進撃の飯屋   作:チェリオ

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第65食 ???

 大国マーレは“戦士隊”というエルディア人で構成された特殊部隊が存在する。

 これは多国籍義勇兵ともエルディア人戦士隊とも異なる部隊であり、高度な訓練を受けて高い戦闘能力を有し、マーレに対する忠誠心を持ったと判断された少数精鋭。

 自国民でもあるマーレ人の戦死率を下げるためにエルディア人は特に最前線を担当させられ、それに関しては戦士隊も変わらないのだが、大きな違いがあるとすれば戦士本人と家族には“名誉マーレ人”の称号が与えられて、一般的なエルディア人より多くの権利を受ける事が出来るのだ。

 マーレにて虐げられているエルディア人からすれば暮らしを今より豊かにする手段であり、マーレの秩序に文化、偏った(・・・)歴史に価値観を植え付けられたマーレにとって都合の良いエルディア人は名誉な職として求める。

 ゆえに戦士隊候補生(・・・)にとって戦士隊に所属している先輩方は英雄で、目指すべき目標であった…。

 

 「待てよガビ」

 「ついて来なくていいよ!!」

 

 だから彼女は失望した。

 現在の戦士隊候補生の中でもトップの成績を叩き出していた少女―――ガビ・ブラウン。

 ライナー・ブラウンの従妹で、自身もいずれは戦士隊に入隊できると信じていたが、今となっては戦士隊自体を疎ましく思っている。

 候補生だった事も有り、戦士隊の面々とは交流がある。

 ライナーは勿論ながら戦士長のジークともだ。

 憧れや尊敬の念を向けていた人物は“悪魔の末裔”と手を組んでマーレを陥れた…。

 自分達の先祖が犯した虐殺や民族浄化などを忘れ去り、のうのうと生きている罪深きパラディ島エルディア人(悪魔の末裔)と協力する事もそうだが、それにジークが主犯となって計画を実行したなど信じたくなかった。

 けど認めなくとも現実と言うのはソレを叩きつけて来る。

 ジークは戦士候補生を連れてパラディ島を訪れたのだ。

 それも堂々と正面から“悪魔の末裔”の歓迎を受けながら…。

 異様な光景に見て取れた…。

 何故彼らはにこやかに歓迎するのだろうか?

 何故ジークやベルトルトさんはそれを普通に受け入れれるのか?

 道中気持ちが悪くて吐き気が止まらなかった。

 一晩寝てこれが夢であってほしいと何度祈った事か。

 しかし冷めても変わらず、自分達は悪しき土地と教わって来た(・・・・・・)島に居るまま。

 冷めない悪夢に魘されながら居ると、ジークは“お勧めの店があるんだ”と戦士隊に戦士候補生全員を連れて行こうとする。

 我慢の限界だったガビは次期戦士長コルト・グライスの制止を振り切って逃げだした。 

 イライラを込めて足を進めていたガビは、背後から掛けられた制止の声にようやく足を止め、ふと我に返った。

 

 「ここ…どこだろう?」

 「だから待ってって言ったのに」

 

 ガビの後ろには同じく戦士隊候補生の面々が息を切らしてそこに居た。

 敵兵であろうが助けようとする優しい少年で、ガビに好意を寄せているファルコ・グライス。

 他国の言葉を習得し、知的そうな印象を持っているが実は感情の起伏が激しい眼鏡を掛けた少年ウド。

 感情を表す事が少なく冷静、しかし突如として脈絡のない事を話し始めるゾフィア。

 三人とも戻ろうと説得しに来たのだと当たりをつけたガビは、迷子であるにも関わらず意固地になって進もうとする。

 

 「戻ろうよ」

 「戦士長も心配してるよ」

 「五月蠅い!私は戻らない」

 

 つかつかと歩みを進めると慌ててファルコ達が付いてくる。

 苛立ちを隠す事のないガビの頭にナニカが降りてきた。

 急に頭に衝撃を受けて何事かと視線を向けると、頭を踏み台にして塀より跳び下りた黒猫が着地したところだった。

 その黒猫より鼻で嗤ったような印象を受けたガビは怒り、足元に転がっていた石を投げつけるも易々と躱されてしまう。

 

 「ナォウ」

 「――ッ、待て!!」

 

 馬鹿にしたような態度の黒猫に腹を立てたガビが走り、それを追ってファルコ達も走り出す。

 塀に囲まれた路地に入り込み、一心不乱に突っ切って行き、四人は路地より跳び出すと同時に眩い光に包まれた。

 なんだなんだと光から目を護るように腕で隠す。

 そして恐る恐る腕を退けて周囲を見渡して愕然とする。

 

 真っ黒に塗装された地面(アスファルト)

 高そうなスーツや見たことのない彩鮮やかな服装の人々。

 見上げないと天辺が見えない高い建物(高層ビル)

 マーレよりもスマートかつ丸みのある自動車。

 空を鳥のようで違う不可解なモノ(飛行機)が飛んでいたりと、子供が見てもマーレ以上の技術を用いられていると思い知らされる光景を前に絶句してしまう。

 

 これは何が起きているのか?

 そして自分達は何を見ているのかと混乱する四名。

 混乱する四人に青い制服に身を包んだ二人の男性(警官)が近づいてきて警戒する。

 近付いた警官にとっては別段何かしらの意図はない。

 ただ古めかしく感じる少年少女が居るなぐらいにしか捉えてはいなかった。

 もしかしたら挨拶ぐらい交わしていたかも知れないが、パラディ島に訪れていた四人は軍服らしい制服を着た人物が近づいてきた事で不安に駆られ逃げ出してしまったのだ。

 これには警官たちも驚き、どうしたのかと後を追おうとするも戦士達になるべく鍛えた少年少女の足は思いのほか速く、路地裏へと消えて行ってしまった。

 

 「何処だよここ!?なんなんだよコレ!?」

 「私が知りたいよそんなの!!」

 

 混乱によりパニックに陥り、元の場所に戻ろうと駆けるも先ほど入った路地とは異なった景色の路地。

 追っていた黒猫もいつの間にか消えているし、訳の分からず焦って走り続け、体力の限界に達した四人は塀に凭れる形でその場に腰かけた。

 不安と焦りが恐怖として心を搔き乱す。

 自分達は帰れるのか?どうなってしまうのかと考え、ファルコやウドは泣きそうになってガビが「泣くな!」と怒鳴り、途方に暮れた彼らはその場に座る事しか出来なかった…。

 

 「どうしたガキンチョども。腹でも減ってんのか?」

 

 いきなり声をかけられて驚きつつ振り向くと、底にはカランカランと音が鳴る木材で出来たサンダル(下駄)を履き、短パンに花柄模様の真っ赤で派手な半袖のシャツ(アロハシャツ)を着たお爺さんがそこに居た。

 知らない人物であることから警戒するのは当然としても、ガビは警戒どころか殺意まで向けている。

 まったく気にしていないのか屈んでポケットより包みを取り出すと、真っ白で丸っこいものを取り出して差し出して来た。

 

 「大福食うか?」

 

 朗らかに笑うお爺さんに妙な安心感を抱いたファルコは、おずおずと手を伸ばすも途中でその手をガビに捕まれて止められた。

 どうしたんだと振り返ると鬼のような形相のガビが、差し出されていたお爺さんの手を勢いよく叩くように払った。

 

 「私達“善良なエルディア人”は“悪魔の末裔”から施しなんか受けない!!」

 

 お爺さんは払われた事に対してなんら反応せず、払われて地面を転がった大福を眺める。

 怒る素振りも痛がる素振りも見せずに、大福を拾うと着いた土などを軽く払い、おもむろに口に含んだ。

 思わずギョッとして見つめてしまった。

 真っ白だっただけに付着した物は目に付き、払ったと言っても十分に残っていた事から砂でじゃりじゃりとした食感が噛む度に味わう事になるだろう。

 しかしそれも顔に出すことなく食べきり、ゴクリと飲み込んだお爺さんはガビに視線を戻して立ち上がり…。

 

 「食いもんに手ぇ出してんじゃねぇぞクソガキ!!」

 

 怒声と共に手加減無しの拳骨がガビの頭に落された。

 あまりの痛みから頭を押さえ、涙目になりながらも声を出さないように堪えようとしているが、声にならない程度の呻き声が漏れている。

 さっとファルコが庇う様に跳び出すも、お爺さんの真正面に立った事を即座に後悔した。

 なにせ怒りは収まっていないのか指の骨をゴキゴキと鳴らしながら、ガビの殺気が可愛く見えるほどの怒気を真正面から受ける事になったのだから。

 

 「料理人の目の前で食いもんを粗末にするとは良い度胸じゃな糞餓鬼」

 

 足がガクガク震えるも決して避ける事はせず、怯えながらも相手の瞳を見据える。

 すると怒気が和らぎ、どこか感心したような表情を浮かべて頭を撫でられた。

 

 「勇気があるの坊主。とりあえずそこの嬢ちゃんから少し話聞きたいだけじゃから安心せえ」

 

 撫でる手より温かさと優しさを感じて、理由の無い安堵感から道を譲る。

 お爺さんはガビの前でドカリと胡坐を掻き、目線を合わせるように語り掛けた。

 「どうして?」という問いかけにガビは涙目ながらも強い口調で糾弾するかように怒鳴りつける。

 ガビが語った内容は自分達が教わった歴史と刷り込まれた罪の自覚であった。

 以前は大陸を支配していたエルディア人は多くの民族を力で従わせ、多民族同士の婚姻を否定し、エルディア人との子をなす事で民族を全てをハーフであるがエルディア人にしようとしたり、文化や民族の尊厳を奪ったり、多くの人々を虐殺したりした悪魔達だ。

 自分達はその罪を自覚してマーレの下で暮らしている“善良なエルディア人”で、パラディ島で住まうエルディア人は罪から逃げ出した罪人たち。そんな罪人達からの施しなど受けないだとかガビは熱弁し、お爺さんを睨みつけた。

 が、お爺さんは真剣な表情で聞き、あれこれと質問を投げかける。

 「と言う事は“ぱらでぃ”島とやらで生まれれば赤子だろうと残酷無慈悲な極悪人と言うんだな?」とか「本人は罪を犯してなくても顔も知らぬ先祖の罪は引き継がれるから死ぬほど後悔して暮らせと?」など投げかけ、最後には「生まれた地が違うだけでその者達を知ることなく否定すると言うのは嬢ちゃんの言う罪の有る“えるでぃあ”人と同じじゃないのか?」と言われた。

 最初の内だけは果敢に言い返そうと活き込んでいたガビであったが、次第に弱々しくなって最後には押し黙ってしまった。

 

 「お前さんはまだまだ若いんだ。押し付けられた価値観を捨てろとは言わんが、もう少し柔軟にして色んなモノを見て知ると良い。価値観が変わるぞ。頑固になんのは爺婆になってからでも遅くねぇだろ?」

 「エルディア人の言なんて…」

 「そもそも儂は日本人じゃ。“えるでぃあ”とか“まーれ”とか“ぱらでぃ”とか言われても知らんがな」

 「ニホンジン?」

 

 聞き覚えのない言葉に疑問符を浮かべる。

 今更ながらお爺さんをよく観察するとヒィズル国に居る東洋人の特徴に似ており、どうみてもエルディア人には見えない。

 となれば彼も自分達同様にパラディ島を訪れた外国人ではないのかという考えが過る。

 色々と考えるファルコは黙ったままのガビより「ぐぅ~」と腹の虫の鳴き声で思考が止まる。

 

 「やっぱり腹減らしてんじゃねぇか。無理せずついて来い。飯ぐらい食わせてやる!」

 

 ガハハと笑いお爺さんは立ち上がって、手招きして歩き出す。

 しかしここで問題が生じる。

 食わせてやると言われても、慌ててガビを追いかけてきたファルコ達も考え無しに飛び出したガビもエルディアのお金など持ち合わせていない。それどころがお金になりそうなモノすら持っていない。

 

 「しかし僕達お金を…」

 「馬鹿たれが。儂から誘っといて餓鬼から金巻きあげるようなことすっかよ」

 

 行く当ても無いし、お腹を空かせていたのはガビだけでない事もあってとりあえずついて行くことにした。

 ガビは嫌がっていたものの、ファルコにウド、ゾフィアの説得を受けて渋々ながら従う事に。

 慣れた様子で路地を進み、一件の飲食店に入って行った。

 どう見ても閉めているようにしか見えないと思っていたら、店内に入ってその考えが正しい事を理解する。

 店内はお爺さんが付けるまで照明は落とされ、客の姿は一人も居なかった。

 居るのは一匹の丸々太った三毛猫のみ。

 

 「おう、ミア帰ったぞ」

 「ミャァ~」

 

 ミアと呼ばれた猫はひと鳴きすると眠たそうに大欠伸をかます。

 大人しそうなミアをゾフィアはそっと撫でる。

 撫でられたミアは片目を吊り上げて見つめるも嫌がる素振りは無く撫でられ続ける。

 するとつられてウドも撫でていると、興味深そうにお爺さんが見ていた。

 

 「驚いたな。あまり人に懐かんのだがな」

 「そうなんですか?」

 「あぁ、懐いているのは儂を含めて片手で事足りる程度だ。後はそいつの家族ぐらいか」

 

 そういうとお爺さんは「着替えて来る」といって奥へと消えて行った。

 ただ待って居るのも手持ち無沙汰なので、警戒しているガビ以外はそのミアを撫でて暇を潰す。

 

 「源爺、お腹減ったぁ」

 「はらへったぁ」

 

 待っていると自分達よりも小さな子供達が入って来た。

 お互いに「誰?」って顔を浮かべながら見つめ合っていると、しわひとつないカッターシャツに長ズボン、上にエプロンをかけたお爺さんが怪訝そうな表情で戻って来た。

 

 「挨拶も出来なくなったか糞餓鬼ども」

 

 服装が変わっただけでガラリと雰囲気が変わったように見えたが、ガビ同様に挨拶が抜けていた少年少女に拳骨を落とす様子に幻覚だったか小さく頷く。

 

 「ごめんなさい。でも源爺のご飯美味しいから早く食べたくって」

 「嬉しい事言ってくれるじゃあねぇか―――ったく、簡単なもんしか出来ねぇぞ」

 「かつ丼が食べたい!」

 「喧嘩売ってんのか?寿司屋で開口一番にかつ丼注文しやがって」

 「だって源爺のかつ丼世界一美味しいんだもん」

 

 怒っているような口調であっても、頬は嬉しくて緩みっぱなし。

 入って来た子供達に見られないようにそっぽを向くも、ファルコ達と目が合ってしまって「フン!」と鼻を鳴らしながらどちらからも見えないように顔をそむける。

 

 「カツドンって何?」

 

 そんな中、“カツドン”という聞きなれない名に疑問を浮かべたガビが問いかける。

 これはファルコもウドもゾフィアも同意見で、会話の内容から食べ物と言う事は理解出来てもソレが何なのかは分からない。

 問いかけられた少年は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

 「え!?かつ丼知らないの?」

 

 この発言にガビがピクリと眉を歪めて反応した。

 まるで知っているのが当たり前で、自分が非常識みたいに捉えたのだろう。

 馬鹿にされたと捉えたのか、それとも知らない事が恥ずかしかったのかプルプル震えて怒りを露わにしようとするも、先に気付いたお爺さんが「飯の前に手ぇ洗ってこいや」と促す。

 促されたところで場所が分からない。

 どうするかと顔を見合わせていると“ソウジ”という少年と“アヤカ”と言う少女が案内し、六人の少年少女が手洗い場に殺到した事で、手洗い場に長蛇の列が出来上がった。

 順番で手を洗っていると先の店舗スペースよりパチパチと油が跳ねる音が聞こえてくる。

 マーレで食べた揚げ物と言えば良いとは決して言えない使い古されたギドギドの油で、魚を揚げたものなどを連想する。

 大国だがエルディア人がその恩恵を徒然に受けれる筈もなく、生活は困窮していた。

 中にはその日の食事に困る者も居て、何故フェンスを境に生活が違うのかと涙を流す者も少なくない。

 

 揚げ物と言う事で連想したが、手を洗い終えて戻ると思っていた者と違った匂いに興味を示す。

 カウンター席に座って様子を伺うと、鍋の底が見えるほど綺麗な油を並々使って揚げ物が揚げられていた。

 透き通る油に綺麗な黄金色に揚がる揚げ物…。

 ゴクリと喉が鳴り、お腹の虫が騒ぎ出す。

 そのまま出されるのかと思いきや、上がったものを溶かした玉子や玉葱などの具材、黒みがかった汁を注いだフライパンに入れて蓋をする。

 蓋をすると大きな椀にライスを装い、最後にフライパンの中身を乗せてカウンターに置く。

 

 「“ミルフィーユかつ丼”出来たぞ。冷めねぇうちに食いな」

 

 “ミルフィーユかつ丼”と言われたライスの上に玉子などと合わせられたカツが乗せられた料理を見つめる。

 黄金色のカツに黄色い玉子が照明の反射によってキラキラと輝く。

 ふわりふわりと舞う湯気には優しくも主張激しい香りが含まれており、一呼吸する度に食欲が刺激されて我慢の限界をあっさり超えさせられてしまう。

 辛抱堪らずであるが、初めての料理に恐る恐る一口食べてみる。

 さくりと薄くも香ばしい食感の衣を破くと中からドバっと肉汁が口いっぱいに広がる。

 豚肉の旨味に程よい塩気、そして肉らしい弾力があるものの、ふわりと柔らかい豚肉の感触。

 カツの感触や味わいもそうだが下に敷いてあったライスもまた最高だ。

 玉葱の甘さに旨味が玉子のなめらかさと先ほどの汁が合わさり、深いコクと濃厚な旨味がライスで程よい加減で口いっぱいに広がる。

 これはカツが無くてもライス全部食べれてしまいそうだ。

 

 「これがカツドン…」

 「美味いか?」

 

 ぱっちりとした瞳を輝かせ、“美味しい”と思った矢先にニタリと嗤った爺さんの一言。

 恥ずかしさと悔しさからか「まぁまぁだったよ!」と強がっていうも、顔がにやけているのもあって誰の目にも明らかだった。

 お爺さんは大声で満足そうに笑い、それにつられてファルコ達も笑い出す。

 照れ隠しと美味しいかつ丼からがっつくように掻き込む。

 マナーが悪いと言われても気に留めない。

 一切れ目のカツを食べきり、次のカツを口に含むとガラリと変わった味わいに驚く。

 先ほどのは薄くもしっかりとした豚肉と濃厚な脂身だったはずだが、今食べたのは豚の味わいはするがほんのりと青臭さとさっぱりとした酸味が合わさり、脂っ濃さを感じることはなかった。

 味わいが変わった事とさっぱりと口の中をリセット出来たことでまだまだ食べれると脳が告げて来る。

 そしてもしかしてと違う一切れを口に入れるとやはり味が違った。

 噛み締めながら引っ張ると豚肉の間より濃厚なチーズが伸びて口とカツの間に橋をかけた。

 とろりと滑らかかつ弾力のあるチーズと豚肉の相性は良く、癖になる食感と濃厚な味わいを楽しみながらライスを掻き込む。

 

 …美味い。

 美味過ぎる。

 これほど美味い物は初めて食べたガビはジッとお爺さんを睨みつける。

 非常に腹正しく、意地で認めたくなかったが、業腹にもこの美味さを否定することは出来なかった…。

 

 「なんでこんな美味しいものが…」

 

 不貞腐れながら呟いた一言にお爺さんは後頭部を掻きながら答えた。

 それもどこか恥ずかしそうに…。

 

 「それはまぁ…あれだ。儂の嫁の為に色々と知ったからか…な」

 

 お爺さんは遠い目をしながら語り出した。

 

 「アイツはかつ丼が大好物でな。歳食って婆さんになっても変わずに食わせろって言ってくんだ。歯が弱ってせんべいを食うのも一苦労なのにな。昔から頑固で我侭で、これと決めたら聞かないんだ。それでいつも振り回されて…まぁ、それが魅力の一つじゃったがな」

 「惚気入ってない?」

 「じゃかあしぃ(喧しい)。何にせよ私でも食べれるかつ丼を作れと言うもんでな、色々と調べて行ったらそのミルフィーユとかを知ったんだ。後は試行錯誤と嫁の我侭だ。昔みたいに油っ濃いものは食えんからさっぱりさせろとか、違う濃い目のやつも一緒に味わいたいとか言いたい放題」

 

 楽しそうに語るお爺さんを見てガビは先ほどの「色んなモノを見て知ると良い。価値観が変わるぞ」というのは彼の実体験なのだと理解しつつ、癖のある苦みが良いアクセントを生み出している豚肉の間にピーマンが挟んであるカツとライスを口に含む。

 ミルフィーユかつ丼の味を噛み締めながら、深く考え込んだガビには食べながらミアを見るなり「猫を食べる地域があるって聞いた事があるけど美味しいのかな」とかいきなり言い出したゾフィアが周囲をドン引きさせたり、「犬を食う所もあったな」などと話しに便乗したお爺さんの会話などは一切耳に入らなくなっていた。

 

 夢中になって食べていると気付くと器の中は空になっており、皆は楽し気に談笑を始める。

 騒がしい店内の中で一人黙っていたガビは、入り口から聞こえた猫の鳴き声にピクリと反応を示した。

 

 そこには一匹の黒い猫が佇んでいた。

 目付きが悪く、あの(・・)路地裏で出会った猫である。

 

 黒猫は店に踏み込もうとせず、店内よりミアがジトーと見つめる。

 二匹の様子にナニカを察したお爺さんは「そういう事か」と頷いて納得したようだった。

 

 「あー…どうやらお迎えが来たようだな」

 「お迎えってあの猫が?」

 「よく聞けよ餓鬼ども。あの黒猫について行け。そうしたら元居た世界(・・・・・)に帰れる筈だ」

 

 いきなり何を言っているのだと首を傾げるも、表情から本気で言っている事だと解り、ガビ達はしっかりと聞く。

 聞いているのを確認してお爺さんは目を覗き込むように視線を合わせて続ける。

 

 

 「良いか。絶対に目を離さずについて行くんだ。間違っても目を逸らして振り向いちゃあいかんぞ。二度と戻れなくなるからな」

 

 誇張した脅しではなく淡々と告げられる様子に料理が出された時とは違い意味でゴクリと生唾を呑み込む。

 食べ終えているガビ達は早速帰ろうとするが、ガビだけが振り返って俯きながら口を開く。

 

 「爺さん…名前聞いてない」

 「そう言えば名乗っとらんかったな。儂は飯田 源治じゃ。ついでに嬢ちゃんの名も聞いとこうか」

 「ガビ…ガビ・ブラウン」

 「ガビちゃんか。まぁ、達者でな。二度と会う事はないと思うが」

 

 別れの言葉と共に力強く雑に撫でられたが嫌悪感は全くと言っていいほど無かった。

 寧ろ心地よいと感じてしまった事にむかっ腹を立て、ガビは黒猫に向かって歩き出してしまった。

 慌ててファルコ達も続き、黒猫は案内するかのように歩き出した。

 その後は言われるがまま黒猫から目を離さないようにして付いて行く。

 途中振り返ろうという気持ちが過るもそれを察したファルコが、ぎゅっと手を握って引っ張って連れて帰ろうとする。

 すると過った気持ちが和らぎ、再び猫だけを見て歩き始める。

 どれぐらい歩いたのだろうか。

 数メートル程度なのかも知れないが、体感としてはもうなん十キロも歩いた様な気もする。

 

 「ナ~ォ」

 

 小さい鳴き声を耳にし、ハッと周りを見渡すと塀や周りの景色が変わっており、入って来た路地裏近くに戻って来た事を理解した。

 戻れないかも知れないという気持ちが残っていた皆は、戻ってこれた事に喜びお互いに喜び合う。

 そうして無事にトロスト区の大通りに戻った四名は、目撃情報のみで探し回っていた戦士隊の面々と合流し、ジークやコルトから延々と説教を食らい、お勧めの店に行く予定は先に延びたのだった。

 

 宿に帰る中、エルディアの街並みを見つめるガビの瞳には敵意や不満などは見当たらず、真っ直ぐな瞳で道を行く人々を観察するのであった…。




●現在公開可能な情報

・総司と彩華の記憶
 二人共幼い頃に源爺のかつ丼を食べたことは覚えているのだが、それがどういうものだったかははっきり覚えていない。
 さっぱりしていたとか、ねっとりしていたとか味わいを感覚的に覚えているばかり。
 ゆえに未だに再現する事叶わず今に至る。
 
 時たま思い出そうとするのだが、その記憶の中には料理以外にぼんやりながら誰かは解からないが子供達の姿があるのだった。

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