第104期訓練兵団にて最上位の成績を修めているミカサ・アッカーマンは珍しく街に出ている。
彼女は幼い頃に自身に降りかかった事件より、すべてがエレン・イェーガーを中心に回っていると言っても過言でない程に動いている。
訓練兵団に所属して調査兵団を目指しているのもエレンが調査兵団を希望しているから。
優秀な成績を修めつつ、休日も鍛錬を怠らずにさらに上を目指しているのはエレンを危険から護る為。
全てはエレンの為に。
周りからもエレン本人からも過保護な保護者のような認識をされ、たまに「子ども扱いすんなよ!」と嫌がられるが幼き頃よりの関係が崩れる事無く今まで続いて来ている。
だからミカサはこれからもエレンや幼馴染のアルミン・アルレルトと変わらぬ関係と生活を続けられると無意識に思っていた…。
最近エレンとアルミンの様子がおかしい。
そう感じたのは数週間前の休日からだった。
最初はアルミンが休みの日に出かけるようになった。別段アルミンは休日も訓練所に籠る事も無かったのでそれほど気にはしてなかったが、エレンは違う。
強くなりたいと心の底から思っているエレンは決して鍛錬を怠らない。
休日は寝る時と食事以外はほとんど鍛錬尽くしで終え、出かける事なんて必要な買い出しがある時だけだ。下手するとそれすらも誰かに頼んで鍛錬に集中することだってあった。
なのにここ二週間ほど休日の昼前後に出かけるようになった。
気になって理由を聞いてみても酷く焦ったように関係ないだろと何かを隠している様子。
私に知られたくない事なのか、それとも別の理由があるのだろうか。
今度は隠れて付いて行ってみようかとも考えたのだが、つけて来るなよと先に釘を刺されてしまった。
あまりしつこくして嫌われたくない。
しかし気になる。
ミカサの容姿は艶やかな黒髪に母親譲りの整った顔立ち、スタイルの良さから
するのだが今日は全くと言って近くには誰も居ない。
いつもならミカサはエレンとアルミンと同席しているが、今日は一人という事で恋心を抱いている同期のジャン・キルシュタインが近付こうとしても途中でビビッて逃げ出す程なのだから、ちょっと気にしているぐらいの連中は遠目でも近付こうとは思わないだろう。
エレンに隠し事をされているショックから溢れ出る悲壮感は十四歳の少女が出していいものではない。
そんな状態のミカサを見かねた
数週間前よりお気に入りの店を見つけて毎週通っていたら、新しく提供するデザートの試食を頼まれたとの事で一緒に行こうと誘われたのだ。
行くような気分ではなかったけれどもミーナが自分を気にしてくれている事は解っているし、今日はエレンもアルミンもキース教官に呼び出されて忙しいので、隠れて出かけることもないだろうと判断して誘われるがまま付いて行く事にした。
かくしてミカサはミーナに連れられて“食事処ナオ”のカウンター席に座っている。
膝上には入って秒単位で捕まえたナオを抱きしめて…。
「ね、ねぇミカサ…」
「なに?」
「その猫なんだけど…ずっと抱き締めるの?」
「―――出来れば」
数刻前まで悲壮感を漂わせていたミカサは、抵抗虚しくされるがままとなったナオを抱きしめる事で癒されていた。
特別猫が好きという訳ではない。
だけれどこの
一目見た瞬間にミカサは動かずにいられなかった。
翡翠のような瞳に幼いながらも鋭い眼つき。
まるでエレンをそのまんま猫にしたかの容姿。
総司にミカサを連れて来た経緯と試食を彼女にもという話を済ませて待っているミーナはぐったりとしたナオの「助けてぇ…」と言わんばかりの視線から目を逸らす。
あれほどご満悦なミカサから奪う…のは心情的にも肉体能力差から返り討ちにされることからも無理だろうし、説得しようにも交渉の余地はないのは明白。
もう一度視線を合わせたミーナの解答は「諦めて」というものだった。
初めて敗北を味わったナオはただひたすら離してくれないかと願うのみだった。
ちなみに総司は「ナオが好かれている」と思い微笑、ユミルはナオの心情を察して心の中で笑っていた。
「お待たせしました。こちらが試作のプリン各種となります」
「わぁ…綺麗ですね」
清潔そうな白いカッターシャツに黒のズボン、“食事処ナオ”とロゴが入ったエプロンを着たユミルによって運ばれてきたプリン各種に視線が釘付けになる。
プリンの種類は合計で五種類あり、そのほとんどが見慣れぬ色に染まっていた。
馴染のあるカスタードプリンは良いとして、黒に白、濃い黄色と並び、最後には表面に焦げ目が付けられ、白い器に入ったままのものなど興味がそそられる。
飾りつけもされずに皿に乗せられただけというのに、彩だけでミーナ同様に綺麗だと呟いてしまった。
寧ろ飾り付けも無いからこそこれらは映えるのではないかと思うほどに。
ちなみに試食に入る為にミカサが抱き締めていたナオを床へと降ろすと、一目散に離れて奥へと引っ込んでしまった。
「では、頂きますね」
「……頂きます」
ナオの動向を気にせずミカサは手始めに覚えのあるカスタードプリンへスプーンを差し込む。
クリーム色のプリンにカラメルが掛かっているクラシックな見た目に安心感を覚えながら、パクっと一口咥えた。
慣れ親しんだ柔らかくも多少硬さがある食感を想像していただけに、舌の上でトロリと蕩けたプリンに驚きを隠せない。
クリーミーな食感と共に濃厚なカスタードとバニラの風味が広がり、後から少し苦みのあるカラメルソースが絡まって口内を落ち着かせる。
今まで食べてきたプリンとは一線を画している。
「何コレ!?口の中で蕩けるんですけど」
満面の笑顔で感想を口にするミーナを見て、ハッと我に返る。
ここには試作品の試食という事で来ているのだ。
自分も何か感想を言わないといけない。
そうは思ってもあまり喋る事は得意では無い上に、驚きが大きすぎて何と言って良いか分からなくなってしまっている。
答えられない現状を悩みつつもスプーンは無意識にもプリンへと向かい、二口三口とどんどんと減らしていく。
手が止まらない。
ミーナが味や食感の感想を口にしている間にカスタードプリンを完食し、ミカサは他のプリンへと視線を移していた。
次に手を付けたのは真っ白なプリンだ。
黄色や水色などの他の色が白っぽくなっているのではなくて、混じりっ気の無い純粋な白。
白もそうだが黒に濃い黄色などそんなプリンを目にした事がなかったので、カスタードプリン以外は見当が付かない。
恐る恐るスプーンですくうと先ほどのカスタードプリンより固い感触を感じる。
ただ感じたからと言ってそれが何なのか解らず、思い切って口に含む。
………ミルクだ。
口に入れてすぐに判明した。
ミルクのなめらかでコクのある味わいにホッとする。
食感は先のカスタードプリンと異なって、プリンというよりは少しゼリー寄りの感じだ。
だからと言って嫌な訳ではなく、寧ろプリン特有の柔らかさにゼリーのプルンとした弾力性と口溶けの良さが合わさった新たな食感が癖になる。しかもさっぱりと後味を残さないのでしつこくなく、これなら幾らでも食べれそうな気がする。
解らない事から不安を募らせていたが、この“ミルクプリン”を食べた事で不安は綺麗に消え去った。
寧ろ解らないこそ楽しみに思っている自分がいる事に気付く。
次はどれにしようか。濃い茶色も黒も非常に気になる…。ここは手前の濃い黄色からとしよう。
濃い黄色と言うがどちらかというと橙色に近い。
やはり予想がつかないが、観察するよりも早く食べたい気持ちに急かされ早速食してみることにする。
今度もまた違う食感。
ミルクプリンのような弾力性はない。
カスタードプリンのように舌上でとろける訳でもない。
絡まるのだ。
濃厚且つ甘味を持ったかぼちゃの味わいが舌ばかりか口内に絡みつく。
しつこい位に濃い。
まったく別の方向性を持ったプリンに驚愕と、美味しさと楽しさから頬が緩む。
どうやったらプリンという種類でこうも違う物が作れるのか。
もうプリンの虜となりつつあるミカサはぺろりと三種類のプリンを平らげた。
さて、四品目は黒いプリン。
今まで通り味の予想は出来ないが、これも今までのプリンから考えて美味しい事は想像できる。
高い期待感をそのままに味わう。
―――美味しい!
強い甘みに深みのある苦みがまろやかに交じり合い、深みのあるコクが広がり、独特の香りが抜けてゆく。
食感はかぼちゃプリンとカスタードプリンの中間ぐらいで、程よく絡みついて飲み込んだ後も後味が強く残る。
食べれば食べるほど味は濃く感じ、薄まったり慣れ飽きることがない。今までに食べたことのない“チョコレートプリン”をしっかりと堪能して飲み込む。
どれもこれも甲乙つけ難いほどに美味し過ぎる。
残すは最後の一種類。
表面が焦げているプリンだ。
これまでの四種類もそうだったが、それ以上に想像がつかない。
今まで通りスプーンですくおうと差し込んだミカサは、妙な感触に手が止まる。
パキリと割れたのだ。
プリンではありえない感触と音に驚きながら、ゆっくりと差し込んだスプーンを持ち上げる。
割れた表面の膜の下には白いプリンが広がっていた。
ここで注目したのはプリンだ。
スプーンですくえる程度には形を保っているのだが、見ただけでもとろける柔らかさが理解出来る。
少しでも傾ければ流れ落ちそうで手が震える。
ゆっくりと口元まで運び、そこからはスプーンでなく顔を寄せて食べた。
ねっとりとしたプリンが濃厚な味わいと共に口の中で溶け、幸せな気分でいっぱいにしてくれる。
プリンとは異なってパリッとした表面の膜はそのままでは飲み込めないので何気なしに噛み締め、ミカサは予想打にしなかったさらなる甘味に目を見開いた。
噛んだ瞬間に広がった強い甘みがプリンと混ざり合い、美味さをさらにもう一段引き上げたのだ。
油断した…。
これはずるい。卑怯と言っても過言では無いだろう。
頬を緩ませて脳内で“クレームブリュレ”を絶賛するミカサだったが、これは濃過ぎる為に一個で充分だなと判断を下す。
逆にカスタードプリンやミルクプリンは小さな容器をやめて、バケツで提供すべきだと思う。
そう思いながら最後の一口まで満喫し、ミカサは試作品のプリンを食べきった。
「如何でしたか?」
声が掛けられた事でプリンにしか向けてなかった意識が周囲に向けられる。
そこには隣まで来て微笑む総司と未だ二つ目のプリンを試食していたミーナの視線があり、まったく気付かずにプリンに集中していた事に恥ずかしくなる。
様子を眺めるミーナがにやにやと笑う。
「……美味しかったです」
「それは良かったです」
本当はもっと伝えたい。
けれども自分の口から漏れたのは簡素な一言のみ。
アルミンならもっと良い表現を口に出来たろう。
エレンなら率直に感想を口に出来たろう。
ここにあの二人が居たならばと考えてしまう。
「五種類用意したのですが基本的に店では三種類か二種類お出ししようと思っているので、お気に召しましたのを言って頂ければ…」
耳にした言葉により後悔を含んだ考えは吹き飛び、人でも殺せるような強い意志を持った瞳が総司に向けられる。
いきなりそんな視線を向けられた総司は驚き肩をビクリと震わした。
「全部美味しかった。全部出すべき」
「え、あ…はい。そうします」
変わりない位に短い言葉であったが、一言一言が力強くミカサの想いが詰め込まれていた。
申し出というよりは命令に近い口調と鋭い瞳に気圧されたまま返事をしてしまい、その返事にミカサは満足そうに小さく笑った。
言葉にしなくてもミカサが気に入っていてくれていたのは食べている姿から容易に想像できた。
さすがにこれほど強く気に入ってくれているとは思わなかったが…。
ふと、それほど気に入って頂いたなら
「少し参考にしたいのですけどこういうのはどうでしょうか?」
差し出された
普通なら絵の出来映えにこそ驚くはずであるが今は違う。
映っていた品にしか思考が向いていない。
大きなガラスの器に生クリームやアイス、数種類に及ぶ瑞々しい果物。そして中央には“主役は私だ!!”と主張するように存在感を出すカスタードプリン。
“プリン・ア・ラ・モード”のスケールの大きさや見た目の良さ、さらに美味しいだろうなという期待から心が弾む。
食べてみたい――そう思い立ったミカサは勢いよく立ち上がり総司の手を両手で強く握った。
「絶対に売るべき。そして私は―――食べる!必ず」
唐突な行動に唖然とする総司にミカサは告げる。
放った言葉がおかしかったことなど気にも止めず、期待を胸に想いを込めて見つめる。
カランと鐘が鳴り、新たなお客が来たことを知らせる。
「こんにちわ総司さん。いつものサンドイッチィ!?」
「どうしたアルミン。変な声を出してぇ!?」
聞き覚えのある声に振り返るとそこにはアルミン・アルレルトとエレン・イェーガーの姿があった。
“用事があるから”の意味がここに通っていた事だと理解する瞬間だ。
けれどミカサはそれよりも優先することがある。
「エレン!」
「は、はい!?」
「ここのプリンは食べるべき!とても美味しい!!」
「お、おう…」
何故ミカサがここに居るのか?
何故総司さんの手を握っているのか?
何故、何故、何故と疑問が山積みになっているエレンとアルミンを他所にミカサは来週もここに来ようと心に決めるのであった。
●現在公開可能な情報
・少女誘拐事件
当時九才の少女Mはエルディア人では珍しい東洋人の血を引いていた事から、高値で売れると人身売買を目論んだ男性三人組に攫われた誘拐事件。
尚、誘拐した三人組であるが、助け出す際に争いとなり三人とも重傷を負い、知らせを受けて駆け付けた憲兵が到着したところで死亡が確認された。
争いの末に殺害してしまった少年Eと少女Mは状況と現場検証により正当防衛が認めら罪は咎められなかった。