進撃の飯屋   作:チェリオ

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第69食  大福

 エルディア新王の戴冠式の前座で、祝うために設けられた祭りに露店を出店する事で参加する食事処ナオは準備を行うべく休業を取っていた。

 準備は大まかに三つ。

 一つは食材と器材の準備であるが、食材に関してはリーブス商会に手配し、機材は総司が向こう側(・・・・)で購入して持ち込むだけなのですでに整っている。

 二つ目は食事処ナオからウォール・シーナ内の王都ミットラスまでの移動手段の確保だ。

 こちらは同じように露店を出店する者に行き来を行う臨時便に大手がもうほとんどの馬車を当てており、依頼するにも出遅れてしまった総司は依頼できず。リーブス商会が伝手で探してくれているようだが、万が一の事を考えて料金は高くなるかも知れないがマイナーもしくは遠くの業者から借り受ける事を検討中。

 そして本日の目的である露店用の衣装である。

 ただしこちらも問題が合っておしゃれや流行に疎く、当たり障りない物を選んできている総司としては選ぶセンスに疑問が残る。なのでこれはコスプレ衣装制作やおしゃれにも気を遣う彩華に頼む事となり、店内にはハイテンションの彩華が衣装合わせの名目で食事処ナオのメンバーに衣装の試着をさせていた。

 高揚した彩華を遠目で眺めながら総司は大福を黙々と作っていた。

 

 「ふわぁ~、可愛い!!」

 「え?ちょっと彩華さん」

 

 彩華は辛抱堪らずクリスタに抱き着いて頬ずりして気持ちを表現する。

 和も洋もどちらも使うと言う事でどちらも対応出来るように色々持ち込んだ彩華は、クリスタに矢羽根絣柄で白と赤と鮮やかな色の茶衣着に少し暗めの茶衣着用のスカートに前掛けを渡しており、その鮮やかな配色と清楚な服装がクリスタによく映え、全員が綺麗だとか可愛いだとかの感想を抱いていた。

 

 「和装ってのは初めてだが中々良いな」

 

 そう言って部屋より出て来たのは足袋に雪駄を履き、灰色っぽい長着に袴を着て、紺色の羽織を羽織ったライナーだった。

 彼は身長が高くガタイも良い事からもなんとも言えない威厳を意図せずに醸し出していた。

 

 「凄く似合ってるよライナー」

 「もう少し渋めでも良かったかなぁ」

 

 唸りながら模索する彩華の言葉はクリスタに褒められた事でライナーの耳まで届かない。

 届いては居るかも知れないがクリスタに浮かび上がった想いを口にしないように気を張りつつ、クリスタを褒める事に意識を割いていたので対応仕切れないと言った方が正しいか。

 

 「なぁ、ライナーだけ違わないか?」

 「そうだよね…」

 

 ライナーの姿に疑問を抱いたエレンが口にすると、同様に思っていたアルミンが大きく頷く。

 和装をするのは二人を除けばニコロにミカサにアルミンの三名。

 ミカサはクリスタ同様の茶衣着を着ているが、男性陣はライナーと同じではなく落ち着いた色合いの男性用茶衣着であった。

 つまりライナーだけ違うのだ。

 首をかしげていると彩華が満面の笑みを向けて答える。

 

 「私の趣味!」

 

 呆れるような視線を向ける中、アルミンは今回は自分でなくライナーが玩具(着せ替え人形)になっていると安堵する。

 それに今回は前回の様な女性ものの衣装でないの事がアルミンにとって嬉しくて仕方なかった。

 が、そんな思いは簡単に崩れ去るのであった。

 

 「今日は色々コスプレ衣装持って来たの。エレン君には日向正宗(刀剣●舞)とかどうかな?かな?」

 

 問われてもどうとも言えず、興奮したままの彩華は奥より山積みの段ボールを運んでくる。

 中には模造刀やモデルガンと言った小物から和装から洋装まで多種多様な衣類が納められ、反応したクリスタが中より「アルミンなら~」と彩華に勧めるのは女性ものの衣類だったり短パンものばかり。

 がっくりと肩を落とすアルミンをエレンは強く生きろよと意思を込めてぽんぽんと軽く叩く。

 

 そのエレンは燕尾服を始めとする黒色がほとんどを占める執事服を着こなしていた。

 装飾はほどほどであるが多すぎず少なすぎずのラインで誂えた一品。

 総司より頼まれてから資料(黒●事)を参考に作り上げたのだ。

 執事服を着ているのはエレン以外はイザベル(男装)にファーランの二名。

 

 グループは五名ずつに分けられており、エレン達洋装にはアニとユミルが居るのだが未だに姿を現さない。

 それぞれが眺めたり、褒めたりしていたがあまりに遅いので皆が気にし始めた頃、怒声と共に部屋よりユミルが出てきた。

 

 「なんでアタシらがこんなんきなきゃいけないんだ!!」

 

 登場したユミルはメイド服姿であった。

 それも裾が長い物ではなく膝まで届いていない短いスカートに、至る所にフリルがあしらわれた可愛らしく解り易いコスプレ用(・・・・・)のメイド服。

 若干顔を赤らめながら怒りながら出てきたユミルもそうだが、無言でジロリと睨むアニの視線は恐ろしさすらあった。

 気圧された彩華は小さい悲鳴を零して少し下がってしまった。

 

 「こんなフリフリがアタシらに似合うかよ!!」

 「えー、似合うと思うけどなぁ」

 「クリスタやアルミンに着て貰いな」

 

 いきなり名前を出された事で驚きと恨みを含んだ目を向けるも、二人は気にも止めた様子もない。

 不服そうな顔をする彩華がクリスタに救援を求めようとしたので、先手を打って別の相手に問いかける。

 クリスタなら輝かんばかりの笑みを向けて可愛いと口にするだろう。

 アニはまだしもユミルにはかなりの威力があり、クリスタに言われるがまま流されてしまう可能性が高い。

 それだけは阻止したくてユミルは目に付いた総司に意図を視線に乗せて投げかける。

 

 「総司もそう思うよなぁ?」

 

 いつもなら微笑ながら答える総司が黙っていた。

 七割の確率で「誉め言葉を言われるかなぁ…」と思ってはいたが、まさか黙られるとは誰も思っていなかったのでどうしたのかなと視線を向ける。

 げらげら笑いだした彩華を除いて。

 

 「アハハハハハッ!総兄ってば聞いている方が恥ずかしくなるような誉め言葉を涼しい顔で言うくせに、不意打ちとかでガチで照れたりしたら黙るんだから」

 

 腹を抱えて笑う様子に総司は何ら反応しない。

 そっと覗き込むように顔を見てみると耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 「なんでアンタが照れてんのさ」

 「いやはや、なんというかいつもと違って新鮮と言いますか。似合っていて驚いたと言いますか…」

 

 歯切れが悪くボソボソ呟くように答える。 

 いつもと違う様子に悪戯心に火が付いた。

 悪乗りと言っても良いだろう。

 意図を組んだ彩華より色んなコスプレ衣装を渡されて、着て見せつける事で総司を何度も真っ赤に染めて行く。

 まぁ、その様子をこっそり彩華が写真で撮っていたりするので、冷静になった頃に大打撃を受けるのはあの二人になるのだが…。

 ひとしきり総司で遊んで満足したのか、落ち着いたのか二人共普段着に着替えてカウンター席に腰かけた。

 

 「苛めすぎ」

 「いやぁ、つい」

 「反省はしている」

 

 ミカサの一言に短く答える二人に今度は総司ががっくりと肩を落としていた。

 が、何時までもそうしている訳ではなく、すぐに気持ちを切り替えて厨房で作っていた大福を箱に入れてカウンターに置いた。

 

 「あんまり苛めないで下さいよ……大福出来ましたのでどうぞ」

 

 疲れた笑みを浮かべて椅子に腰かけた総司にナオがひと鳴きして膝の上に飛び乗る。

 すりすりと頭を擦り寄せるので撫でてやるとゴロゴロと気分良さそうに喉を鳴らす。

 

 総司がナオを撫でてゆっくりとしている間、他の面子と言えば池に餌を撒かれた鯉のように大福が並べられた箱に詰めよっていた。

 むんずと一つ掴むと打ち粉が大福の表面を覆っているので、さらさらとした食感だけでべったりとくっ付く事は無い。

 皆がまずは一口と口へと運んでガブリと齧り付くとふわっと柔らかくも程よい弾力を持った餅が食感とほんのりとした甘みを口に広げ、後より上品かつ濃厚な餡子の甘味が押し寄せて来る。

 中はこし餡となっており、手間をかけて作った分しっとりと口当たりが良い。

 齧り付いたまま千切ろうと大福を口より離すとふにゃあ~と伸びて千切れた。

 唇にふわっと伸びた餅が垂れる。

 優しい感触を唇で感じ、しっかりと噛み締める度に餅の甘味が溢れ、餡子と混ざって濃厚な甘さが丁度良い甘さへと緩和される。

 

 「美味いなぁ」

 「ケーキも美味しいけど和菓子もまた良いよねぇ」

 「お!こいつは豆入りか」

 

 ファーランの一言に饅頭を観察するように見て、表面に薄っすらと黒い粒が覗いている物に気が付き、興味を持った者が我先にと口に放り込む。

 焼いた訳ではないので硬すぎず、ぐずぐずに柔らかい訳でもなく、程よく硬くも柔らかい。

 豆の食感は大福の邪魔をする事は無く、豆の香ばしい味わいを加えて一味違った風味を演出していた。

 噛む度にぐにっと潰れる豆の感触がなんとも癖になるではないか。

 

 「美味い!こっちも美味いけど豆入りもうめぇ!!―――――んぐっ!?」

 「何やってんだ。アイツ(サシャ)みたく汚い喰い方しやがって」

 「落ち着いて食えよ。ほらお茶だ」

 

 両手に大福を持ってがっついていたイザベルだったが、喉の通行量を超える大福の流れに渋滞を起こして詰まらせる。

 ニコロに背を摩られ、ファーランより受け取ったお茶で流し込んで窮地より脱したイザベラは大きく息を吐く。

 

 「助かったよ…あんがと」

 「餅類をがっついて食べちゃダメだよ」

 

 注意したクリスタであるが次の大福を口にして様子が一変した。

 ハムっと齧り付いた大福は餡子の中に苺がそのまま入っており、噛み締めると瑞々しい苺の果汁が溢れ出す。

 酸味と甘みが共演する甘酸っぱい果汁が饅頭の甘さに合わさり、さっぱりとしながら酸味により引き立った甘味が舌を喜ばし頬を緩ませ、両手に持ってゆっくりながらも交互に食べ始めた。

 

 「さっき注意したんじゃなかったのかよ…」

 「良いんだよクリスタは」

 

 ハムハムと食べるクリスタの頬に打ち粉が付き、優しく嬉しそうにユミルが拭き取っていく。

 それを見守るアルミンとライナーは非情に微笑ましそうに眺めていた。

 

 「あー…落ち着く」

 

 後味残る口内に熱いお茶を流し、温かな吐息と共に声を漏らしたミカサはいかにも満足そうであった。

 アニに気付くまでは…。

 

 「何をしているのアニ?」

 「ん?」

 

 大福を食べてコップを口に付けていたアニはミカサの問いに振り返り、カップをカウンターに置くと口元に牛乳の痕跡を残していた。

 

 「大福には熱いお茶でしょ?」

 「いやいや、牛乳でしょ」

 

 バチリと火花が散った気がした。

 二人の視線がぶつかり合い、周囲がそれい合わせて離れて行く。

 

 「大福は甘い。ほのかに渋みのあるお茶。それも温かなもので流すのが良い」

 「何言っているのさ。甘味を足していないミルクで甘味は緩和されるも、優しく滑らかな味わいになる。ミルクとの相性の方が良いに決まっている」

 

 火花どころが一触即発な状況に皆は大福を手に持って退避する。

 ここに格闘能力に秀でた二人による戦いが――――行われる前にナオによる体当たりを顔に順番で受け、落ち着きを取り戻して事なきを得るのであった。




●現在公開可能な情報
 
・大福戦争
 大福に合う飲み物は温かなお茶か牛乳かで揉めた一件は後に拡大していくことになる。
 ある者は紅茶が良いと言い、ある者は酒に合うと言い出す。
 さらに話は広がり、餡子はこし餡が良いだろうとか粒あんが良い。また白餡が良いとか栗餡が良いとかカスタードが良いとか生クリームが良いとか。生地は豆入りが良い、普通のが良い、よもぎ入りが良いなどなど。
 出禁を恐れて表立って争う事は無いが、密かに常連客の間で加熱して行くのであった。
 

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