛さ、酒で引き締める等、甘味がありつつもすっきりとした辛さのある汁は衝撃的だった。
暑いときは疲れた時と同じで甘いものが欲しくなり、この汁は甘さを旨味と一緒にしっかりとさせており、ピリリと来る辛味からくる刺激が食欲を駆り立たせる。
すでに四杯目となる汁を前に、駆り立てられた食欲に負けてリヴァイはまだ食べ続けた。
楽しく飽きる事無く、腹を満足そうに満たし、身体を涼ませたリヴァイは微笑を浮かべながら調査兵団本部に戻るのであった。
……ただ食べる事に夢中になり過ぎて休憩時間を過ぎていたのは兵長らしからぬ失態であったろう。
●現在公開可能な情報
・時間を護らなかったための被害
いつも口うるさくエルヴィンに注意するリヴァイが、食事に専念し過ぎて休憩時間を忘れてしまい、調査兵団本部に戻るとエルヴィンから真面目な説教を受けた。
ここで話が終われば良かったのだが、今までさんざんやられているのもあって、エルヴィンは仕返しとばかりに口にした。
すると悪ふざけしたハンジも加わり―――――当分の間、食事処ナオで姿を見る事はなかった…。