現マーレ政権と関係性が一変し、今では極限られた人物であるが船で渡航出来るようになったパラディ島。
以前は大陸を支配していたエルディア帝国の支配者であるフリッツ家が、僅かなエルディア人と共に争いから逃げて築き上げた地でもある。
マーレに残るエルディア人にとっては“悪魔の末裔の住処”や“エルディア人の楽園”など様々な呼ばれ方をされている。
地面は土剥き出しで舗装されていないので歩き辛く、移動手段は未だに馬に頼った馬車など近代化には程遠い。
「ここがパラディ島か…」
そんな地に一人の男性が船舶より降り立ち、足から伝わる感触を確かめる。
鳥打帽を被り、コートで身を包んだ男性は杖をつきながら不自由な左足を引き摺りながら進む。
彼は孤児だった女の子を引き取って、男手一つで育て上げた。
育てたと言っても一般的な親子の関係ではなく、どちらかと言うと師弟の関係だったと思う。
今でこそ足が不自由で歩くのにも不便が付きまとう生活を送っているが、以前は格闘技の達人でどうにかしてあの子を戦士隊に入隊させるべく、厳しく鍛え抜いたのだ。
結果、あの子は同年代の戦士候補生の子らに比べて群を抜いて格闘能力に秀でて、見事戦士隊の一人に加わる事が出来た。
この足はその訓練課程で起こった
以前の様に振舞えないし、不自由が絶え間ないけども恨んだ事は無い。
私は自らの手で立派な戦士を作り上げたのだから。
そう思いながらレオンハートは父親らしいことは何一つ出来なかったなと後悔を過らす。
まさか自ら足を運ぶことになるとは露とも思わなかった。
事の発端はやはり戦士長であるジークがパラディ島の勢力や諸外国の協力を得て、マーレ政権を奪取した事にあるだろう。
喜ぶ者も居れば当然恨む者も出る。
恨む者からすればジークは政権を転覆させた張本人であり、その直接の部下である戦士隊も同様の視線に晒された。
帰国したフーパーさん家の息子さんやガリアードさんとこの長男が、そういう言葉を浴びらされたと噂ながら耳にした。
もしかしたら強硬な手段に出る者も居るかもしれない。
そうなると自分の所は一番警戒しなければならないだろう。
私が護ってやろうにもこの身体では難しいし、あの子は女性だ。
万が一を考えると帰国する事すら危ういと言える。
ゆえにあの子が帰国を選ばず、パラディ島に残ったのは英断と言えるだろう。
それもパラディ島に存在する複数の兵団のトップが行きつけにしている店となれば、早々襲われる事はない。
安全だと理解し、無事であると確認出来たが、どうも実際に顔を見ないと落ち着かない。
不安交じりに過ごしているとあの子から日々の暮らしなどを綴った手紙が届いたのだ。
ゆっくりと読むうちに顔を見たいと言う想いが強まり、我慢できずにこうしてパラディ島に訪れた。
まぁ、私が行くと知った戦士長が気を利かせて当分の間だが住まう場所を用意してくれたり、思う程の手間を追う事無く来れたのは有難かったな。
今のマーレは住み辛くなりつつあることも有り、もし良さそうなら移住を検討しても良いかなと思っても居る。
兎も角、今回はあの子の様子を見るのが一番だ。
船着き場より馬車に乗り、ゴトゴトと揺られながら手紙に書いてあった“食事処ナオ”という飲食店に向かう。
場所は手紙に記載されていたので通りの名前さえ聞けば何とかなったのだが、兵団幹部が足繁く通う店にしては人通りから離れているのが気がかりな所である。
表通りから裏路地に入り込み、片足を引き摺りながら進むと目的の飲食店に辿り着いた。
赴きがマーレともエルディアとも異なったが、あの子に会えると思うと気にすることなく扉に手をかけた。
カランと小さな鐘が鳴り、店内より心地よい風がふわりと包む。
店内を見渡したレオンハートは「ほぅ」と感心したような言葉を漏らした。
裏路地にあるとは思えないほど清掃の行き届き、半分ほどを占めている客は絶え間なく笑みを浮かべながら食事を楽しみ、店員も愛想が悪い事もなかった。
そして厨房へと視線を移すとそこには調理をしている(調理補佐)アニが映り、元気そうな様子に安堵すると視界に入ったのかちらりと見た後で慌てて二度見する。
いつも無表情で感情を中々見せないあの子が、目を見開いて驚きの感情が露わになっている事にクスリと笑ってしまう。
「お父さん!?」
「あぁ…元気そうだな」
ぽつりと交わされる言葉。
家に居た頃を思えば変わらぬのだが、久しぶりに会えたのを考えれば寂しくもある。
何を言えばいいのか迷っていると察した総司がカウンター席に促す。
互いに何を話せばいいのかと悩んでいるとメニュー表を渡され、アニはポンと肩を叩かれた事で止まっていた仕事に戻る。
そうだ、今は仕事中。
あまり邪魔するのも不味いな。
席についてとりあえず何を注文すべきかとメニュー表を眺めると、当然ながら知らない料理が多く並んでおり、自然と視線は知らない料理を避けて知っている料理を注目し始めた。
流すように見て行くと、見慣れた料理にクスリと頬を緩めた。
マーレで暮らすエルディア人は“名誉マーレ人”であろうが例外を除き、収容区にて生活させられる。
区別と言うよりは差別を目的にしたようなところで、塀を隔てて生活が一変するのだ。
家の壁は薄くて大声を出せば筒抜け。
食事事情はマーレ人が口にする物に比べて質が悪く、パラディ島ほどではないが高い。
そんな中でよく口にされる料理の一つがフィッシュ&チップスだ。
生活用水を垂れ流している川で捉えられた魚と大量生産された芋を、使い古したギドギドのラードで揚げられた料理。
食感はしっとりギトギトで、噛み締めれば身体に悪そうな脂濃さが襲ってくる。
食としては酷いが安値で食べられ、酒の当てとしては程よいので酒飲みの間では結構口にされていた。
「これと合うお酒を。それと何かお勧めのメイン料理があればそれで」
「畏まりました」
注文を済ますと水を口にしながら厨房内を―――いや、アニの様子を眺める。
私が来たことで少しばかり落ち着きがないが、それは些細なモノ。
多少ばかり動きが見えるも支障なく調理を行っている。
総司と少し会話を交わし、玉ねぎを細かく切り刻み、ボウルにひき肉などを入れて練り上げる。
調理場にあの子が立っている事を再認識すると、少しばかり想うところはある。
鍛え上げる事を一心に考えて来たばかりに食事は質素で簡易なものばかりだった。
こういう一面が見れたというのは一つの僥倖だろう。
ぼんやりと眺めていると総司が白身魚や皮付きのジャガイモを揚げ皿に盛り合わせ、ジョッキにビールサーバーからビールを注がれる。
「お待たせしました。フィッシュ&チップスです」
「これがフィッシュ&チップス?」
置かれた料理を見て戸惑いを隠せない。
黄金色の衣に包まれた
「それと合うお酒との事でビールをお持ちしました」
フィッシュ&チップスに驚きを隠せないでいると、ジョッキでお酒が運ばれてそちらもまたレオンハートを驚かせる。
透き通るガラス製のジョッキに注がれている“ビール”という酒は、濁りが一切ない黄色い酒にきめ細やかな泡が上部を覆っている。
想い描いていたものとは違い過ぎる料理と酒に、驚きを隠せないレオンハートであったが、料理は見ていても腹が空く事が合っても膨らむ事は無い。
まずは一口とフォークで突き刺してガブリと齧り付く。
さくりと香ばしい衣を破ると肉厚な魚の風味が広がり、収容区で食べた脂濃さや泥臭さは一切ない。
ほろりほろりと解れる魚の身から旨味が溢れ出て、あまりに差のある美味さに頬が緩む。
ゆっくりと味わい飲み込むと後味が消え去る前にグビリとビールを煽る。
スッキリとした苦みに芳醇な香り。
喉を通り過ぎる爽快感がなんとも言えない。
ワインの搾りかすに水を足したヤツや甘ったるく雑多な安物のエールとも違う洗礼された味に心が洗われる。
「カァー、美味い!」
高鳴った感情から声が漏れ、勢いよくカウンターにジョッキを置いてしまった。
大きな音が鳴ってしまったが、周りの誰も気にした様子はなくそれぞれが思うままに食事を続けていたのでホッと安堵する。
気恥ずかしい気持ちを顔に出さないように装い、ひょいっとポテトを摘まむ。
外はかりっと香ばしく、中はホクホクと温かくほろほろと崩れる。
しかも外側は皮の部分はパリッとしており、一口で三種類もの食感を楽しめる。
口には素朴なジャガイモの味わいに主張激しい塩気が良いアクセントで癖になってしまう。
一口食べてしまったらこれは止められない。
ほぼ無心に近い形で摘まんでは口に放り、呑み込んでは手を伸ばすを繰り返す。
気付けば山の様に盛られていたポテトは無く、一緒に出されたケチャップとマヨネーズだけが残されていた。
後になってこれらは浸けるものだったかと思うも後の祭り。
フィッシュ&チップスの量からおかわりしても問題は無いのだが、これからオススメも来るとなれば話は別だ。
口惜しさが残る中、ふと他にも一緒に出された物が目に付いた。
赤ワインを煮詰めたソースが近い色だったが、香りからどうも違うようだ。
首を傾げながら位置からフィッシュにかけるものだと推測し、黄金色の衣に黒いソースを垂らして齧り付く。
サクサクの衣がソースに浸ってしっとりとした食感になり、果物のフルーティさに混ざり合ったスパイスの複雑な味わいが深いコクと共に舌を刺激する。
濃厚なようで決してフライの味を殺しはしない。
寧ろ引き立てたうえで共存している。
「これも美味いな」
味わいが残っている内にビールで流し込む。
この濃い味に爽快なビールが表情に相性が良い。
フライ二口にて無くなってしまったビールがそれを証明しており、堪らずレオンハートはビールのおかわりを注文する。
新たにビールが注がれたジョッキを受け取り、フライに齧り付きながら煽る。
流し込む度に吐息が漏れ、顔が無意識に緩んでしまう。
「良い喰いっぷりじゃねぇか」
一人の男性が今のを見ていたのか近付いてきた。
手には食べていた料理とビールジョッキを持っており、そのまま隣に腰かけるとカウンターに置いた。
ふくよかな体格の
「けど魚のフライを食べるんならタルタルソースが必須だろう」
「これを浸けるのか?」
「おう、魚のフライにはこれって決まってんだ。まぁ、騙されたと思って食ってみろよ」
誘われるがままタルタルソースを付けて食べると、シャキシャキとした玉葱の食感と共にまったりとしたソースの味わいが加わってガラリと雰囲気を変える。
濃厚かつ玉葱によりさっぱりとした味わいが魚のフライと相性が良く、舌がこの上なく喜んで身体が自然にビールを欲する。
ガブリガブリと勢いよくビールを飲み干し、大きな息を吐き出す。
その様子に男は満足げに笑う。
「今度頼むときは一緒に注文するといい」
「あぁ、そうさせてもらおう」
ほんの一時であるがこういった交流が出来ると言うのもまた良いものだな。
そう思っているとアニが料理を運んできた。
アツアツの鉄板の上に乗せられた見事なハンバーグ。
「チーズハンバーグ…私のおすすめ」
「そうか」
カウンターに置かれたハンバーグを眺め、先ほどアニが作っていたのがこれかと思うとしみじみと眺めてしまった。
こうもしっかりとした料理を作れるようになっていたのか…と。
想いを抱いたままにゆっくりとした動作で一口分を切り分け、割れ物を扱うが如く慎重に口へと運ぶ。
含んで噛み締めると溢れる肉汁と同時にとろりとチーズの濃厚な味と食感が広がる。
芳醇な風味と深いコクが織りなすソースの味わいも相まって非常に美味しい。
…いや、確かに美味しいのだがそれだけではないな。
優れた味覚を持っている訳でも、あらゆる料理を食べてきた美食家と言う訳でもないが、多分であるが料理人として日の浅いアニの料理には荒い部分や足らない部分があるとは思う。
しかしなんだろうか。
味や形に出ない部分が美味しさに大きく関わっていると理解する。
それは“アニが料理した一品”であると言う事。
男手一つで戦士にする為に厳しく育て、女の子らしい生活はさせてやれなかった。
嫌われていてもおかしくないと思っているし、正直親とも思われてもないかも知れないと心のどこかで想っていたのだ。
そんな子がいつの間にか料理を覚え、今こうして私がその手料理を味わっている。
こんなに幸福な事があるのか?
噛み締める度に涙が滲み出てしまった。
「……すごく美味しいな」
「………そう」
短すぎる会話。
だけど二人にはそれだけで十分だった。
涙を流しながらしっかりと味わい以外のモノも噛み締め、レオンハートは満足そうに食べきった。
食後には珈琲を楽しんでいると、休憩時間を貰ったのか隣の席にまかないを持って腰かける。
別段話に華が咲く事は無く、淡々と短い言葉を交わすかお互いに黙々とまかないや珈琲を味わってるだけ。
久方ぶりに会った親子にしては静か過ぎる気もするが、この距離感がこの二人には丁度良く感じる。
「さて、そろそろ帰るか…」
「見送るよ」
「ありがとう。……そう言えばアニは何処に住んでいるんだい?」
帰ろうと腰を上げたところで疑問が過り問いかける。
アニも別段気にする様子もなく当たり前のように答えて
「ここで暮らさせてもらっている」
「―――はぁ?」
まさかの発言に自身の耳を疑った。
アニはここで暮らしていると言った。
この店の店主はあの“ソウジ”という男性だろう。
つまり彼の店で寝泊まりさせてもらっている。
従業員だけを寝泊まりさせている可能性を低いながらも否定できないが、一緒に暮らしている可能性の方が高いだろう。
今までの感情が薄れるほどの焦燥感がレオンハートを襲う
「いかんぞアニ!嫁入り前の娘が男と同棲なぞ!!」
「ちょっ、何言っているの!?」
「落ち着いてください“
「君に“お義父さん”と言われる言われは無い!!」
先ほどの雰囲気が消え去る喧騒を起こしたレオンハートは、数年ぶりにアニに投げ飛ばされることになったのだった…。
●現在公開可能な情報
・悩んだ料理名
今回提供したフィッシュ&チップスは正式なモノではない。
本場のモノは下味を付けなかったり、フライではなくフリッターだったり、場所によっては鰻だったりラード使用だったりするのだが、総司が提供しているのは白身魚のフライと皮付きのフライドポテト。
最初はそれで提供していたのだが、こちらにもフィッシュ&チップスがあったのかそう呼ばれ、どうしようかと悩んだ結果、フィッシュ&チップスに料理名を変更したのだった。