進撃の飯屋   作:チェリオ

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第64食 寿司弐

 キヨミ・アズマビト。

 エルディアでは珍しい東洋人が多く住まうヒィズル国出身の貴婦人で、大きな影響力を持つアズマビト家の頭領で財閥のトップの女傑。

 調査兵団とジークらの企みに加担した彼女は、現在パラディ島に訪れていた。

 訪れた理由は新エルディア王の戴冠式参列に協力した際の約束事をちゃんとした契約とする為、そしてこれからのヒィズル国とエルディア国との良い関係を築けるための条約を設ける事を目的としている。

 外交官でないのにそんな大役を任されているのは、彼女が調査兵団に協力した事でエルディアとのパイプが出来ているのと、人種差別など相手を刺激する差別的思考を持たない性格、現ヒィズル国政府からの信頼から任されたのだ。

 無論、パラディ島の奥深くに眠る多くの資源による自身の財団が利益を得る算段も含まれている。

 

 国益と自身への見返りを求めて訪れた彼女は、望もうと望むまいとエルディア人からは戦争状態を脱却させエルディアを救った一人であり、愛国心溢れるマーレ人にしたら内乱を手助けした仇の一人と認識された。

 訪れる時には船団に護衛として巡洋艦を軍にコネで随伴させ、街中を行くときは警護の者らを連れ歩いている。

 正直窮屈な生活だが、我が身の安全を考えると仕方がない。

 仕方が無いとは理解しても窮屈過ぎる現状に不満を覚えるのも仕方は無いだろう。

 

 後にヒィズル国の大使館にする予定で国費で購入し、現在滞在先としている建物にほぼ監禁状態で出歩くときは十人以上の護衛に囲まれ注目を集める。

 さらにエルディアは娯楽が少なく、料理が不味いときた。

 …いや、不味いと言っても食べれないものではない。美味しい物だってあった。しかしながらエルディアの一流料理は祖国やマーレに比べて料理人の腕が良くても材料は二流以下で、レパートリーは少なく、値段は品に対してぼったくり。

 味がよくともそれらを考えて食事をするとなんとも言えない気持ちに苛まれて味も落ちる。

 

 「和食が食べたいわね…」

 

 せめて祖国の料理が食べたい。

 そう思っていると零れ出てしまった独り言。

 願っても叶えるならば祖国に帰るしかない。

 エルディアとはマーレ以上に親交が無かった以上、ヒィズル国の料理が存在する筈がない。

 漏れ出てしまった独り言に苦笑を浮かべ、風にでも流して忘れようとした。

 

 「ワショク?」

 

 本日の議題を終えた会議場にはまだエルディアの外交担当官なども居り、聞きなれない独り言に反応して首を傾げていた。

 外交官たちの中には調査兵団所属の兵士にミカサ・アッカーマンも含まれている。

 ミカサ・アッカーマンは百年前にパラディ島に渡った将軍家の末裔で、アマズビト家はその将軍家を祖とする一族。

 キヨミは将軍家の末裔であることからミカサを敬っていた事も有り、交渉を行う場には当然のようにエルディア側はミカサを同行させていた。

 彼女は東洋人の面立ちをしているが、エルディア育ちでは和食を知らないだろう。

 

 「…あースシとか?」

 

 …そう思っていただけに、思わぬ解答に見開いて驚いてしまった。

 話を聞こうとすれば調査兵団エルヴィン・スミス団長が間に入り、事情がある為か(他の者に知られない為)場所を移して話す事に。

 内容はトロスト区の裏路地にある飲食店で“ワショク”を扱っているという。

 品も祖国のものと同名や似た物が多かったために和食である可能性が高い。

 何故エルディアにて和食をその店だけ扱っているのかなど気になる点はあるが、エルディアの食事に飽き飽きしていたキヨミは行ってみて確かめる事にしたのだ。

 

 そうして私はミカサ様に案内され、トロスト区に訪れた。

 警護には黒帽子に黒のロングコートという目立つ黒ずくめの者が周囲に八名。私服で周囲に溶け込むようにしているものが二十名弱、さらに周辺地域で異常がないか調べている者ら多数という大人数で動いている。

 彼らは警備のプロであるが、さすがと言うべきかミカサ様はそれらに気が付いているご様子。

 道中にその事を知らせたが、未だにちらりと周囲を確認してピンポイントで護衛者に視線を向けている。

 そうしながら会話らしい会話をせずに、路地裏に差し掛かろうとした辺りで足が止まった。

 

 「……忘れ物をした」

 

 ポツリとそう言ったミカサ様は引き返そうとしたので、ならばこちらの者に取りに行かせれば良いと待ったをかける。

 

 「なんでしたら取りに行かせますが?」

 「大丈夫。取って来るから先に行ってて」

 「近くのお店か何処かで待ってますよ」

 「待たせるのも悪いから―――ナオ」

 

 路地裏の塀に“ナオ”と呼ぶと、塀の上で寝転がっていた黒猫が近寄って来た。

 二、三言葉を猫に投げるとひと撫でして振り返る。

 

 「この子が案内するからついて行けば店に行けるから」

 

 それだけ言うと来た道を戻り出した。

 ミカサ様にとっては普段通りの街で変わらぬ日々だろうけど、私の目には危うく見えた。

 さすがに二十人近くの者を路地裏に連れていくのも目立つので、目線で指示を出して私服の警備を付いて行かせる。

 警護させたことで一安心するも、別の不安が残っている。

 ああ仰られたが、本当に猫が案内をしてくれるのかと言う事…。

 

 「ナォウ」

 

 疑いの眼差しを向けるとムッと睨み、雑に顔を振ってついて来いと言わんばかりに歩き始めた。

 まるでこちらの思考を読んだような行動に驚きつつ、付いて行くと本当に“食事処ナオ”という飲食店に辿り着いた事にはより驚いた。

 それにしても建物の雰囲気からヒィズル国に似ている。

 これは期待できるかなと扉を開け、瞬間的に警備の者が懐に手を入れながら警戒した。

 風が吹いたのだ。

 ふわりと程よい温度の風。

 扉を隔ててまったく違う風に驚き、さらに扉を開けて鳴った凛とした小さな鐘の音に反応したのだ。

 

 「いらっしゃい…って言っても私の店じゃないんですけどね。カウンターにどうぞ」

 

 厨房に立つ女性(彩華)より笑顔を向けられ、警戒した警護に止めるようにと指示を出して微笑を浮かべて店内へ入る。

 外見は祖国に似通っていたが、内装はどちらかと言えばマーレやエルディアに近いかも知れないなどと想いながら、勧められたカウンター席に腰かける。

 店内はカウンターに一人の男性(ファーラン)が居るだけで、他には客の姿は一切ない事に首を傾げる。

 

 「えっと、キヨミさんですよね?ミカサさんより聞いてますよ。寿司が食べたいって事でしたけど」

 「えぇ、この辺りでは食べる事が出来なくて。それにしても女性の職人とは珍しいわね(ヒィズル国では)

 「そうですか?結構いるんだけどなぁ(総司達の世界では)…」

 

 噛み合っていない会話に違和感を抱かずに居ると、一緒に入ったナオがいつもの台座―――ではなく、店内の端に座ってジッと黒ずくめの護衛を見つめる。

 彩華だけが多少(・・)警戒している事に気付いたが、多少なら気にするまでもないかとファーランの分を先に出してキヨミに向く。

 

 「実は私はここの料理人ではなく、休業日にこうやって作りに来てるんですよ。だから注文されても持っているネタしかなくて、少なくてすみませんね」

 「いえ、こちらこそ休日にわざわざすみませんね。しかし客が少ないのは納得しました。そういう事でしたか」

 「とりあえず何にします?」

 「ではお任せでお願いします」

 

 お任せで注文すると早速彩華は調理に入る。

 持って来ていたネタを切り、酢飯を形成してシャリにして温度を計算しつつ、ネタずつに握る時間を調整していく。

 寿司下駄にハマチ、サーモン、マグロ、エビ、イカ、タコ、タマゴ、タイが次々と並び、目の前のカウンターに置かれる。

 

 「お待たせしました。ハマチ、サーモン、マグロ、エビ、イカ、タコ、タマゴ、タイの握りです」 

 

 見間違う筈もない見事な寿司が並んでいた。

 久しぶりの祖国の料理に自然と期待が膨らむ。

 期待をそのままに並んでいたハマチの握りを口に含む。

 しっかりとした食感に豊かな甘味に旨味、そして酢飯の甘くも酸味のある味わいがそれらを格段に引き立てる。

 頬が落ちるとはまさにこの事だろう。

 恋しかった事とエルディアの料理に飽き飽きしていた事も拍車をかけていようとも、美味い物は美味いのだ。

 一口目は醤油を付けずにそのままを味わった訳で、次は醤油も味わおうとほんの少し付けて食べる。

 なんとも深みのある醤油なのだろう。

 塩気は勿論の事、甘くもあり旨味も有り深みも有る。

 やる気はないが、この醤油はそのまま飲めるのではと思う程の出来だった。

 下手すれば祖国の物より上等なのでは?

 それにこの風味豊かで辛みが少なく、鼻を抜けて行く爽快感をもたらすわさび。

 ヒィズル国ではわさびを安くしようと安値で生産出来る外国製のわさびと混ぜたものが市販の大半を占めているが、これは間違いなく綺麗な沸き水に長い時間をかけ、自然豊かな土地で育った一品だろう。

 あまりの素材の良さに感極まって一滴の涙が流れる。

 そのままマグロ、サーモンと口にしていく。

 どれもこれも美味しく一貫食べる度に、吐息が漏れてしまう。

 じっくりと味わいながら食べるも、皿に乗っていた握りは時間と共に無くなり、後味と物足りなさ(もっと食べたい欲)が残る。しかし心は久しぶりの食事に満足していた。

 

 「凄く美味しかったわ」

 「それは何よりです。いやぁ、この辺りで寿司食べる人ってファーラン君しか居なかったからとっても嬉しいです」

 「私もここらでこんなに美味しい寿司が食べれて嬉しい……わ…」

 

 笑顔で話したキヨミはそのまま時間が止まったかのように硬直した。

 いや、キヨミだけでなく店内にいた警備の者も同様に固まり、全員の視線は彩華の手元に向いていた。

 

 彩華の前には握ったばかりのえんがわの握りが置いてあり、そのまま寿司下駄に乗せて出されるのかと思いきや、手に持っているのは寿司下駄ではなく噴射口のある缶だった。

 ガスバーナーに見えない事もないが、知っている小さなガスバーナーでも両手で抱えるほどの大きさだったはずだ。

 そんな小さなガスバーナーが技術力の低いエルディアにある訳ないという考えと、えんがわの握りにその噴射口を向けて何をする気なのだと言う疑問が合わさった不安が襲う。

 注目していると噴射口より火が噴き出て、えんがわをあぶり始めた。

 真っ赤な炎に包まれる様子に呆気に取られていると、火を止めて寿司下駄に移したえんがわが目の前に出される。

 

 「“炙りえんがわ”お待ちです」

 「炙り…えんがわ…」

 

 炙られたばかりのえんがわの握りを見つめながら復唱した。

 えんがわはこりこりとした食感に旨味があるのにさっぱりとした味わいが特徴的なにぎりだ。

 それを炙ってどうなるというのか…。

 疑問に不安を抱きつつ、恐る恐る口に入れた。

 含むとえんがわのコリコリとした食感はあった。しかしそれを勘違いだったのではと想わせるようにえんがわが溶けたのだ。

 炙った事で熱くではなく程よく温かくなった事で、蓄積していた脂が溶け、固まっていた身が解され、まるで溶けたような食感と濃厚な脂の旨味を口いっぱいに広げたのだ。

 それもマグロのトロの部位ほど脂っこくない。

 スーと流れるように通りすぎた美味さに衝撃を覚え、余韻が収まるまで指一つ動かす事は出来なかった。

 ようやく余韻が抜けたところで、もう一貫を含んでゆっくりと味わう。

 なんと奇妙で美味しい握りなのだろうか。

 

 炙りえんがわの美味さに浸っていたキヨミは、漂ってきた香りに叩き戻された。

 この香ばしい匂いに脂が滴っては熱により蒸発させられる音。

 視線をそちらに急ぎ向けると彩華が鰻のかば焼きを焼いている所だった。

 鰻料理はヒィズル国では大人気の料理である。

 あまりに皆が食べるもので数が激減し、値段が高騰してしまったほど。

 例に漏れずキヨミも鰻は好物の一つであり、それが目の前で焼かれている事に頬が緩む。

 周囲の警備からは視線と香りと音だけを味合わされて、空腹感が刺激されて腹の音が大合唱を起こしていた。

 またも視線が集まる中、彩華はシャリに切った鰻のかば焼きを乗せ、タレを塗ると目の前に差し出した。

 

 「うなぎのにぎりです」

 

 これが美味くない訳がない!

 口に含んだ瞬間、ほろりと身は崩れて旨味の詰まった脂と食欲を刺激する甘辛いタレが一いっぱいどころか脳髄にまで広がる。

 鰻がまた上質なものらしくとてつもなく美味い。

 さらにタレも主張しながらしっかりと鰻を引き立てる奥深さを持った良きもので、タレだけで米びつを空にしてしまいそうなほどだ。

 警備の羨ましがる視線も気にならなくなるほど気に入り、もう一貫を口に入れる。

 もう頬が緩みっぱなしのキヨミに新たに鰻の握りを作ろうとしているらしい様子が窺えた。

 

 「また鰻の握りを味わえるのですね」

 「いえ、同じでは芸がないので簡易鰻巻き握りです」

 

 そういうと鰻のかば焼きを乗せる前にシャリの上に玉子焼きを置き、その上に鰻をシャリとで玉子焼きを挟むように乗せた。

 鰻巻きの握りとは珍しいともはや恐れる事無くパクリと頬張る。

 スライスしたといっても卵焼きを挟んだことで握り寿司にしてはボリュームが凄く、一貫で口の中がいっぱいになりそうなほどだ。しかし、鰻のかば焼きも卵焼きも解けるような柔らかさを持っているので食べ難いと言う事は無い

 濃い目のタレに玉子焼きのまろやかさが加わった事で、非常に優しい味わいへと変化する。

 先ほど“頬が落ちる”と表現したがそれだけでは足りなかったらしい。

 胃袋までがっしりと掴まれたキヨミの思考は次回もここに訪れようと思い始めていた。

 

 「ファーラン君はいつものシメで良い?」 

 「勿論お願いします」

 

 寿司のシメにナニカを注文した事に気付き、ちらりと視線を向ける。

 すると鍋を温めているではないか。

 今更粗汁でも出すのだろうかと模索していると、別の鍋で麺を湯がき始めた。

 脳に強く表れた疑問は口から自然と漏れた。 

 

 「何を作っているのかしら?」

 「何って…スシのシメはラーメンなんだろう?」

 

 あたかも私がおかしなことを言ったような反応に戸惑う。

 寿司の後にラーメン?

 両者ともにメインであるにも関わらずにそれをシメに出すと言うのもあまり理解出来なかった。

 寿司が結構お腹に溜まっているが、彼女が作った料理と言う事で興味が湧きたってくる。

 残しそうになったらその時はその時で考えようと私もと注文する。

 

 「海鮮塩ラーメンお待ちです」

 

 出されたのは一杯のラーメン。

 魚介をふんだんに使ったのか漂う香りから海を感じる。

 隣からラーメンを啜る音が聞こえ私も食べようと箸を探すも、ここはエルディアで箸を使う文化がない事を思い出す。

 そしてもしかしたらと箸がないか聞くと、二つ返事で割り箸が差し出された。

 

 早速割り箸を割って、ズズズっとラーメンを啜る。

 豊か過ぎる海鮮類の旨味がスープに溢れ、麺を啜れば海の味と共に程よい塩気が流れ込んでくる。

 酢飯に寿司ネタは塩気や酸味も含んでいたものの、基本的に旨味と甘味が強い。

 対してこのラーメンは塩気がメインであり、口の味が変わると同時に甘味に飽き始めていた身体にこの塩気は堪らない。

 少しだけと思っていたが、もはやキヨミの啜る口と箸は止まる事を知らない。

 箸で麺をすくっては息を吹きかけて冷まし、豪快に音を立てて啜り、熱気により身体が冷却しようと汗が噴き出る。

 それを黙々と繰り返し、あっという間に麺が消え去った。

 しかし今のキヨミはそれで満足せず、両手で器を掴むとそのまま口を付け、グビリグビリとスープを飲み干した。

 最後の一滴まで飲み干し、ぷはぁと満足気な吐息を漏らす。

 

 熱いはずなのだが、この熱さが今は心地よい。

 久方ぶりに満足出来た美味い料理の余韻に浸りながら身体の熱が抜けて行くのを待つ。

 すると「遅くなった」とミカサが現れたことで、忘れてしまっていたミカサの事を思い出した。

 料理に夢中になり過ぎていた事に恥じて申し訳なさそうに頭を下げる。

 ミカサは「美味しかった?」とだけ聞き、「とても」と答えると満足そうに笑う。

 そしてキヨミはミカサよりデザートも美味しいと勧められ、デザートに食後の珈琲までも楽しんでから帰路についた。

 

 後にヒィズル国の寿司屋では“炙り寿司”と“鰻のにぎり”が新たに加わり、“寿司のシメにはラーメン”というのが大ブームとなったそうな…。




●現在公開可能な情報
 
・訪れる者達
 現在エルディアは大変な騒ぎである。
 今まで繋がりの無かった国々との交渉に新エレディア王の戴冠式。
 マーレ国やヒィズル国より多くの来賓や、商売をしようと大手商会の重役が押し寄せて来る。
 その中には戴冠式に出席すべく訪れたジークの姿も有り、彼らの周辺には戦士隊に入隊すべく訓練に励んでいた少年少女が居るのだった…。
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