進撃の飯屋   作:チェリオ

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 前回チョコレートをミカサが昔食べてたとか知っているなどの表記がありましたが、変更してチョコレートを知らないものと設定直しました。


第08食 クレープ

 私は貴方の事を忘れた事は無かった。 

 誰をも信用していないような鋭い眼つき。

 自分達以外を寄せ付けまいとする刺々しい雰囲気。

 同い年ぐらいの女の子の筈なのに生きてきた環境がゆえに生きることに必死になるしかなかった貴方。

 別に貴方だから助けたという事は無い。

 貴方でなくとも私は助けようとしただろう。

 姉さん(・・・)からは呆れたと言わんばかりの反応が来ることも分っていたけども、これが私の性分なのだから仕方がないし、見捨てたりして後悔なんてしたくないから…。

 

 けれども貴方には決して憐れみや同情は向けなかった。

 ……いや、向けれなかった(・・・・・・・)

 

 私は父親である貴族のロッド・レイスに望まれなかった子供。

 母親はレイス家使用人として雇われていた女性で、ロッド・レイスと関係を持って今は使用人を辞めさせられて妾として生活している。

 正妻との間に跡継ぎとなる子供が居ないのであれば話は違ったかもしれないが、ロッド・レイスは五人もの子供が居る為に妾の子など大事にされる訳はない。父親にその気がなくとも貴族となれば周りの目を気にしなければならないし、周囲がそれを許さない。

 私達は父親に会う事無く、遠ざけながらも世話を見るとの事でレイス領にある小さな牧場で暮らすことになった。

 大変だった…。

 小さな頃より牧場の手伝いをしたり、周囲の子供達には石を投げつけられて過ごす日々。

 母のアルマは私達(・・)に無関心で、関りを持とうとせずに姿を消した。

 

 周囲から快く思われず、母親から愛されず、産まれてきたこと自体疎まれた私。

 親に捨てられ孤児に成り、必要とされた所で祭り上げられたが、その結果世界から疎まれた貴方。

 

 (クリスタ)貴方(ユミル)は似ている。

 そう言うと同情や憐れみではないか?と言われるかも知れないけど私の中でそれらは無い。

 同じく世の中から疎まれた者だからこそ、知りたいと思った。

 お友達になりたいと望んだ。

 たった一週間という短い期間だったけれども、貴方と話した時間はどんな時よりも楽しく、今で最も輝かしい思い出だ。

 

 こんな時間がずっと続けばいいと願いつつ、きっと続かない事を何となく察していた。

 実際貴方は別れも告げずに去って行ったよね。

 なんでとは聞かない。

 貴方は優しい人だからこれ以上迷惑が掛からない内に姿を眩ましたのだと解っている。

 実際出て行った翌日には憲兵達が捜索に訪れた。

 場所がレイス領というのと、私達の事情が事情だけに捜査を躊躇っていたらしいが、他の場所での目撃情報がないことから探さない訳にはいかなくなったのだとか。

 痕跡を残さず去ってくれたおかげで私達は疑われることは無かった。

 無かったけれども痕跡のひとつもない納屋を見る度に、私の心は締め付けられる思いでいっぱいになった。

 まるで貴方と話した思い出そのものも存在しなかったように映ったからだ。

 あの日から表には出さないように気を付けているけど、ずっと心にぽっかり穴が空いたような日々は時として表層に上がって悲しみの涙で枕を濡らした。

 去った後、貴方の関係者が次々と捕まった話を耳にすると、不安で胸が締め付けられる。

 会いたい。

 無理だと思いつつも無事であることを確認したいと願う。

 

 ―――もしかして…クリスタか?

 

 街中を歩いていた時に貴方から声を掛けられた時は正直信じられなかった。

 嘘ではないか。

 夢ではないのか。

 幻の類ではないかと疑った。

 でも貴方に触れ、体温に触れた事で疑念は消し飛び、無事であったという事実に心が決壊した。

 困らせるつもりなど毛頭なかったけれども流れ始めた涙と零れだした言葉、溢れてきた感情を押し止めることは私には無理だった。

 表では騒ぎになり始めたので、裏路地へと連れられひと目を気にせずに想いをぶつけ続ける。

 話が前後したり感情が先走った言葉の数々に、貴方は受け止めて一つ一つ答えてくれた。

 それから私達はアレから何をしていたかを話し合った。

 私が今は牧場を離れて訓練兵団に入った事を。

 貴方が今は事情を察した総司という人の下で働いている事を。

 

 安心した。

 追われる日々からこうして堂々と出歩けるぐらいの生活を歩めている。

 その言葉が嘘でないのは刺々しかった表情が生き生きしている事から理解出来る。

 安堵を胸に笑みを浮かべていると何か考え付いたのかユミルが表情を動かした。

 

 ―――そうだ。確かイチゴ系のお菓子好きだったよな。イチゴのクレープ作ってやるよ。

 

 昔栽培していたイチゴを使ってお菓子を食べていた事を覚えてくれた事は嬉しかったが、その言葉に少し疑問を覚えた。

 エルディアのクレープ・シュクレ(クリームやジャムを挟んだ甘いクレープ)と言えば野菜から作ったジャムを乗せたものが一般的となっている。

 砂糖はまだしも果物は壁を突破されて主食の生産を優先するあまりに大半の所が穀物や小麦の生産を強要され、以前のように生産していない為に価格は高騰した。

 勿論肉類を挟む“クレープ・サレ”などは手にするどころか目にすること自体なくなってしまった。

 金銭面に余裕のある貴族でない限りは目にする事すら珍しいご時世だ。

 だというのにユミルはイチゴのクレープを作ると言った。

 

 知っているクリスタから見ても見違えたユミルを、昔の手配書頼りの憲兵に目を付けられることは、相当なボロを出さない限り可能性として少ないだろう。

 けど追われている身なのは変わらず、バレてしまえば厄介事になる。

 追われている事を知らないならまだしもユミルを雇っている店長さんは知っているらしい。

 事情も含めて人目に付きにくい小さな料理屋を想像していただけに、氷を使えるだけの店だとは考えれなかった。

 

 疑問を口にしたところ、どうやら想像していた通りの店らしく、余計に疑問は深まった。

 そんな私の思いに気付かずにユミルは嬉しそうに案内をする。

 裏路地を進み、周りとは様式が異なる建物へと辿り着く。

 なんとも独特な雰囲気を持った建物(食事処ナオ)に首を捻るクリスタをユミルは手招きしながら中へと入って行く。

 カランと扉を開けると鐘が鳴り渡る。

 店内は人が少ない。

 ゆえに店内自体へと視線が向く。

 落ち着いた雰囲気を纏う装飾品の数々にほんのりと暖かな空気、丁寧な仕事ぶりが見て取れるテーブルなどなど裏路地に佇む店屋としては場違いな内装に別の意味で疑問は深まった。

 誘われるままにテーブル席にクリスタが腰かけると、早速ユミルは総司に話をつけて作業に移る。

 

 ★

 

 お前は本当にお人好しの馬鹿だよな。

 厄介事と分かっていて食いもんを分けて、納屋に匿ってくれたんだからな。

 知ってたか?

 私も含めてお前が匿った連中はお人好しのお前をどう利用しようかなんて企んでたんだぜ。

 露とも知らずに世話を焼き、私と仲良くしようと色々と話して来たよな。

 羨ましい位純粋で、腹立たしい程世間知らずで……温かい…。

 だから私はお前から離れたんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 絶対にお前だけは巻き込んだらいけない。

 もし巻き込んでしまえば私は一生自分を許せないだろうと思ったから。

 アイツら(憲兵)に追われて、生き延びる為には何でもしてやろうなんて考えてたってのに、数日関わっただけでお前の馬鹿が移っちまったらしい。

 自分達の痕跡を消して、夜闇に乗じて逃げ出した時は“これで良いんだ”と何度も言い聞かせ、悲しむであろうお前の事を想って何度も心を痛めた。けれどあの別れは必要だったし、間違っていなかっただろう。

 そうは思っても突然居なくなった事に対して色々思い、悲しませてしまった事は何時までも脳裏にこびり付いていた。

 あの優しさに私は仇で返してしまった…。

 

 これがその代わりという訳ではないが、喜んでくれるというのなら出来る限り最善を尽くそう。

 

 店長(総司)から許可を取ったユミルは手を洗い、給仕用から調理用のエプロンへと着替える。

 飲食物を扱うなら清潔には気を付ける事と何度言われた事か。

 最初は開ける度に驚いていた冷蔵庫より薄力粉や卵などクレープの生地の材料と、具材となるイチゴなどを取り出す。

 他にクレープを作るとなれば器具も用意しなければと、クレープ生地を焼くためのクレープパン(クレープ用の縁が短いフライパン)や生地を伸ばすT字型のトンボ、ひっくり返すための薄いヘラを奥の棚より出して水洗いをする。

 一通り道具も材料も用意出来たのを確認して、さっそく生地を混ぜ合わせながらクレープパンを温め始める。

 クレープパンがよく熱せられたら混ぜ合わせた生地を流しいれるのだが、その前に大きく深呼吸をして気持ちを整えた。

 習い始めた頃はよく失敗したところだ。

 流し込んだ生地の量が多すぎれば厚くなり、少なすぎれば簡単に破れてしまう。

 量も大事だが生地の伸ばし方にも気を付けなければ、変なムラが出来て薄かったり厚かったりして食感もバランスも崩れてしまう可能性がある。

 くるりとトンボでムラが出来ないように伸ばして様子を観察する。

 クリスタの為にと想ったおかげか、いつも以上に上手く出来ているような気がする。

 おっとここで気を緩めるのはまだ早い。

 薄く伸ばしたという事は焼き上がりの時間も早いという事で、目を離しているとあっと言う間に焦げ付いてしまう。そうなっては食べられたもんじゃない。

 注意深く生地の縁を眺め、薄っすらと茶色く焼け始めたところで薄いヘラでひっくり返す。

 本当にクレープというのは最初が難関過ぎる。

 量に伸ばし方にひっくり返すタイミングと返し方。

 生地さえ出来ればあとは楽なのに…。

 

 以前ひっくり返す際にしくじってぐしゃぐしゃに纏めてしまったことがある。

 その時は引っ張って戻そうとしたけれど生焼けの生地が他にくっ付いて二度と戻る事は無かった。

 総司は笑って「失敗は糧にすればいいんだから」と良い、失敗した生地にチョコレートソースと生クリーム、スライスしたバナナを乗せた“チョコバナナクレープ”風がまかないとして出されたっけ。

 正直言うと成功したクレープと遜色ない味で美味しかった。けれどそれを客に出す訳にはいかない。特にクリスタにそんな失敗した物を贈りたくないし、失敗したところを見せたくない。

 形を崩すことなく裏返せた生地にホッと安堵の息を漏らし、少し様子を見ながら焼き上がった生地を皿へと移す。

 

 皿へと広げた生地に目測で六等分に分け、その一角を仕切るように縁より中心へと生クリームを絞っていく。その際に始まり地点は線を引くように絞るのではなく、少し出したら持ち上げて山のようにする。

 生クリームを絞り終えたら次に生クリームで区切った六分の一の区画にスライスしたイチゴを乗せ、ベリーソースをイチゴの上にタラリを垂らす。

 具は乗せたので生地を巻くように折り畳み、逆三角形のような形に整えたらクレープ単体は(・・・・・・・)完成だ。

 そこからクレープの上にチョコソースをゆらゆらと左右に柔らかな線を描くように掛け、皿の空いた所にイチゴのアイスクリームを乗せる。

 

 総司の作ったものに比べれば色々と技術面で劣るだろうが、今できる自分の最高の出来に納得し、自信をもってクリスタへと差し出す。

 

 ★

 

 ―――凄い。

 流れるような手つきでクレープが出来上がったと思えば、皿の上で一つの作品のように整えられる様にクリスタはただただ見惚れていた。

 差し出されたクレープを眺め、勿体なさから手が出し難い。

 しかし、眺めているだけという訳にはいかないし、折角ユミルが作ってくれたものを無駄にしたくない。

 出来る事ならこのまま残したい気持ちを抑え、用意されていたナイフとフォークを手に取る。

 軽く押し当ててから引いたナイフによりスーと切れた小さな一部をフォークで刺して口元へと運ぶ。

 小口で収まるサイズのクレープを含み、頬を緩めた。

 生地に包まれた生クリームが溢れ、ふんわりとした食感が口内を撫でる。

 スライスされたイチゴよりイチゴならではの甘酸っぱさと、ベリーソースの濃くしたイチゴの風味が合わさったわざとらしい程のイチゴらしさ。優しくなめらかな生クリームの甘さと、クレープの上に掛けられた複雑で深みのある黒いソース(チョコソース)

 それらすべてがお互いを引き立てながらも主張し合い、一つの味わいとなって喉を通って行く。

 

 美味しい。

 ただ単にこのクレープが美味しいというのもあるが、それ以上にユミルが私の為に作ってくれたと想うとさらに美味しく感じる。

 

 ―――どうだ。上手いもんだろ?

 

 ユミルの言葉に大きく頷き、心より美味しさを伝える。

 予想していなかったのか、ユミルは照れたようで頬をポリポリと掻き、視線を逸らしてしまった。

 その反応があまりに良かったので、つい悪乗りして言葉を続けると「そ、そんなに褒められると照れるだろぉ…」と顔を真っ赤にしてカウンター内へと引っ込んでしまった。

 悪い事をしたかなとちらりと窺ってみると、怒っている訳ではなく嬉しそうに笑っていたのでほっと安堵する。

 クレープを二口、三口と運び、短く息をつく。

 一旦ナイフとフォークを置いてスプーンに持ち代える。

 そして皿の端に乗せられたアイスクリームへと伸ばす。

 

 アイスクリームを作るには牛乳に砂糖が必要だ。

 昔に比べて高くなったとはいえ質を考えなければ買えないほどでは無い。

 一般家庭でも牛乳も砂糖も使われている事からもそうだと言える。

 まして多少なりレイス家より援助を受けているクリスタは多少質を上げても容易に手が出るだろう。

 なんなら牧場から搾りたてを入手することだってできる。

 けれどもアイスクリームを作るのなら冷やす為の氷が必須であり、氷を運ぶにしても作るにしても大金が掛かる。

 最大の難関により作る事は叶わないというのにここではあっさりと作っていた物を保存して出して来た。

 当然の疑問を抱くがユミルを信じているクリスタは疑問を放置して一口含んだ。

 含んだ瞬間にアイスが溶け、ひんやりとした冷たさと甘いイチゴの味が広がり、噛み締めると小さなイチゴの果肉がプチリ、プチリと心地よい食感が弾ける。

 クレープも美味しかったけどアイスも負けない程美味しかった。

 大きめに口を開いてはむっと二口目を含むとユミルのニヤついた視線に気付き、はしたなかったかなと恥じらって頬を染める。

 何も言わずにニヤニヤと見つめてくるので疑問を口にするとさっきの仕返しだと…。

 もぅ、意地悪だぁ。

 クスリと笑い合い、この時間に心が満たされてゆく。

 客が少ない時間帯という事で総司より早めの休憩時間を貰ったユミルとクリスタは会話に花を咲かせる。

 クレープとアイスを食べながらユミルと過ごす一時。

 本当に楽しいものだった。

 けれど楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ、皿の上はいつの間にか綺麗に片付いていた。

 名残惜しいけど私もそろそろ帰らないといけない。

 私は最後に「また来るね」と告げる。

 

 ―――おう!今度はもっと美味いの作ってやるよ。

 

 以前には見せなかった輝かんばかりのニカっとした笑顔に、クリスタは微笑を返しながら“あのユミル(・・・・・)”をここまで立ち直らせた総司に軽く嫉妬してしまう。

 なんにしても彼女と再び出会えた事は喜ばしいことだ。

 以前と違って急に居なくなることはないだろうし。

 

 またユミルに会いに来ようとクリスタは帰って行く。

 やる気に満ちたユミルはクリスタが帰るとすぐに総司に頼み込んで、次の為に休憩時間を使ってクレープの練習に励んだ。

 その日、ユミルの賄いは失敗と成功したクレープ生地の間にクリームを挟んだ山のようなミルクレープになったのであった…。




●現在公開可能な情報

・存在しない食べ物
 エルディア人は壁の中で過ごしているので存在しない食べ物or飲み物が存在する。
 例えば熱帯地域が産地のチョコレート&ココアの原料であるカカオ、コーヒーの原料であるコーヒー豆などは生産できないし、国交を開いてないので入手できない。
 ゆえにまったく知らない物となっている。
 ちなみに海に面してないので海にしか生息している魚などは存在しないが、川や湖で生息できる魚は存在する。
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