今回予定では祭り回に突入しようと思っていたのですが、進撃の巨人LOST GIRLSを呼んで急遽入れたので時間が間に合わず遅れてしまいました…。
「疲れたぁ…」
肩を竦ませて非常に疲れた今日の出来事を思い返す。
事の発端は総司が馬車の依頼・予約を忘れて出遅れたことにある。
協力的なリーブス商会も手持ちの馬車を全て祭りで稼ぐために総動員で動かして空きは無い。
馬車を貸せない代わりに頂いたのが、遠いがウォール・シーナ突出部であるストヘス区の“マルレーン商会”にて馬車が余っているという情報だ。
マルレーン商会は以前はウォール・マリアの商人から商品を買い付け、ウォール・シーナで卸す事で発生した差額で莫大な収益を上げていたのだが、マーレとの戦争でウォール・マリアの商人との取引が行えなくなってからは規模は縮小し、移動用の馬車事業“マルレーン・キャリッジ”のみとなった落ち目の商会。
なら逆に余っていない筈なのだが、どうも今回の祭りで稼ぐ気がないのか平常運転らしい。
諸外国からも人が来る点を踏まえても確実な稼ぎ時だというのに全くその気がないというのが気掛かりだが、そこ以外の大手は粗方馬車は余っていないとなると頼むしかないだろう。
しかし何処か怪しい商会に料理以外は何処か抜けている総司に行かせるには危ういので、あたしと何故か自主的について来たナオが行くになったのだ。
ナオが自主的に動いた時点でまた新たな客を呼び込むか、何かしらの荒事に巻き込まれるかの二択を想像していたので、粗方こうなる事は予想済みではあったか。
食事処ナオは一部の者が知っているだけの認知度の低い店だ。
そこでリーブス商会が紹介状をしたためてくれたので、マルレーン商会本店に出向いても追い返される事は無く、何故かマルレーン商会会長宅に案内されることに…。
この時点で厄介事決定したものの、一応交渉だけはしなければと帰りたい気持ちを押し殺して会長と対面した。
広大な敷地に大きな屋敷、高価な調度品の数々に教育が行き届いた使用人達。
座り心地の良い椅子に腰かけ、オーダーメイドのスーツを着こなし、選りすぐられた葉で作られた煙草を吹かすマルレーン商会エリオット・グーンベルク・ストラットマン会長。
落ち目とは一体何処へやら…。
マルレーン商会会長の現状を理解してこれは不味いと直感的に悟った。
向かうにあたってマルレーン・キャリッジの状況などを聞いていたが、この裕福な生活を維持するには素人目でも厳しいと判断せざる負えない。
借金をしてまで裕福な生活をしているのか、資産を売却しているのか、それとも公には公表できないようなナニカで利益を得ているのか。
…ナオがマルレーン会長を警戒している様子からナニカなのだろう。
今は食事処ナオの従業員であって、潜入工作をしている戦士隊の一員ではないのだ。
厄介そうな事柄は知らなくていいし、関りを持たず、踏み入らない方が身のため。
そう言い聞かせて観察する鋭い彼の商人としての
条件と言うのは二週間近くも前に失踪した娘の捜索。
これは憲兵団の仕事ではと返すと「奴らには十日前に捜索願を出したが、一向に捜査中と述べるだけだ」と明らかに侮蔑の感情交じりの言葉が吐き出された。
これには納得する。
頼りにならないのは察したが、何故飲食店の従業員に依頼するのだろうと口にしようとしたところで理由が解った。
リーブス商会より話を持ち掛けられたのならこちらの事を知っており、リーブス会長がマルレーン会長を調べた様にあちらもこちらを調べたのだろう。
いい加減な仕事しかしない平の憲兵よりも、三兵団長にザックレー総統と繋がりある
それにマルレーン会長の
仕方なしと一応承諾して軽い失踪者の情報を聞いて豪邸をあとにする。
失踪したのは娘のカーリー・ストラットマン。
三年前に王侯貴族や富裕層の子息子女が通うアインリッヒ大学を卒業したニ十歳の女性。
家族間の会話はほとんどなく、マルレーン会長は普段彼女が何をしていたのかなど何も知らない。
家でのルールとして夕食を一緒に食べれば、夜中に勝手に出歩こうが何をしてようが不干渉を貫いていたという。
つまり解ったのは失踪者の名前ばかりで失踪した原因や手掛かりは一切なし。
どうしたものかと頭を悩ませながら歩いていると、
猫なで声で満足そうにナオを抱きしめたままのヒッチは、非番でありながら憲兵団の制服を着て休日返上で仕事をしていたマルロに声をかける。
真面目な彼に今回の話をすれば協力するのは目に見えている。
自分はナオを愛でる為に代わりにさせるつもりだったのだろう。
しかしながらナオがヒッチの裾を引っ張って、アニの後を追う様に促すと促されるままについてくることに。
マルロに頼んで憲兵団の資料よりマルレーン商会の情報と、“普段から夜に外出”している事から職務質問記録を調べて貰ったら詳細な情報とおまけでジャンにマルコ、そしてコニーの憲兵団常連メンバーの大半が揃ってしまった。
大所帯になってしまった事に鬱陶しさを感じながらも、職務質問記録にあったストヘス区裏通りにある酒場“ピッド・リドース”に踏み込んだ。
ただこの時ばかりはマルコとマルロ、コニーには外で待機して貰って周辺の警戒を頼んで中には入らせないようにした。
このような荒れ果てた裏通りであるならば絶対と言っていいほど馬鹿真面目なマルロが見逃せない違法物がごろごろしているだろうことが予測される。
案の定“違法な薬”を所持しているゴロツキを発見。
話を聞こうにも“女だから”と手を出してきた事で、食事処ナオ以上に力を振るって力の差を思い知らせ、クスリの事を黙っておく代わりに情報を提供させた。
その後は失踪者を誘拐した連中を捜索し、拠点にしている建物を突き止め、応援を呼ぶのも疲れや鬱憤も溜まっていたので晴らすべく突入して今に至る。
煙草の煙に酒の臭い漂う一室に無傷で立つアニ・レオンハートの周りには痛みで悶え苦しむ誘拐犯グループがそこら中に転がり、ヒッチは伸び切った声で「すごぉ~い」なんて他人事みたいに口にして眺め、非番であったマルロが「お前も働け!」と転がっていたゴロツキを縛っていた。
「終わったの?」
何処に行っても煙草と酒の臭いがし、面倒で苛立つ最悪な一日を過ごしていたアニに、ようやく探していたカーリー・ストラットマンが姿を現したのだった。
カーリー・ストラットマンは何時に増して騒がしい店内を眺める。
店内は知り合いのゴロツキたちが酒に料理を楽しんで、大いに盛り上がっていた。
先ほどまでふわりと肩まで伸びた髪を振り乱しながら薄汚れた彼らに嫌な顔見せず、寧ろ楽し気に笑みを浮かべて踊ってこの場を楽しんでいた。
踊って多少疲れた身体にカウンターに置かれていたジョッキを手に取り、中に注がれていたエールで喉を潤す。
たった一杯で酔う事は無かったが今日ばかりは多少ばかり酔いたい気持であった。
彼女は誘拐されたのだけども、最初は自ら失踪する気だった。
アインリッヒ大学で化学を専攻していたカーリーは、エルディア国内で問題視されている違法薬物“コデロイン”を創り出し、唯一生成方法を知っている人物。
最初は全てを失っていく父親を見ていられなくなり、取り戻してあげようとルールを設けて持ち掛けたのだ。
ルールとはこのストヘス区では販売しない事。
しかし元締めとなった父親―――エリオット・グーンベルク・ストラットマンはルールを破ってストヘス区でも販売を開始し、説得も失敗した事で潮時と察して、売人の一人であるウェイン・アイズナーと共にこの街を離れようと画策していたのだが、金欲しさにウェインが他の連中に話して“家出”から“誘拐”になってしまった。
手荒なことはされなかったとはいえ、窮屈な部屋に押し込められていた状況からようやく助けられたが、家には帰りたくない。
帰れば父親の状況からまた作ってしまう…。
戻るにせよ、逃げるにせよこの店に訪れるのは最期となるだろう。
ここピッド・リドースは昔馴染が運営している酒場で、私の稼ぎを彼に預けてゴロツキと呼ばれる彼らに酒や料理を振舞っていた。
一度失ったモノは二度と戻らない…。
知らない彼らだからこそ、私は優しく接する事が出来、楽しい時間を得れた。
思い出もいっぱい詰まったここからの別れなのだ。
今日は酔いたいし、大いに騒ぎたい。
「キノコのアヒージョにポテトサラダ出来たよ」
「悪いわね。あたしの我侭聞いてくれて」
「別に良いよ。気分転換になるし…」
カウンターの向こうに視線を向けると慣れた手つきで調理をするアニ・レオンハートという憲兵を連れて私を助け出した少女がそこに居た。
アニは父に仕事の交渉で来たのだが、捜索依頼を頼まれて知り合いの憲兵達と私を探す羽目になっていたのだという。
一緒に探していた憲兵達は
私がコデロインを作っていたという話は、憲兵でなければ捕まえる気もなく、真実を知りたいと言ったアニにしかしておらず、連行していった憲兵達は誰一人知らない。
そして捕まった連中はバレれば禁固三年から五年は硬いので決して口は割らないだろう。
コデロインの件が出ていない以上、逮捕される事無く被害者として扱われる私は、家に帰る前に我侭としてここに来させてもらっている。
すると久しぶりの私の来店に皆が集まり、大宴会となって昔馴染の彼一人では注文に対応仕切れなくなり、飲食店勤務のアニが“息抜き”で入ってくれることに。
それにしてもアニの料理は驚くほど美味しい。
材料を確認するや否や卵を始めとした食材を買い出しに行かせ、戻ってくるとマヨネーズという調味料をその場で作り、皆も食べ飽きたであろうジャガイモを“ポテトサラダ”とかいう料理に変えてしまうのだから。
蒸したジャガイモをほとんど磨り潰し、マヨネーズに刻んだ干し肉、塩で揉んで洗い流した玉葱を混ぜた料理で、磨り潰したジャガイモがしっとりと滑らか、噛み締めれば玉葱のシャキシャキ感が音を奏で、干し肉より肉の旨味が緩やかに広がる。
マヨネーズというものでねっとりと脂っぽくなっているものの、酸味と塩気もあるので油っこくは無い。
寧ろその独特の味が癖になる。
キノコのアヒージョはパンを付けるとキノコの旨味がしっかりと漂うオリーブオイルが浸み込み、パンに齧りつくとじゅわりと溢れ出る。
これはワインやパンが進む。
入っているキノコのクニクニとした食感がなんとも楽しい事か。
ただ残念なのがパンの不味さだ。
ストヘス区は中央に近いとはいえ、ここは治安の悪い裏通り。
味よりも安さ重視でパンは混ぜ物有りのカスカスのパン。
食感も味も一般流通のパンよりも劣っている。
表通りの出来立てのパンが欲しいなぁと思っていると、焦げ目が付いてへしゃげたパンでポテトサラダが挟んである料理が差し出された。
「なにこれ?」
「サンドイッチ。いらない?」
「いただきます」
差し出されたサンドイッチの一つを手に取り、何気なく口に含む。
カスカスのパンはサクリと香ばしく軽い食感に変わり、ポテトサラダのもったりとした味わいと絡む。
包み込むような優しい舌触りに、油っこさや癖になる塩気が加わっているものの、ジャガイモ本来の素朴な味も影を残しており、初めて食べたのだが何処か懐かしさを覚える。
「これ美味しい…。中のポテトサラダもだけど挟んでいるパンも美味しい。粗悪なパンだった筈なのに。どうやって作ったの?」
「潰しただけ」
気になって問いかけるとアニは二つに切り分けていたパンに、野菜炒めを作っていたフライパンを持ち上げると底面を強く押し潰した。じゅっと焼ける音がして潰されたパンは、薄っすらと焦げ目が付きぺちゃんこに潰れていた。
潰された一つと潰されてないもう半分を手に取り、食べ比べてみると味や食感の違いがよく理解出来た。
「凄いね。それで見習いなんだ」
「まだ一人前(総司)には程遠いよ」
そう呟くと調理に戻る。
正直羨ましく彼女を想ってしまう。
私がコデロインの話をした際に彼女からも父親の関係を聞き出し、自分と同じく
私と違って…。
クスリと乾いた笑みを浮かべ、ポテトサラダのサンドイッチを口へと運んだ。
この時間が過ぎれば私はあの家に戻る事になる。
出来る事ならこのまま何処かへ行ってしまいたい…。
「なぁぉう」
そう思っているといつの間にか膝の上に飛び乗った黒猫がジッと見上げながらひと鳴きした。
突然の事にキョトンとしているとアニが「あー…」と声を漏らして、なにやら困ったような顔をしたのだ。
どうしたのか分からないカーリーは首を傾げるのであった。
アニは昨日の出来事を思い出してため息を漏らす。
確かに色々とあって肉体的に疲労してストレスがマッハで溜まったが、その後にあった手回しの方が正直精神的に疲れたような気がした。
ジトっとナオを睨むも素知らぬ顔でヒッチにブラッシングされており、余計にアニの神経を逆なでする。
けど決して怒り狂って怒ったり、手を上げたりすることはない。
再度ため息を漏らしながら厨房を眺めるとそこには総司とカーリーが並んで調理を行っていた。
そう…あの酒場でナオがとった行動は“認めた”という意思表示。
彼女の内情を知っていたアニはそれを察したが、一瞬それを口にするかどうか悩んだ。
何しろ大変な手間が生じる。
依頼者であるエリオット・グーンベルク・ストラットマンへの説明にカーリーへのウォール・シーナからウォール・ローゼまでの通行書の発行手続き、総司に事情説明など。
ストラットマンへの説明は本人も失踪の原因には心当たりがあり、戻ってこないと思っていただけにすんなりと了承したが、代わりに娘に近況を毎月知らせる手紙を書かせるようにと念押しはされた。
冷え切ったようでも互いに想いがあるのだろう。
次に通行書の発行はマルロは時間が時間だからと渋ったが、ヒッチが明日書類を通しておくからと先に通行書を渡して来たのだ。去り際に「一つ貸しね」とナオをちらりと見ながら言って来たので間を空ける事無く頷いて置いた。
テシテシと足首辺りに猫パンチして抗議されるも、こうなったのもナオのせいなのだからあたしは悪くない。
そして三つ目の総司への説明は「ナオが良いなら構いませんよ」と…。
こうして彼女カーリー・ストラットマンは食事処ナオの従業員の仲間入りをした。
…したのだが彼女はフロア担当の筈なのだが、何故か今は厨房に入って総司と調理をしているのが不思議でならない。
なにか揚げ物を作っているようだが…。
「はい、出来ましたよ」
「ありがと。さてと、出来たわよドーナツ」
「ドーナツ…」
出来上がった揚げ物を皿に乗せ、カーリーはあたしへと差し出して来た。
こんがりと揚がったリング状のドーナツをぼんやり見つめながら呟く。
「嘘でしょ!知らないの!?」
「いや、名前くらいは」
「うちでもこの近辺でも扱っている店ありませんからね」
表情と声色から驚きを隠せないと言わんばかりの反応を見せるも、知らないものは知らない。
確かに名前は知っているのだけど食べたことは無かった。
何気なしにパクリと一口齧ると手が止まった。
美味いのだ。
それも非常に美味い。
外は香ばしくも中はふわっと柔らか。
油で揚げてあっても油濃さは無く、程よい油分が口を濡らして美味しさを生む。
そして何より上に塗られた粉が甘くて美味しい。
砂糖だけの甘さではなく、複雑ながらも澄んでいる。
「美味しいでしょ」
「もう一つ」
目をカッと見開いたまま、無言で食べる様子は鬼気迫るものがあり、近くに居た客は目を合わさないようにさっと顔を逸らす。
「アニだけズルい!!」
周りの反応を他所にイザベルが自分もと強請り、食べるなり美味さで頬を緩ませた。
二人して初めてのドーナツを黙々と食べる様子に、カーリーは満足そうに笑みを浮かべる。
新たな従業員に総司はほっこりと微笑ながら、彩華に追加の衣装を注文するのであった。
「そう言えば何か忘れているような…」
ドーナツに夢中になっていたアニが途中ぽつりと漏らす。
後日、馬車を貸して貰えるかを聞きに行くことになるのだが、今の彼女はドーナツに気をとられて全く気付いていない…。
●現在公開可能な情報
・食事処ナオとドーナツ
今回作ったドーナツは“あのアニが必死になるほど食べるのに夢中になった”として常連客に知れ渡り、多くの注文を受けるも今のところは断り続けている。
と、いうのもあのドーナツはカーリーが持って来たストヘス区のドーナツ屋のドーナツを食べて、頼まれるまま再現したもので完全ではないとしても人の店の再現料理を話を通さずに販売する気が無かったからだ。
しかしあまりの声にメニューに載せようと思うも、特別メニューにすべきかデザートのレパートリーを増やすかで現在検討中。